現金残高 42,009,644円。
6月4日、水曜日。中央海洋設備20,000株の売り注文は、2,084円で全量約定していた。
売却代金41,680,000円。売却手数料1,575円。買付後に残っていた現金331,219円を加えると、画面の数字になる。
城戸譲司は桁を数え直さなかった。3月に2,000万円へ届いた時も、4月に3,000万円へ届いた時も、数字を1円単位で表へ移した。4,000万円を越えても、入力する場所は同じだった。
佐伯直人が隣で、2件分の行を閉じた。
北洋資源機械。
15,000株。
1,250円買い。
1,900円売り。
純利益 9,746,850円。
中央海洋設備。
20,000株。
1,450円買い。
2,084円売り。
純利益 12,676,850円。
「4,200万円」
佐伯は1円以下を切り捨てて言った。
「42,009,644円」
「今日は直すと思った」
「残高は丸めない」
「何に使う?」
「次の取引」
譲司は答えた。佐伯は表を保存したが、画面を閉じなかった。
2月に東日本電子部品を売った後、譲司の運用資金は19,585,944円になっていた。そこから4か月あまりで、口座は2倍を超えた。
増え方は、偶然に見えない形をしていた。
残高の横には、前日比も、生活費も表示されない。数字だけなら、以前に一度見た最高口座時価の23倍を超えている。だが譲司が思い出したのは、何年暮らせるかではなく、2,000円の株なら何株買えるかだった。
2,000円の株なら19,000株。1,000円前後なら30,000株。100円の値動きが、数百万円になる。
数字が大きくなるほど、1円を丸めないことより、数量を減らさないことの方が重要に見え始めていた。
北洋資源機械は、売買代金急増ランキングの資源機械関連から候補表へ移した銘柄だった。値上がり率ランキングにも入ったが、先に目立ったのは平常時との金額差だった。
3月10日、北洋資源機械の終値は1,075円だった。出来高は487,500株。翌日は1,108円、577,500株。12日は1,127円、667,500株。13日は1,154円、757,500株。14日は1,194円、847,500株。
値上がり率ランキングだけを見れば、もっと大きく上がった株があった。譲司が北洋資源機械を残したのは、原油と銅が高値圏を進み、資源開発会社だけでなく、掘削機械や制御装置を作る会社へも売買代金が広がっていたからだった。
右のモニターには原油、銅、金、ゴムの方向だけを並べた。価格の横には限月が付いている。円へ直す列はあったが、商品そのものを買う注文画面は開いていない。
原油が上がったから、北洋資源機械が必ず上がるわけではない。銅が下がる日に機械株が買われることもある。譲司は商品価格を答えにせず、どの業種へ資金が移っているかを見る前の画面として使った。
3月17日、月曜日。北洋資源機械は1,206円で始まった。
同じ資源機械業種の4銘柄が前週終値を上回り、3銘柄で出来高が増えていた。北洋資源機械は前週高値1,226円を越え、1,323円まで買われた。
譲司が朝に出した注文は、15,000株、1,250円だった。複数回に分かれ、加重平均1,250円で全量約定した。
買付代金18,750,000円。買付手数料1,575円。
買付後現金 834,369円。
学校から戻った時の終値は1,294円だった。高値だけを見れば、買った直後から利益になったように見える。安値は1,179円まで下がっていた。
1,250円から71円安い。15,000株なら、1,065,000円の含み損になる。
譲司は高値より先に安値を表へ入れた。次に出来高1,650,000株と、推定売買代金20億円超を入力する。
その日の体育は雨で中止になり、教室で保健のプリントを解いた。譲司は一問ごとに時計を見た。株価を確認できない時間は以前と同じだったが、持っている金額は違う。1円動けば15,000円。授業1時間の間に100円動けば、家族が何か月も暮らせる金額が増減する。
