USJの各エリアでは、散り散りになった仲間たちが必死に本物の悪意と戦っていた。
「水上ステージ」では、緑谷くん、梅雨ちゃん、峰田くんの3人が船の上で無数のヴィランに包囲され、知略を尽くして決死の突破口を探している。
「山岳ステージ」では、上鳴くん、八百万さん、耳郎さんが、押し寄せる敵を相手にそれぞれの個性を駆使して激しい防衛戦を繰り広げていた。
入口付近に残った麗日さんと飯田くんは、13号先生と共に黒霧と対峙。飯田くんを外へ脱出させるべく、命がけの作戦を敢行しようとしている。
さらに「倒壊ゾーン(屋内)」では、爆豪くんと切島くんが、持ち前の圧倒的な戦闘力でヴィランたちを次々と返り討ちにしていた。
そして中央広場では、相澤先生が数多の敵を倒し、ボスの死柄木弔に迫る。しかしその背後から、オールマイトを殺すためだけに造られたという、異形の怪物**「脳無」**が不気味にその巨体を現していた。
誰もが限界の戦いを強いられる中――ここ「土砂ゾーン」でも、2人の凄絶な逃走劇が繰り広げられていた。
「おい、待てコラァ! 煙野郎!」
「浮いてる手袋も捕まえろ!」
「ひ、ひえええええっ!!」
白煙くんは顔の煙をパニックの真っ灰色に染めながら、猛烈な勢いで瓦礫の山を駆け抜けていた。背後からは武器を振り回すヴィランたちがドタドタと追いかけてくる。
戦う実力のない2人が選んだ作戦は、徹底した**「逃走」**だった。
白煙くんは自身の個性を全開にし、周囲に濃い白煙をブワブワと巻き散らしながら走っている。その視界不良の煙の「中」には、衣服をすべて脱ぎ捨てて手袋と靴だけの状態になった透ちゃんが、白煙くんの足音にピタリと合わせて必死に走っていた。
「葉隠さん、ちゃんとついて来られてる……!?」
「うんっ! 白煙くんの煙のおかげで、私が走る時の足元の土煙とか、かすかな空気の揺れも完全に隠れてるよ! 敵には私が見えてない!」
白煙くんが周囲を濃霧で隠し、その中を手袋と靴のみの完全透明化した透ちゃんが走る。まさに「見えないコンビ」にしかできない、完璧な隠密スクラムだった。
「クソッ、煙が濃すぎて何も見えねぇ!」
「おい、下手に打つな! 味方に当たる!」
背後でヴィランたちが同士討ちを起こして怒鳴り合っている。
(よかった……! 訓練の時、もっと視野を広くして個性を活かすべきだって反省したのが、今ここで生きてる……! 真正面から戦っちゃダメだ。僕らの役割は、とにかく生き残って先生たちのところに合流することなんだ……!)
白煙くんは必死に恐怖を抑え込み、足元の氷や瓦礫をすり抜けるようにして、煙と共に疾走する。
しかし、USJ全体を包み込む絶望の空気は、刻一刻と濃くなっていった。2人はこのまま、この地獄のドームから無事に逃げ切ることができるのだろうか。
「はぁ、はぁ……っ! 煙を……出しすぎちゃって、容量が……っ」
全力で煙を撒き散らしながら走り続けたせいで、白煙くんの個性が限界を迎えつつあった。顔を覆う煙の密度が急激に薄くなり、ボフッと一瞬、中身が露わになる。
夕暮れのようなUSJの光の中で、汗に濡れた銀髪と、きらめきを帯びた金色の瞳、そしてどこか儚げな美少年の素顔がぼやけて浮かび上がった。
「ひゃうっ!?」
真横を走っていた透ちゃんの手袋が、大パニックを起こして目元を覆う。
(あ、あわわわ! 今この緊迫した状況でその素顔は心臓に悪いよ! 女の子の好みをピンポイントで撃ち抜くドストライクな顔なんだから、お願いだから煙を維持して白煙くん!!)
透ちゃんはパニックになりつつも、敵の攻撃ではなく白煙くんの美貌に当てられて気絶しないよう、必死に前だけを見て走った。
「葉隠さん、このままじゃ僕たちだけじゃ限界だ……! 誰か、他の強いA組の仲間を探そう!」
白煙くんは薄れゆく煙の隙間から周囲を見回した。
「パワーの強い障子くんとか、常闇くんとか、圧倒的な実力の轟くんとか……!」
「爆豪くんは!?」と透ちゃんが叫ぶ。
「爆豪くんはダメだよ! 助けてもらっても、僕たちごと爆破されて葉隠さんが怪我しそうからパス!!」
その頃、別のステージ。
「――ハックシュン!!」
「風邪か? 隙ありだぜ!」
襲いかかってくるヴィランを容赦なく爆破しながら、爆豪くんは盛大にくしゃみをしていた。
「あぁん!? 誰かが俺の悪口言ってやがるな、ぶっ殺す!!」
「お、おう、いつも通り元気だな……!」
切島くんが冷や汗を流しながら、いつも以上にキレ散らかす爆豪くんを宥めていた。
「あ……いた! 轟くんだ!!」
土砂ゾーンの境界近く、右半身から圧倒的な冷気を立ち上らせ、近づくヴィランたちを無表情で次々と氷漬けにしている轟くんの姿を発見した。
「と、轟くーーん!! た、助けてえええーーー!!」
白煙くんは最後の力を振り絞り、透ちゃんの手を引いてフワッと上空へ浮遊ジャンプ! 追いかけてきていたヴィランたちの頭上を飛び越え、轟くんの陣地へと滑り込んだ。
直後――ピキピキピキィィイン!!!
