地平線の彼方まで続いていたはずの蛇腔市の街並みは、跡形もなく消え去っていた。
かつて人々が暮らし、車が行き交い、日常の営みがあった場所。そこには今、見渡す限りの広大な灰色の更地と、風に舞う微細な粉塵だけが広がっている。ビルも、住宅も、道路も、信号機も、樹木すらも――分子レベルで粉砕され、灰と化した「無」の世界。立ち昇る灰の煙が太陽の光を遮り、空すらも暗澹たる濁色に染め上げていた。
「エッ……エン、ちゃん……」
白煙くんの背中にしがみついたまま、透ちゃんの震える声が漏れた。
姿は見えずとも、彼女が目の前の光景に絶句し、全身の血の気が引いていくほどの恐怖に打たれているのが痛いほど伝わってくる。
「嘘……だよね……? 病院だけじゃなくて……街が……街全体が……消えちゃったの……? こんなの……こんなのってないよ……!」
透ちゃんの指先が、白煙くんのチェストアーマーを壊れそうなほど強く掴みしめる。彼女がこれまで思い描いていた「ヒーローとヴィランの戦い」の規模を、あまりにも残酷に、そして圧倒的に踏みにじる地獄の現実。そこには勝利も敗北もなく、ただ理不尽なまでの破壊と死の気配だけが充満していた。
白煙くんは赤煙の触手で市民たちを空中へと繋ぎ止めながら、茫然と広がる灰の海を見つめていた。胸の奥で、心臓が警鐘のように激しく脈打つ。
(……これが……これが『大災害』か、黒煙……)
白煙くんの脳裏に、自身の中に眠るもう一つの人格――黒煙の記憶が過った。
全滅を避けるため、そして大人たちを動かすために根津校長へノートを託し、万全の体制でこの作戦に臨んだはずだった。黒煙の記憶によって、死柄木弔が覚醒すれば街が壊滅的な被害を受けること自体は「唯一知らされていた」真実だった。
しかし――。
(予測を……遥かに超えていた……! 死柄木の手術を阻止してヒーローがここまで追い込んだのに……! なのに、どうして……!? どうしてこれほどの規模に……!)
白煙くんの青い瞳に、底知れぬ恐怖と冷や汗が滲む。
黒煙から共有されていたイメージを何倍も上回る、進化した『崩壊』の伝播力。触れたものすべてをチェーンリアクションのように灰へ変えていくその悪夢的な猛威は、もはや個人の能力の域を超え、人類には抗いようのない「自然災害」そのものだった。
もし、自分が透ちゃんの手を掴むのが一瞬でも遅れていたら。
もし、自分の『赤煙』による緊急浮上が間に合っていなかったら。
今頃、透ちゃんも、自分も、そして抱え上げた市民たちも、あの冷たい灰の一部となって風に吹き飛ばされていたかもしれない。
「ハッ……ハッ……」
荒い息を吐きながら、白煙くんは空中で必死に身構える。
目の前に広がる壊滅した世界の中央――灰の煙が立ち込めるその中心で、白髪をなびかせた死柄木弔が、ただ静かに立ち尽くしている。
オール・フォー・ワンの力を得て、世界のすべてを破壊する悪魔として降臨した男。
「透ちゃん……僕から絶対に離れないで」
「うん……!!」
白煙くんはかすれた声で、けれど決意を込めて呟いた。
背後で怯える最愛の少女を守るため、そして生き残った仲間たちと共にこの終わりかけた世界で踏みとどまるため、白煙くんは絶望の風が吹き荒れる空中で、赤煙の翼を強く羽ばたかせるのだった。
灰燼と化し、一切の足場が失われた蛇腔市の空。
その虚無の空中で、怒りと悲壮感を全身から激しく昂ぶらせる男がいた。
現ナンバーワンヒーロー・エンデヴァー。
「広域通信!! 現在、死柄木弔と直接戦闘中!! 地上は崩壊の危険域だ! 空中を飛べるヒーローは至急、現場へ集結せよ!!」
エンデヴァーの焦燥に満ちた叫びが、通信回線を通じて生存している全ヒーローのレシーバーへ叩きつけられる。
彼の足元からは、凄絶な爆音と共に灼熱の『ヘルフレイム』がジェット噴射のように噴き出し、巨躯を宙に繋ぎ留めていた。周囲の空気は超高温によって揺らぎ、舞い散る灰すらも一瞬で焼き尽くされていく。
「一瞬で都市一つを更地に変えただと……!? これが、これがヴィラン一人の力だというのか……ッ!」
エンデヴァーの胸を焦がすのは、圧倒的な破滅に対する怒りと、プロとしての激しい戦慄。
だが、眼下に立つ死柄木弔に、動揺の色は一切なかった。
オール・フォー・ワンの遺伝子を極限まで移植されたその肉体は、もはや「個性の有無」すら超越している。
かつてオールマイトが保持していた『超腕力』や『超スピード』と同等――いや、それを凌駕しかねない異次元の身体能力。死柄木は足元の瓦礫の残骸を僅かに踏みしめたかと思うと、音速を超えた脚力で地を蹴り跳んだ!
