田舎とお酒と癒しの物語   作:BTR-90

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よろしくお願いします。


出会いは突然に

朝霧が山の木々の間にゆっくりと流れ込む頃、二階堂健太はいつものように鶏小屋の前に立っていた。

三十路を目前に控えた彼の体は、父から受け継いだこの土地を一人で守り続けるうちに、引き締まった筋肉を纏っていた。斧を軽く振り回すだけで木を割り、猟銃を構えれば山の獣を仕留め、川に網を下ろせばアユや鱒が銀色に跳ねる。

「今日も元気だな、お前ら」

鶏たちが慌ただしく餌を突く音を聞きながら、健太は小さく笑った。村はもう、彼以外に住む者はいない。中学 高校と農業に付いて積極的に学び山向こうの農業大学に進学、その後この村に戻り父と暮らした。父が亡くなって数年、母はもっと前に都会の病院で息を引き取っていた。

広大な田畑では稲が青々と育ち、牛の乳搾りを終えた桶が重く揺れる。

 

健太「よしよし、今日も沢山乳を出してくれてありがとうな!」

 

牛を優しく撫でる健太、豚たちは泥の中で満足げに転がり、川の流れは今日も変わらず澄んでいる。

電気は細い電線で山を越えて届き、水は川から直接引いている。

下水の浄化施設も、昔の村の設備がまだ健在だ。

週に一度、愛車で山道を下って小さな町へ行き、塩や醤油、灯油や電池を買い自分の作った米や野菜を山の下の道の駅で売る。それだけで十分だった。

ハンティングの獲物を解体する作業は、もう彼の日常の一部。

血の匂い、刃物の冷たさ、命の重み——それらを丁寧に扱うことで、健太はこの土地と深く結びついていると感じていた。

しかし、今日の朝は少し違った。

川の上流の方から、かすかな人の声のようなものが聞こえた気がした。

 

健太「上流の方に行ってみるか。」

 

健太は川の岩場伝いに上流へと歩き出す。

川の岩陰に身を潜め、健太は息を殺してその光景を見つめていた。

二人の女性は、二十歳前後くらいだろうか。どちらも整った顔立ちで、一人は少し背が高く髪の毛は薄い茶色、もう一人は華奢で儚げ、こちらは髪の毛はピンクだ、物悲しそうな表情で川面を見つめ、互いの手を固く握り合っていた。

 

「そろそろ……行こうか? 最後に言わせて。大好きだよ、ゆかり」

 

「私も大好きだよ、みより」

 

その言葉を聞いた瞬間、健太の胸に冷たいものが走った。二人はゆっくりと川縁に近づき、今まさに足を踏み出そうとしている。

 

「やめろ! 早まるな!!」

 

咄嗟に声が飛び出した。

二人がびくりと肩を震わせ、こちらを振り向く。驚きのあまり、みよりの足が岩の苔で滑った。

 

「きゃあっ!」

 

「嘘……やだやだやだ! 置いてかないで、ゆかり!!」

 

川に落ちたゆかりを追いかけるように、みよりが必死に手を伸ばす。健太は迷わず岩場を蹴り、冷たい川に飛び込んだ。

激しい水流が体を襲う。必死に泳ぎ、沈みかけたゆかりの体を抱きかかえた。彼女はすでに意識を失っていた。

岸に引き上げると、みよりが泣きながら駆け寄ってきた。

「ねぇ、起きてよゆかり……やだよ。行くなら二人でって言ったじゃん……」

 

大粒の涙がぽろぽろと落ち、みよりは震える手でゆかりの胸や頰をさする。唇が青ざめ、息がない。

健太は「離れてろ」と言い、すぐにゆかりの体を真っ直ぐに寝かせ、人工呼吸を開始した。冷たい水と必死の行動で、自分の体も震えていたが、動作は確かだった。

何度目かの人工呼吸の後、ゆかりの胸が大きく波打ち——

「ブフゥゥッ!」

 

口から大量の水が吐き出され、激しい咳が続いた。

「ゆかり!?」

「みより……? 私……どうなったの?」

 

ゆかりの目がゆっくりと開く。みよりは声を上げて泣きながら、彼女の体に飛びついた。

 

「よかったぁ……目が覚めた! 本当によかった……もう離さないからね……」

 

二人は川縁で強く抱き合い、互いの体温を確かめるように震えていた。

健太はその様子を少し離れたところで眺め、濡れた服から滴る水を払った。心臓がまだ激しく鳴っているが、声は穏やかだった。

 

「二人共、何があったか無理には聞かない。取り敢えず俺の家に来い。服を乾かして、暖かい飲み物を出そう。話したくなったら、どうして飛び込もうとして居たのか教えて欲しい。今会ったばかりの男を信じてくれとは言わない。だが君達の事が心配なんだ。」

 

みよりとゆかりが、はっと顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになった顔で、初めて健太をまともに見つめる。二人の目には、警戒と、わずかな安堵が混じっていた。

みよりとゆかりは顔を見合わせ、少し迷うような間を置いた後、こくりと頷いた。

 

「わかりました。助けていただいた恩もあるので……付いて行きます。」

 

道中、二人はずっと手を繋いだまま、しっかりとした足取りで健太の後ろをついてきた。

時折、互いの指を強く握りしめ、さっきの出来事を思い出すように肩を寄せ合う。

健太は前を歩きながら、無理に話を振らず、時々足元が悪い場所を声をかけて注意するだけだった。

みよりがゆかりに小さく耳打ちをする。

 

みより「ねぇゆかり、どう思う、あの人?」

 

