※三人称視点です
USJ襲撃事件の翌日。雄英高校は生徒の安全確保と警察による現場検証のため、急遽二日間の臨時休校となった。
世間がヒーロー社会を揺るがす未曾有の事態に騒然とする中、雄英高校から自転車で少し早めに漕いで十五分の一軒家——笑井家では、いつも通りの、いや、いつも以上に微妙にズレた朝を迎えていた。
「——というわけで遥ちゃん、本日は臨時休校! つまり神が与え給うた合法的な休日! 股間のダメージも一晩で完治した俺と一緒に、街へ繰り出そうじゃないか!」
「昨日のお仕置きが足りなかったみたいですね。もう一発、今度は左足を叩き込みましょうか?」
「待って! 左足はアカン! 物理的に俺の『息子』が左右から挟み撃ち(挟撃)に遭って砕け散る!!」
朝の食卓で、笑井一は股間を両手でガードしながら必死に叫んだ。
ダイニングテーブルの向かい側では、私服姿の飛騨遥——サクラスパイダーが、トーストにイチゴジャムを塗りながらジト目で一を睨みつけている。
その横では、笑井の母親がニコニコと温かい眼差しで二人のやり取りを見守りながら、大きな二段重ねの重箱を包んだ風呂敷をテーブルの上にポンと置いた。
「はいはい、一も遥ちゃんも喧嘩しないの。せっかくの休校なんだから、二人でお出かけしてきなさいな。遥ちゃん、毎日ウチに引きこもってちゃ退屈でしょう? これ、お弁当作っておいたから持って行きなさい」
「えっ、おばさん、お弁当まで……! いつもすみません、本当に何から何まで……」
「いいのよ〜! 遥ちゃんはもうウチの家族みたいなものなんだから。あ、一、遥ちゃんの服も買ってあげてね。遥ちゃん、ウチに来た時の服と、私が買った数着しか私服持ってないでしょう?」
「任せろ母さん! 俺の卓越したファッションセンス(カートゥーン調)で遥ちゃんを原宿の最新トレンドの最先端に仕立て上げて見せるぜ!」
「一が選ぶ服なら、嫌です」
「即答!? 試着する前に拒絶!? 傷つくよ俺のハート!!」
◇
こうして、二人の「臨時休校デート」がスタートした。
五月晴れの心地よい風が吹き抜ける街並み。
一は愛用のママチャリを押しながら、その横を歩く遥と並んで歩いていた。
遥の服装は、笑井母が買ってくれたシンプルな白のブラウスに紺のフレアスカート。異世界から手ぶらで飛ばされてきた彼女にとって、私服のバリエーションは片手で数えるほどしかない。それでも、清楚な雰囲気が際立っていて、街行く人々が思わず振り返るほどの可憐さがあった。
「……なんですか、さっきからニヤニヤ見てきて。気持ち悪いですよ」
「いやー、遥ちゃんってさ、黙って立ってればマジで美少女だよなーって。まあ、スパイダーパワーで俺を蹴り飛ばしてくる猛毒蜘蛛だけど」
「誰が猛毒蜘蛛ですか! 蹴られるような発言と行動をする一が悪いんでしょう!」
プイと横を向く遥だが、その耳たぶがかすかに赤い。
二人が向かった最初の目的地は、雄英高校から少し離れた住宅街の隅にある、小さな公園だった。
緑豊かな木々に囲まれた、静かな公園。
ここは、今から約半年前——中学三年の冬休み、異世界から手ぶらで飛ばされ、二日間水だけで空腹の限界に達していた遥が「きゅぅ」と倒れ、それをたまたま通りかかった一が『満腹バー』で買い取……もとい、救った思い出の場所であった。
「懐かしいなー。あの時の遥ちゃん、マジで飢えた野良猫みたいな目をしてたもんな。『二日間、水以外摂取してなくて…』とか言いながら、俺が渡した満腹バーに両手でガツガツ食らいついてさぁ」
「うっ……! そ、それを今言う必要ありますか!? あの時は本当に行き倒れ寸前だったんですから!」
遥は真っ赤になって抗議するが、公園のベンチに腰を下ろすと、感慨深そうに周囲を見渡した。
「でも……そうですね。あの日、ここで一に会えて……おばさんやおじさんに会えて、本当に良かったです。もしあのまま倒れていたら、私は今頃どうなっていたか……」
遥の瞳に、少しだけしんみりとした色が宿る。
元いた世界から突然の次元転移。見知らぬ世界、見知らぬ街、戸籍すらない状態。ヒーローとしての誇りだけを胸に必死に気張っていた少女を温かく迎え入れてくれたのが、この笑井家だった。
「本当の思い……というか、感謝してるんです。一のその……変なところも、私の正体(サクラスパイダー)を普通に受け入れてくれたところも。笑井家は、私の本当の居場所みたいで……」
ぽつりと漏らされた、遥の本音。
木漏れ日が彼女の綺麗な髪を照らし、照れくさそうに微笑む姿は、あまりにも破壊的で、あまりにも尊かった。
空気は完全にエモいラノベのクライマックス。
BGMが流れ出しそうなほどの感動的な空間。
だが——相手は笑井一である。
「うむ……! 遥ちゃんのその健気な感謝の言葉と、ベンチで無防備に足を投げ出してる姿……実にグッとくる! そして、母さんのお弁当を食べた後に食う、このコンビニの『ミルクアイスバー』をペロペロ舐める遥ちゃん……うん、やっぱりなんかエロい!!」
「……」
