期末テスト明けの翌日。
教室の空気は、テスト用紙が返却される独特の緊張感に包まれていた。
「……よかったぁぁぁあ!!」
自分の席で点数を確認した白煙くんは、頭の煙をこれ以上ないほどポップにぽわぽわと弾けさせた。チーム放課後の必死の「レスキュー脳内変換勉強法」が見事に功を奏し、苦手な英語も含めて、筆記試験を無事に突破していたのだ。
「みんなのおかげだよー! 本当にありがとうー!」
嬉しさのあまり、白煙くんは隣の透ちゃんの手や、前の障子くんの手、近くの梅雨ちゃんの手を次々と掴んでぶんぶんと激しく揺らした。みんなも「よかったケロ」「エンちゃんが居残りで寂しい思いをしなくて本当によかった!」と自分のことのように笑顔を見せる。
そこへ、ガララッと前扉が開き、いつも通り気怠げな相澤先生が登場した。
その瞬間、教室の半分――切島くん、砂藤くん、芦戸さん、上鳴くん、瀬呂くん、峰田くん、尾白くん、青山くんの補習決定組のテンションが、地を這うようにガタ落ちする。
「赤点、すなわち林間合宿は行けない……。地獄の居残り補習だ……」
絶望のどん底に沈む彼らを見下ろしながら、相澤先生は淡々と告げた。
「……というわけで、全員で林間合宿に行きます」
一瞬の静寂の後。
「「「大どんでん返しきたーーーーー!?!?」」」
教室が割れんばかりの叫び声が響き渡った。補習組は一転して大喜びで狂喜乱舞する。
「筆記の赤点はいれど、実技での赤点はなし。実技試験は、俺たち教師陣がヴィランとしてどう立ち回るか、生徒がどう課題を見出すかの内容と結果を見るためのものだ。合宿に行かせないというのは……まあ、お前たちを追い詰めるための『合理的虚偽』だ」
相澤先生のニヤリとした不敵な笑みに、一同は「また騙された!」とズッコケる。
しかし、プロの優しさはそれだけでは終わらない。
「ただし。合宿地では、当然俺による“ありがたい補習”をみっちり受けてもらう。学校で居残るより、よっぽどハードだからそのつもりでいろ」
「「「うげぇぇ……!」」」
一瞬で天国から地獄へ引きずり戻された補習組が再びがっくりと項垂れるのを横目に、チーム放課後の4人は、早くもその先――林間合宿に向けた準備について話し合いを始めていた。
「全員で行けるなら、なおさら準備を万全にしなきゃね!」
放課後、4人はそれぞれの課題や目的に合わせて、合宿に必要なものをリストアップしていった。
白煙くんは、バックドラフト事務所での学びを活かすため、あの時教わった『医療用簡易キット』の本格的な中身を揃えることに決めた。
そんな白煙くんの荒れた手をじっと見つめていた透ちゃんは、こっそりノートにペンを走らせる。(エンちゃんのために、ベタつかなくて煙の邪魔にならない、すっごく良いハンドクリームを探してプレゼントしなきゃ!)と、密かな使命感に燃えている。
梅雨ちゃんは、大自然の中での合宿に備えて、実用的なトラベルグッズや、撥水性の高いお買い物の計画を立てていた。
そして障子くんは、期末実技試験でエクトプラズム先生に突かれた「スピード不足」という課題を克服するため、再びサポート科の発目さんの元へ相談に行くことを決意する。腕の肉体強度を落とさず、どうすれば一歩の踏み込みの速度を上げられるか。彼の目にも熱い炎が灯っていた。
「よし! じゃあ、必要なものを買い出しに行こう!」
「ショッピングモールねケロ」
それぞれの合宿への想い、そしてさらなる成長への決意を胸に、1年A組のメンバーは、週末の大型ショッピングモールへと繰り出すのだった。
週末の大型ショッピングモール。
A組の面々はそれぞれお目当てのショップへ向かい、大賑わいで買い物を楽しんでいた。
そんな中、白煙くんと透ちゃんは二人きりで並んで歩いていた。
(透ちゃんと一緒に買い物できて嬉しいなぁ。学校の外で会うのって、なんだか新鮮!)
白煙くんは純粋に、大好きな仲間とお出かけできたことに胸を弾ませていた。
対する透ちゃんはというと……。
(これって……これって完全にデートだよね!? キャー!!)