ドゴォォォォォンッッ!!!!
「なっ……空中へ跳躍しただと!?」
空気を爆破させたかのような衝撃波を残し、死柄木が弾丸のようなスピードでエンデヴァーの眼前へ肉薄する。空中を自在に飛ぶ手段を持たずとも、圧倒的な脚力のみで空を「跳び」、音速の領域で迫ってきたのだ!
「アンタに用はない。消えろ、エンデヴァー」
「甘く見るな小僧がぁぁぁッ!! 『バニシング・フィスト』!!」
エンデヴァーは胸の内で上がる体温の上限を力任せに引き上げ、右拳に極限まで圧縮した灼熱の炎を収束。死柄木の顔面へ向けて、超高熱の拳を叩き込んだ!
バギャァァァンッ!!
猛烈な爆炎が空を赤く染め上げ、周囲の気圧が急激に変動する。
普通の人間ならば骨すら残らず蒸発する極熱の一撃。しかし、炎の渦の中から伸びてきた死柄木の白い手が、エンデヴァーのチェストアーマーを冷酷に掴み取った!
「ぐぬっ……熱量に耐えているだと……!? 肉体の耐久性能まで規格外か!!」
「無駄だ。今の俺は……お前たちの理解の及ぶ存在じゃない」
死柄木は炎に包まれながらも眉一つ動かさず、むしろその圧倒的な怪力でエンデヴァーを空中で振り回し、叩き落とそうと握力を込める。肉体再生の超回復が、焼かれた皮膚を瞬時に繋ぎ直していく。
エンデヴァーは歯を食いしばり、全身から『プロミネンス』の炎を爆発させて強制的に死柄木の手を振り払うと、再び噴射の炎で距離を取った。息が荒くなり、体内熱量の限界を示すオーバーヒートの危険信号が脳内に点滅し始める。
(速い、硬い、再生する……! その上、触れられれば一瞬で全身が崩壊して灰になる……! なんだこの怪物は……どうやって勝てというのだ!!)
