ヒロ「大魔女を呼び出すには十三人の魔法少女が必要――そこまではわかった。だが……私自身の魔女化が進行している。まさか、死んでから復活するまでの時間が短くなるなんて」
【死に戻り】の魔法によって蘇り、どうにか牢屋敷の魔法少女たちの死を回避し続けてきた二階堂ヒロは、焦っていた。
ヒロの魔法は本来、死んだその日の朝――目を覚ました時点へ戻るものだ。だが今日、湖の化け物に引きずり込まれて死んだあと、ヒロが戻ったのは朝ではなく昼食後の時間だった。
ヒロ「復活までの間隔が短くなりすぎれば、死んでも対策する前にまた死に続けることになる……残された時間は少ない」
ノア「ヒロちゃん? 大丈夫、元気出して?」
一人で険しい顔をしていると、城ケ崎ノアが心配そうに声をかけてきた。
先日の事件で、なれはてと入れ替えられたノアを助けてから、二人はきちんと仲直りできている。
ノアはこっそりと、ヒロの手にドロップを握らせた。
ヒロ「これは……?」
ノア「メルルちゃんがこっそり倉庫に隠してたお菓子をもらったの。アンアンちゃんにもあげたし、ヒロちゃんにもあげるね」
ヒロ「ノア……ありがとう」
ヒロはドロップを口に放り込んだ。
久しぶりの、まともな甘味だった。ほんの少しだけ、張り詰めた心がほどける。
ノア「のあもアンアンちゃんもね、まだここから出たいとは思えないけど……ヒロちゃんやみんなは、外に出られたらいいなって思えるようになったんだ」
ヒロ「そうか……」
ノア「それでね、たまには一緒にここでお泊まりとかするの。お菓子とジュースで、パジャマパーティー」
ヒロ「夜更かしは正しくないぞ」
けれど、それは確かに良い変化だった。
少なくともヒロは、友人として嬉しかった。
だからこそ、脱出しなければならない。
次に死ねば、次はもう昼ですらなく、もっと取り返しのつかない地点からやり直すことになるかもしれないのだから。
そう思った矢先、ヒロとノアのもとへ、慌ただしくアリサとメルルが駆け込んできた。
アリサ「おいヒロ! ノア! 無事か!?」
メルル「よかった……平気そうです……!」
ヒロ「何かあったのか?」
ヒロが尋ねると、アリサは息を切らしながら早口でまくしたてた。
アリサ「レイアのやつが、なんか紐みたいな水着着て歩いてたんだよ!」
ノア「この牢屋敷、へんたいふしんしゃさん多いね」
メルル「あんな服……牢屋敷では用意してないので……き、きっとレイアさん、魔法でおかしくなってしまったんです……!」
この牢屋敷には、メルルによって集められた魔法少女たちが遺した、数多くの魔法が眠っている。
マーゴが“Y談お姉さん”になったのも、ナノカが“野球拳大好き”と化したのも、そのせいだ。
ヒロ「ついにレイアまで魔の手に……行くぞ、みんな」
アリサ「ああ……蓮見のやつはいけすかねえが、だからってあんな格好で歩かされていいわけじゃねえ……!」
アリサとメルルに案内され、ヒロたちはレイアがいたという談話室へ向かった。
そこで待っていたのは――
レイア「それではマジカル腕相撲、開始!」
アンアン「橘シェリー、【わざと負】」
シェリー「ふんっ!!」
レイア「勝者、橘シェリー!」
――レイアたちが、なぜか腕相撲大会に興じている光景だった。
しかもレイアは、いつも通りの王子様然とした服装である。
ヒロ「……全員揃っているな。なぜかわからないが、感慨深い」
メルル「ええ……普通はこうなる前に、半分くらい死んでしまっているので……」
アリサ「氷上、てめえ情緒どうなってんだ……?」
エマも、ハンナも、ミリアもいる。
