8月いっぱいは予約投稿18時で毎日更新できます
引き続きよろしくお願いします
雄英体育祭、1年生の控室。
そこは、これから始まる大舞台を前にした、独特の熱気と緊張感に包まれていた。
公平性を期すために、今回は各自のヒーローコスチュームの着用は禁止。クラスメイト全員が、お揃いの雄英の体操服に身を包んでいる。
「……緑谷」
その張り詰めた空気を破ったのは、轟くんの低く冷徹な声だった。
みんなの視線が集まる中、轟くんは出久の前に歩み寄り、真っ直ぐにその瞳を見据えた。
「客観的に見ても、実力は俺の方が上だ。だけど……お前、オールマイトに目をかけられてるな。……お前に勝ちに行く」
その宣言は、静かでありながらも絶対的な闘志に満ちていた。出久もまた、冷や汗を流しながらも「僕も……本気で獲りに行く!」と奥歯を噛み締めて返す。
いつもはクールな轟くんだけど、今日放っているオーラはどこか、近寄り難いほどに鋭くて怖い。
そして迎えた開会式。全クラスがスタジアムの中央に整列する中、1年選手代表として演台に上がったのは爆豪くんだった。
大注目が集まる中、マイクの前に立った彼は、平然と言い放った。
「――宣誓、俺が1位になる」
「「「ブー!!! 何言ってんだアイツーーー!!!???」」」
他クラス、特にB組や普通科から凄まじい大ブーイングが巻き起こる。しかし爆豪くんはそんな罵声を完全にスルーし、不敵な笑みを浮かべて演台を降りていった。
「相変わらずものすごい自信だなぁ……。でも、あの自信を裏付けるだけの実力を、爆豪くんは持ってるんだよね」
白煙くんの顔の煙が、圧倒されつつも少しだけ感心の白色に揺れる。
「白煙くん、障子くんにも言われたでしょ! 私たちだってあの特訓を信じて、今日は勇気を持たなきゃ!」
隣で透ちゃんの手袋がキュッと拳を握り、その後ろで障子くんも無言で力強く頷いてくれた。
(そうだ。僕だって、あの放課後の特訓で障子くんに拳を叩き込んでもらったんだ。弱気になってる場合じゃない……!)
白煙くんは深呼吸をし、顔の煙をキリッと引き締めて周囲を改めて見渡した。
入試のときから切磋琢磨してきた、個性豊かなヒーロー科A組。
虎視眈々とA組の鼻を明かそうと狙っている、ヒーロー科B組。
ヒーロー科に負けない熱い闘志を瞳に宿した、普通科。
自作のクレイジーな発明品を誇らしげに掲げる、サポート科。
ここにいる何百人という同世代の全員が、それぞれのプライドと夢を胸に、真っ赤に燃え上がっている。
「……よし。僕も、僕にできる精一杯をがんばろう!」
白煙くんの顔の煙が、決意と高揚感でぽわぽわと純白に輝く。
ついに、自分の力を日本中に証明するための、最初の競技が始まろうとしていた。
「さあ第一種目ッ! 毎年多くの涙を呑ませてきた運命の予選! 今年はこれだぁあ!!」
ステージ中央の巨大モニターに表示された文字は『障害物競走』!
進行役のミッドナイト先生が鞭をパチンと鳴らし、解説席のプレゼント・マイク先生の爆音ボイスがスタジアムをさらに熱くする。その隣には、相澤先生も包帯姿のまま気だるげに座っていた。
「コースはスタジアムの外周、約4キロメートル! 我が校のモットーは『自由』! コースを外れなければ何をしても構わんッ!」
スタートラインへと全員が並ぶ。
横を見ると、出久くん、麗日さん、飯田くん、そして特訓を共にした透ちゃんと障子くんの顔がある。
「みんな、手加減なしだからね!」と透ちゃんの手袋が激しく動く。
(そうだ、今日はみんなライバルなんだ……!)