それでも、朝に数量を決めたのは自分だった。学校へいることを損失の理由にはできない。
「1日で20億?」
佐伯が聞いた。
「推定」
「前は10億もなかった」
「株価も出来高も増えた」
「原油が上がったから?」
「それだけなら、同じ業種の全部が同じだけ上がる」
「じゃあ、何が理由?」
「資源と機械へ金が来て、その中で買われた」
「同じことじゃない?」
「順番が違う」
譲司は右のモニターを指した。
商品価格。
資源関連業種。
機械関連業種。
個別株。
四つが一直線につながるわけではない。途中で為替が変わり、同業他社の材料が出て、利益確定の売りも入る。それでも、個別株だけを見ていた時より、買いがどこから広がったかを追いやすかった。
北洋資源機械は翌日1,324円で終えた。その次は1,327円。21日は1,468円。4月に入ると、1,500円台、1,600円台、1,700円台へ進んだ。
1円動けば15,000円。100円で1,500,000円。
譲司は利益額を先に計算しないよう、表の列順を変えた。市場、業種、出来高、高値、終値の後ろへ、含み損益を置く。列を右へ移しても、頭の中では1円ごとの金額が先に出た。
4月14日の終値は1,853円。15日は1,839円。16日は1,812円まで下がった。出来高は大きいまま、高値更新の幅が小さくなった。
原油と金属は高値圏にあった。資源機械業種の売買代金も消えていない。個別株だけが崩れたとは言えなかった。
譲司は売却条件へ、1,900円まで買い戻されれば全て売る、と入力した。
「下がってるのに、1,900円?」
佐伯が聞いた。
「今日の高値が1,910円。買い戻されれば届く」
「届かなかったら?」
「終値と業種を見て変える」
「原油が上がったら持つ?」
「株が買われなければ持たない」
17日、北洋資源機械は高値1,900円まで戻り、終値1,846円だった。引け後、譲司は翌朝の売り指値を1,900円に決めた。
4月18日、金曜日。始値1,838円、高値1,934円、安値1,778円、終値1,872円。
15,000株は1,900円で全量約定した。
売買差益9,750,000円。買付手数料1,575円。売却手数料1,575円。
純利益 9,746,850円。
現金残高 29,332,794円。
売った次の営業日は1,851円。その翌日は1,751円、次は1,710円まで下がった。
佐伯は備考へ売却後の終値を入れたが、譲司は避けた損失を利益へ足さなかった。29,332,794円だけが、次の取引に使える金だった。
ただ、売った後に下がった事実は、順序が正しかったという感覚を強めた。
北洋資源機械を売った夜、譲司は29,332,794円から、前年末に分けた税引当を足し戻す計算をしなかった。封筒の金は別にある。運用口座へ戻さないという条件も、まだ守っていた。
守っている条件があることは、残りの金を大きく使ってよい理由に見えた。
4月下旬、譲司は値上がり率ランキングから中央海洋設備を候補表へ移した。その後、売買代金急増ランキングにも残ったため、登録一覧から外さなかった。
海上掘削設備、資源輸送設備、港湾向け制御装置。会社の説明には、受注残と大型案件の文字が並んでいた。以前なら資料を読んだ後、会社が良いか悪いかを考えた。
今は、資料を開く前に右のモニターを見た。
原油は高値圏。
銅とゴムは日によって方向が違う。
資源開発株の売買代金は高水準。
海洋設備関連の複数銘柄で高値更新が続く。
4月25日の中央海洋設備は1,276円。28日は1,315円。30日は1,320円。5月1日は1,358円。2日は1,399円。
連休中、市場は開かなかった。