見えないながらも、心の中は大パニック&大喜び。実は今日の透ちゃんは、女子陣から「それ、完全に勝負服じゃない!」と一発で見抜かれた、とっておきのお洒落な私服を着てきていたのだ。ほんの少しだけ二人の捉え方は違っていたけれど、楽しい空間であることには変わりない。
「透ちゃん、今日の私服すっごく可愛いね。とってもよく似合ってるよー!」
白煙くんがいつもの優しい笑顔で素直な感想を伝えると、透ちゃんの周囲に可憐な花が咲いたかのように空気が華やいだ。
「あ、ありがとうエンちゃん!! すっごく嬉しい!」
少し離れた場所からその様子を見ていた峰田くんは、「あそこだけ空気の糖度が高すぎるだろォオオオ!! 羨まし死ぬゥゥゥゥーー!!」と血涙を流して激しく嫉妬していた。
そんな二人を、さらに少し離れた場所から見守る一団があった。
「……あそこは二人にしておいてあげるのが正解ねケロ」
「ああ。邪魔をするのは野暮というものだ」
梅雨ちゃんと障子くんは、自分たちのお買い物を進めながら温かい目で見守っている。空気を読める冷静な二人だからこその、優しい配慮だった。
一方その頃、生徒たちが買い物を楽しんでいる雄英高校には、プロヒーローのバックドラフトが直々に足を運んでいた。
応接室で対峙するのは、根津校長先生と相澤先生。
「――それで、私からの相談というのはね」
バックドラフトが真剣な面持ちで切り出した。
「まず一つ。次の長期休暇の間、ケムリン……白煙薫を、再びうちの事務所で預からせてもらいたい。そして実戦の許可をいただきたい。彼はもう十分に即戦力だ。臨時のサイドキックとして、ちゃんと給料も支払うつもりです」
バックドラフトの言葉は本気だった。あの保須市での手腕と、何より人を救いたいという純粋な魂を、プロとして高く買っていたのだ。
「ふむ。本人が望むのであれば、ヒーロー公安委員会への手続きも含めてこちらで許可を出そう」
根津校長が笑顔で頷くと、相澤先生も言葉を重ねた。
「であればバックドラフト、ついでと言ってはなんだが……白煙とよく組んでいる葉隠、障子、蛙吹の3人も、時折鍛えてやってくれないか。彼らはチームとしての連携の土台ができている。プロの現場を見ることは、良い刺激になるはずだ」
「ああ、もちろん構わないとも! 白煙と約束したからね」
しかし、バックドラフトの表情はそこから一転して、重く険しいものへと変わった。
「……そして、もう一つの相談だ。先日報告した、職場体験中にヴィラン連合の『黒霧』と遭遇した件についてだが……」
部屋の空気が一瞬にして凍りつく。
「奴は、白煙を非常に気に入っており、スカウトしに来たと言っていた。……だが、よく考えてほしい。我々が、あの時間、あの崩落したビルの中でレスキューを行っていたことは、事前に外部へ漏れるような情報ではなかったはずだ。ましてや、雄英の生徒がそこにいるなどと……」
バックドラフトの鋭い指摘に、相澤先生の目が細められる。
「……つまり、奴らはあらかじめ、白煙がバックドラフト事務所に指名を受け、保須市に赴くことを知っていた。こちらの動向を完全に把握していたということか」
「そういうことになるね」
根津校長が、いつもの紅茶を置く。その顔から笑みが消えていた。
「以前のUSJ襲撃の際もそうだったが……確信に変わったと言わざるを得ない。雄英高校の内部情報をヴィラン連合に流している者がいる」
「スパイ……内通者ですか」
相澤先生が低く呟く。
「黒霧のあの悪意は、間違いなく本物だった。白煙を何としても引き込もうとしている。学校側も、どうか生徒たちの身辺と、情報管理には細心の注意を払ってほしい」
「承知いたしました。我々も、より一層気を引き締めましょう」
「よろしくお願いします」
バックドラフトが校長先生と相澤先生に頭を下げる。
生徒たちがショッピングモールで未来への希望に胸を膨らませている裏で、大人たちは忍び寄る巨大な闇の気配を察知し、静かに闘志を燃やすのだった。
ショッピングモールの緑谷くんと死柄木弔のやり取りはカット
原作漫画やアニメを見てくださいね