「さあさあ盛り上がってまいりました体育祭! ここからは運命の準決勝だぁああ!!」
メインモニターに映し出された最新のトーナメント表を見て、白煙くんの顔の煙が感嘆の形にぽわぽわと揺れた。
* 第1試合:芦戸さん vs 轟くん
* 第2試合:切島くん vs 麗日さん
* (シード):爆豪くん
一回戦、二回戦を勝ち抜いた猛者たち。見事にA組のメンバーばかりが名前を連ねている。
(A組、やっぱりみんな強いなぁ……。僕ももっと頑張らなきゃ)
そこへ、先ほどの第三試合で轟くんと死闘を繰り広げた緑谷くんが、白煙くんと入れ替わるようにボロボロの状態でリカバリーガールの保健室へと運ばれていくのが見えた。全身傷だらけになりながらも、何か大きなものを得たような緑谷くんの表情に、白煙くんは胸が熱くなるのを感じていた。
観客席の自席に戻ると、隣に座っていた障子くんが、大きな複製腕を優しく白煙くんの肩に置いた。
「白煙、戻ったか。一回戦も、そしてさっきの爆豪戦も……見事だった。お前のあの勇気、胸を打たれたよ」
「障子くん……! ありがとう。不甲斐ない結果になっちゃったけど、頑張って勇気を出してよかったよ」
すると、障子くんは少し真剣な声トーンになって、試合中の「異変」について教えてくれた。
「白煙、お前は気づいていなかったかもしれないが、爆豪の爆煙をお前自身が吸収してエネルギーに変えていた。俺の目(複製腕)にはハッキリ見えたぞ」
「えっ……僕が、周りの煙を吸収して……?」
「ああ。おそらくお前の『煙』という個性は、葉隠の透明化と同じ**常時発動型(異形型に近い性質)**なんだろう。だから、これまでの普通の生活の中では気づかなかっただけで、本質的には『あらゆる煙』を自分のキャパシティに引き込める能力を持っているんだと思う」
障子くんの冷静な解説に、白煙くんは目から鱗が落ちる思いだった。自分でも知らなかった自分の個性。あの過酷なガチバトルだったからこそ、限界の先で目覚めた新しい可能性だった。
そんな大発見に白煙くんが浸っていると、突如、A組の観客席の一部から「キィヤアアアア!」という女子たちの黄色い(?)悲鳴と騒ぎが聞こえてきた。
「ちょっと透ちゃん! さっきから自然に『白煙くん』のこと『エンちゃん』って呼んでない!?」
「しかも白煙くんの方も『透ちゃん』って呼んでるじゃないの! 保健室で一体何があったのよー!」
三奈ちゃんや八百万さん、耳郎さんたちが、顔を真っ赤にしておろおろしている透ちゃんを完全に包囲して、質問攻めにしている。
「あ、あの、それはね、その……っ! 違うの、ただの流れでぇええ!」
透明で見えないはずの透ちゃんの周りの空気が、恥ずかしさの熱気で完全に歪んでいる。
一方、白煙くんの周りにも、別の意味で恐ろしい包囲網が形成されていた。
「おいおいおいおい、白煙ォ……」
「お前、あの綺麗な顔を隠してただけじゃなくて、いつの間にか葉隠とそんな距離感になってんじゃねえよ……」
「不戦勝よりずるいだろその展開! 詳しく話してもらおうかァ!」
峰田くん、上鳴くん、瀬呂くんの3人が、ドスの利いた声で白煙くんの肩をガシッと掴み、じりじりと距離を詰めてくる。
「え、ええっ!? いや、本当に何もないよ!? みんな、準決勝が始まっちゃうよ、試合観ようよーーー!!」
白煙くんが必死に頭の煙をモクモクとさせて誤魔化そうとする中、女子たちに囲まれてジタバタしている透ちゃん(手袋)と一瞬、視線が交差した気がした。
((もう……みんな、からかわないで試合に集中してよぉおー!!))
二人の心の中の叫びが完璧にシンクロする。
そんな賑やかで、どこか甘酸っぱいA組の喧騒を置き去りにするように、ステージ中央では、轟くんの冷徹な氷結の個性が早くも牙を剥こうとしていた。
「準決勝第一試合――START!!!」
プレゼント・マイク先生の号令とともに、まずは芦戸さんと轟くんの試合が始まった。
ステージに立つ轟くんの纏う空気は、一回戦で瀬呂くんを容赦なく氷漬けにしたときのような、あの凍りつくような冷徹さは消えていた。緑谷くんとの死闘を経て、何かが吹っ切れたのだろう。
(なんだろう……今の轟くんなら、なんだか安心して見ていられるな……!)
