「大変だ! セキュリティマシーンが誤作動を起こして襲ってくるぞ!?」
「嫌だ、逃げろ!! 助けてくれーっ!!」
「うわああああああああああ!!」
「きゃああああああああああ!!」
警報音が響き渡る中、展示エリアは一瞬にしてパニックに陥った。本来市民を守るはずの最先端防衛ドローンや警備ロボットたちが、赤く発光するセンサーを光らせて来場者へ向けて一斉に火器を構える。悲鳴と怒号が交錯し、人々が雪崩を打って逃げ惑う。
「ハッハッハ! 狼狽えるな市民! ヒーローがここにいる!」
ドガァァァンッ!!
スターアンドストライプが爆風と共に飛び出し、迫り来るセキュリティマシーンの群れを素手で次々と粉砕していく! 鋼鉄の装甲がまるで紙屑のように弾け飛び、空中で爆散する。
「す、凄すぎる……! 一撃で全滅させた!?」
「流石はスターアンドストライプだ! 助かったぞ!」
「礼には及ばない! 全員、慌てず速やかに地下の指定避難所へ移動してくれ!」
圧巻の強さで市民を安心させ、迅速に避難誘導を行うスターさん。しかし、爆煙の向こう側から、足音を忍ばせて歩み寄る不穏な二つの影があった。
「……スターアンドストライプ。やはり来ていたか、アメリカの忌まわしき象徴め」
金属をきしませるような重低音の声。現れたのは、金属を自在に操る個性を持ち、幾つもの国家規模の犯罪に関与してきた最悪のテロリスト、ウォルフラム。そしてその隣には、顔どころか体型すら覆い隠す漆黒のロングコートを身に纏った、底知れぬ圧を放つ謎のヴィランが佇んでいた。
「ウォルフラム……!! 貴様、何故ここにいる!?」
スターさんが眉をひねり、一瞬で鋭い警戒の眼差しを向ける。
「スターさん、あの男は一体……!?」
「連続大量殺人の指名手配犯であり、アメリカを騒がせるスーパーヴィランのトップ5に入る大物だ。さらに……裏社会の帝王オール・フォー・ワンとも交流があったという噂すらある男だ!」
「……オール・フォー・ワン……! あの男の影が、こんなところにまで……!」
白煙くんの背筋に冷たい戦慄が走る。神野区での拉致、そして自身を狂わせた悪夢の元凶の名。その存在を感じ取った瞬間、体内の『煙』が緊張で固くなった。
ウォルフラムは冷酷な笑みを浮かべ、手に持った金属片を握り潰す。
「ハッハッハッ。オール・フォー・ワンは捕まったが、次の支配者は俺だ。デヴィッド・シールドの頭脳と、この島に眠る研究成果があればアメリカを支配出来る。スターアンドストライプ、貴様がいくら規格外だろうと、この計画を邪魔させるわけにはいかない」
「言わせておけば……! スモークドラフト! インビジブルガール! デヴィッドとメリッサを護衛し、直ちにこの場を離れろ! ここは私が食い止める!」
スターさんが鋭い指示を飛ばす。
「「はいッッ!!」」
白煙くんと透ちゃんは即座に返事をし、シールド親子を守るように陣形を組んだ。
「デヴィッドさん、メリッサさん、こちらです! 急いで安全な区画へ!」
「すまない」
「ハクエンくん、トオルちゃん、ありがとう」
「エンちゃん、後ろは任せて! 気配を消して追手を牽制するよ!」
白煙くんは周囲に視界を遮る純白の煙幕を張り巡らせ、透ちゃんは完璧なステルスで敵の隙を伺う。背後でスターさんとウォルフラムたちが激突する凄まじい衝撃波を感じながら、二人は大切な人々を守るため、迫り来る危機の中を走り出した。
「そうはいくか……やれッ!!」
ウォルフラムが冷酷に吐き捨て、顎で合図を送る。
その瞬間、それまで身じろぎ一つしなかった全身コートの男が、ゆらりと前に足を踏み出した。
「Booooooo……!!」
コートの隙間から漏れ出たのは、人間のものではない、獣の咆哮を泥で煮詰めたような不気味な重低音。男が羽織っていたコートを力任せに引き裂くと、そこから剥き出しになったのは、異様に肥大化した紫黒色の肉体と、血管が浮き出た巨大な筋肉の塊だった。頭部は皮膚が裂け、生々しい脳組織が一部露出している。
「何だコイツは……!? この気味の悪い異形は……!」
「……まさか」
「エンちゃん、もしかして……!」
白煙くんと透ちゃんの背筋に冷たい悪寒が走る。神野区の悪夢、そして保須市で対峙したあの恐怖の怪物と同じ匂い――。
「ハッハッハ! 気づいたようだな! ジャパンの『脳無』のデータを元に、オール・フォー・ワンの残党と我が組織が共同で極秘開発した改造人間さ!! 名付けて――『アンデッド』!!」
ウォルフラムが狂気に満ちた歪んだ笑みを浮かべ、両手を広げる。その周囲の金属製の手すりや壁が、彼の個性『金属操作』によってグニャグニャと形を変え、鋭い槍となって空中に浮遊し始めた。
「脳無だと……!? 奴ら、海を越えてまでこんな悪魔の発想を持ち込んでいたというのか!」
スターアンドストライプの目が鋭く吊り上がる。しかし、憤慨する暇もなく、巨獣『アンデッド』が超音速の踏み込みで地表を砕き、スターの目前へと迫った!