「おや? 遥ちゃん? なぜアイスを握りしめたまま無言で立ち上がり、右足を後ろに引き……」
「——変態!!!!」
「ドガシャァァァァンッ!!?」
静かな公園に、激しい打撃音が響き渡った。
スパイダーパワーが乗った容赦ない前蹴りが一の腹部にクリーンヒットし、彼はアニメの吹っ飛び作画のように勢いよく後方の植え込みへと突っ込んでいった。
「痛ぇぇぇぇ! 折れる! 回復力があっても精神的ダメージで折れる!!」
「自業自得です! どうして感動的な雰囲気から一瞬でセクハラにシフトできるんですか! あなたの脳みそはカートゥーンのギャグでできてるんですか!?」
「カートゥーンでできてるよ!! 知ってるだろ!!」
植え込みから頭に葉っぱを乗せた一が這い出てくる。
遥は「ふん!」と息を吐きながらも、手にしたミルクアイスバーの先端をペロリと舐めた。その姿がやっぱり無自覚に可愛くて、一は密かに鼻の下を伸ばすのだった。
◇
公園でお弁当(と前蹴り)を満喫した二人は、続いて駅前の大型ショッピングモールへと向かった。
本日の裏メインイベント——「飛騨遥・私服コーディネート大作戦」である。
「よし遥ちゃん! 普段の地味……ゴホン、シンプルな服から脱却し、今日は俺のプロデュースでバチッと決めるぜ!」
「地味って言いましたね? あと、一のセンスは信用していないので、私が自分で選びます」
そう言いつつも、華やかなアパレルショップに足を踏み入れると、遥の目が輝いた。
異世界でヒーローとして戦う日々を送っていた彼女にとって、こうして普通の女の子として服を選ぶ時間など、ほとんど無かったのだ。
「これ……可愛いですね。でも、ちょっと派手でしょうか……?」
「どれどれ? お、肩が出てるオフショルか! いいじゃんいいじゃん! 遥ちゃんスタイルいいんだから絶対似合うって! ほら、試着室へGO!」
一に背中を押され、遥は戸惑いながらも数着の服を抱えて試着室へと入っていった。
カーテンが閉まる。
一は試着室の前のソファに腰掛け、ヒマそうに足をぶらぶらさせた。
(ふっふっふ……ラノベや漫画の定番なら、ここで『うっかりカーテンを開けちゃって着替え中のヒロインとエンカウント!』というラッキースケベが発生するのがお約束! だが俺は知っている! それをやったら遥ちゃんのスパイダーセンスが反応して、カーテン越しに音速のローキックが飛んできて俺の首骨が折れるということを!!)
メタ的な危機管理能力を発揮し、おとなしく座って待つ一。
やがて、シャーッとカーテンが開く音がした。
「あの……一。これ、どうでしょうか……?」
おそるおそる試着室から出てきた遥の姿を見て、一の思考は完全に停止した。
そこにいたのは、淡いピンク色のブラウスに、膝上の白いフレアスカートを合わせた遥だった。
いつも結んでいる髪を少し下ろし、照れくさそうに裾を指先でつまんでいる。
清楚でありながら、年相応の華やかさと可愛らしさが爆発していた。
「……あ」
「な、なんですか……? やっぱり変ですか……? 似合ってないなら着替えて——」
「うおおおおおおおおおおっ!!! 萌え死ぬ!! 萌え死んでまう!!! 尊さの過剰摂取で俺の命の灯火が消えるうぅぅぅ!!!」
「きゃあ!? なに急に悶絶してるんですか!?」
ガバッと胸を押さえて床に転がり回り、白目を剥いて泡を吹きかける一。カートゥーン的な命の危機である。
「ま、マジで似合ってる……遥ちゃん超絶カワイイ……結婚してくれ……」
「ななな何言ってるんですかバカ!! 服買ったらすぐ帰りますよ!!」
真っ赤になった遥がバシバシと一の肩を叩く。
結局、そのピンクのブラウスとスカートセット、そして一が「これも絶対似合う!」と押し切った爽やかなワンピースの計二着を購入し、二人は満足(?)のうちにショップを後にした。
◇
買い物を終え、モールの外に出て小腹を満たすための食べ歩きタイム。
二人の手には、行列のできるクレープ屋で購入した特大クレープが握られていた。
遥のは「イチゴチョコ生クリーム」、一のは「バナナキャラメルカスタード(生クリーム増量)」。
「ん〜〜っ! 美味しいです……! クレープなんて、こちらの世界に来て初めて食べました……!」
「だろ? この甘さの暴力こそが文明の利器よ。あ、遥ちゃん、口元に生クリームついてるぞ」
「えっ、どこですか?」
「ここ。……ん、あーんしてくれたら取ってあげるけど?」
一が冗談めかして自分のクレープを差し出すと、遥は一瞬ジト目になったが——ふっと意地悪そうな笑みを浮かべた。
「じゃあ……一のバナナクレープ、一口ください」
「えっ、マジで!? イイの!?」
遥がほんの少し背伸びをして、一のクレープの先端——たっぷりと乗った生クリームとバナナを、桜色の小さな舌でペロリと舐め、そのまま小さなお口でハチッと一口かじり取った。
「ん……美味しいです。甘くて」
舌先で唇のクリームを舐めとる遥。
その破壊力たるや、核爆弾級。
(あ、あ、あ〜〜〜〜〜〜っ!!! 間接キス!! 間接キス&ペロペロあーん!! 萌えの過剰ノックアウトぉぉぉぉ!!)
