職場体験6日目の朝。
昨日1日たっぷり休んで、すっかり元気になった白煙くんがスマホの画面をタップした瞬間、端末が「ブブブブブブブッ!!」と壊れたかのように激しく震え出した。
通知の欄には、**『チーム放課後』**のグループチャットから、数え切れないほどの未読メッセージが溜まっている。
「え、ええっ……!? な、何ごとだろう……」
恐る恐るチャットを開いてみると、そこには時系列順に、尋常ではないテンションのメッセージが並んでいた。
> 透ちゃん:[動画のリンク]
> 透ちゃん:エンちゃん、どどどどういうこと!?!?!?テレビに映ってるのエンちゃんだよね!?!?!?
> 障子くん:保須市か。かなり激しい現場だったようだな
> 梅雨ちゃん:ニュースになってるケロ。ビルから子供を助けたって。白煙ちゃん大丈夫?
> 透ちゃん:エンちゃん既読つかない!!どうしよう!!怪我して倒れてるんじゃ
> 障子くん:心配だ。だがバックドラフト事務所の管轄なら適切な処置は受けているはずだ
> 透ちゃん:落ち着けないよーーー!!
> 梅雨ちゃん:そういえば、緑谷ちゃんの位置情報(※クラスチャットでの共有)も保須市だった気がするケロ
> 透ちゃん:エンちゃーーーーん!!!!生きてたら返事してぇええええ!!!!
>
そんな心配(と大パニック)のメッセージが、昨日丸1日、断続的に送り続けられていたのだ。
白煙くんは慌てて、頭の煙をすまなそうな形に変えながら、お詫びと無事を伝える返信を打ち込んだ。
『みんな心配かけてごめんなさい! スマホ見てなかった! 透ちゃん、障子くん、梅雨ちゃん。僕は怪我もなくて、全然大丈夫だよー!』
――ピッ。
送信ボタンを押した、まさに「1秒後」。
> 透ちゃん:エンちゃーーーーーーーーーん!!!!!!!!(号泣スタンプ)
>
「わわっ!? 早いっ!?」
一瞬で『既読3』がついたかと思ったら、透ちゃんから光速の文字入力で返信が飛んできた。画面の向こうでスマホを握りしめて待機していたレベルの早さだ。
> 透ちゃん:もう本当に心配したんだからね!!無事でよかったぁぁぁ!!
> 梅雨ちゃん:よかったケロ。元気そうで安心したわ
> 障子くん:無事なら何よりだ。お前の活躍、格好良かったぞ。俺たちも負けていられないな
>
みんなの温かい言葉に、白煙くんは胸をジーンと熱くさせながら『ありがとう! 残りの体験もがんばるね!』と返し、スマホをポケットに仕舞った。
大騒ぎの朝が落ち着いた後は、バックドラフト事務所での6日目のカリキュラムが始まった。
今日は現場への出動ではなく、事務所の会議室で、百戦錬磨のサイドキックの皆さんによる臨時の「特別授業」だ。
教わる内容は、主に**『現場で役立つ実践的な医療知識』**。
「いいかケムリン、学校の教科書に載ってる応急処置は、あくまで“綺麗な保健室”でやるためのものだ。実際の火災現場は、煙で前は見えない、床は濡れてる、いつ崩落するか分からない修羅場だからな」
「はい!」
白煙くんはノートとペンを握り締め、先輩たちの言葉を一言も聞き漏らさないよう、真剣な眼差しで耳を傾ける。
「例えばこの包帯。普通に巻くだけじゃ現場の移動中にすぐズレる。だから、こうやって服の上からガムテープで補強するんだ」
「なるほど……!」
「あと、これが俺たちお勧めの『簡易救急キット』だ。市販のやつはケースがデカくて現場で邪魔になるから、俺たちはこの防水のジップロックに必要なものだけを小分けにして、コスチュームのこの隙間に仕込んでる」
「学校では教わらないことばかりです……!」
現場の泥臭い知恵、限られた時間と資源の中で1人でも多くの命を繋ぎ止めるためのリアルなテクニック。初日の深夜、自分の無力さに涙を流した白煙くんにとって、それは何よりも欲しかった「本物の知識」だった。
「ケムリンは煙を吸って視界を確保できるんだから、この携帯用の人工呼吸マスクを持っておくと、避難誘導の効率がグッと上がるぞ」
「はい! 職場体験が終わったら、すぐに買いに行きます!」
頭の煙を知識の吸収とともに細かくぽわぽわと震わせながら、白煙くんはプロの技術をこれでもかとスポンジのように吸収していく。
初日の失敗を糧に、一歩ずつ、だけど確実に。救煙ヒーロー・ケムリンは、理想のレスキューヒーローへと近づいていくのだった。
キーンコーンカーンコーン。
ついに迎えた職場体験7日目、最終日。
バックドラフト事務所の休憩室のテーブルには、大きな特製ケーキや、サイドキックの皆さん特製の寄せ書き、プレゼントの山が綺麗に並んでいた。
「ケムリン、1週間本当にお疲れ様!」
「最後にみんなでお別れ会をしよ……」
――ウゥゥゥゥン!!! ウゥゥゥゥン!!!
