お気に入り登録、評価、感想ありがとうございます
これからもよろしくお願いします
ヤツが動き出す……!!
そして迎えた2月14日、バレンタイン当日。
昼休みのチャイムが鳴り響いた瞬間、1年A組の教室周辺は異様な熱気と人集かりに包まれた。ヒーロー科以外の雄英生徒――普通科、経営科、サポート科から、1年生から3年生までの女子生徒たちが続々とA組の教室の前へと押し寄せてきたのだ。
「轟くん、これ……どうぞ!!」
「ん? 俺に? ありがとう。チョコは美味いからな、嬉しいよ」
真っ先に人山ができたのは轟くんの席の前だった。
端正な容姿、ナンバーワンヒーローを親に持つ知名度、そして圧倒的な実力。照れる様子もなく淡々と、しかし素直に感謝を述べる彼のデスクには、瞬く間に華やかにラッピングされた本命チョコレートの山が築かれていく。その数、なんと100個以上。文句なしのクラス第1位である。
そして、轟に次ぐ凄まじい人垣を作っていたのは――白煙くんの席だった。
「白煙くん、これどうぞ!! 彼女さんがいるのは知っているので、純粋な『感謝チョコ』です! お返しとかは気にしないでくださいね!」
「あ、ありがとう……! 僕にまでこんなに持ってきてくれるなんて、嬉しいな……」
2位に輝いたのは白煙くん。実に89個ものチョコレートを受け取っていた。
アメリカ帰りの洗練された雰囲気と透明感あふれる美少年ぶりはもちろんのこと、彼がこれほど多くのチョコを集めた最大の理由は、レスキューヒーローとしての彼のスタンスにあった。仮免試験や日頃の救助訓練、街での実習などで彼に助けられた生徒、あるいは助けられた生徒の友人や家族からの「純粋な感謝と敬意」が込められたチョコが大半を占めていたのだ。
みんな、彼には大切な恋人である透ちゃんがいることを重々承知している。だからこそ、本命でも義理でもない、あたたかな「感謝の想い」が彼のデスクへと次々に届けられていたのだった。
「おい、爆豪!! これ……受け取ってくれ!!」
「……ケッ!! んなもん机に置いとけ!! 後で食ってやるよ!!」
3位は77個を獲得した爆豪くん。
強烈すぎる性格ゆえに近寄りがたいオーラを放っているものの、その圧倒的なセンスと戦闘力に惹かれるファンは少なくない。渡された袋の中には、恐る恐る入れられた本命チョコも幾つか混ざっていた。
悪態をつきながら乱暴に鞄の中へチョコを突っ込む爆豪だったが、実は彼、人生で女子からバレンタインチョコを貰ったのがこれが初めてだった。内心では猛烈に緊張しており、心臓が早鐘を打っているのを必死に表情に出さないようにしているのは、この場にいる誰も知らない彼だけの秘密であった。
周囲の男子たちが羨望と嫉妬の眼差しを向け、教室中の熱気が最高潮に達する中、バレンタインの嵐はさらなる展開を見せていく――。
「マ、マジで……!? 俺にくれるの!?」
上鳴くんは、渡された小さな袋を二度見しながら大歓喜の声を上げた。日頃のチャラチャラした言動から女子からの警戒心(?)は強めな彼だったが、ノリの良さと親しみやすさで友人としての信頼は厚い。結果、彼が手に入れたのは気安く渡された友チョコが3個。
「サンキューな! 大切に味わって食べるわ!」
悲しきかな個数は少なめだったが、本人は貰えたこと自体に大満足でデヘヘと鼻の下を伸ばしていた。
「ぼ、僕に……!? い、いいんですか!?」
緑谷くんは、渡されたラッピング袋を両手で受け取りながら顔を真っ赤にして挙動不審になっていた。彼に渡された21個のチョコは、主にヒーローオタクとしての彼の深い知識と分析力に助けられたサポート科や経営科の生徒たちからの「感謝チョコ」だ。「緑谷くんのアドバイスのおかげで実技の成績が上がった」「ノートがすごく参考になった」という熱いお礼の手紙が添えられており、緑谷は恐縮しつつも嬉しそうに胸に抱きしめていた。
「皆さんの温かいお心遣い、真面受せしむ! 誠に感謝する!!」