マーゴもナノカもココもいた。
こうして全員が揃っていること自体、奇跡のように思えた。
同時にヒロは、その奇跡がいつまで保つのかもわからないことに、背筋を冷たくした。
アリサ「いや、それより……レイアがおかしくなってたのは、ウチの見た幻覚だったのか?」
ノア「アンアンちゃん、おてて大丈夫?」
ノアが、腕相撲で敗れたアンアンに声をかける。
アンアンは無言でスケッチブックを開いた。
アンアン『これで全員揃ったぞ、レイア』
ヒロ「アンアン……? 正しくない。ノアが話しかけているんだぞ」
ヒロがアンアンを咎めようとした、そのときだった。
レイアが勢いよく指を鳴らす。
レイア「では、メインイベントを始めよう! みんな――自分をさらけ出すんだ!」
その言葉と同時に、その場にいたほとんどの少女たちが、一斉に服を脱ぎ捨てた。
その下にあったのは、普段の下着ではない。ほとんど紐としか思えない、マイクロビキニだった。
ヒロ「何っ!?」
レイア「君たちはまだ、ずいぶん厚着をしているねえ……」
アンアン「きさまらもマイクロビキニ姿になれ……」
ミリア「マイクロビキニはいいよ……みんなで着れば怖くないんだ……」
マイクロビキニ姿の魔法少女たちが、じりじりと迫ってくる。
ヒロ「いくら少女しかいない空間とはいえ、不健全すぎる……!」
エマ「ヒロちゃん……ボクたちと一緒にビキニになろう? これからはマイクロビキニが、ボクたちの制服なんだよ……」
ヒロ「エマ……! 君は正しくない……!」
エマ「ヒロちゃん……どうして、ノアちゃんと仲良くして、ボクとは仲良くしてくれないの……?」
その声は甘えるように柔らかいのに、妙に耳に残った。
普段のエマなら、こんなふうに相手を責める言い方はしない。
責めているはずなのに、どこか空っぽで、壊れた人形が覚えた文句を繰り返しているような不気味さがあった。
言いたいことは山ほどあったが、今はそれどころではない。
ヒロは踵を返して逃げ出しそうとする。
アリサ「数が多すぎる! 一旦逃げるしかねえ!」
メルル「か、囲まれました~!」
アリサ「それでも黒幕かお前!!」
メルルはあっさり取り囲まれ、不思議な力で無理やりマイクロビキニにされた。やはり魔法の力でおかしくなっているようだ。
アンアン「ノア……わがはいを置いていくのか……?」
その言葉に、逃げようとしていたノアが立ち止まる。
そして彼女は、アンアンをぎゅっと抱きしめた。
ヒロ「ノア……! 逃げないと……」
ノア「のあはアンアンちゃんを置いていかないよ。ヒロちゃん、アリサちゃん……みんなのことはお願いね」
アリサ「すまねえ……!」
マイクロビキニに着替えさせられるノアを置いて、ヒロ、アリサは逃げるしかなかった。
そして――なぜかシェリーとハンナも、普段着のまま一緒に逃げてきていた。
シェリー「いやー、なんだかとんでもないことになりましたね☆」
ハンナ「ど、どうなってやがるんですの……」
いつも通りのシェリーと、顔面蒼白のハンナ。
その対比がひどい。
アリサ「つーか。お前ら、なんであそこに集まってたんだよ」
シェリー「レイアさんがみんなを集めて遊ぶって、ハンナさんから聞いて、お呼ばれしました」
ハンナ「わ、わたくしは知りませんでしたわ……! 集まったと思ったら腕相撲大会が始まって、そのままあんなことに……エマさんまで……」
ハンナは、エマと仲が良い。
だからこそ、変わり果てた姿により強く動揺しているようにも見える。
メルル「ヒ、ヒロさん……鼻血、すごいことになってますよ……?」
ヒロ「少し……エマの姿が目に毒だっただけだ……」