「ぶふっ!?」
一の鼻から、まるでケチャップのチューブを力任せに絞り出したかのような勢いで血煙(鼻血)が噴射された。
「ギャーッ!? 一、鼻からすごい勢で血が!? 大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫……カートゥーン主人公は……萌え死ぬと鼻血を噴射して快復するシステムだから……」
「どんなシステムですか!! 早くティッシュ!!」
◇
そんな甘酸っぱくもカオスなデートの最中——平和な街の空気を切り裂くような悲鳴が響き渡った。
「誰かー! ひったくりよー! 誰か捕まえてー!」
「ヒャッハー! 雄英が休校でヒーローの目が届かない隙に、ひと稼ぎだぜぇぇぇ!」
モールの敷地内を、女性のハンドバッグを抱えたガラの悪い男(ヴィラン)が猛スピードで走り抜けていく。男の個性は「脚力の強化」らしく、人間の領域を超えた速度で人群れを縫うように逃走していた。
周りの人々が騒然とし、警察に通報しようと慌てふためく中。
クレープを持ったままの一と遥は、顔を見合わせた。
「……一。どうします?」
「どうするもこうするも……せっかくの初デート(仮)の甘い雰囲気をぶち壊された俺の怒りは、エベレストより高いぜ?」
一はポケットからティッシュを引き抜き、鼻に詰めると(※鼻血は止まった)、スッと懐に手を入れた。
そして取り出したのは——どこからどう見てもプラスチック製の、カラフルなピコピコハンマー(巨大サイズ)。
「遥ちゃん、足止め頼む」
「了解です」
遥は買い物袋をベンチにサッと置くと、手首のホルダーに指をかけた。
次の瞬間——
シュパァンッ!!
透明な蜘蛛の糸が目にも留まらぬ速さで射出され、遠くで逃走していたひったくり男の両足首に正確に巻き付いた。
「なっ、なんだぁぁぁ!? 足が動か……!?」
「さあ来い、フィニッシュの瞬間だ!」
遥が糸をグイッと引き寄せる。
男の体が物理法則を無視してバックジャンプするように、二人の方へと猛スピードで逆噴射引き戻されてきた。
そこへ待ち構えていたのは、巨大ピコピコハンマーをフルスイングの体勢で構える笑井一!
「喰らえヴィラン! 楽しかったデートの邪魔をした罪は重いぞ! 『カートゥーン式・脳天ピコピコ大打殺』!!」
ピコーンッ!!
甲高い間抜けな音が街中に響き渡った。
ピコピコハンマーの直撃を受けた男は、白目を剥いて旋回しながら地面に突き刺さり、そのままピクピクと震えて気絶した。
「ふぅ……一件落着。お巡りさ〜ん! ここにひったくりが転がってま〜す!」
一が警察に向かって手を振る。
周囲の買い物客たちから「おおーっ!」「一瞬で倒した!」「あの高校生たちすごい!」と大きな拍手が巻き起こった。
遥は呆れたように息をつきつつも、一の横顔を見てふふっと小さく笑った。
「まったく……ピコピコハンマーでヴィランを倒すヒーローなんて、あなたくらいですよ」
「何を言ってるんだ遥ちゃん。カートゥーンにおいて打撃音の可愛さは最強の武器なんだぜ? さて……邪魔者も消えたことだし、クレープの続きを食べますか!」
「そうですね。次は……一が私に『あーん』してください」
「えっ!? マジで!? 俺が遥ちゃんに!?」
「ただし、変な顔をしたら即座に前蹴りです」
「厳しい! 条件がプロの格闘家並みに厳しい!!」
夕暮れ時。
オレンジ色に染まる街並みを、二人は並んで歩いていく。
不条理なギャグと、少しの暴力と、たくさんの甘さに満ちた、笑井一とサクラスパイダー(飛騨遥)の臨時休校デート。
二人の賑やかで温かい日常は、これからもまだまだ続いていくのだった。
ヒロイン追加
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