白煙くんの顔の煙が、緊張と高揚感で引き締まる。
ゲートが開く。しかし、スタート直後の通路は信じられないほど狭く、数百人の生徒が一斉に押し寄せて凄まじいすし詰め状態になった。
「うわっ、狭い……! 苦し……あ、でも僕は煙だからすり抜けて平気だけど、葉隠さん大丈夫かな!?」
白煙くんが心配して周囲を見回した、その瞬間――。
「位置について……START!!」
ドゴォオオオオン!!!
爆音と共に、先頭の轟くんから放たれた圧倒的な氷結が、狭い通路の地面を一瞬にして凍りつかせた。後ろの生徒たちをまとめて足止めする、容赦のない先制攻撃!
「ひゃうっ! 冷たっ!?」
しかし、USJの一件を経て、A組のメンバーはみんな轟くんの初手を予想していた。
「甘ぇんだよ半分野郎ーー!!」と爆豪くんが爆破で飛び、切島くんは硬化で氷を砕き、出久くんや障子くん、麗日さんたちも次々と氷の上を飛び越えて轟くんを猛追していく。
「僕だって……あの特訓の成果を見せるんだ!」
白煙くんは恐怖をグッと抑え、勇気を持って一歩を踏み出す。
自分の身体を少しだけ煙へと変化させ、体重を極限まで「軽量化」! フワリと身体を浮かせながら、滑るように滑らかなスピードで氷の上を駆け抜けていく。
現在、独走するトップは轟くん!
それをすぐ後ろで追うのが、爆豪くんをはじめとするA組の主力メンバーたち!
そして、その強豪たちの背中にピタリと食らいついているのが、軽量化の技を活かした白煙くんだ!
さらにその後ろから、なんとか氷地獄を抜け出したB組、普通科、サポート科の生徒たちが怒涛の勢いで追いかけてくる。
「さすがA組、あの氷結を初見でかわしやがった! だが本番はここからだぜぇえ!!」
プレゼント・マイク先生の実況が響き渡る中、白煙くんの目の前に、最初の巨大な「障害物」がその不気味な姿を現そうとしていた。レースはまだ、始まったばかりだ!
「第一障壁! ターゲット・ロボ・インフェルノ!!」
プレゼント・マイク先生の絶叫と共に目の前に現れたのは、雄英高校の入学試験で多くの受験生を絶望させた、あの超巨大な「仮想ヴィラン・0P(ゼロポイント)」の群れだった。
地響きを立てて迫りくる鉄の巨体。相変わらず凄まじい迫力だ。
「ひえっ……!」
一瞬、いつもの癖で縮こまりそうになった白煙くんだったが、不思議とUSJの時のような、身体が完全に凍りつくような恐怖はなかった。
(……うん。あの本物の悪意の塊だったヴィラン・黒霧に比べたら、このロボットは全然怖くない……! 僕はあの特訓で、ちょっとだけ強くなったんだ!)
ブォンッ!!!
巨大ロボットの容赦ない鉄拳が、白煙くんを目がけて真っ直ぐに振り下ろされる。
「避けない……! 勇気を持って、その場に留まるんだ!」
白煙くんはグッと奥歯を縛り、目を逸らさずに拳を迎え打った。
スカッ……!
巨大な拳は、白煙くんの顔と身体の煙を綺麗にすり抜け、背後の地面を激しく叩きつけた。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫……! 弾も拳も、僕には当たらないんだ!」
白煙くんの顔の煙が、確かな自信の白色へと変わる。障子くんのあの重い拳を何度も受け流した、放課後の特訓の成果が今、ここで完璧に証明されたのだ。横をチラリと見ると、透ちゃんも持ち前の「避ける特訓」の成果を活かし、ロボの死角をひらりとすり抜けて前へ進んでいる。
その時、先頭を走る轟くんが、一切足を止めることなく右手を大きく突き出した。
「足止めがこれじゃあ……物足りねぇな」
ズザザザザザーーーッッ!!!