学級委員長の飯田くんは、ロボットのように完璧な角度で頭を下げながらチョコを受け取っていた。クラスや委員会活動での真面目で誠実な対応を評価された彼には、義理チョコや丁寧なお礼のチョコが相次ぎ、合計25個。全てメモを取りそうな勢いで几帳面に保管している。
「おーっ!!サンキューな!!」
切島くんは真正面からチョコを受け取っている。漢気は女性には理解されにくいところはあるが、大阪での衝撃デビューから人気はうなぎ登りの実力者になっている。男女共に人気が出ている。合計70個。
「……闇を共有する同胞からの供物か。感謝する」
常闇くんのデスクには、黒いリボンや漆黒の包装紙で飾られた独特のオーラを放つチョコが並んでいた。同じくミステリアスな世界観や中二病的な価値観を共有する他科の女子生徒たちから、熱烈な支持を受けた結果である。受け取った個数は堂々の44個。
「ワオ☆」
青山くんはチョコ12個。
「…………チョコ、か。貰ってしまって良いのだろうか。どうすればいいのか……」
一方、障子くんは積み上げられた21個の箱を前に、複数生やした腕の先を所在なさげに遊ばせながら戸惑っていた。彼の故郷の集落にはバレンタインにチョコを贈り合うような文化が一切存在しなかったため、人生初の体験にどう反応していいか分からず、困惑しつつも不意に見せた素朴な優しさに女子からの好感度がさらに上がっていた。
「わ、わあ……! あ、ありがとう……ございます……!」
そして、上位陣を脅かす意外な健闘を見せたのが口田くんだ。小動物を愛する心優しい人柄と、独特の包容力から「雄英屈指の癒し系男子」として密かなファン層を確立しており、切島に次ぐなんと63個ものチョコレートを獲得! 控えめに感謝を伝える彼の周りには、どこかほのぼのとした温かい空気が流れていた。
こうして、昼休みのチャイムが鳴り響くまでの短い時間で、他科や上級生の女子生徒たちによるバレンタイン特攻は一通り落ち着きを見せたのだった。
そして、他科の女子たちの嵐が去った後の、静まり返った放課後――。
「チョコが欲しいーーーーーーーッッ!!!!」
1年A組の教室に、絶望と嫉妬が入り混じった怨嗟の叫びが轟いた。
声を張り上げたのは、峰田くん。
現在の獲得個数、堂々の0個。日頃の変態的言動のツケが完璧に回ってきた結果であった。デスクの上にぽつんと置かれた自分の空っぽの通学鞄を見つめ、峰田くんはボロボロと血の涙を流す。
しかし――タダでは転ばないのが、欲望の化身・峰田実という男であった。
彼は突如として教卓の上へと飛び乗ると、目を血走らせて教室の男子たちを指さし、狂気の大暴走をスタートさせた!
「落ち着けって、峰田……!」
「そうだぞ、大声出すなよ……!」
瀬呂くんと上鳴くんが宥めようと苦笑いを浮かべるが、峰田くんは教卓をバンバンと激しく叩きつけながら咆哮する!
「落ち着いていられるかぁぁぁッ! お前らだって本当は喉から手が出るほど欲しいんだろッ!? スカしてクールぶってんじゃねえぞッ!! 男なら女子にモテたいだろ!! 爆豪や轟みたいにチヤホヤされたいだろ!! 白煙みてえに! 姿が見えなくても愛し合えるような! とびっきりの可愛い恋人が欲しいだろォォォッ!!」
「「うっ……!!」」
心臓を直接抉り取られたような衝撃に、上鳴くんと瀬呂くんが胸を押さえて悶絶する。
白煙くんと透ちゃんの理想的なカップル関係は、男子寮でも度々羨望の的となっていたのだ。あんな可愛くて一途な彼女が自分にもいたら――その妄想が二人の脳裏を駆け巡る。
上鳴くん、現在3個(全て義理混じりの友チョコ)。
瀬呂くん、現在5個(全て義理)。
「ま、まあ……そりゃあ俺だって、本命チョコとか貰えたら泣いて喜ぶけどさ……」
「白煙の奴、帰国してからさらに葉隠と雰囲気が甘くなってんだよな……羨ましくねぇと言ったら嘘になる……」
二人の心が急速にグラつき始めたのを見逃さず、峰田くんはさらにターゲットを広げて教卓の上で身を乗り出す!