絶望的なまでの戦力差。だが、エンデヴァーは眼光を鋭く燃やし、構えを崩さない。
その時、超高温の炎に対峙しながら、死柄木の唇がかすかに動き、不気味で乾いた声が漏れた。
「……探す手間が省けた。そこにいるな……」
死柄木の瞳が、エンデヴァーを通り越し、遥か後方で避難誘導を行っている雄英生徒たち――緑谷出久のいる方角へと向けられた。プッシーキャッツのラグドールから奪った個性『サーチ』が捉える。
「ワン・フォー・オールを手に入れる」
虚無の底から響くような死柄木の言葉。
それは、世界を滅ぼす圧倒的な破壊者が発した、あまりにも唐突で不穏な「目的」だった。
「……なに……?」
エンデヴァーの思考が一瞬固まる。
「ワン・フォー・オール……?」
それは、エンデヴァーの長いヒーローキャリアの中でも、一度たりとも耳にしたことのない謎の言葉だった。
オールマイトの背中を追い続け、現ナンバーワンとして頂点に立つ彼ですら知らない、ヒーローとヴィランの歴史の闇に隠された最大の禁忌。
なぜ、この世界を滅ぼしかねない悪魔が、その言葉を口にするのか。
なぜ、その視線は遥か後方の「緑谷出久」へと向けられているのか――。
答えの出ぬ強烈な疑問と、底知れぬ新たな危機の予感が、エンデヴァーの全身を冷や汗とともに駆け抜けていった。
「死柄木は僕を狙っています!」
緑谷出久からの切迫した個別通信が、エンデヴァーのイヤーインカムへと飛び込んだ。
「緑谷……お前、一体何を……!?」
「詳しい説明をしている時間はありません! 死柄木が探している『ワン・フォー・オール』……それは僕のことです! 僕がここに留まれば、街の崩壊被害がさらに広がってしまう!」
緑谷の声には、自らが囮となって壊滅的な被害を最小限に食い止めようという、哀絶なまでの覚悟が滲んでいた。
「ふざけんなデクッ! 一人でいいカッコすんじゃねえぞ!!」
その通信の背後で、爆音と共に叫ぶ声が響く。爆豪勝己だ。
「俺が潰してやらァ!!」
『ワン・フォー・オール』という膨大な力と血塗られた宿命の秘密を知る、世界で数少ない一人である爆豪。幼馴染として、そして競い合うライバルとして、緑谷だけをあの地獄の渦中へ行かせるわけにはいかない。
「通信が邪魔だな。「電波」+「空気を押し出す」」
バリバリバリバリッッッ!!
「インカムが!? 爆豪! 緑谷! 待て、勝手な行動は許さん!」
強力な電波が蛇腔市に広がり通信が使えなくなる。
通信が通じない前に、エンデヴァーの制止を振り切り、二人は空中へと飛び出した。
緑谷は『ワン・フォー・オール』のパワーを全身に行き渡らせ、『フルカウル』の緑の稲妻を全身から激しく放電させる。さらには先代の記憶から引き出した『黒鞭』を縦横無尽に伸ばし、瓦礫の山を捉えて高速で空を翔ける。
そのすぐ隣を、両手からの爆破を連射して音速の推進力を生み出す爆豪が横並びで追破する。
「来ているな……『ワン・フォー・オール』」
遥か前方に立つ死柄木弔が、血走った眼光で二人を捉えた。
避難誘導を行う仲間たちやプロヒーローたちの手が届かない、灰色の更地と化した絶望の戦地。
かつて同じ夢を追いかけた幼馴染の二人――緑谷出久と爆豪勝己。
『ワン・フォー・オール』の秘密を共有する二人だけの、死柄木弔という「世界の終わり」に対する凄絶な死闘が、いま幕を開けた。
「ワン・フォー・オールを寄越せ、緑谷出久」
死柄木弔の声が、空気そのものを凍りつかせるように響き渡る。
その絶対的な「死」の気配。かつて神野区でオールマイトとオール・フォー・ワンが激突した、あの絶望と崩壊の記憶が、緑谷出久と爆豪勝己の脳裏に激しい悪寒となって駆け巡った。
「――!!」
「――!!」
言葉すら発せない。一瞬でも気を抜けば、呼吸すら奪われそうなほどの圧倒的な威圧感。オール・フォー・ワンの力を移植され、肉体そのものが超生物へと変貌を遂げた死柄木は、もはや人知を超えた存在だった。
死柄木が地を蹴る。目にも留まらぬ速度で、一瞬にして緑谷の間合いへと肉薄した。
「させ……かァッ!!」
爆豪が間一髪で『爆破』を放ち、その爆風で緑谷の身体を力任せに弾き飛ばす! 直後、二人が直前までいた空間を死柄木の爪が空を切った。その拳風だけで、背後にある巨大な瓦礫が一瞬で砕け散る。
「逃げんな――」
死柄木が追撃の跳躍を見せたその瞬間、上空から弾丸のように影が飛び込んできた!
