6月の土曜日、城戸譲司の机に2台目の液晶モニターが置かれた。
中古品で、画面の右端に細い傷があった。電源を入れると、最初だけ白い線が走り、その後は何事もなかったように数字を映した。
600万円を越えた後に購入を決めたが、運用口座からは引き出さず、手元に残していた小遣いとお年玉から払った。口座残高は6,001,556円のままだった。
「これ、夜も二つ点けるの?」
入口に立った遥が聞いた。
「必要な時だけ」
「一つでもずっと点いてるじゃん」
「ずっとではない」
「寝る前も点いてる」
譲司が返さずにケーブルをつなぐと、美佐子が延長コードを持ってきた。
「机の下で絡ませないで。掃除機に巻き込むから」
「分かった」
「それと、夜はカーテン閉めて。外から青く光ってるのが見える」
「画面は青くない」
「色の話じゃないよ」
誠一は部屋へ入らず、廊下からモニターの幅を見た。
「窓、開くのか」
「開く」
「夏に熱がこもっても、扇風機をもう1台置く場所はないぞ」
「いらない」
「そう言って、去年も暑いって言ってただろ」
家族が見ていたのは、利益を得た後に増えた道具の意味ではなく、机の幅と電気代と夜の明るさだった。
譲司は左の画面の上段へ、値上がり率ランキングと売買代金急増ランキングを置いた。下段には個別株の登録一覧と注文画面。右には市場指数、株価指数先物、円相場、業種別騰落、売買代金、上昇銘柄数、下落銘柄数を並べた。
画面を切り替えなくても、個別株と、その外側にある数字を同時に見られる。
東海生活機器を買った時は、会社の決算資料を開くたびに市場指数が隠れた。北陸精密制御と新生コンテンツネットでは、先に市場と業種を見た。それでも、一つの画面で比較するには、何度も窓を閉じて開き直す必要があった。
二つ並べれば、順番を記憶しなくていい。
佐伯は城戸家へ来ると、モニターより机の上の紙を見た。
「列、また増えた?」
「画面が増えた」
「同じだろ」
「表へ入れるとは言ってない」
譲司は右画面の端へ、小さな市況欄を追加した。
原油。
金。
銅。
ゴム。
「株じゃないよね」
「商品」
「買うの」
「買わない」
「じゃあ、何で見るの」
「資源株が動く前に、材料の値段が動くことがある」
「原油が上がったら、石油会社が上がる?」
「そうなる日もある」
「ならない日も?」
「ある」
同じ資源関連でも、原油が上がり、金が下がり、銅だけが前日とほとんど変わらない日があった。円高になれば、ドルで表示された価格が上がっていても、円へ直した増加幅は小さくなる。
佐伯は新しい表を開いた。
商品名。
表示通貨。
前日比。
円換算。
「単位は?」
「画面に書いてある」
「原油と金で違う」
「違う」
「同じ原油が何行もある」
「月が違う」
「月が違うと、値段も変わるの?」
譲司は答えず、東都マーケット情報の説明ページを開いた。商品名の後ろには、月を示す数字が並んでいる。取引期限、受渡し、最終取引日という言葉はあった。文章を読んでも、どの価格を資源株と比べればよいのかまでは分からなかった。
「分からないなら、表に入れない?」
「先頭の価格だけ残す」
「後で先頭が変わったら?」
「変わった日も書く」
「それで、値段が上がったのか、月が変わったのか分かる?」
「月が変わったことは分かる」
「値段の変化とは分けられない」
譲司は列名を「商品価格」ではなく「表示価格」へ直した。
佐伯はそれ以上聞かず、円換算の式を入れた。正確な取引価格を作る表ではない。株式市場へ入る資金を読むため、同じ画面を同じ時刻に写すための表だった。
6月から7月にかけて、譲司は新しい注文を出さなかった。
2台の画面を使う時間だけは増えた。朝は市場が始まる前に気配値を並べ、放課後は終値と売買代金を記録する。夜は海外市場と円相場を確認した。画面を増やせば比較時間は短くなると思っていたが、見える数字が増えた分だけ、閉じる時刻は遅くなった。
美佐子は午後11時を過ぎると、部屋の扉を一度だけ開けた。
「明日も学校でしょう」
「もう終わる」
「その言葉、昨日も聞いた」
譲司は左のモニターを消した。右には市場指数と円相場が残る。片方だけなら終わったことになるような気がして、右を数分長く点けた。廊下へ出た美佐子は戻ってこなかった。