「自分は高みの見物だと思って高く括ってる尾白!! 砂藤!! お前らだってこのままで本当にいいのかよ!!」
「えっ!? 峰田、急に俺達を巻き込まないでよ……!」
「お、俺は……自分で自分に手作りのお菓子を作って食えれば、それで十分満足だ……!」
尾白くん、現在2個。
砂藤くん、現在2個。
「甘い!! 甘いぞお前ら!! 砂糖より甘いんだよッ!!」
峰田くんは頭のモヒカン状のブドウを力任せに引っ張りながら、唾を飛ばして叫び続ける!
「バレンタインってのはなぁ、指を咥えて待ってる奴に微笑むイベントじゃねえ!! 男と女の、欲望と意地がぶつかり合う『戦争(マネーゲーム)』なんだよッ!! このまま何も行動を起こさなきゃ、奇跡なんて起きないまま虚無の明日がやってくる!! 明日になったら! 教室のどこを探したってチョコレートは1個も転がってねぇんだぞあああああッ!!」
峰田くんの演説は最高潮に達する。その瞳には、邪念と執念が渦巻く漆黒の炎が宿っていた。
「また昨日と変わらない! 何も起きない! 女子と手をつなぐこともできない! 灰色の虚しい日々がまた1年間始まっちまうんだ!! お前ら、本当にそんな敗北者の人生でいいのかよッ!! 男なら……男ならもっと己の欲求に素直になれよ!! ハジけろよォォォッ!!!!」
静まり返る教室。
峰田の命を削るような魂の叫びが、虐げられし非モテ男子たちの胸の奥深くに眠る「欲望の怪物」を呼び覚ましてしまった。
「そ、そうだな……! 待ってるだけじゃ、何も始まらねぇ……!」
上鳴くんの目が怪しく光り出す。
「ウジウジ悩んでる暇があったら動くべきだ! 守りに入ってどうする、時代は常に攻めの一手だろ!!」
瀬呂くんが身乗り出し、テープの射出体制を整える。
「僕だって……『普通で影が薄い』なんて言われ続けるのはもう嫌だ!!」
尾白くんが拳を握りしめ、尻尾をブンと一振りする。
「やってやる……! 俺の作ったスイーツ以上の激甘な奇跡、掴み取ってやるぞおおおッ!!」
砂藤くんがエプロンを脱ぎ捨てて叫んだ。
完全に狂気へと毒された男子陣を見渡し、峰田くんは不敵すぎる悪魔の笑みを浮かべる。
「そうだ……それでこそ男だ!! お前ら、溜め込んだ欲望を全て解き放て!! 女子から情熱のチョコを毟り取れ!! チョコを大量に持ってるリア充男子から力ずくで奪い取れぇぇぇッ!!!!」
「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオーーッッ!!!!」」」」
雄英高校1年A組教室――
一人の変態が呼び呼び起こした理不尽なる「チョコレート強奪革命」が、いま爆発的に幕を開けたのだった!
「来い、B組ッッ!! お前らもどうせ心の中じゃ血涙流してんだろォッ!?」
峰田くんの叫びが廊下に響き渡る! その煽りに応えるように、隣のクラスから物間くんを先頭にB組男子たちが雪崩れ込んできた!
「ふははは! A組の浅知恵に乗るつもりはないが、チョコを獲得できていないという事実だけは容認できん! A組のリア充どもから全てを奪い取ってやる!!」
「「「俺達も行くぞおおおッッ!!」」」
円場くんや回原くん、鱗くんまでもが目を血走らせて合流する! 勢いはもはや誰にも止められない!
「来い、普通科ァァッ!! 日頃の抑圧された感情を今こそ解き放て!!」
「「「チョコが欲しい!! 努力が報われる世界を我らに!!」」」
ヒーロー科を目指す心操くんを横目に、普通科男子たちが怨嗟の声を上げて隊列に加わる!
「サポート科!! 経営科!! お前たちの技術と分析力は、この時のためにあるんじゃないのかッ!?」
「「「チョコーッッッ!! 利益と情熱の正当な分配をーーーッッ!!」」」
発目さんの開発部屋から飛び出してきたサポート科男子や、損益計算書を放り投げた経営科男子までもが狂乱の渦へと飲み込まれていく!
最初はA組の数人だった怪しい集団は、廊下を進むごとに勢力を増し、廊下全体を埋め尽くすほどの巨大な「チョコ渇望軍団」へと膨れ上がっていった!