「Boooooooッッ!!!!」
丸太のように太い丸太腕が、大気を爆裂させながら振り抜かれる!
「ふんッッ!!」
スターさんは逃げずに真っ向から右拳を叩きつける!
ドォォォォォォォォンッッ!!!!
音速を超えた拳と拳の衝突。凄まじい衝撃波が円状に広がり、I・アイランドの強化ガラスや天井のダクトが一瞬で粉々に吹き飛ぶ!
「なっ……私と真っ向からの殴り合いで、パワーが互角だと……!?」
スターさんの眉が跳ね上がる。オールマイトの背中を追い続けた彼女の圧倒的な肉体強度と腕力。それに匹敵する出力を、この怪物は力任せに叩き出してきているのだ。
「確かにパワーは私と互角……!! だが、この『新秩序(ニューオーダー)』で形勢は一瞬で逆転する――『大気は――』」
スターさんが指を突き出し、ルールを宣言しようと言葉を紡ぎかけた、その刹那。
「おっと、させねぇよ!! やれ、アンデッド!!」
ウォルフラムが凶悪な笑みを深めて叫ぶ。
「Boooooooーーー!!!!」
アンデッドが胸を大きく膨らませ、鼓膜を裂くような金切り声を全方位に撒き散らした。
その直後――世界から一切の「音」が途絶えた。
「―――、――、―――!?(な……何だ……!? 声が……出ない……!?)」
スターさんは目を見開いた。喉を震わせ、唇を動かしている。確かに発声している感覚はあるはずなのに、口から音が一切空気へ伝わらない。まるで喉元で声という概念そのものを消し去られたかのように。
「ハッハッハ! 驚いたかスターアンドストライプ!! こいつはただの脳無じゃねえ! 複数個性を組み込まれた最高傑作だ! その一つが……広域概念遮断個性**『消音(サイレンス)』**!!」
ウォルフラムが冷酷に種明かしをする。彼らが事前に極秘裏に集めていたスターの『ニューオーダー』の発動条件――「対象に触れ、名を呼ぶ」「ルールを声に出して宣言する」というプロセスを完全に封じるための、完璧なメタ能力だった。
「対象者の空間から『音の振動』を消失させる! テメェの場合は声を消す!! スターアンドストライプ……貴様の最大にして唯一の弱点だァッ!!」
「――ッッッ!?」
声が出ない。つまり、新秩序(ニューオーダー)によるルールの追加が一切不可能な無防備な状態。
圧倒的な強さを誇るアメリカナンバーワンヒーローが、凶悪な仕掛けによって絶体絶命の危機へと突き落とされた。
「メリッサ、こっちだ!!」
「パパ!!」
「おっと!! 主役はオメェらだ!!」
ウォルフラムが邪悪な笑みを浮かべ、指先をわずかに動かす。
その瞬間、床に敷き詰められていた鋼鉄のプレートが蛇のように蠢き、逃げ遅れたメリッサさんの足元から一気に飛び出した! 金属の触手たちが彼女の首元と両腕を容赦なく締め上げる。
「きゃああああああっ!?」
「メリッサ!!」
冷たい金属に身体を拘束され、空中に吊り上げられるメリッサさん。デヴィッドさんは顔を蒼白にし、なりふり構わずヴィランの前へと躍り出た。
「やめろ!! 頼む、娘に手を出すな!! 人質なら……人質なら私がいくらでもなる!!」