「緑谷!! 爆豪!!」
「グラントリノ……!?」
ジェットの噴射音と共に二人を両腕でかき抱き、間一髪で死柄木の猛撃から救い出したのは、かつてオールマイトを育て上げた老ヒーロー、グラントリノだった!
「考えなしに飛び出すなバカタレども! 相手は神野の『奴』と同等、いやそれ以上のバケモノじゃぞ!」
「だが、ヒーローはまだ終わっちゃいない!!」
空中から巨大な龍の影が躍り出る。ナンバーテンヒーロー・リューキュウだ! その巨躯で死柄木の頭上から覆いかぶさるように爪を叩きつけ、死柄木を激しく地上へと押し潰す!
ズドドドドドォォォンッ!!
「グッ……お前たちのような雑魚が、何人湧いてこようと……!」
地中に沈みかけた死柄木が、狂暴な笑みを浮かべて『崩壊』の手を地面につけようとした――その時。
「……個性が……発動しない……?」
死柄木の動きがピタリと止まった。全身を駆け巡っていた幾重もの個性の波動が、力づくで根絶やしにされたかのように消え去る。
その視線の先――上空に浮かぶ赤い煙の塊の上に、鋭い眼光で死柄木を射貫く男がいた。
「白煙、すまない。助かった」
「いいえ……! 今は相澤先生の『足』になるのが、僕の最大の役割です! マニュアルさん、目元のサポートを!」
「任せな!! 涙で乾かせやしないぜ!!」
白煙くんが全開で噴出させた高密度の赤煙。その上に乗っているのは、相澤消太(イレイザー・ヘッド)と、プロヒーローのマニュアルだった。
相澤先生の右足は、地下でのハイエンドとの激闘によって無残に折れ曲がり、血に染まっていた。本来ならば立ち上がることすら不可能な重体。しかし、白煙くんの操る煙が彼の身体をしっかりと支え、マニュアルが『水』の個性で相澤の目元に絶え間なく水分を補給することで、一度も目を閉じることなく『抹消』の視線を死柄木に浴びせ続けていたのだ。
相澤の『抹消』が生きている限り、死柄木は無敵の『崩壊』も、オール・フォー・ワンの無数の個性も使うことができない。
死柄木は赤い煙の上で仁王立ちする相澤を見上げ、赤い瞳をギラリと光らせた。
「……かっこいいぜ、イレイザーヘッド」
個性を封じられ、肉体性能のみとなった死柄木。しかし、その口元には不気味な笑みが浮かんでいた。
ヒーローたちの決死の連携と、相澤の執念の眼光。絶望の戦場に、かすかな反撃の光が差し込もうとしていた。
緑谷出久と爆豪勝己の二人が、死柄木弔の放つ圧倒的な絶望の渦中へと飛び込んでいった直後のことである。
灰色の爆風と煙が吹き荒れる空中で、白煙(エン)くんは背中に乗せた透ちゃんを静かに見つめ直していた。
エンデヴァーからの広域通信が、レシーバーを通じて耳腔を強く打つ。
『空中で戦えるヒーローは至急集結せよ!!』
自力で浮遊し、縦横無尽に空を駆け巡ることができる『赤煙』を持つ白煙くんもまた、その「空中で戦えるヒーロー」の明確な一人であった。
「透ちゃん、行ってくる」
白煙くんの静かな、けれど決して揺らぐことのない決意を込めた言葉。それに反応して、透ちゃんは弾かれたように叫んだ。
「だめ!! 行っちゃだめだよ、エンちゃん!!」
「お願いだ、透ちゃん……! 緑谷くんたちだけをあんな場所に行かせるわけにはいかない。僕の煙なら、みんなを、命を助けることができるんだ」
「お願いだから行かないで!!」
透ちゃんは涙目で、姿は見えずとも必死に白煙くんの腕にしがみつき、強く引き止める。