市場指数が上がった日にも、上昇銘柄は一部の大型株へ偏った。円が急に買われると輸出関連が売られ、前日まで強かった業種が翌朝にはランキングの下へ移った。海外の金融機関に関する記事が出るたび、銀行株だけでなく、機械、電機、不動産まで同時に安くなる日があった。
右画面の数字が揃わない。
指数は上昇。
先物は下落。
円は上昇。
上昇銘柄数は減少。
二つの候補ランキングだけを見れば、毎日買える銘柄はあった。だが、資金が市場全体へ戻ったのか、1日だけ売られすぎた株が反発しているのかを分けられなかった。
相場表には、注文なしの日付が増えた。
7月9日には、値上がり率上位の機械株へ買付条件まで書いた。市場指数は前日安値を割っておらず、その銘柄も高値を更新していた。しかし、同じ機械業種の売買代金は前週より減っていた。譲司は数量欄へ進まず、結果欄へ「条件未達」と入れた。
翌日、その株はさらに上がった。譲司は買っていれば得られた金額を暗算したが、表の損益は0円のままにした。夏休みに未約定の利益を0円へ戻した時より、数字を消すまでの時間は短かった。
別の日には、原油が上がり、資源株も上がった。だが市場全体では下落銘柄の方が多く、資源株の中でも出来高が増えたのは一部だけだった。商品価格と業種が同じ方向を向いても、市場全体まで買われたことにはならない。
「二画面にしたのに、前より買わなくなったな」
佐伯が言った。
「見る物が増えたから」
「見たら買えなくなった?」
「条件が揃ってない」
「前は、見えてなかったから買えたのか」
譲司は答えなかった。
600万円は現金のまま残っている。注文を出さなければ、利益も増えない。モニターを増やしてから、口座画面の数字だけはほとんど動かなかった。
それでも、右画面を閉じて個別株だけを見る気にはならなかった。
7月の終わり、原油が上がった日に、資源開発株は下がった。翌日は原油がほとんど動かないまま、資源関連の売買代金が増えた。企業の発表は取引終了後に出たが、業種にはその前から買いが入っていた。
「知ってた人が買った?」
「分からない」
「じゃあ、何で先に動くの」
「発表以外の理由かもしれない」
「原油?」
「為替かもしれない。海外の同業かもしれない。資金が余っただけかもしれない」
「答え、増えたな」
佐伯は商品価格表へ理由を書かなかった。前日比と円換算だけを残す。
8月13日、東亜資源開発が売買代金急増ランキングの資源関連上位へ入った。
始値997円、高値1,023円、安値963円、終値989円。出来高487,500株。
翌14日の終値は1,029円。15日は1,043円、16日は1,059円。17日は高値1,134円、終値1,098円、出来高847,500株まで増えた。
5日間で株価と出来高は増えている。原油と銅の表示価格も前週より高い日が多かった。しかし金は同じ方向へ動かず、円相場も日ごとに変わっていた。
「資源関連なら、全部上がるんじゃないの?」
「全部同じ物を売ってるわけじゃない」
「東亜資源開発は何を見る?」
「資源開発株の売買代金」
「商品は?」
「補助」
「原油が下がったら買わない?」
「それだけでは決めない」
譲司は左画面へ東亜資源開発、右画面へ市場指数と資源関連業種を置いた。商品価格は右端に残したが、注文条件の先頭にはしなかった。
市場指数が前週安値を割らない。
上昇銘柄数が下落銘柄数を上回る。
資源関連業種の売買代金が増える。
東亜資源開発が前週高値1,134円を越える。
1,150円まで。
8月20日、月曜日。午前8時を過ぎると、市場指数先物は前週末より高く、資源関連の2銘柄にも買い気配が入っていた。
午前8時15分、譲司は東亜資源開発へ5,000株、1,150円の買い指値を送信した。
買付代金5,750,000円。買付手数料1,575円。全量約定すれば、現金は249,981円残る。
学校へ向かう途中、譲司は右画面の原油価格を思い出した。上がっていた。しかし、原油が上がったから注文したわけではない。市場、業種、個別株の順番を確認した後に、資源価格が逆向きではないことを見た。
