USJ襲撃事件の傷跡は深かった。
相澤先生と13号先生は重傷を負って入院。そして、周囲には伏せられているものの、平和の象徴であるオールマイトも活動限界を超える大ダメージを負っていた。
プロヒーローすら傷つく過酷な現実。
それでも、足をとめてはいられない。
放課後。障子くんはセメントス先生にお願いし、特別に校内の屋内トレーニング施設「体育館ガンマ」のスペースを借りてくれた。広々とした静かな体育館の真ん中で、白煙くんと透ちゃんは不思議そうに障子くんを見上げた。
「あの、障子くん。どうして僕たちのことを誘ってくれたの……?」
白煙くんが顔の白い煙を小さく揺らしながら尋ねると、障子くんは大きな身体を少しだけ屈め、静かに語り始めた。
「……最初の屋内戦闘訓練の時から、お前たちの『個性』は、使わないのがもったいないくらい素晴らしいと思っていたからだ」
障子くんの言葉に、2人はハッとする。
「2人とも、実力はあるんだ。ただ、お前たちの個性は『初見の事態』に咄嗟に対応するのが難しいタイプなだけだ。今回のヴィラン急襲も、完全な初見だった。そんな状況でパニックにならず、いつも通りに動けていた爆豪や切島の方が、むしろ特別で異質なだけなんだよ」
その優しい言葉は、ヴィランにスルーされて「上位互換だ……」と本気で凹んでいた白煙くんの心に、じんわりと温かく染み渡っていった。
「じゃあ、障子くんは……?」と透ちゃんの手袋が尋ねる。
「俺は……たまたま、あの『倒壊ゾーン』の環境が、自分の個性を活かしやすかっただけだ」
そう言った障子くんのマスクの奥の瞳が、ほんの少しだけ寂しそうに揺れた。
(あ、そっか……)
白煙くんは気づく。障子くんも、仲間たちが傷つき、自分は一部のヴィランを倒すことしかできなかった現状に、少なからず悔しさや無力感を抱いていたのだ。だからこそ、自分を追い込むためにも、こうして特訓の場を設けてくれたのだと。
障子くんはすぐにいつもの冷静な表情に戻ると、6本の腕をぐっと広げ、ファイティングポーズをとった。
「さあ、始めよう。今回は俺が『ヴィラン役』をやる。お前たちが本物のヴィランと対峙した時、どう動けば自分の強みを活かせるか、実際に戦って身体に覚え込ませるんだ」
「……うん! よろしくお願いします、障子くん!」
「よろしくね、障子くん!」
白煙くんの顔の煙が、決意と共にボフッと力強く膨らむ。
自分の弱さを知り、仲間の優しさを知った。最強の「壁」となってくれる障子くんを相手に、白煙くんと透ちゃん、2人の本当のリベンジ特訓がいま幕を開けた。
「行くぞ、白煙」
障子くんが6本の腕を大きく広げ、凄まじい威圧感と共に地を蹴った。
人生で一度も喧嘩などしたことがない白煙くんは、その圧倒的な迫力に足がすくみ、一歩も動けなくなってしまう。顔の煙が恐怖で一瞬にして真っ灰色に染まった。
「――っ!」
風を切る突風と共に、障子くんの巨大な拳が白煙くんの顔面へと真っ直ぐに突き出される。恐怖で目を瞑った白煙くんだったが、衝撃は来なかった。拳は、白煙くんの顔の煙をスカリとすり抜けたのだ。
「ひ、ひええぇ……!」
「恐怖を感じるのは当然だ。物理攻撃が効かないと頭で分かっていても、向かってくる拳を前にすれば身体が竦む。だが……今ので分かっただろう。お前の個性は、それだけで十分すごい防御力なんだ」
障子くんは拳を引き、優しく諭すように言った。
「あとは、その恐怖に打ち勝つ勇気を持つことだ」
「白煙くん、がんばれー! 障子くんもがんばえー!」
後ろで透ちゃんの手袋がパタパタとどちらも全力で応援している。
しかし、特訓を始めてしばらく経つと、やはり白煙くんの煙の容量が限界を迎え始めた。
「はぁ、はぁ……っ、もう煙が……」
出力の限界値を上げるのもこれからの大きな課題だ。薄れゆく煙の隙間から、汗に濡れた銀髪と金色の瞳――息を呑むような美少年の素顔がぼやけて見え始めた。
「わあぁっ!?」
白煙くんは慌てて残った煙を顔に集め、大急ぎで素顔を隠した。
その過剰なまでの慌てっぷりに、障子くんが不思議そうに首を傾げる。
「……白煙、なぜそこまで必死に顔を隠すんだ? 何か理由でもあるのか?」
「えっ? あ、その……変な顔、だから……」
白煙くんは煙をモジモジと縮こまらせ、消え入りそうな声で呟いた。
「中学の時、クラスのみんなに僕の顔を指さされて……変な顔だって、みんな顔を真っ赤にして笑われたんだ。だから、人に見せるのが怖くて……」
「ええっ!? 何それ最低!!」
それを聞いた透ちゃんの手袋が、怒りでワナワナと震え出した。
「白煙くんの顔が変な顔なわけないじゃん! むしろあんなに――」
そこで透ちゃんはハッと気づき、思考を巡らせた。
(待って……白煙くん、さっき『みんなに顔を真っ赤にして笑われた』って言わなかった? それって……笑ってたんじゃなくて、白煙くんが美少年すぎて、クラス中が照れて顔を真っ赤にしてただけじゃないの!?)
男子は嫉妬し、女子はあまりの顔の良さにキャーキャー言っていたのを、本人の超絶ネガティブフィルターのせいで「変な顔だと笑われた」と勘違いしているのだと、透ちゃんはすべてを察した。
「白煙くん!!」
透ちゃんはガシッと白煙くんの両肩を掴み、鼻息荒く詰め寄った。
「いい!? 白煙くんの顔はね、ご、ごく普通の顔だから!! だから、絶対に私と障子くん以外の人には見せないこと! 約束して!!」
(ダメ! あんな破壊力抜群の顔、他のクラスの女子とかに見せたらA組の枠を超えて大パニックになっちゃうもん! 絶対に私が死守するんだから!)
「えっ、あ、うん……ごく普通ならよかった……。絶対に人には見せないようにするよ……」
透ちゃんのただならぬ迫力に押され、白煙くんの顔の煙がコクコクと頷く。
そんな2人のやり取りを、6本の腕を組んだまま静かに見つめていた障子くん。彼はマスクの奥で全てを察しつつも、「……そうか。なら、特訓を再開しよう」と、何事もなかったかのように大人の対応で話を流してくれた。
誰もが羨む素顔を「変な顔」と思い込んでいるポンコツ美少年と、それを必死に隠そうとする透明少女。障子くんという最高に空気の読める仲間に見守られながら、放課後の体育館には、再び前を向いた彼らの熱い汗と、白い煙がぽわぽわと舞い上がるのだった。
主人公の白煙くん
無自覚美少年の理由は、中学時代のクラスメイトに顔を笑われたから
それ以来、自分の顔はおかしいと隠していた
実際は、クラスメイトの男子は嫉妬して女子は少女漫画の美少年すぎて、男女とも顔を真っ赤にしていた
ただ、それだけの理由
ただし、人によっては馬鹿にされたと思って傷付いている可能性もありますので要注意です(白煙くんがそのケースです)
葉隠さんのおかげで、白煙くんは立ち直りました