「パパ、ダメ!! 来ちゃダメ!!」
「子供を守るのが、親の役目だ……! だからメリッサを放せ!!」
娘を想うデヴィッドさんの悲痛な叫び。だが、ウォルフラムはそれを楽しむかのように嘲笑い、拘束する金属の締め付けを一層強めた。ミシミシとメリッサさんの骨が悲鳴を上げる音が響く。
「ハッハッハ! 親子愛かい? 泣かせるねぇ! だがな、人質を解放して欲しけりゃ条件がある」
「……条件だと!?」
「テメェが肌身離さず持っている、その禁忌のサポートアイテム……『個性増幅装置(レイズ・デバイス)』だ!! それと引き換えに、人質交換をしてやる!!」
ウォルフラムの身体から、圧倒的な密度の圧が溢れ出す。彼が装着していたヴィラン用の増幅パーツが怪しく発光し、周囲の重厚な金属壁が一瞬で波打つ巨大な鉄の津波へと姿を変えた。一国の軍隊すら数秒で潰し尽くせるほどの、異常な破壊力。
「な、何故その存在を知っている……!? あの装置の存在は、開発を極密裏に依頼してきた『依頼者』と私しか知らないはず……まさか!!」
デヴィッドさんが衝撃のあまり目を見開く。ウォルフラムは凶悪な笑みを深め、胸を張った。
「そうさ!! その『依頼者』ってのは、最初からこのオレだからだ!! オールマイトの全盛期を支えた伝説のバディ……テメェの頭脳と技術なら、個性を底上げする増幅装置を絶対に完成させると信じていたからな!! お陰様で、オレは新たな力を手に入れることが出来る!! これがあればスターアンドストライプすら叩き潰し、アメリカ……いや、世界を裏から支配できる力だ!!!!」
「パパ……なんで……そんな、サポートアイテムを……」
メリッサさんの瞳から絶望の涙が零れ落ちる。デヴィッドさんは崩れ落ちるように膝をつき、震える両手で顔を覆った。
「……依頼者は『衰えたオールマイトを、平和の象徴を復活させてほしい』と、何度も何度も切実なメッセージを私に送ってきたんだ……。私は……私は悩んだ。科学者として禁忌に触れることだと分かっていた。しかし、神野の戦いでオールマイトが完全に力を失い……世界が暗雲に包まれていくのを見て耐えられなかった。せめて、彼の個性を復活させるきっかけになってくれればと……彼の笑顔をもう一度取り戻したい一心で、作ってしまっていたんだ……!!」
親友を想う純粋で切実な願い。世界を救いたいという科学者の優しさ。その全てが、目の前の最悪なヴィランによって踏みにじられ、利用されていたのだ。
「マイトおじさまを想うパパの心を利用して……大切な人を救いたい気持ちを踏みにじるなんて……最低よ!!」
宙に吊るされながら、メリッサさんが涙を振り払って叫ぶ。しかし、ウォルフラムはその怒りすら心地よさそうに受け止め、邪悪な眼光を光らせた。
「ハッハッハッ! 最高の褒め言葉だよお嬢さん。悪党(ヴィラン)に倫理を求めてどうする? さあデヴィッド……選択の時だ。親友の面影を追って作ったその『個性増幅装置』をオレに渡すか、目の前で愛しい娘が鉄の屑になるのを見るか……選べッ!!」
ドガァァァンッ!! ズズズズズンッ……!!