その説明が長くなるほど、どれか一つが崩れた時に何を優先するかは曖昧になった。
放課後、注文履歴には5,000株、1,150円、全量約定と表示されていた。
始値1,103円、高値1,223円、安値1,072円、終値1,190円。出来高1,650,000株。
現金 249,981円。
保有株評価額 5,950,000円。
口座時価 6,199,981円。
買付日の安値では390,000円の含み損になり、終値では200,000円の含み益になっていた。
佐伯は相場表へ商品価格の欄を追加しようとしたが、手を止めた。
「毎日、四つ入れる?」
「全部はいらない」
「東亜資源開発なら、原油と銅?」
「会社の事業はそれだけじゃない」
「じゃあ、何を残す?」
「見た物」
「見た物を全部入れたら、また列が増える」
譲司は備考欄へ「原油、銅を確認」とだけ書いた。値段は商品価格表へ残し、取引理由へ直接つなげなかった。
翌日の終値は1,240円。22日は1,254円、23日は1,283円。月末には1,500円を越えた。
株価が上がるほど、譲司は商品価格表を見る回数を増やした。原油の表示価格が上がった日は保有理由が補強されたように感じ、下がった日は円換算や銅の値動きを探した。表へ書く項目を選べば、保有を続けられる数字だけを残すこともできた。
佐伯は商品価格表へ、譲司が画面を開いた時刻を加えた。
「後から、都合のいい時間だけ拾わないため」
「日中は学校にいる」
「だから、朝と放課後で分ける」
「商品市場は日本の時間だけじゃない」
「なら余計に、いつ見た数字か必要だろ」
譲司は反論せず、朝と夜の欄を分けた。商品価格が株価の原因なのか、同じ資金の動きを別の場所で見ているだけなのかは分からない。分からないままでも、見た時刻だけは固定できた。
市場指数が下がる日にも資源関連へ買いが残り、円高の日には上昇幅が小さくなった。原油と銅が上がっても東亜資源開発が下がる日もあった。右画面は、株価の答えではなかった。
9月に入ると、東亜資源開発は1,700円台へ上がった。10日の終値は1,838円。11日は1,887円。12日は1,885円、14日の朝には1,950円の売り指値を出した。
「商品は下がってない」
佐伯が言った。
「株の売却条件は商品価格だけじゃない」
「業種の売買代金も残ってる」
「高値の更新幅が小さくなった」
「原油が上がれば、また資源株へ来るかもしれない」
「来るかもしれない金は、残高に入らない」
9月14日、金曜日。東亜資源開発は1,854円で始まり、高値1,985円、安値1,811円、終値1,921円。5,000株は1,950円で全量約定した。
売買差益4,000,000円。買付手数料1,575円、売却手数料1,575円。
純利益 3,996,850円。
現金残高 9,998,406円。
1,000万円まで1,594円足りなかった。
遥なら何が買えるかを聞いたはずだった。美佐子なら現金かどうかを確認した。譲司は、あと1,594円という数字だけを見た。
「1,000万円って書く?」
佐伯が聞いた。
「届いてない」
「次の取引で、手数料を引いて1,594円だけ勝てば」
「そのために注文は出さない」
「冗談だよ」
佐伯は残高を丸めず、9,998,406円と入力した。
9月の連休が明けると、市場指数は再び弱くなった。円が買われ、輸出関連が売られる。譲司は東亜資源開発を買い直さなかった。
9月21日、南洋プラント技研を値上がり率ランキングから候補表へ移した。翌営業日以降は、売買代金急増ランキングにも残った。終値は1,056円だった。25日は1,091円、26日は1,094円、27日は1,113円。28日は高値1,194円、終値1,158円、出来高847,500株まで増えた。
資源開発会社そのものではない。資源設備や大型プラントを扱う会社だった。
原油と銅が同じ方向へ動かない日にも、設備・プラント関連の売買代金は増えていた。資源価格が上がった結果だけでなく、将来の設備投資を買う資金が入っているように見えた。
「商品が上がる前?」
「前かどうかは分からない」
「会社の発表は?」
「大型案件の受注は出てる」
