自分が書きたいように書きます。
「いい加減にしないか、これは決定事項だ!」
男の大声が、広い応接間に響き渡った。
スーツを着て重厚な椅子に座る父の前に、ゆかりは背筋を伸ばして立っていた。
彼女の目は一切笑っておらず、真面目で冷たい光を湛えている。
ゆかりは感情を押し殺した、冷静な声で言った。
「ですからお父さん、ちゃんとお伝えしたはずです。私は新次郎さんとは結婚しません。この家も継ぎません。私には恋人がいます。」
すると、父の椅子の隣に立っていた母が、呆れたようにため息をついた。
「恋人ってあの女のこと? くだらない。女同士なんて所詮遊びでしょ? 気持ち悪い!
第一、今のこの国で女同士で結婚できるわけがないじゃない。現実を見なさい!」
ゆかりは微動だにせず、静かに返した。
「お母さん今はパートナーシップ条例というものもあります。限定的ですが、社会的保証も受けられます。」
父は苛立った様子で声を荒げた。
「そう言う事を言っているんじゃない! 女は男と結婚するのが普通だ。良いからお前は親の言う事に従え。」
その言葉を聞いた瞬間、ゆかりは心の中で静かに思った。
(あぁ、もうこの人達に何を言っても無駄だ……。
わかってはいたけど、本当に幻滅だ……)
ゆかりはキッと両親を睨みつけ、冷たい声で言った。
「お二人の言いたい事はわかりました。
少し頭を冷やしたいので、これで失礼します。」
そう言って、ゆかりはきびすを返し、部屋を出て行った。
背後から母の声が追いかけてきた。
「ちょっと待ちなさい、話はまだ終わって——」
父はため息をつきながら、
「ほっときなさい、全く誰に似たんだ。小さい頃はあんなに従順だったのに……」
と悪態をついた。
ゆかりは廊下を歩きながら、静かに拳を握りしめた。
(もう……ここにはいられない)
廊下を歩いていると、家政婦の佐久間さんが静かに近づいてきた。
「お嬢様、お話はどうでしたか?」
ゆかりは小さく首を振った。
「予想通りダメだった。佐久間さん、例の計画を実行するわ。」
佐久間さんはわずかに黙り込んだ後、静かに頷いた。
「わかりました。手筈は整っています。
既にお二人の個別スマホを用意していますし、お金の方も、お父様とお母様がゆかり様のために貯めたお金と小遣い口座の全額を、ゆかり様の新しく作った口座に移してみより様の口座にも入れておきました。こちらが通帳とキャッシュカードです。1億5000万程入っています。」
ゆかりは目を丸くした。
「そんなに? なんだか多すぎる気がするのだけれど……」
佐久間さんは穏やかに微笑んだ。
「お父様もお母様も、ゆかり様の口座にへそくりを隠して居たみたいです。」
ゆかりは真面目な顔で深く頭を下げた。
「ありがとう、佐久間さん。今まで協力してくれて……」
佐久間さんは優しく微笑み、
「良いんですよ。ゆかりお嬢様の幸せこそが私の幸せです。
みより様とどうか末長くお幸せに。」
そう言って、裏口の扉を静かに開けた。
ゆかりは振り返り、最後に小さく笑った。
「ありがとう、佐久間さんも元気で!」
そして、ゆかりは夜の闇に向かって走り出した。
佐久間さんはその後ろ姿を見送りながら、心の中でそっと呟いた。
(どうか身体だけはお気をつけて……!)
地元の駅で、ゆかりを待っていたみよりは、改札口から出てくる姿を見つけると大きく手を振った。
「あ、来たー! ゆかり〜こっちこっちー!」
(やっと……ゆかりが来てくれた……)
みよりの胸は安堵と緊張でいっぱいだった。
家での親とのやり取りが頭をよぎり、胸が締め付けられる。
ゆかりは息を切らしながら駆け寄り、
「お待たせ。大丈夫だった?」
みよりは首を横に振り、苦い笑みを浮かべた。
「家もね、ダメだったよ。『子供の顔が見れないなんて親不孝にも程がある』とか、『女同士なんて理解出来ない』とか……」
(本当はもっと酷い言葉も言われたけど……ゆかりに心配かけたくない……)
ゆかりは肩を落としてため息をついた。
「やはりみよりの親御さんも駄目なのね……。時間がない。いつ追っ手が来るかわからない。
出来るだけ遠くに逃げましょう。幸いまだ日が出てる。行ける所まで行って宿を探すの。」
そう言って、ゆかりはみよりの手を強く握った。
みよりはその温もりに、胸が熱くなった。
(ゆかりの手……震えてる……。
私も怖いよ。でも、ゆかりと一緒ならどこまでも行ける。
この手、絶対に離さない……)
二人はATMでお金を下ろし、券売機でICカードに限度額一杯までチャージした。そして改札をくぐり、大きなターミナル駅を目指して電車に乗り込んだ。
揺れる車内で、みよりが小声で聞いた。
「ゆかり、何処いくの?」
ゆかりは真っ直ぐ前を見つめながら答えた。
「出来るだけ遠くの田舎がいい。佐久間さんが上手く言いくるめているかもしれないけれど、それも長くは持たない。
兎に角、探しに来れない場所に行こう。」
みよりは少し明るく笑って、
「なんだか駆け落ちカップルみたいだね。愛の逃避行的な?」
(……本当は怖いのに、ゆかりを安心させたくて……笑ってる自分が少し不思議)
ゆかりは呆れながらも、思わず笑みをこぼした。