白煙くんの顔の煙が、ホッとしたようにふんわりと丸くなる。
試合は序盤から激しい相性勝負となった。
轟くんが放つ鋭い氷の棘に対して、芦戸さんは持ち前の高い身体能力でステップを踏みながら、手から放つ『酸』で次々と氷を溶かしていく!
「すごい、氷を溶かして防いでる……!」
透ちゃんが声を弾ませたその時、轟くんの左半分からゴオッとオレンジ色の炎が揺らめいた。
ほんの一瞬、氷を溶かすための最低限の熱量。けれど、緑谷くんとの戦いで受け入れた「右の氷」と「左の炎」、その2つの個性を同時に操る彼の姿は、観客席から見ても文句なしにカッコよかった。
芦戸さんもアクロバティックに動き回って大健闘したものの、ついに酸の分泌が限界を迎えて切れてしまう。やはり、轟くんの圧倒的な「個性のキャパシティ(容量)」が上回ったのだ。
(轟くんの個性の容量、底が見えないや……。僕も爆煙を吸い取るだけじゃなくて、もっと自分の容量を増やしていかないと、あんな領域には届かないんだ……)
白煙くんが自分の拳を見つめて決意を新たにする中、試合は轟くんの鮮やかな勝利で幕を閉じた。
「勝者、轟焦凍ーーーッ!!!」
「続いて第二試合――START!!!」
切島くんと麗日さんの、こちらも一歩も引かない熱いガチバトル。
麗日さんの個性は『無重力(ゼログラビティ)』。一度触れられて浮かせられてしまっては、いくら身体をガチガチに硬化させても、空中では身動きが取れなくなってしまう。
「うお、下手に近づけねえ……!」
切島くんも警戒して安易には踏み込めない。麗日さんもなんとか隙を突いて触れようとステップを踏むが、悲しいかな、純粋な運動能力と突進力には大きな差があった。
「漢気ぃいいい!!!」
切島くんが麗日さんの攻撃を強引に耐えきり、一瞬の隙を突いて彼女の足をガシッと掴んだ。そして、そのまま持ち前の凄まじいパワーを爆発させ、麗日さんの身体をステージの場外へと豪快に投げ飛ばしたのだ!
「麗日さん場外! 勝者、切島鋭児郎ーーーッ!!!」
「麗日さんもすごかったけど、切島くんのパワーも圧倒的だね……!」
白煙くんが感動していると、モニターには【決勝戦:轟 vs 爆豪 vs 切島】という、まさかの三つ巴のバトルロイヤルの文字が映し出された。これにはスタジアムの興奮も最高潮だ。
……と、それはそれとして。
(……あの、透ちゃん、ちょっと近い、かも……?)
白煙くんは、自分の右肩にずうっと触れている、透ちゃんの柔らかいジャージの感触にドキドキしていた。
さっき女子メンバー(三奈ちゃんたち)に「エンちゃん呼び」を散々いじられて包囲されたのが相当恥ずかしかったのだろう。周囲からの執拗な視線や冷やかしを警戒して、隠れるようにして白煙くんのすぐ横にピタリと寄り添っているのだ。
姿は見えなくても、透ちゃんがものすごく小さくなって、恥ずかしさで体温が上がっているのが伝わってくる。
(恥ずかしい……けど、なんだか嬉しいな……)
白煙くんの頭からは、さっきまでの困惑の灰色ではなく、ぽわぽわとした、どこか暖かくて甘いピンク混じりの白い煙が、照れくさそうに優しく立ち上るのだった。
「泣いても笑ってもこれが最後!! 雄英高校体育祭、栄光の頂点に立つのは誰だぁああ!? 決勝戦――START!!!」
プレゼント・マイク先生の絶叫と共に、スタジアムがこれまでにない大歓声で震えた。
ステージ中央に立つのは、轟くん、爆豪くん、切島くん。名実ともにA組トップクラスの3人による、超絶怒涛のバトルロイヤルだ。
試合開始と同時に、まず仕掛けたのは轟くんだった。
「一気に決める」
最も範囲攻撃に優れ、多人数戦で有利な『氷結』が、ステージの床を一瞬で真っ白に染め上げながら、津波のように爆豪くんと切島くんに襲いかかる!