轟くんが軽く足を踏み鳴らしただけで、白煙くんたちの後ろを追ってきたヴィランたちが、一瞬にして巨大な氷の彫刻へと変えられた。相変わらず一歩も動かない、圧倒的なクールの極み。
「うわぁ……すごい……かっこいい……!」
白煙くんの顔の煙が、安心感と憧れでぽわぽわと温かい白に戻る。
すると、轟くんは氷漬けになったヴィランたちを見つめたまま、低い声で淡々と言った。
「……お前ら、訓練の時、煙になって浮いてただろ」
「え? あ、うん。そうだけど……」
「だったら、最初から浮遊して空を飛んで逃げれば、土砂ゾーンのヴィランに追いつかれることもなかったんじゃないか?」
「「――あ」」
白煙くんの顔の煙と、透ちゃんの手袋が同時にピきりと静止した。
外から回るという反省まではたどり着いていたものの、「最初から空を飛んで移動する」という選択肢にまでは頭が回っていなかったのだ。
「……うう、またしても視野が狭かった……」
「私たち、やっぱり戦闘になるとIQが3くらいになっちゃうよぉ……」
圧倒的な実力者からの、悪気のない真っ当な正論。
危機は脱したものの、自分たちのポンコツぶりに、白煙くんと透ちゃんは凍りついた土砂ゾーンの隅っこで、再びズーーーンとシンクロして落ち込むのだった。
激しい戦闘が始まってから、絶望的な時間が経過していた。
白煙くんと透ちゃんは、圧倒的な実力を持つ轟くんに守られながら、他の仲間たちや先生の状況を確認するため、慎重に中央広場へと向かっていた。
USJの各エリアでは、死力を尽くしたA組の仲間たちが、徐々に形勢を逆転させつつあった。
「水上ステージ」では、緑谷くんの決死の作戦と、梅雨ちゃんの機動力、峰田くんの個性が完璧に噛み合い、見事に無数の水流ヴィランを撃破。
「山岳ステージ」でも、上鳴くんの命がけの全方位放電と、八百万さん、耳郎さんの見事なコンビネーションで、襲いかかる悪党どもを完全に無力化していた。
さらに別のエリアでも、常闇くんの暴れるダークシャドウと、それを的確にサポートする障子くんのパワーによって、配置されたヴィランたちをことごとく撃破していたのだ。
生徒たちは、それぞれがヒーローの卵として、本物の悪意に打ち勝っていた。
「みんな、すごい……! 本当にヴィランを倒しちゃってる……!」
白煙くんの顔の煙が、仲間の頼もしさにホクホクと小さく波立つ。
しかし――中央広場に近づくにつれ、空気の重苦しさが一気に増していった。
そこにあったのは、生徒たちの健闘をすべて吹き飛ばすほどの、圧倒的な絶望の光景だった。
「がはっ……!」
血を吐き、地面に組み伏せられているのは、ボロボロになった相澤先生だった。
その先生の頭部を巨大な手で掴み、冷徹に地面へと叩きつけているのは、漆黒の巨体を持つ怪物――脳無。
「先生……!?」
透ちゃんの手袋が口元を覆って戦慄する。
相澤先生は、命を削るようにしてその目を限界まで見開き、脳無に個性の「抹消」を仕掛け続けていた。しかし、脳無の動きはこれっぽっちも止まらない。
死柄木弔が、首をボリボリと掻きむしりながら、下卑た声で嘲笑う。
「無駄だよ、イレイザー・ヘッド。そいつは『個性を消されたらただの人間』になるようなヤツじゃない。……元々の素のパワーが、オールマイト並みに設定されているんだからね」
個性を消しても、なおオールマイトと同等の怪力。
それは、個性の相性云々でどうにかできるレベルを遥かに超えた、純粋な暴力の塊だった。
相澤先生の骨が軋む嫌な音が広場に響き渡る。
仲間たちがどれだけ踏ん張っても、この怪物を倒さなければ全員の命はない。白煙くんの顔の煙は、これまでにないほど深く、冷たい完全な漆黒の灰色へと染まり、その場にすくんでしまう。
本当の、本当の大ピンチが、A組の目の前に突きつけられていた。
ポンコツ煙少年と透明少女
戦闘向きではない個性なので、必死に逃げてます
改めて原作を読むと、この時点でヴィランと戦えるってやっぱりA組はすごいと思います