藍色の漁師と或る店の店主   作:サラダチキンとプロテイン


原作:Limbus Company
タグ:R-15 残酷な描写 藍色の老人
 その男は老いていた。

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藍色の漁師と或る店の店主

 この漁師と出会ったのは随分と昔のことだった。

 いつも通りに店を開いていると、フラフラとした足取りで一人の男が入店した。白髪の壮年の男は、ゆっくりと椅子に座り、酒を飲んでいた。

 最初は気に止めることもしなかった。ここまで歳を重ねたフィクサーが大湖で活動するのは確かに珍しいが、別にあり得ないわけではない。

 俺がその男を認識したのは、知り合いのとこのガキがそいつについてまわり始めたからだ。暇さえあれば男の漁の準備を手伝って、金ができればその男に何かを奢ろうとしていた。

 ある日、その男とガキは珍しくカウンター席に座った。俺から近い位置にあるカウンター席からは、意識せずとも会話が聞こえてくる。

 

「明日はどこまで行くの?」

「ずっと遠くまでじゃろうな。風が変われば戻る。明るくなる前に沖を出られればいいんじゃがの」

 

 正気を疑った。俺の耳と頭がおかしくなった訳じゃないなら、この男は今、大湖の奥深くへ向かうと言ったのだ。あの五つの厄災が蔓延る地獄に。

 思わず振り向いた。そして、俺はそれに目を奪われた。

 その老人の眼に宿る不屈に。隣のガキに勝るとも劣らない、何かを成そうとする意思に。

 チリチリと、男の咥えている葉巻に火が燻っている。その火は、海と同じく藍色に輝いていた。

 

「ねえ、店主さん。二人分の料理を包んでくれない?」

 

 その夜、男についてまわるガキが俺に声をかけてきた。俺は咄嗟に聞いた。

 

「あの漁師に渡すのか?」

「サンチャゴのこと?それならそうだよ」

 

 ぼんやりと、あの男の葉巻の藍色を思い出す。俺は何も言わずに金属容器に料理を詰めて、ついでに引っ張り出した二本のビールと一緒に目の前のガキに手渡した。

 

「ありがとう。お代は…」

「いらん」

 

 目の前のガキが目を丸くする。

 

「これは大湖の奥に潜る漁師と、その仲間への餞別だ」

 

 ガキは嬉しそうに笑った後、礼を伝えて去っていった。

 

 

 その日から数日、あの漁師はここに顔を出さなくなった。大湖の奥深くに向かったのだから、生きて帰って来れる筈がない。港中で漁師の死が囁かれる中でも、あのガキは表情を崩さなかった。

 

「不安じゃないのか」

「うん。サンチャゴは絶対帰ってくるから」

 

 そう話す少年は、真っ直ぐ大湖を見据えていた。

 

 

 何かが水を掻く音がした。霧の向こうから藍色の光が覗く。一人の老人が乗った小舟は、後ろに大きな鯨を引っ張ってきていた。

 周りのフィクサーがどよめく中、少年が走り出すのを見届けて、俺は笑った。

 

 船から降りてゆっくりと歩いてくる老人は、最早傷のないところを探した方が早い程に酷い有様だった。それでも、やはりその眼だけは誇り高い獅子のような輝きを持っている。

 真っ直ぐこちらへ向かってきた漁師は、俺に向かって一つの容器を差し出した。

 

「飯の代金じゃ。」

 

 手短にそう告げて、背を向けて去っていく。中に入っていたのは、かの五大厄災である全てを貫くマカジキ鯨の肉だった。ご丁寧に時間保存容器に入れられたそれを見て、思わず乾いた笑いが漏れる。随分と過分な代金を受け取ってしまったものだ。

 目を赤く腫らした少年が、誇らしげにこう言った。

 

「言ったでしょ?帰ってくるって!」

 

 今度の笑いは、乾いたものではなく、暖かいものだった。

 

「なんでお前が誇らしげなんだ」

 

 どちらともなく笑いをこぼしてから、少年が老人の後を追っていく。

 

 チリチリと、いつものようにあの老人の葉巻の藍色が揺らめく。

 老人が藍色であると知ったのは、それから暫くしてからだった。





老人はきっと今もライオンの夢を見ているだろう。

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