譲司は休場日の朝にも商品価格表を更新した。海外では動いている数字があり、日本の株だけが止まっている。原油の表示が変わっても、中央海洋設備の株価は1円も動かない。
「今買えないの、嫌?」
遥が後ろから聞いた。
「条件が変わる」
「休みなのに?」
「海外は休みじゃない」
「じゃあ、ずっと休みないじゃん」
譲司は返事をしなかった。
5月7日、水曜日。連休明けの気配では、海洋設備関連の3銘柄に買い注文が増えていた。中央海洋設備は前週高値1,428円を上回る気配を示した。
午前8時15分、20,000株、1,450円の買い指値を送信した。
買付代金29,000,000円。買付手数料1,575円。
買付後現金 331,219円。
20,000株では、1円動くたび20,000円増減する。50円なら1,000,000円。100円なら2,000,000円。
中央海洋設備は1,407円で始まり、1,543円まで上がった。安値は1,361円だった。買値から89円下では、1,780,000円の含み損になる。
終値は1,494円。出来高1,980,000株。推定売買代金は28億円を超えた。
譲司は、買付日の最大含み損を表へ入れた。その右へ、終値時点の評価額を書こうとして止めた。20,000株では、同じ1日の中で1,000,000円単位の損益が消えては戻る。
学校にいた譲司は、そのどちらにも注文を出せなかった。朝に決めた20,000株を持ったまま、放課後に結果を見ただけだった。
翌日の終値は1,532円。9日は1,533円。12日は1,578円。15日には1,690円台へ進んだ。
資源価格が上がる日でも、中央海洋設備が下がることはあった。原油が下がっても、海洋設備業種へ資金が入る日はあった。
佐伯は右のモニターを見ながら言った。
「商品を見ても、株の明日が分からない」
「明日の値段を見るためじゃない」
「じゃあ、何を見る?」
「会社の説明より先に、物の側で何が動いてるか」
「物は説明しないから?」
「余ってるか、足りないかは、会社の社長が決められない」
佐伯は商品価格表の列を指した。
「天気は?」
「関係する」
「在庫は?」
「関係する」
「為替も、投機で買う人も?」
「入る」
「会社より複雑じゃない?」
「会社なら、それに経営者の説明まで入る」
譲司は中央海洋設備の終値を入力した。
「会社より、物の方が分かりやすい」
口に出すと、右のモニターにある商品名が、個別株の銘柄名より短く見えた。
原油。
金。
銅。
ゴム。
会社名の後ろには事業部門、子会社、受注、費用、会計処理がある。原油は原油で、銅は銅だった。
その週末、佐伯直人は自宅で自分の取引表を開いた。
協和包装装置の後に、二度の売買履歴が増えていた。春休み前には値上がり率側から拾った銘柄を買い、短く持って小さな利益で売った。連休前には売買代金急増側から別の銘柄を選び、こちらも利益になった。
二度目の注文では、買付理由を最初から最後まで読み直した。三度目は、空欄がないことを確認しただけで送信した。確認時間が短くなっても利益が出たため、佐伯には判断が雑になったのではなく、慣れたように見えた。
三度目に売った株は、その後も上がった。佐伯は損を避けたとは考えなかった。もう少し持てば、利益を増やせたと考えた。次は撤退条件を守りながら、早く売りすぎない。その二つは両立できるように思えた。
価格を確認する回数も減っていない。だが、三つの取引がすべて利益なら、それは恐怖ではなく注意深さだと考えられた。1円単位の終値を覚えていることも、銘柄をよく見ている証拠に変わった。
翌日、譲司の部屋で佐伯は自分の口座画面を開き、すぐ閉じた。
「何か持ってるのか」
「今は持ってない」
「じゃあ何を見た」
「残高」
「昨日と同じだろ」
「次に使える金額を見ただけ」
譲司は、それ以上聞かなかった。佐伯の候補表には、すでに次の銘柄が残っていた。