離れた区画であるにもかかわらず、地鳴りのような重低音と衝撃波が壁を突き破って伝わってくる。
「(うらあああッッッ!!)」
「Boooooooーー!!」
声が出ない中で発せられる、スターアンドストライプの魂の叫び。声を奪われ『新秩序(ニューオーダー)』を封じられながらも、彼女は純粋な肉体強度と格闘技術だけで、怪力無双の改造人間『アンデッド』と互角以上に渡り合っていた。
超音速の拳が交錯するたび、周囲の建造物が衝撃波だけで粉々に弾け飛ぶ。まさに神々の殴り合い。だが、大気を焦がす凄まじい爆煙と衝撃は、こちらの応接エリアにまで激しく届いていた。
「ゲホッ、ゲホッ……! チッ、アンデッドの野郎、声を封じておきながらまだスターアンドストライプを倒しきれていねえのか……! 忌まわしき怪物め」
ウォルフラムが煙を手で払いながら、忌々しそうに吐き捨てる。
その圧倒的な戦闘音を聞きながら、デヴィッド・シールドは苦渋に満ちた表情で膝を折り、胸元のシークレットケースから怪しく輝く金属製のケースを取り出した。
「……分かった。これを渡そう」
「パパ、ダメ!! そんな奴に渡したら世界が――!」
「メリッサ……私にとっては、世界よりも、オールマイトの面影よりも、娘の命のほうがずっと大切なんだ! サポートアイテムなんて……生きてさえいれば、また創ればいい!!」
涙を流すデヴィッドさんは、震える手で『個性増幅装置(レイズ・デバイス)』のケースを差し出した。
「ハッハッハ! 賢明な判断だ。さあ、持ってこい!」
ウォルフラムが歪んだ笑みを浮かべる。デヴィッドさんは足をもつれさせながら歩み寄り、ケースを手渡した。
「サポートアイテムは渡した……! 約束通り、娘を返せ!!」
「――断る」
「……何……!?」
ウォルフラムの冷酷な一言に、デヴィッドさんの時が止まる。
「約束を破るなんて……外道……!!」
「ハッハッハッ! 外道? 違うな、これが『現実』だ!! 人間という生き物はな、傷付き、絶望しなければ新しいものを作り出そうとしない!! 地震という惨劇が起きれば緊急地震速報が作られ、津波の恐怖から警報システムが生まれ、遠くの惨状を共有するためにメッセージアプリやソーシャルメディアが発達した!! そして、絶対的平和の象徴オールマイトがオール・フォー・ワンによって引退に追い込まれたからこそ……テメェはこの『個性増幅装置』という神の領域のアイテムを生み出した!!」
ウォルフラムの瞳に凶悪な選民思想の火が宿る。
「歴史が証明している!! 技術を進歩させ、時代を次なるステージへ進めるのは……俺たちヴィランという名の『必要悪』!!!!」
高らかに己の悪学を叫び、個性増幅装置を装着しようとした――その一瞬。
「――必要悪なんて」
「――いらないよ!!」
ウォルフラムの真後ろ、密着するほどのゼロ距離から、二つの冷ややかな声が重なった。
「なっ……!?!?」
ウォルフラムの背筋に氷を突きつけられたような戦慄が走る。気配が、音が、匂いすらも完全にゼロだった。
シュッ……!!
ウォルフラムが振り向くよりも早く、彼がメリッサさんを拘束していた金属の触手が、高密度の煙によって内部から破砕・切断される!
「きゃあ!?」
「大丈夫、メリッサちゃん!」
空中に放り出されたメリッサさんの身体を、完璧なステルスで潜み込んでいた透ちゃんが優しく受け止め、瞬時に距離を取る! 同時に、白煙くんが吸い込んだ爆煙を逆噴射し、デヴィッドの身体を抱えて後方へ離脱させた!
完璧な連携。完璧な救出劇。
「テメェら……どこから潜り込んだ……!? 何者だ!!」
メリッサさんを奪い返され、土壇場で獲物をさらわれたウォルフラムが、顔を血走らせて咆哮する。
煙幕が晴れた先、シールド親子を守るように立ち塞がる二人の若きヒーローの姿があった。白煙くんは鋭い眼光でヴィランを射抜き、透ちゃんは静かに構えを取る。
「救煙ヒーロー――スモークドラフト」
「ステルスヒーロー――インビジブルガール」
新米レスキューヒーローと新米サイドキック。
アメリカの地で覚悟を刻んだ二人が、最悪のヴィランを前に力強く己のヒーロー名を名乗り上げた!
スターアンドストライプの弱点や対策はこの作品のオリジナルです
おかしな点があれば申し訳ありません