「じゃあ、材料で買う?」
「材料の後も買いが続いてる」
「東亜資源開発と同じ?」
「同じなのは、見る順番」
10月1日、月曜日。午前8時を過ぎると、南洋プラント技研は1,200円付近の買い気配だった。設備関連2銘柄も前週終値を上回っている。
午前8時15分、譲司は8,000株、1,200円の買い指値を送信した。
買付代金9,600,000円。買付手数料1,575円。買付後現金は396,831円。
始値1,157円、高値1,267円、安値1,122円、終値1,230円。出来高1,650,000株。注文は1,200円で全量約定していた。
買付日の安値では624,000円の含み損、終値では240,000円の含み益だった。
2件目の保有経過を、譲司は1件目と同じ密度では残さなかった。違う点だけを表へ入れた。
会社 設備・プラント。
株数 8,000株。
1円の増減 8,000円。
商品価格 方向不一致あり。
業種売買代金 増加。
10月下旬、南洋プラント技研は1,400円台まで上がった後、1,399円まで下がった。出来高が増えたまま高値を更新できない日もあった。
「売る?」
「市場全体は下がってる」
「業種は?」
「売買代金は残ってる」
「商品は?」
「揃ってない」
「結局、何を見ればいい?」
佐伯の問いに、譲司はすぐ答えなかった。
「先に市場を見る。次に業種。商品は、その業種に金が入る理由の一つとして見る」
「理由が違っても、株が上がれば持つ?」
「理由より反応を見る」
「反応が残ってるから持つ?」
「そうだ」
譲司は撤退条件を広げなかった。10月後半、終値は1,500円台へ戻った。
10月の終わり、美琴は図書館で一冊のファイルを譲司へ見せた。6月から追っていた工場の記事が、学校新聞の特集としてまとまっている。経営者、従業員、退職した人、取引先。以前より取材先が増え、最初に付けた見出しは使われていなかった。
「完成したのか」
「学校の分は」
「次は?」
「大学でも続ける」
「前に話したかった進路?」
「うん。相談じゃなくて、報告になったけど」
美琴は社会学と報道を学べる学部へ進むと伝えた。6月に送ったメールへ返事がないまま、出願先まで自分で決めていた。
「その記事の会社、上場してる?」
譲司が聞くと、美琴はファイルを閉じた。
「一社だけ」
「名前は?」
「そこから聞く?」
「記事に出てるなら確認する」
「進路の話をしてるんだけど」
「聞いた。社会学と報道」
「それだけ?」
「受かるといいな」
美琴は笑わなかったが、怒りもしなかった。次の取材先の住所を確認し、先に図書館を出た。
譲司は残された記事を開き、上場会社の名前を探した。株価を確認した後で、美琴が選んだ大学名をもう一度思い出した。
11月に入ると、南洋プラント技研は1,800円を越えた。
11月15日の終値は1,841円。高値は1,953円まで上がったが、終値では押し戻された。譲司は翌朝、8,000株、1,900円の売り指値を出した。
11月16日、金曜日。始値1,858円、高値1,934円、安値1,803円、終値1,866円。売り注文は1,900円で全量約定した。
売買差益5,600,000円。買付手数料1,575円、売却手数料1,575円。
純利益 5,596,850円。
現金残高 15,595,256円。
二つの画面を使い始めた6月から、注文したのは2件だけだった。
佐伯は注文なしの日数を数えようとして、途中でやめた。市場を見なかった日、見て候補を消した日、注文条件まで書いて送らなかった日を同じ1日として数えてよいか分からなかった。
「『注文なし』だけじゃ足りないな」
「また増やすのか」
「見たけど候補なし。候補はあったけど条件未達。注文取消。分けた方がいい」
「列を増やせば、後から比べられる」
「分ければ、次は間違えないと思ってる?」
佐伯は返事をしなかった。
11月下旬の水曜日、午後から降っていた雨で、校庭の部活動は早く終わった。
終礼の後、教室に残っていた男子生徒が、駅前のラーメン店へ行こうと言った。雨の日だけ学生証を見せると、餃子が一皿付く店だった。
佐伯は鞄を持ち上げ、譲司を見た。
「行く?」