目の前で都市一つが灰になり、プロヒーローたちすら次々と沈んでいく地獄。今そこへ向かうことがどれほど死に直結しているか、彼女には痛いほど分かっていた。何より、3月14日のホワイトデーに交わしたあの「お互いが変わらずに帰ってくる」という約束を、ここで破られるわけにはいかないのだ。
「お願い……私を一人にしないで……またエンちゃんがいなくなっちゃったら、私……!」
声どころか全身を激しく震わせ、ボロボロと透明な涙をこぼす透ちゃん。その悲痛な叫びが、白煙くんの胸を強く締め付ける。
だが、その二人の間に、低く重厚な声が割り込んだ。
「葉隠、白煙は俺が守る」
「――相澤先生!?」
驚いて振り向く二人の前に立っていたのは、リューキュウの背から下り立ち、血だらけで肩を呼吸で上下させている相澤消太(イレイザー・ヘッド)だった。
地下でのハイエンドとの凄絶な死闘により、彼の右足は無残にも骨折し、あらぬ方向へ曲がっていた。立っていることすら奇跡のような痛みのなかで、相澤の赤い瞳は一度も光を失っていなかった。
「先生……! そのお足で、一体何を……!?」
「死柄木の個性を止められるのは、もう俺の『抹消』しか残っていない。……だが、俺のこの足じゃあいつのスピードには追いつけん。白煙、お前の煙が必要だ。俺の『足』になってくれ」
相澤は白煙くんを見つめ、静かに、けれど教師としての絶大な信頼を込めて頷いた。
相澤の覚悟、そして目の前の現実。緑谷や爆豪、プロヒーローたちが死力を尽くしている戦場へ相澤を届けること――それこそが、今この瞬間、白煙くんにしかできない最大の役割だった。
透ちゃんは溢れ出る涙を拭おうともせず、白煙くんの手をぎゅっと握りしめた。
「エンちゃん……約束……忘れてないよね……? 絶対に帰ってくるって……!」
白煙くんは透ちゃんの手を優しく包み返し、柔らかく、けれど力強く微笑んだ。
「うん、守るよ。絶対に変わらないで、透ちゃんの元へ帰ってくる。だから透ちゃん……避難する市民のみんなを、お願いね」
「……うん! うんっ……! 任せて……! 私、一人でも多くの人を助けるから……! だから、絶対……絶対無事でいてね!!」
二人は最後にもう一度強く想いを交わし、手を離した。
「相澤先生、僕の背中に! マニュアルさん、サポートをお願いします!」
「ああ、頼んだぞ白煙!」
「了解、スモークドラフト!」
白煙くんは相澤先生を背負い、高密度の赤煙を爆発的に噴射。マニュアルを同行させ、一直線に死柄木弔が待つ最前線へと飛翔した。
残された透ちゃんは、溢れ出る涙をぬぐい去り、白煙くんの背中が見えなくなるまで見送ると、すぐさま地上の市民たちの救出と、1人でも遠くへ避難させるために全力で駆け出したのだった。
「相澤先生に……白煙くん!!」
緑谷出久の叫びが空に響いた。
「あの煙野郎……!! 何ノコノコ出てきてやがる!!」
爆豪勝己が爆風を吐き出しながら悪態をつくが、その表情には明らかな安堵と怒気が混ざり合っていた。相澤の『抹消』が死柄木の『崩壊』を封じ込めている――その絶対的なアドバンテージを維持しているのが、血だらけの相澤を背負い、決意の瞳で空を舞う白煙くんの『赤煙』なのだ。
「全員、叩きたたむぞ!! 相澤が視線を切る前に攻め立てろ!!」
上空から猛然と滑空してきたエンデヴァーの全身から、眩いばかりの純白に近い超高温の炎が爆発的に吹き上がる。周囲の空気が一瞬で干上がって揺らぎ、舞い散る灰すらも蒸発していく。
「『ヘルファイア』の限界を超えろ……! 『ジェットバーン』ッッ!!!!」
圧縮された猛烈な炎の槍が、死柄木の胸板へ直撃した!
ドゴォォォォォンッッ!!!!