「チョコを奪え!!!! 勝ち組どもから奪い尽くせ!! 俺達こそが理不尽な格差社会に立ち向かう、真の漢(おとこ)であると知らしめろ!!!!」
「「「「ウオオオオオオーーー!! 峰田! 峰田! 峰田! 俺たちの代弁者ァァァッッ!!!!」」」」
もはや誰も彼を「変態小僧」とは呼ばない! 男たちの欲望と嫉妬を全肯定し、暴走の旗手となった峰田くんは、いまや雄英高校全科の非モテ男子たちを率いるカリスマ・絶対的リーダーへと祭り上げられていたのだった!
一方、校舎階下の騒乱など露知らず、柔らかな冬の陽光が降り注ぐ雄英高校の屋上。
そこはまるで別の時間が流れているかのように、静やかで甘い空気に満たされていた。アメリカでの壮絶な戦いを乗り越え、互いの存在の尊さを誰よりも知る二人だけの特別な空間。
透ちゃんは、背中に隠していた大切で重みのあるプレゼントボックスを、両手でギュッと握りしめた。
(落ち着いて……私。昨日、ヤオモモたちと一緒にあんなに練習したんだから……大丈夫、想いは全部詰まってる……!)
心臓が早鐘を打つ。顔が熱く火照るのを感じながら、彼女は意を決して、特製のガス袋風ラッピングに包まれた大きなハート型チョコレートを真っ直ぐ差し出した。
「エ、エンちゃん……!! 私の……世界で一番の大本命チョコ、受け取って!!」
「と、透ちゃん……!」
白煙くんの瞳が大きく揺れた。目の前に差し出された、透ちゃんの存在そのもののように温かく輝くチョコレート。
(透ちゃんが……僕のために……)
白煙くんもまた、胸の奥が締め付けられるほどの緊張と愛おしさに包まれていた。両手で慈しむようにそれを受け取ると、手渡された箱から漂うほろ苦く甘い香りが、鼻腔をくすぐる。
「あ、ありがとう、透ちゃん……! すっごく嬉しいよ。大切にするね」
「えへへ……! エンちゃんのお好みに合わせて、甘さを控えめにしたビターチョコなんだ。喜んでもらえてよかった……!」
姿は見えなくとも、透ちゃんが最高に可愛い笑顔で照れているのが、その空気感から痛いほど伝わって来る。白煙くんは丁寧にラッピングを解き、箱の蓋を開けた。そこに現れたのは、真っ直ぐな手書きで『大好き』と書かれた、眩しいほどのデコレーションチョコ。
(『大好き』……。僕だって、僕だって透ちゃんのおかげでここまで来られたんだ……)
胸がいっぱいになった白煙くんは、柔らかく目を細めて提案した。
「透ちゃん……これ、とっても大きいし、せっかくだから一緒に食べない……?」
「えっ!? 一緒に……!? う、うんっ!! 喜んで!!」
パッと弾けるような声。透ちゃんは素早くチョコの端を少しだけ割り取ると、それを白煙くんの口元へと近づけた。
「じゃあ……エンちゃん、あーん♡」
「え、えぇっ!? あ、あーんって……照れるよ……!」
「いいからいいから! ほら、あーんだよ?」
白煙くんは顔を真っ赤に染めながらも、意を決して小さな口を開けた。
「あ、あ~ん……」
パキッ、と心地よい音と共に、芳醇なカカオの香りと程よい甘みが白煙くんの口いっぱいに広がっていく。舌の上で滑らかに溶けていく完璧なテンパリング。
もぐもぐもぐ……。
「……どうかな? 美味しい……?」
上目遣いに自分の顔(の方向)を伺ってくる透ちゃんの気配に、白煙くんの心がじんわりと温かい幸福感で満たされていく。
「……すごく、美味しい。最高に美味しいよ。僕の好きな甘さで、カカオの深みがあって……何より、透ちゃんの優しさが一番伝わってくる。本当にありがとう、透ちゃん」
「~ッ! えへへ……! どういたしまして、エンちゃん!」
透ちゃんは嬉しさのあまり、白煙くんの腕にぎゅっと抱きついた。白煙くんも照れながら、愛おしそうに彼女の肩を抱き寄せる。
二人の周りには、ピンク色のらぶらぶオーラが全開で咲き誇り、もはや周囲の光景すら霞んで見えるほどの「完全なる二人だけの世界」が作り上げられていた。
アメリカで命を懸けて守り抜いた大切な絆が、バレンタインという甘い春の足音と共に、どこまでも優しく咲き誇っていたのだった――。