5月20日、中央海洋設備は1,816円で終えた。26日には1,947円。27日は1,990円。28日は2,007円。29日は2,046円。
5月の終わり、佐伯直人は放課後のコンピューター室で、譲司の表と自分の口座を並べて開いた。
佐伯自身の取引表には、三つの売却済み取引が並んでいた。どれも利益だった。金額は譲司の一日の値動きより小さい。それでも、3回続いた結果は、最初の利益を偶然とは思わせにくくした。
候補表には、次に買う銘柄を一つだけ残している。市場全体は強くない。業種の売買代金は残っている。個別材料もある。前なら不十分な部分を探して、確認画面で止まった。今は、利益になった三つの取引と似ている部分を先に見た。
「次、買う」
「決めたのか」
「候補は一つ」
「売る条件は」
「前より長く持つ」
「それは条件じゃない」
「前の二つ、売った後も上がった」
佐伯は撤退条件のセルへカーソルを置いた。価格の欄は埋めている。ただし、利益が出た後にどこまで待つかという行を、その下へ追加していた。
「売った後は、保有してない」
「だから、次は早く売らない」
「下がった時は」
「撤退条件で売る」
答えは矛盾していないように聞こえた。佐伯自身にもそう聞こえた。
最初の注文では、確認画面を何度も開き直した。次は読み直す回数が減り、その次は一度確認して送信した。すべて利益になったため、注文への抵抗が薄くなったことは、判断能力が上がった証拠に見えた。
佐伯は次の取引へ、増えた利益も使うつもりだった。追加資金は出してもらわないという家族との約束は守っている。自分で増やした金を再び使うことは、約束の外ではなかった。
隣では、譲司が中央海洋設備の20,000株を保有している。佐伯には、二人の違いが注文を出せるかどうかではなく、まだ元本の大きさだけに見え始めていた。
譲司には、小さな利益を重ねることと、大きな含み損を抱えたまま判断を続けることは別に見えた。だが、その違いを佐伯へ説明しなかった。
5月30日の終値は2,048円。20,000株の評価額は40,960,000円。現金を加えた口座時価は4,000万円を越えていた。
譲司は家族へ言わなかった。
評価額は売るまで現金ではない。以前、美佐子が言った言葉を覚えていた。同時に、売れば4,000万円になる位置まで来たという事実も消せなかった。
6月2日、中央海洋設備は高値2,122円、終値2,084円。出来高1,552,800株。
翌3日、高値は2,091円までしか上がらず、終値は2,071円へ下がった。海洋設備業種の売買代金も、高値を更新する銘柄数も鈍った。
原油は高値圏に残っている。銅も大きく崩れていない。それでも中央海洋設備へ入る買いの勢いは弱くなった。
譲司は2,084円の売り指値を出した。
「昨日の終値で売るの?」
佐伯が聞いた。
「昨日まで買われた価格」
「商品が上がったら取り消す?」
「株が2,084円まで買われなければ、商品が上がっても関係ない」
「前は商品を先に見るって言った」
「先に見る。最後に売買するのは株だ」
6月4日。中央海洋設備は2,070円で始まり、2,096円まで上がった。20,000株は2,084円で全量約定した。
譲司は売却後残高を入力した。
42,009,644円。
4,000万円を越えた事実は、夕食前に家族へ伝えた。
遥は最初に桁を聞き返した。
「42万円?」
「4,200万円」
「家、買える?」
「場所による」
「車は?」
「買える」
「旅行は?」
「行ける」
「じゃあ、何買うの」
譲司は中央海洋設備の次に買う候補を答えかけた。
「まだ決めてない」
「株じゃなくて。そのお金で何買うの」
「買わない」
「4,000万円あるのに?」
「使えば減る」
遥は、自分なら新しい自転車と部屋の机を買うと言った。残った金で何をするかを考え始めたが、4,000万円から自転車代を引く暗算は途中でやめた。
遥はしばらく黙り、4,000万円という金額を自分の部屋へ置く方法を考えた。