瞬時に放たれた超巨大な氷結が、立ち塞がるロボットたちを体勢が崩れた状態でカチコチに凍りつかせる。重心の崩れたロボットたちは、轟くんが通り過ぎた直後に凄まじい音を立てて崩壊していった。
「す、すごいなぁ……。やっぱり轟くんは、圧倒的にかっこいいや……!」
白煙くんの顔の煙が感嘆の形にぽわぽわと揺れる。
他のA組メンバーも負けてはいない。爆豪くんは爆破で空中を飛び越え、切島くんは硬化で正面から突破。尾白くんは普通に尻尾で叩き落とす。B組の面々もそれぞれの個性を駆使し、次々とこの巨大ロボ地獄を攻略していく。やはり実戦経験のあるヒーロー科が圧倒的に有利だ。
「特訓は僕らを裏切らない……!」
白煙くんは軽量化した身体で、崩れ落ちるロボの破片をフワリとかわしながら、さらにスピードを上げていく。自信という最大の武器を手に入れた白煙くんは、強豪たちの背中をまっすぐに見据え、次なる障害物へと突き進むのだった。
「第二関門! 落ちたら一発アウト、ザ・フォール(綱渡り)だぁああ!!」
プレゼント・マイク先生の実況が響く中、白煙くんの目の前に現れたのは、深い底の見えない谷に何本もの綱が渡された、文字通りのデス・ゲームエリアだった。
「うわぁ……高いなぁ」
白煙くんは谷底を覗き込み、顔の煙を少し灰色に揺らしながら、どうやって渡るか作戦を練ろうとした。その時、頭上を凄まじい爆風が駆け抜けていく。
「どけやァアアア!!!」
爆豪くんが手のひらからの爆破を交互に放ち、綱など無視して完全な「空中飛行」で谷を飛び越えていく。それを見て、白煙くんはハッとあることを思い出した。
(そうだ……! USJでヴィランに襲われたとき、轟くんからも『お前の個性なら空を飛んで逃げろ』って言われたっけ……!)
あの時は怖くてそんな余裕はなかったけれど、今の白煙くんには2週間の特訓の成果がある。
「よし……やってみよう!」
白煙くんは深呼吸をすると、身体の大部分を煙に変化させ、風に吹き飛ばされないギリギリの重さをキープして「軽量化」する。そして、残った実体の足元から、後ろに向けて煙をボフッと勢いよく噴射した。
ポスッ、ポススス……。
煙の推進力を利用して、白煙くんの身体がフワリと宙に浮き、綱の上を滑るように前へと進み出す。
爆豪くんのような圧倒的なスピードはないし、みんなのように派手ではないけれど、足元の綱を踏み外すリスクはゼロ。まさに安全第一、白煙くんなりの確実な突破方法だった。
周囲を見渡すと、クラスメイトたちもそれぞれの個性を爆発させていた。
常闇くんは「ダークシャドウ」に自身を抱えさせ、影の腕を伸ばして軽々と空中を突破していく。瀬呂くんに至っては、肘から繰り出すテープを対岸の岩に貼り付け、まるでターザンのようにスタイリッシュに谷を駆け抜けていく。
「みんな、本当にすごいなぁ……。引き出しが多くて、自分の個性を100%使いこなしてる……」
他のメンバーの活躍にいちいち感動し、ぽわぽわと顔の煙を揺らしながら進む白煙くん。
しかし、白煙くんは気づいていなかった。
谷を恐る恐る渡っている他のクラスの生徒たちが、宙をフワフワと安全に、しかも物理攻撃をすり抜ける肉体で進む白煙くんの背中を、どれほど羨望の眼差しで見つめていたかを。
「おい見ろよ、あのA組の煙の奴……めちゃくちゃ便利じゃねぇか?」
「ずるいよな、落ちる心配が全くないじゃん……!」
周りから「あの個性、いいな」と本気で羨ましがられていることなど1ミリも知る由もない白煙くんは、「よし、この調子で次のエリアも頑張るぞ!」と、ただひたむきに、確かな一歩を進めていくのだった。
「そして最終関門! ぶっちゃけ地雷原だぁああ!! 目を凝らせば位置が分かる仕様になってるから、足元とスタミナを上手く使えよーーーッ!!」
マイク先生の絶叫が響く中、ついにたどり着いた最終エリア。そこは、少しでも足を踏み外せば容赦ない爆発が巻き起こる、最悪の地雷ゾーンだった。
ドガアアアアン!!!