楽しげな空気を切り裂くように、無情にも緊急警報のサイレンが鳴り響いた。
『緊急出動要請! 〇〇街の商業ビルにて火災発生! 周辺にて、どさくさに紛れたヴィランの目撃情報あり! 出動各員、十分に警戒してください!』
「チッ、いいところを……! 宴会は帰ってからだ、全員出動!!」
「「「はいっ!!」」」
バックドラフトの鋭い号令に、全員の顔つきが瞬時にプロのそれへと変わる。白煙くんも初日のように慌てることは一切ない。教わった通り、1秒でも早く、的確に装備を身につけて消防車へと飛び込んだ。
街に鳴り響くサイレン。緊迫感に包まれる車内。これがレスキューヒーローの日常なのだ。
現場に到着すると、商業ビルから激しい煙が上がっており、その周囲にはテレビのニュースを見た野次馬たちが、バックドラフトや話題の「ケムリン」を一目見ようと大勢押し寄せていた。
「危ないですから下がってください!」と警察が必死に規制線を張って注意している。
その時だった。
野次馬の群れから、ニヤニヤと下劣な笑みを浮かべた不良ヴィランが、突如として規制線を飛び越え、白煙くんに向かって猛然と走り出したのだ! その両手は、個性の力で鋭利なナイフへと変形している。
「おい、そこの雄英のルーキー! テレビでちやほやされやがって!」
「ケムリンっ! 避けろ!」
異変に気づいたサイドキックたちが動く。しかし、消火の配置についていたため僅かに距離があり、間に合わない!
「『ルーキー殺し』とはオレ様のことよぉぉぉおおお!!!!」
不良ヴィランの放った鋭いナイフの突きが、白煙くんの胸元を確実に捉え、深く突き刺さった――かに見えた。
「――危ないですよ?」
「ハ?」
ヴィランの手応えは、まるで空気を切ったかのようにスカリと軽かった。
白煙くんの身体は、刺される直前に完全なる「煙」へと変化していたのだ。刃は衣服ごと白煙くんの身体を完全にすり抜け、ヴィランは前傾姿勢のままバランスを崩す。
「えいやっ」
白煙くんは、両手に救助用具を持ったまま、頭のモコモコとした白い煙を意志の力で巨大な『拳』の形へと変形させた。そして、態勢を崩したヴィランの背中へと、その煙の拳を力一杯に叩きつける!
ドカァン! と、見かけによらない質量の一撃を喰らったヴィランは、そのまま地面に激しく叩きつけられ、駆けつけた警察にあっという間に組み伏せられた。
両手が塞がっていても、頭部の煙を自在に操れる白煙くんは、不意の戦闘にも十二分に対応できるようになっていたのだ。
「ケムリン、無事か! 怪我は!?」
バックドラフトが血相を変えて駆け寄ってくる。
「はい、大丈夫です。傷一つありません!」
「……見事な対処だが、何故すぐに後ろへ逃げなかったんだ? 相手は武器持ちだぞ」
バックドラフトの少し怒ったような問いかけに、白煙くんは頭の煙を申し訳なさそうに縮めながら答えた。
「すみません……。でも、ここで僕がパニックになって逃げ回ったら、皆さんの消火活動や救助の邪魔になってしまうと思って……。それに、相手の個性が飛び道具じゃなく、間合いの短いナイフ型だったので、今の僕の煙化なら何とか対処できると判断しました」
その言葉を聞いたバックドラフトは、呆れたように、だけどどこか愛おしそうに大きなため息をついた。そして、白煙くんの肩をがっしりと掴む。
「……お前の、その周囲を思いやる気持ちは本当にありがたい。だがな、ケムリン。次からはまず逃げて、俺たちを頼ってくれ。お前はもう、このバックドラフト事務所の大事な『仲間』なんだからな。仲間が傷つくところなんて、誰も見たくないんだよ」
「そうだぞケムリン!」
「水臭いこと言うな!」
周りのサイドキックたちも、口々に笑顔で、だけど真剣に言葉を重ねてくれる。
白煙くんは、胸の奥が温かいもので満たされるのを感じながら、「はい!」と元気に返事をした。またひとつ、プロとして、チームの一員として大切なことを学んだ瞬間だった。
その後、火災もヴィラン騒ぎも無事に解決し、事務所に戻ってささやかなお別れ会(ケーキの早食い大会のようになってしまったが)を終え、いよいよ出発の時。
「バックドラフトさん、サイドキックの皆さん。1週間、本当にお世話になりました!」
白煙くんが深く頭を下げると、バックドラフトが爽やかな笑顔で右手を差し出してきた。
「こちらこそありがとう、ケムリン。君の向上心とサポート能力には全員が救われたよ。もしよかったら、次の長期休みや、卒業した後はぜひともまたうちに来てほしい。君ならいつでも即戦力として大歓迎だ!」
プロからの最高のプロポーズに、白煙くんは煙を嬉しそうにぽわぽわと躍らせた。そして、ふと思いついたように目を輝かせる。
「ありがとうございます! ……あの、その時、僕の友達も一緒に連れてきていいですか? 『チーム放課後』のみんな、本当にすごいんです! 障子くんの索敵も、梅雨ちゃんの水辺での動きも、透ちゃんの隠密性も、みんな絶対にレスキューで大活躍できます!」
自分のことではなく、大好きな仲間たちの凄さを必死にアピールする白煙くん。
バックドラフトはその純粋な眼差しに破顔し、力強くその手を握り返した。
「ハハハ! いいとも、約束しよう。ケムリンが太鼓判を押す仲間なら、いくらでも歓迎するさ!」
「はい! ありがとうございます!」
最高のプロヒーローの背中を見つめ、最高の仲間たちに囲まれて駆け抜けた1週間。
救煙ヒーロー・ケムリンの初めての職場体験は、これ以上ないほどの実りと、未来への約束を残して、大成功で幕を閉じるのだった。
職場体験はここまでです
バックドラフトさんとサイドキック達の活躍でした
次回は久しぶりの雄英高校