『バックドラフト事務所、2日目』
朝一番、事務所のロビーに集まったチーム放課後のメンバーは、昨日とはまた違う緊張感の中にいた。
特に透ちゃんは、深夜に鳴り響いた緊急警報のサイレンで一度叩き起こされていたため、少しだけ寝不足気味だ。
「レスキューヒーローの皆さんは、本当に毎日これを繰り返しているんだな……。本当にお疲れ様です」
障子くんと梅雨ちゃんが、仮眠室から何食わぬ顔で出てきたサイドキックたちを見て、心からの敬意をにじませる。
「本当はね、このサイレンが鳴らない(事件が起きない)のが一番いいんだよ」
バックドラフトが穏やかに笑うと、サイドキックたちも深く頷いた。
だが――世界は容赦なく動く。
――ウゥゥゥゥン!!! ウゥゥゥゥン!!!
突然の警報! まだ音に慣れない透ちゃんが「ひゃんっ!」と肩を跳ね上げる。
その瞬間、白煙くんの顔つきが変わった。一瞬にしてヒーローコスチュームへと着替えを済ませると、チーム放課後の中で誰よりも速く、あっという間に消防車の後部座席へと滑り込んだ。プロの現場を一度経験している彼のスピードは、完全に頭一つ抜けている。
「みんな、急いで乗って!」
「了解よケロ!」
遅れて透ちゃん、障子くん、梅雨ちゃんも消防車に飛び乗る。サイレンを轟かせ、巨大な車両が夜明けの街へと猛スピードで出動した。
車内が激しく揺れる中、初めて本物の消防車に乗った3人は少しだけ興奮していたが、白煙くんの声が彼らを現実に引き戻した。
「現場の状況を説明するね! 場所は市内のマンション2階。出火原因は不明だけど、火の回りが早くて怪我人が多数出ているみたい。……昨日みんなでやった『訓練内容』と、ほとんど同じシチュエーションだよ!」
「訓練と同じ……!」
透ちゃんがごくりと唾を呑む。昨日は模擬だったものが、いま、本物の命が懸かった現実として目の前に迫っているのだ。
現場に到着すると、そこはすでに黒煙と悲鳴が渦巻く地獄絵図だった。
「消火班アルファ、放水始め!! 誘導班ベータは住民の避難経路を確保しろ!」
バックドラフトの豪快な号令とともに、大量の放水が開始される。サイドキックたちが的確に住民を誘導していく中、白煙くんは瞬時に周囲の状況を確認し、チーム放課後へ鋭い指示を出した。
「梅雨ちゃん、透ちゃんはサイドキックの皆さんと一緒に、外に逃げてきた住民の皆さんの避難誘導とケアをお願い! 障子くんは僕と一緒に中へ突入して、怪我人の救助に向かおう!」
「「「了解!!」」」
二手に分かれ、白煙くんと障子くんは炎と黒煙が吹き荒れるマンション内へと飛び込んだ。
「ごほっ、ごほっ……障子くん、僕が煙を吸い取るから、その隙に進んで!」
白煙くんが個性を発動し、視界を遮る爆煙をぐんぐんと胸に吸い込んでいく。視界が開けた瞬間、行く手を阻む巨大な梁や瓦礫を、障子くんがその腕力で次々と力任せに撤去していった。
「見つけた! 怪我人だ!」
部屋の奥には、煙を吸って倒れている複数の住民がいた。
「今助けます!」
白煙くんはすぐさま駆け寄り、サポート科特製の簡易キットから包帯や医療器具を取り出すと、目にも留まらぬ速さで応急処置を施していく。
(速い……! 的確すぎる……!)
昨日のお手本を遥かに凌駕する白煙くんのプロの技術に、障子くんは内心で驚愕した。
「障子くん、動けない人を頼む!」
「任せろ!」
障子くんは『複製腕』をフル展開し、一度に3人の怪我人をその頑丈な身体でガシッと抱え上げた。
だがその時、メキメキと不穏な音が響き、頭上の天井が大きく崩落し始めた。
「しまっ――」
怪我人を抱えていて一瞬動けなくなる障子くん。
「煙パワー全開!!!」
間一髪、白煙くんが頭から猛烈な勢いで煙を噴射し、崩落するコンクリートの塊を煙のクッションで無理やり押し留めた!
「障子くん、ここは僕が抑える! 救助優先だ、走って!!!」
「――すまないっ!!」
白煙くんの決死の叫びに背中を押され、障子くんは前だけを見て猛然と出口へと駆け抜けた。
直後、マンションの一部が激しい音を立てて崩壊する。
「エンちゃん――!!」
外で住民を誘導していた透ちゃんが悲鳴のような声を上げるが、梅雨ちゃんがその手袋をぎゅっと握りしめた。
「信じるのよ、透ちゃん。今は目の前の怪我人の救助が優先ケロ!」
次の瞬間、崩れ落ちる瓦礫の隙間から、体いっぱいに爆煙を吸い込んだ白煙くんが、最後の怪我人を背負って文字通り「煙のように」飛び出してきた。
「はぁ、はぁ……っ! 救急車へ、早く!」
白煙くんたちが連れ出した怪我人たちが次々と救急車に乗せられていく。バックドラフトの圧倒的な放水により、程なくして火災は完全に鎮火した。
現場の隅で、透ちゃんはペタンと地面に座り込んでいた。
「昨日、訓練であんなに練習したのに……。サイレンの音と、本物の炎を前にしたら、咄嗟に身体が動かなくなっちゃった……」
障子くんも、煤まみれになった自分の大きな手を見つめながら、悔しげに拳を握りしめた。
「俺もだ。天井が崩れてきた時、一瞬、足が止まってしまった。白煙の個性のサポートがなければ、怪我人ごと押し潰されていたかもしれない。……不甲斐ない」
「二人とも、自分を責めすぎちゃダメよケロ。怪我人は全員無事だった、それが全てよ」
梅雨ちゃんが優しく二人を慰めるが、プロの現場の厳しさを肌で知った代償は重かった。
視線を向けると、白煙くんはすでにバックドラフトやサイドキックたちに混ざり、現場の検証や事後処理、機材の片付けなど、大人のプロたちと対等に、息をつく暇もなく動き回っていた。
事務所に帰還し、ようやく訪れた休憩時間。
ロビーで少し遅めの食事を摂るチーム放課後の4人。
「みんな、本当にお疲れ様」
白煙くんが、少し疲れた顔をしながらも、いつも通りの優しい笑顔でみんなにスープを差し出した。
「落ち込むことなんて全然ないよ! むしろ、初めての本物の現場だったのに、みんな僕の『初回の時』より何倍も動けていたんだから! 本当にすごかったよ!」
それは、白煙くんの優しい嘘ではなかった。事実、1週間かかって覚えるような動きを、3人は初戦でやってのけたのだ。みんなを励まそうと、頭の煙をぽわぽわと温かく波立たせる白煙くん。
けれど――。
「……ありがとう、エンちゃん」
透ちゃんが消え入りそうな声で微笑む。
障子くんも、梅雨ちゃんも、静かにスープを口に運んだ。
白煙くんが自分たちを気遣って、一生懸命に励ましてくれているのは痛いほどよく分かる。
だからこそ、余計に悔しかった。
(守られるだけじゃダメなんだ……)
(もっと強く、もっと速く、エンちゃんと肩を並べて戦えるようにならなきゃ……!)
優しすぎるリーダーの背中を追いかけるため、チーム放課後の3人の胸の奥には、昨日よりも遥かに熱く、静かな『悔しさ』と『闘志』の炎が、激しく燃え上がるのだった。