メルルが治癒魔法でヒロの鼻血を止めてくれる。
黒幕だというのに、妙に親切だった。
アリサ「で、この状況、どうやったら解決できるんだよ。蓮見をぶん殴って気絶させりゃいいのか?」
ハンナ「そ、そうですわ! レイアさんの仕業に決まっています!」
即座に同調したハンナを見て、シェリーがほんの少しだけ黙り込んだ。
シェリー「シェリーちゃんなら、マイクロビキニにされようが、レイアさんをパンチで気絶させることは可能です! やっちゃいますか?」
ヒロ「正しくない」
ヒロはきっぱり否定した。
アリサ「ああ? この期に及んで、まだ委員長気取りかよ」
ヒロ「そうではないよ、アリサ。レイアもただの被害者だ。彼女を気絶させても、たぶん状況は解決しない」
アリサ「じゃあ、ウチが最初に見たマイクロビキニ姿のレイアは何だったんだよ」
アリサは確かに見たのだ。
マイクロビキニ姿で歩くレイアを。
そして、それがきっかけでヒロたちは異常を知った。
ヒロ「もちろん、真犯人によってマイクロビキニにされたんだよ。――そうなんだろう、遠野ハンナ」
ヒロはまっすぐ、ハンナを指さした。
ただでさえ青ざめていたハンナの顔が、さらに強張る。
ハンナ「わ、わたくしは……何も知らねーです……知らないですわ!!」
シェリー「ヒロさん、なぜハンナさんを疑うんですか? 根拠が聞きたいです」
ヒロ「あの場では、ほとんどの魔法少女がマイクロビキニにされていた。にもかかわらず、ハンナは『エマさんまで』と言った。犯人だからこそ、エマまで巻き込んでしまったことを悔やんでいるんじゃないか」
ハンナ「う……あ……」
言葉に詰まる。
後ろめたいところがあるのは明らかだった。
ヒロ「正しい話をしよう。実は……私は事件が起こる前に、ハンナとレイアが二人でいるところを見ている」
ハンナ「わ……わたくしは……違うの……わたくしは……悪くない……! こんなつもりじゃなかった!!」
泣きながら、ハンナは事実上の自白をした。
ハンナ「服を大事にしないレイアさんに、恥ずかしい思いをさせるだけでよかった……! 綺麗なお洋服を台無しにするつもりなんて、なかった……! エマさんまで巻き込むつもりなんて、なかった……! 変態になるつもりなんて、なかった……!」
アリサ「おい、遠野……! 魔女化が進行してんぞ!」
ハンナの顔が、みるみる黒ずんでいく。
焦った声を上げるアリサ。
シェリー「ハンナさん……あなたには、他人の服を勝手に奪う罪は重すぎたんですね……」
シェリーはそっと、ハンナを抱きしめた。
シェリー「ハンナさん。えっちな服を着せたいなら、シェリーちゃんがいくらでも着てあげます!」
ハンナ「そういうことじゃありませんのよ……?」
シェリー「愛する人と二人きりですることなら、大抵のことは変態扱いされません! シェリーちゃんは、ハンナさんと二人なら何だってできる気がします!」
ハンナ「あなたは……本当に、おバカさんですわね……わたくしの心に、ずかずかと……」
そう言うハンナは、ほんの少しだけ笑っていた。
そのとき。
レイア「見つけたよ、みんな! さあ、マイクロビキニになるんだ!」
アリサ「クソッ、見つかったか!」
アンアン「きさまらは完全に包囲されている……【逃げるな】」
ノア「なんとかする方法、見つかったかな? ないなら……のあたちと、一緒になろう?」
マイクロビキニ軍団が、じわじわと包囲を狭めてくる。
ノアも、もう完全にそちら側へ取り込まれていた。
ヒロは息を呑む。
ここで手間取れば、また誰かが死ぬかもしれない。