ゆかり「少なくとも悪意は感じない。純粋に心配しているだけだと思う。」

 

みより「だよね。でも男の人はわからないからなぁ、身体を差し出せなんて言われたらどうしよう。」

 

みよりが少し肩を落としながらビクッとする。

ゆかりはニコッと笑い

 

「その時は隙を見て逃げ出そう!」

 

そう言いながら歩く、山道を少し下った先に、広々とした平地が開ける。平地には田んぼや畑が広がっている。奥にはビニールハウスもあった。

その先の坂道を登るとそこに、父から受け継いだ大きな木造の家が現れた。古さを感じさせるが、手入れは行き届いており、近くにはこちらにも田畑と家畜小屋が広がっている。

 

「ここが我が家だ。ちょっと玄関で待って居てくれ」

 

健太はそう言い、二人の前で先に家に入った。すぐにバスタオルを二枚持って戻ってきて、二人に手渡した。

「……ありがとうございます」

 

そこで初めて、二人の口から言葉が出た。小さく、か細い声だったが、確かに「ありがとう」と言っていた。

健太は少し照れくさそうに頭を掻きながら続けた。

 

「身体が冷えるといけない。まずは風呂に入った方がいい。ちょうどこの後入ろうと思って焚いておいたんだよ。風呂場は廊下の角を曲がって左だ。好きなだけ使ってくれ」

 

「ありがとうございます……」

 

健太は続けて言う「それと悪いが着ているものを洗濯してしまってもいいか?家のは洗濯乾燥機だからすぐ乾くと思うが」と優しく問いかける。

 

ゆかり「すみません、色々ご迷惑かけてしまって、よろしくお願いします。」と小さく会釈する。

 

健太は「気にするな」とニコッと笑う。

 

二人はもう一度小さく礼を言い、会釈をして風呂場へと向かった。手を繋いだまま、互いに寄り添うように廊下を進んでいく後ろ姿を見送り、健太は小さく息を吐いた。

家の中は広く、木の香りが漂っている。台所では湯を沸かす準備をし、温かい飲み物を用意し始めた。外はもう薄暗くなり、川の音が遠くに聞こえてくる。

(あいつら……一体何があったんだ……)

健太は内心で呟きながら、乾いた服に着替え、二人が風呂から上がるのを待った。

 

健太は台所で湯を沸かし、二人分の温かい飲み物を用意しながら、ふと目を上げた。

風呂場のほうから、微かに水音が聞こえてくる。

 

(……服が濡れたままだと、身体が冷えるな)

 

彼は静かに動き出した。玄関近くに置いてあった二人の濡れた服を丁寧に拾い上げ、洗濯機へ入れる。

山奥の家とはいえ、洗濯乾燥機は数年前に買い替えたもので、使い慣れていた。洗剤を入れ、コースを選んで回す。乾くまで少し時間がかかるが、彼女達が上がってくる頃には乾いた服を渡せるだろう。

湯を沸かしながら、健太はぼんやりと考えていた。

二人はなぜあんなに悲しげな顔で川に飛び込もうとしたのか。無理に聞き出すつもりはないが、もし話したくなったら……その時はちゃんと聞こう。

やがて乾燥機の音が止まる。健太は乾いた服を丁寧に畳み、バスタオルで包んで風呂場の方へ向かった。

廊下を進むと、風呂場のドアが少し開いている。湯気がもれてくる中、脱衣所の奥から——

 

「……ごめんね、みより……私、怖くて……」

 

「ううん、私こそ……ゆかりを一人にしちゃいけないって思ってたのに……」

 

二人の泣き声が、静かに聞こえてきた。

互いの名前を呼び合いながら、抑えきれない嗚咽が漏れている。抱き合っているのだろう、声が少し重なっていた。

健太は足を止め、息を殺した。

(……無理に声をかけちゃいけないな)

彼はそっと、畳んだ服を脱衣所の棚の上に置いた。バスタオルごと、丁寧に重ねて。

二人が気付かないように、音を立てないよう細心の注意を払って。

 

「…………」

 

一瞬、ドアの向こうの泣き声に耳を傾けたが、すぐに背を向けた。

健太は静かに廊下を引き返し、台所へ戻った。

(あいつら……相当、辛いことがあったんだな)

彼はもう一度、湯を沸かし直しながら、二人を待つことにした。

無理に慰めたり、詮索したりはしない。ただ、必要なら話を聞く。

それが、今の健太にできることだった。

 

その頃風呂の中で二人は落ち着いた様子で話す。

 

みより「あの人意外に優しいね、お風呂まで貸してくれて、しかもここのお風呂めちゃくちゃ広いし。」

 

ゆかり「あの人ずっとここに暮らしてるみたいね。建物も年期入ってるけど綺麗だし、車も大きなトラック?みたいなのだし、それにみよりも見たでしょ?あの大きな畑や田んぼ、全部一人で管理してるのかな?」

 

みより「牛とか豚 鶏も居たよね。自給自足ってやつかな。兎に角最初に心配してた嫌な感じは無い、信用してもいいかもね」

 

ゆかり「でもまだ。警戒はしないとね!」

 

そう言うと二人は風呂から上がり脱衣所で身体を拭いた。

みよりがふと気付いた。

「あれ?いつのまにか服が畳んで置いてある。」

 

ゆかりが少し驚いた様子で言う

「あの人来てたんだ?もしかしてわざと声掛けなかったとか?」

 

みよりがニコッと笑いながら「ありえるね、なんか優しそうだもん」

 

二人は乾いた服に着替えて廊下を歩いた。




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