「みよりはこんな時に良く笑って居られるわね。でも好きな人と駆け落ちって……ロマンチックかも。」
そう言って、二人は強く手を握り合った。
電車の窓から流れる景色を眺めながら、二人はこれからの未知の道を、互いの温もりだけを頼りに進んでいった。
ターミナル駅に着いた二人は、夜行バスに乗り換えた。
長い移動の末に別の大きなターミナル駅に到着した時には、既に夜が深くなっていた。
ゆかりは疲れた様子で周りを見回し、
「今夜はこの街に泊まろう。宿は?」
するとみよりが少し顔を赤らめて、
「ねぇゆかり、泊まりたい場所があるんだけど、いい?」
そう言って、ゆかりの手をそっと引いた。
連れて行かれた先は、ラブホテルだった。
みよりは少し照れくさそうに、
「ここならバレないよね?」
そう言いながら、ホテルの中に入った。
フロントで部屋を取ると、二人はエレベーターで部屋へ向かった。
ドアが閉まると、みよりは小さく息を吐いた。
(やっと……二人きりになれた……。
今日一日、ずっと怖かった。親の言葉、ゆかりの家のこと……でも今、ゆかりの手が温かい……)
ゆかりはみよりの手を握り返し、優しく微笑んだ。
「うん……今日は本当にありがとう、みより。」
(みよりがいてくれてよかった……。
一人だったら、きっと途中で心が折れていた……。
この温もりだけが、今の私の支え……)
部屋に入った二人は、ようやく肩の力を抜いた。
狭いながらも清潔な部屋で、二人はそっと抱き合い、今日の疲れを癒すように寄り添った。
外の世界から逃れてきた二人は、この夜、互いの温もりだけを頼りに、静かな時間を過ごした。
心の奥底で、二人は改めて誓っていた。
(二人ならなにも怖くない)
次の日、二人は朝早くホテルを出た。
コンビニで簡単な朝食を買い、再び夜行バスを乗り継いだ。
その後もバスを何度も乗り継ぎ、気が付くと二人は全く知らない田舎町に辿り着いていた。
疲れと不安を抱えながらも、二人は地元の人に観光客を装って聞き回った。
「この辺で綺麗な場所はないか」と尋ねると、親切なおばさんが教えてくれた。
「ここから市外に行くバスで、県境の村があるよ。そのバス停で降りると、そこそこ大きな川がある。すごく綺麗だから行ってみて!」
教えてもらったバスに乗り、二人はその村を目指した。
バスが山道を上るにつれ、景色は次第に緑深くなっていった。
窓から見える田畑や木々の向こうに、大きな川の流れがちらりと見え始めた。
みよりはゆかりの手を握りながら、小さく呟いた。
「ここなら……少し落ち着けるかもしれないね。」
ゆかりも静かに頷いた。
「うん……ここで少し休もう。」
二人は知らない土地の風を感じながら、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。
バスを降りた二人は、教えられた道を歩いて川辺へ近づいた。
大きな川のせせらぎが、静かに耳に届く。
夕方の柔らかな光が水面をきらきらと照らし、穏やかな景色が広がっていた。
二人は川縁に立ち、しばらく無言で流れを見つめていた。
その時、不意にゆかりのスマホが鳴った。
ゆかりが画面を見て、
「あ、佐久間さんからだ。」
みよりが心配そうに聞いた。
「なんだって?」
ゆかりの顔が一瞬で曇った。
「……バレたって。私が居ない事!」
みよりは下を向き、淋しそうに呟いた。
「そっか……」
二人の間に、重い沈黙が落ちた。
みよりが不意に、静かな声で言った。
「ねぇゆかり……死んじゃおっか?」
ゆかりが目を見開き、慌てて振り向いた。
「は? なに言ってるのみより?」
みよりは下を向いたまま、ぼんやりと川の流れを見つめながら続けた。
「このまま逃げ続けてもいずれ捕まる。それならいっそ誰も来れない所に二人で行っちゃえば良いかなって思ったの……。」
ゆかりは言葉を失い、みよりの横顔をじっと見つめた。
心の中で激しい葛藤が渦巻いていた。
(みより……本気で言ってる……?
私も……もう疲れた……。
でも……本当にここで終わりにしていいの……?)
川のせせらぎだけが、二人の沈黙を優しく包み込んでいた。
ゆかりはみよりを見つめた。
みよりが静かに、でも真剣に聞いた。
「どうするゆかり? このままだと私達離れ離れになっちゃうよ? 良いのそれで?」
ゆかりは深く息を吸い、覚悟を決めたかのように言った。
「そうね……なんだかもう疲れちゃったし、ここまで楽しかったから、もう終わっても良いかもね……。」
そう言って、二人は立ち上がり、川辺の岩に登った。
川のせせらぎや涼しい風を感じながら、しばらく立ち尽くす。
不意にみよりが、穏やかな笑顔で言った。
「そろそろ……行こうか?
最後に言わせて。大好きだよ、ゆかり。」
ゆかりも笑顔で返した。
「私も大好きだよ、みより。」
二人は手を強く握り合い、岩から脚を踏み出そうとしたその時——
大きな声が響いた。
「やめろ! 早まるな‼️」
最近中学校の頃に所属して居た部活の先輩に会いました。懐かしいです。ビールを奢ってもらい帰りがてら一緒に話をしました。皆変わっていく、変わらないものなんて一つもない。そう思い知らされました。