「机を買っても減る?」
「減る」
「自転車も?」
「減る」
「でも、株で100万円下がるのは平気なの?」
「平気じゃない」
「机より減るのに?」
譲司は、値下がりは後で戻る可能性があると答えかけた。机を買った金は戻らない。だが、株で失った金も、同じ株から戻るとは限らない。
「必要なら買う」
「必要って、誰が決めるの」
「使う人」
「じゃあ、お兄ちゃんは株を使ってるの?」
遥は答えを待たず、自転車のカタログを取りに行った。
美佐子は口座画面と売買履歴を確認した。
「全部、現金になってるのね」
「今日売った」
「税金に取っておく分は」
「計算する」
「それとは別に、3,000万円を銀行へ移さない?」
譲司は画面から顔を上げた。
「何のために」
「残すため」
「銀行に置いても増えない」
「増やさなくていいお金を作るの」
「3,000万円も分けたら、次に買える数量が減る」
「4,000万円全部を、また一社に入れるつもり?」
「条件がそろえば」
美佐子は声を上げなかった。
「この口座は未成年の時から私も確認してる。税金だけじゃなく、進学や生活に使えるお金を残したい」
「進学するとは決めてない」
「進学しなくても、卒業した後の生活はあるでしょう」
「株で増やした金を使えば、運用資金が減る」
食卓には四人分の夕食が並んでいた。口座残高が4,000万円を越えても、味噌汁の椀も、古くなった冷蔵庫も変わっていない。譲司が利益を確定した日だけ食卓が広くなるわけではなかった。
美佐子が残そうとしているのは、数字ではなく、この生活が相場と同時に崩れないための金だった。譲司には、それが利益を使わずに置く理由ではなく、利益を生まない場所へ移す理由に聞こえた。
誠一が食卓の新聞を畳んだ。
「進学するなら学費、しないなら生活費だ。どちらでも別にしろ」
「株で生活する」
「今まで生活費を口座から出してないだろ」
「利益があれば出せる」
「利益がない年は」
「現金を残す」
「その現金も株を買うんだろ」
譲司は答えなかった。
佐伯は相場表を開き、別の欄を作った。
年間確定利益。
税引当。
運用資金。
固定資金。
「固定資金って何だ」
譲司が聞いた。
「二度と運用へ戻さない金」
「何のために」
「負けた後も残るように」
「負ける前提で数量を減らすのか」
「全部なくす前提じゃない。戻さない線を作る」
「線を作っても、同じ自分の金だ」
「税引当も同じだろ」
「税金は払う必要がある」
「生活も必要だよ」
佐伯の声は強くなかった。自分に言っているようにも聞こえた。
「お前は何円を固定するんだ」
「僕の話じゃない」
「残高を毎日見てるのに?」
「見てない日もある」
「昨日は」
「見た」
「一昨日は」
「……見た」
佐伯は固定資金の欄を消さなかった。
譲司は3,000万円の移動を拒んだ。進学費用も生活費も、必要になった時に口座から出せばよい。今分ければ、次に買える株数が減る。使わない金を先に決めることは、利益の上限を先に決めることに見えた。
税引当だけは計算した。
2008年初運用資金 14,189,094円。
現在残高 42,009,644円。
確定増加額 27,820,550円。
その10%。
2,782,055円。
美佐子は前年の税引当とは別の口座へ振り替えた。振替後、運用口座には39,227,589円が残った。
「3,900万円ある」
譲司が言うと、美佐子は振替控えを封筒へ入れた。
「だから、残す話をしてるの」
「税金は残した」
「税金は、譲司の生活に残るお金じゃない」
「払うまで自分の金だ」
「去年と同じこと言ってる」
美佐子は封筒へ「2008年途中税引当」と書いた。
譲司は反論を続けなかった。39,227,589円あれば、2,000円の株を19,000株以上買える。1,000円台なら30,000株を超える。