そしてもし自分が死んでも、もう“朝に戻ってやり直す”ことはできない。そんな確信にも似た焦りが、じわじわと喉を締めつけた。
シェリー「ハンナさん、魔法を解く方法はわかりますか?」
ハンナ「たぶん……全員のマイクロビキニを無理やり脱がせれば、元に戻りますわ……でも……」
多勢に無勢。
しかもアンアンの洗脳魔法まである。
シェリー「なら、話は簡単ですね! 名探偵シェリーちゃんの答え、見せてあげます!」
そこから先は、まさにシェリーの独壇場だった。
マイクロビキニをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
次々と魔法少女たちを裸に戻していく。
レイア「はっ! 私は一体何を……」
ミリア「うわあああっ!! おじさん、なんで裸なの!?」
アンアン「わがはいは……ノアを傷つけたのか……」
ノア「ううん、のあはアンアンちゃんと一緒にいたかっただけだよ」
アリサ「やばかったが、これで一件落着か……」
ヒロも、ようやく安堵しかけた。
だが、その瞬間だった。
エマ「ヒロちゃん……昔みたいに、ボクと二人きりで遊ぼうよ……」
ヒロ「エマ……!? しまった、離せ……!」
エマが抱きついてくる。
マイクロビキニしか身につけていない彼女の熱が、直に伝わってきた。
胸の鼓動はひどく速く、ひどく切実で――それなのに、抱きつく腕には妙な冷たさがあった。
体温は高いはずなのに、そこにいるのが本当に“今のエマ”なのか、一瞬だけわからなくなるほどの違和感。
エマ「ヒロちゃんは、ボクのものなのに……ボクだけの……他の誰かなんて、いらない……!」
ヒロ「エマ……何を言っている。ユキのことは……」
エマ「ユキ……? 誰それ……? ノアちゃん以外にも、ボクに黙って仲良くした子がいるの……?」
そこでエマは、ゆっくりと首を傾げた。
拗ねたようにも、嫉妬しているようにも見える仕草。
だがその目だけは、不自然なくらい澄んでいた。怒りでも悲しみでもなく、ただ“消すべきものを確かめている”みたいに。
ヒロ「なっ……」
硬直したヒロを、そのままエマが押し倒す。
胸が押しつけられた、その瞬間――ヒロの理性は限界を迎えた。
シェリー「ヒロちゃんが鼻血で血まみれに! 出血多量です!」
アリサ「メルル! ヒロを早く治せ!」
メルル「だ、ダメです……! ヒロさん、エマさんへの耐性がへなちょこすぎて、治しても出血が止まりません……!」
ああ、私は死ぬのか。
ヒロの脳裏に、もはや何度目かもわからない走馬灯がよぎる。
そして同時に、妙に冷静な部分が告げていた。
ここで死ねば、次はもう“少し前に戻る”ですら済まないかもしれない、と。
それでも、エマの態度を見て、ヒロはこの事件の真の黒幕を悟った。
ヒロ(エマに変態じみた知識を吹き込み、自分がいなくなったあと、エマから自分の記憶を消した……君こそ、この牢屋敷の黒幕だったんだな。ユキ……!)
そのまま、ヒロの意識は途切れ――
ヒロ「戻った、か……」
目を覚ます。
そこにいたのは、シェリーによって全裸にされた魔法少女たち――
ヒロ「戻ってない!?」
エマ「戻ったって何……!? ヒロちゃん、死んだかと思った……」
シェリー「まるで、死んでも即座に復活する吸血鬼みたいでしたね」
ヒロ「なん……だと……!?」
【死に戻り】の魔法は、死んでも即座に復活する魔法へと変質していた。
ヒロ「だが、幸いにして……真の黒幕も判明し、魔法少女たちも、十三人揃っている。まだ間に合う。決着をつけさせてもらうぞ、ユキ」
予定通り次で最終話です。