「誰が」
「僕と、あいつら」
「何時まで」
「食べ終わるまで」
「曖昧だな」
「ラーメンに終了条件はないよ」
近くにいた生徒が笑った。
「城戸、来る時まで難しく考えるの?」
「聞いただけだ」
「じゃあ決まり」
四人で店へ入ると、窓際の席だけが空いていた。濡れた傘をまとめ、制服の上着を椅子の背へ掛ける。
同級生の一人は味噌、もう一人は塩を頼んだ。佐伯は醤油を選び、譲司も同じものにした。
「城戸って、自分で決めない時あるんだ」
「醤油で問題ない」
「味の問題なの?」
「ラーメンの話だろ」
餃子が一皿だけ運ばれてきた。誰が最後の一個を食べるかで、三人がじゃんけんを始めた。譲司は参加せずに水を飲んでいたが、佐伯が残った一個を皿ごと前へ押した。
「何で俺」
「参加しなかったから」
「勝ってない」
「負けてもない」
「じゃあ、お前が食べろ」
「僕はさっき二個食べた」
「数えてたのか」
「五個しかなかったから」
譲司は箸を取り、最後の一個を食べた。
話題は、数学教師が黒板へ書き間違えた式と、来週返される英語の小テストへ移った。部活動をしている生徒は冬の大会について話し、もう一人は冬休みに郵便局で仕分けのアルバイトをすると言った。
譲司はアルバイトの時給を聞かなかった。数学の小テストで佐伯が間違えた問題を思い出し、途中の符号が逆だったと教えた。
「今言う?」
「聞かれたから」
「店に来る前に言ってよ」
「店に来る前は聞かれてない」
帰る頃には雨が止んでいた。
駅の改札前で二人と別れ、譲司と佐伯は同じ電車へ乗った。佐伯は英語の教科書を開き、翌日の範囲を確認した。譲司は窓についた雨粒が流れきるまで見ていた。
12月、佐伯は紙上取引の記録を自宅の机へ広げた。青葉計装機器の買値と売値を指で追い、譲司の取引表を開かずに、自分が見た条件だけを別の紙へ書き直した。
その紙を何度も折り直した後、保護者へ証券口座を作りたいと話した。譲司にはまだ言わず、青葉計装機器の紙上記録も見せなかった。譲司の横で表を作ったから選べたのか、自分でも同じ順番を使えるのかを、実際の口座で確かめようとしていた。
家で最初に聞かれたのは、いくら儲かるのかではなく、学校へ行っている間に誰が注文するのかだった。佐伯は一度答えかけて止まり、朝に自分で価格を決め、授業中は変更しないと説明した。損をしても追加の金は求めないこと、貯金の全額を使わないことも約束した。
部屋へ戻ると、佐伯は口座開設の条件だけを紙へ残した。譲司の規則を写したと思われたくなくて、相場表には入力しなかった。
年末、佐伯は2007年の増加額を計算した。
年初運用資金 1,533,631円。
年末残高 15,595,256円。
増加額 14,061,625円。
その10%を、税引当として分ける。1円未満は切り捨てる。
1,406,162円。
前年の137,070円より1桁多かった。
「全部、別へ移す」
佐伯が言うと、譲司は数字を確認した。
「運用口座には14,189,094円残る」
「去年より、言わなくなったな」
「何を?」
「同じ自分の金だって」
「分けても1,400万円以上ある」
「金額が少なかったら反対する?」
「買える数量による」
美佐子は振替額を確認し、前年の封筒の隣へ新しい封筒を置いた。
「去年の分と混ぜないからね」
「分かってる」
「分かってるなら、年を書いて」
譲司は「2007年税引当」と書いた。佐伯は相場表の計算式を保護した。
前年より抵抗しなかったことで、譲司は資金管理も身についたと考えた。税引当を戻さず、注文に使わない。それを守れば、残りを全て運用しても問題はない。
夜、二つのモニターが点いていた。
左には値上がり率ランキング、売買代金急増ランキングと個別株の登録一覧。右には市場指数、円相場、業種別売買代金と、商品価格の小さな表がある。
携帯電話へ佐伯からメールが届いた。
少し話がある。
譲司は返信画面を開かず、右のモニターを更新した。
画面の端で、原油と金が別の方向へ動いていた。
【今回の運用資産推移】
開始時:6,001,556円
終了時:14,189,094円
増減額:+8,187,538円
増減率:+136.42%
取引回数:12回