税引当を分けたことで、守るべき境界も作ったと考えた。3,000万円を別にする必要はない。税金さえ使わなければ、残りは運用資金だった。
6月のある午後、美琴から、次の授業まで40分ほど空くので、大学近くの喫茶店で20分なら会えると連絡が来た。授業を終えた譲司は、喫茶店へ向かった。
美琴は高校の制服ではなく、薄い灰色の上着を着ていた。机には教科書と、取材先の名前が書かれていない新しいノートがあった。
「大学、どうだ」
「譲司が大学のことを聞くとは思わなかった」
「聞いた」
「人が多い。授業より、終わった後の質問の方が長い人もいる」
「取材は?」
「続けてる。今度は学生の住む場所と、家賃」
「不動産会社を見るのか?」
「株じゃなくて、そこで暮らす人を見る」
美琴は時計を確認した。
「譲司は、卒業したらどうするの?」
「自宅で株式運用」
「進路希望にも、そう書くの?」
「書く」
「学校にも会社にも時間を決められなくなったら、その時間で何をするの?」
譲司は質問には答えず、朝、相場表で確認した総資産を言った。
「税引当も合わせれば、今は42,009,644円ある」
「金額は聞いてない」
「増やせば、進学も就職も選ばなくていい」
「選ばなくていいことじゃなくて、何を選ぶかを聞いてる」
「まだ決めてない」
美琴は同じ質問を繰り返さなかった。教科書を鞄へ入れ、腕時計をもう一度見た。
「もう行く」
「まだ18分」
「大学へ戻る時間もあるから」
「また連絡する」
「返事だけじゃなくて、今度は譲司から予定を決めて」
「分かった」
美琴は席を立った。譲司は喫茶店に残り、彼女が置いていった水滴を紙ナプキンで拭いた。
帰りの電車で、譲司は美琴の質問を別の形に直した。
42,009,644円あれば、何をしなくてよくなるか。
卒業後に学校へ進まなくてよい。会社へ勤めなくてよい。誰かに決められた時間へ合わせなくてよい。そこまでは答えられた。
何をするかは、空白のままだった。
翌朝、学校へ行くと、進路希望調査が配られた。
第一希望。
進学、就職、その他。
譲司は「その他」へ丸を付けた。
希望内容。
自宅で株式運用。
担任は用紙を一度見て、志望理由も書くよう返した。
「『利益が出ているから』だけじゃ、理由にならないぞ」
「生活できる額がある」
「今の金額が将来もある保証は?」
「会社員の給料も将来ずっと同じではない」
「そういう比較を書けと言ってるんじゃない。なぜ、それを仕事にするのかだ」
譲司は用紙を持ち帰った。
翌週の放課後、進路面談が行われた。担任の机には、譲司が「その他」へ丸を付け、志望理由欄だけを空白にした用紙が置かれていた。
美佐子は譲司の隣へ座った。学校へ来る前に、口座残高をいくらまで話してよいか聞いた。譲司は金額を言う必要はないと答えていた。
「保護者の方は、この希望をご存じですか」
担任が聞いた。
「株を続けたいとは聞いています」
「卒業後、進学も就職もしないことについては」
「決めたと聞いたのは、この用紙を見てからです」
美佐子は譲司の代わりに否定も肯定もしなかった。
担任は用紙の「自宅で株式運用」という文字を指した。
「現在、利益が出ているとは聞きました。ただ、学校としては、今利益が出ているという事実だけで進路を判断できません」
「利益が出てるだけで決めてない」
「では、何を根拠に決めた」
「毎日、売買の記録を取ってる。損失もある。税金も分けてる」
「記録を取れていることと、卒業後の生活費を継続して確保できることは別だろう」
「会社へ入っても、一生同じ会社にいる保証はない」
「会社員との比較ではなく、城戸自身の計画を聞いている」
担任は声を強めなかった。反論を止めるのではなく、同じ質問を戻していた。
「利益が出ない年は、何で生活する」
「現金を残す」
「運用しない生活費は、いくら分けてある」
「必要になった時に出す」
「それは、運用資金と生活資金が同じ口座にあるということか」