しかし、二人は微塵も怯まない。
「そんな大味な攻撃、俺に効くかよぉおおお!」
切島くんは身体を最大強度まで『硬化』させ、正面からその氷の壁を文字通り肉体で粉砕する。
「邪魔だ、半分野郎がァ!!」
爆豪くんは掌から連続爆破を放ち、迫り来る氷結を爆風で完膚なきまでに木っ端微塵に破壊した。
凄まじい衝撃波と氷の破片が飛び散る中、爆豪くんと切島くんの視線が交差する。言葉はなくても、利害は完全に一致していた。まずは一番厄介な範囲攻撃を持つ、轟くんを落とす。
「まずはてめぇを引きずり下ろす!!」
「轟、勝負だ!!」
二人が同時に、左右から轟くんに向けて猛烈な突進を開始した。
挟み撃ちの危機。しかし、今の轟くんの瞳に焦りはなかった。緑谷くんとの戦いを経て、完全に「自分の力」として受け入れた二つの個性が、その身体で同時に脈打つ。
右半身から、鋭利な『氷結』が切島くんを迎え撃ち、
左半身から、激しく燃え盛る『炎』が爆豪くんを焼き尽くさんと放たれた!
「うわぁ……すごすぎる……!」
観客席で、白煙くんの顔の煙が感動で激しく揺れる。
圧倒的な才能、限界を超えてぶつかり合う意志、そして何より洗練された戦闘センス。
(みんな、本当にかっこいい……! 僕もいつか……あんな風に、迷いなく自分の全力をぶつけ合って戦ってみたい……!)
隣にいる透ちゃんの手袋も、ステージの熱気に当てられたようにキュッと握りしめられていた。
戦いはさらに熾烈を極める。轟くんの氷と炎の同時迎撃に対し、切島くんは硬化の腕で炎の熱に耐えながら突っ込み、爆豪くんは爆風の機動力で氷をすり抜けていく。三人三様の執念がステージ上で渦巻き、床は完全に崩壊していた。
そして、その土壇場。勝負を決定づける一瞬が訪れた。
轟くんと切島くんが、互いに間合いを詰めて激突しようとしたその瞬間、その二人の真上へ、爆豪くんが爆風の推進力で爆速の急降下を仕掛けたのだ。
「これで……終わりだァアアアア!!!!」
爆豪くんが両手を大きく広げ、掌の排気筒を二人に向けた。なんと彼は、この極限の消耗戦の最終盤において、本日最大、限界を超えた「特大の同時爆破」を叩きつけたのだ!
――ドゴォォォォォォォォォンッッッッ!!!!
スタジアム全体が目を開けていられないほどの凄まじい閃光と、鼓膜が破れんばかりの爆音が炸裂した。爆風がスタジアムの壁を叩き、激しい硝煙があたり一面を包み込む。
……やがて、煙がゆっくりと晴れていく。
ステージの崩落した瓦礫の中、轟くんと切島くんの二人が、意識を失って完全に倒れていた。
そしてその中心で、衣服をボロボロに引き裂かれ、肩を激しく上下させながらも、唯一、圧倒的な存在感を放って立ち尽くしている男がいた。
「轟くん、切島くん、戦闘不能(ダウン)!! 立ち残ったのは……爆豪勝己くん!!!」
ミッドナイト先生が天高く鞭を掲げ、勝者を指し示す。
『栄えある雄英高校体育祭、1学年・優勝は――爆豪勝己ぃぃいいいい!!! お前がナンバーワンだぁあああ!!!』
プレゼント・マイク先生の絶叫に呼応するように、スタジアム中から割れんばかりの、地鳴りのような大歓声が爆豪くんに降り注いだ。
「やった……爆豪くん、本当に優勝しちゃった……。怖かったけど、やっぱり凄まじい強さだよ」
白煙くんは、その圧倒的な結果に心からの敬意を抱きながら拍手を送った。
隣では、透ちゃんも「うん……! でも、私たちの『チーム放課後』も、次は絶対にあのステージの真ん中に立とうね、白煙くん!」と、見えない顔で満面の笑顔を向けてくれているのが分かった。
こうして、激闘の雄英体育祭は幕を閉じた。
それぞれが勝利の喜びと、敗北の悔しさを胸に刻み、次なるヒーローへの階段を上るための、新しい一歩を踏み出そうとしていた。