激しい爆炎と熱風が吹き荒れ、地表の瓦礫が赤くドロドロに溶け落ちる。
だが――。
「グッ……ハハッ……!」
炎の渦の中から、肌を焼き焦がしながらも死柄木が笑いながら踏み出してくる。相澤の『抹消』によって一切の個性が使えないはずの状態。しかし、ドクターの狂気の施術によって手に入れた肉体そのものが、かつてのオールマイトに匹敵する規格外のパワーと異常な耐久性能(タフネス)を誇っていた。
「効かねえな……! 一点集中も、超高温も……俺のこの『肉体』の前には生温いんだよ!!」
死柄木が地を蹴った。音速を超えた踏み込みで地表がクレーター状に爆砕し、一瞬で上空のエンデヴァーの間合いへと肉薄する!
「引き剥がせ! 距離を取らせるな!!」
グラントリノが足裏のエアを噴射し、死柄木の側頭部に必殺の蹴りを叩き込む!
「龍爪(リュウソウ)!!」
リューキュウの巨大な鋭爪が死柄木の背を切り裂き、地上へと叩き落とそうと力任せにねじ伏せる!
プロヒーローたちが次々と叩き込む怒濤の必殺技。だが、超回復の肉体と理不尽な身体能力を持つ死柄木は、どれほど打ち据えられても即座に体勢を立て直し、獣のような眼光で再び立ち上がってくる。
そして――死柄木は悟っていた。この戦いの「要」が誰であるかを。
「まずは……お前からだ、イレイザーヘッド……!!」
死柄木の視線が、上空で赤煙に守られた相澤消太へ固定された。
ドドンッッ!!
衝撃波を残し、死柄木が弾丸のようなスピードで空中へと直接跳躍! 相澤の『抹消』の視線を強行突破し、直接その首を狩るべく爪を突き出す!
「相澤先生ッ!!」
緑谷が叫ぶ!
「そうはさせるかァァッ! 『赤煙(せきえん)・ホワイトロケット』!!」
白煙くんが歯を食いしばり、全身の赤煙を圧縮・充填! 溜め込んだエネルギーを一気に後方へ爆発噴射させ、ロケットのごとき超加速で相澤を担いだまま横合いへ一直線に急離脱する!
シュボォォォォンッ!!
「チッ……!!」
死柄木の凶爪が、間一髪で白煙くんの残像と空気を引き裂いた。空中での急制動に対応しきれず、死柄木はわずかに軌道を逸らされて地上へと落下していく。
(ハッ……ハッ……! ギリギリだった……! だけど、僕が止まったら相澤先生が、みんなが殺される……! 絶対に……絶対に引かない!!)
白煙くんは血の味がする口内を噛み締め、呼吸を整える。背中の相澤先生は、右足の激痛に耐えながら、一度たりとも死柄木から目を逸らさずに睨みつけ続けていた。
「よく避けた、白煙……! マニュアル、目だ!」
「おうよ! 涙の一滴も流させねえ!!」
完璧な連携。個性を封じられ、攻撃を交わされ続ける状況に、死柄木はイライラと爪を噛もうとした――その瞬間。
死柄木の頭の中で、冷たく、深く、底知れない「声」が直接響き渡った。
『苦戦しているね。僕が変わろう、弔』
「――あが……!? がっ……!?」
死柄木が突然、己の頭を抱えて激しく悶絶し始めた。
その身体の深部に埋め込まれていた『オール・フォー・ワン』の因子と意識が、定着率80%の肉体の隙を突いて表層へと浮上してくる。死柄木の瞳の焦色が変わり、その全身から吐き出されるプレッシャーが、これまでの「死柄木弔」のものとは全く異なる、老練で絶対的な「悪の支配者」のそれへと変貌していく。
「な……なんだ……!? 気配が……雰囲気が変わった……!?」
エンデヴァーが溢れ出る炎を握り直し、戦慄の声を漏らす。
死柄木の肉体を「オール・フォー・ワン」の意思が直接侵食・乗っ取ったのだ。
個性を封じられた肉体性能だけの怪物から、悪の帝王の老猾な戦術と思考を兼ね備えた不気味な存在へ。
絶望の最前線は、さらなる狂気と混沌の渦へと叩き落とされていく。