譲司はすぐに答えなかった。
6月に美佐子が3,000万円を銀行へ移すよう提案した時、譲司は拒んでいる。税引当だけは分けた。それを、資金管理ができている証拠としていた。
「税金は別にしてある」
「生活費は?」
「まだ家で暮らしてる」
「卒業後も同じとは限らない」
美佐子が初めて口を挟んだ。
「卒業後も、生活費を私たちが負担し続けるとは言っていません」
「家にいれば家賃はかからない」
「今まで譲司の食費も電気代も、口座から出してないでしょう」
担任は美佐子を見た。
「反対されていますか」
「株をすることには反対していません。株しかない状態にはしたくありません」
「保護者としては、大学への進学を希望されていますか」
「大学へ行けば安心だとも思っていません。ただ、行かない理由が、今お金があるからだけなら心配です」
譲司は机の上の用紙を見た。
大学へ行かなくてよい。会社へ勤めなくてよい。決められた時間へ合わせなくてよい。
それは、しなくてよいことだった。
「城戸」
担任が言った。
「株式運用で生活することを、学校が禁止することはできない。だが、進路希望には、何から逃れたいかではなく、何を続けたいかを書いてほしい」
「株を続ける」
「なぜ」
「増やせるから」
「増やした後は」
「選べる」
「何を」
「まだ決めてない」
「なら、そこが志望理由の空白だ」
面談は、進学へ変更するよう命じられずに終わった。
担任は用紙を返し、次の提出日までに書けないなら、無理に理由を作って埋める必要はないと言った。ただし、その場合は進路を決め切れていないものとして扱う、と付け加えた。
帰宅後、美佐子は面談の内容を誠一へ伝えた。
夕食が終わるまで、誠一は進路の話をしなかった。遥が食器を運び、美佐子が台所へ入った後、新聞を畳んだ。
「働くのが嫌なのか」
「時間を決められるのが嫌だ」
「人と働くのが嫌なのか」
「同じじゃないのか」
「同じなら聞いてない」
譲司は答えなかった。
「父さんは、会社へ行きたいから行ってるの?」
「行きたい日ばかりじゃない」
「なら、行かなくて済む金がある方がいい」
「そう思うことはある」
誠一は否定しなかった。
「でも、会社へ行かなくて済むことと、自由に生きられることは別だ」
「株をする」
「相場が休みの日は」
「次のために調べる」
「一日も休まないのか」
「必要なら」
「それを自由と呼ぶのか」
譲司は、自由なら何をするのかと聞いた美琴を思い出した。
誠一は返事を待たず、新聞を持って居間を出た。説得したのでも、認めたのでもなかった。
美佐子は台所から戻ると、進路希望の用紙を譲司へ渡した。
「大学に行かないって書くなら、それは譲司が決めていい」
「反対じゃないのか」
「決めることと、何も備えないことは違う」
「生活費を分けろってこと?」
「それもある。でも、お金の話だけじゃない」
美佐子は志望理由の空欄を指した。
「これが空いてる間は、私も分かったとは言えない」
夜、二つのモニターを点ける。
左には値上がり率ランキングと売買代金急増ランキング。右には業種別売買代金と、原油、金、銅、ゴム。中央海洋設備を売った後も、候補と商品価格は動いていた。
会社より、物の方が分かりやすい。
相場ノートには、その1行が残っている。譲司は下へ理由を書こうとした。
物は実在する。
需要と供給がある。
会社の説明を聞かなくていい。
そこまで書き、手を止めた。
天候、在庫、為替、投機資金。佐伯が並べた言葉も残っている。物が実在することと、価格が簡単に読めることが同じかは、まだ説明できなかった。
進路希望の用紙を開く。
希望内容 自宅で株式運用。
志望理由の欄は空白だった。
机の端には、銅とゴムの価格を写した紙が残っていた。
【今回の運用資産推移】
開始時:19,585,944円
終了時:39,227,589円
増減額:+19,641,645円
増減率:+100.28%
取引回数:15回