あちこちで巻き起こる凄まじい爆風と土煙。それを見た瞬間、白煙くんの顔の煙がビクッと波打った。
(しまっ……! 爆風は僕の天敵だ……!)
身体を煙にすれば物理攻撃はすり抜けられるが、強烈な爆風を受けると、煙そのものが吹き飛ばされて四散してしまう。そうなれば個性の維持どころか、容量が一気に削られてしまうのだ。
白煙くんは、爆風の影響を最小限に抑えるため、体から出る煙の範囲をごくわずかな量へと絞り込んだ。
(でも……顔の煙だけは絶対に切らしちゃダメだ! 葉隠さんと約束したんだから……!)
薄れゆく煙の奥で、あの破壊力抜群の美少年の素顔(金色の瞳と銀髪)が他人の目に触れないよう、顔の周りだけは必死に純白の煙でガードし続ける。
その時、前方のスタート付近で、これまで出遅れていた緑谷くんが信じられない行動に出た。集めた地雷の上にロボの装甲板を叩きつけ、自らその上に飛び乗ったのだ。
――ドガアアアアアアン!!!!
本日一番の大爆発が巻き起こり、緑谷くんが爆風に乗ってものすごいスピードで上空へと吹き飛んでいく。
「うわああああっ!? 緑谷くん!?」
その凄まじい爆風の余波が、白煙くんたちのいる場所まで一気に押し寄せてきた。煙を絞っていた白煙くんの身体が、風に煽られてバランスを崩し、不覚にも足元の地雷を踏みそうになる。
(だめだ、吹き飛んじゃう――!)
「――危ない、白煙!」
「白煙くん、こっち!」
ドサッ! と力強い感触が白煙くんを包み込んだ。
間一髪のところで、障子くんの頑丈な複数の腕が白煙くんの身体をガシッと抱きとめ、同時に透ちゃんの手袋が白煙くんの腕を引っ張って、安全な地面へと引き戻してくれたのだ。
「はぁ、はぁ……っ! 障子くん、葉隠さん……!」
「流石にこの爆風の嵐の中、一人で進むのは危ないからな」
「これくらいは助け合うよ! 私たち、あの放課後を一緒に乗り越えたトリオだもん!」
2人の頼もしすぎる言葉に、白煙くんの顔の煙がじわりと感謝の白色に染まる。
「ありがとう、2人とも……! よし、みんなで一緒にゴールしよう!」
そこからは3人で声を掛け合い、地雷の位置を見極めながら着実に前へと進んだ。
「今、まさに執念の逆転劇を見せたぁあ!! 一位、緑谷出久ーーー!!!」
スタジアムに響き渡る大歓声。
1位の緑谷くんを筆頭に、怒涛のデッドヒートを繰り広げた爆豪くん、轟くんが次々とゴール。やはり上位はヒーロー科A組が独占する圧倒的な強さを見せつけた。その後ろにはA組の主力、そしてB組、普通科、サポート科の強者たちが続々と滑り込んでいく。
白煙くん、透ちゃん、障子くんの3人も、お互いを支え合いながら、その「A組の主力(支援)」がゴールするあたりの順位で、無事に揃って競技を終えた。
「はぁぁ……ゴールできたぁ……!」
地面にへたり込む白煙くんの顔の煙が、やりきった安心感でぽわぽわと優しく漂う。
USJでは何もできずに落ち込んでいたけれど、今日は自分の個性を使いこなし、仲間と協力してしっかりと予選を突破できた。順位はトップ集団には届かなかったかもしれない。けれど、白煙くんの胸には、確かに小さな、けれど消えない自信の火が灯っていた。