『バックドラフト事務所、3日目』
朝の訓練室には、昨日までとは打って変わった、張り詰めた空気が漂っていた。
「ここは、瓦礫の重さによってアプローチを変えた方がいいわねケロ」
「ああ。俺の複製腕で土台を固定している間に、葉隠が隙間から救命措置に入るのが一番効率的だ」
透ちゃん、障子くん、梅雨ちゃんの3人の目は、驚くほど真剣に集中している。昨日の現場での悔しさをバネに、少しでもプロの動きに近づこうと必死だった。
リーダーの白煙くんも、そんな3人の熱意に応えるように、自分がこれまでに経験した現場での失敗談や、バックドラフトさんから教わったレスキューの極意を、身振り手振りを交えながら一生懸命に説明していた。
「エンちゃんは何しているの?」
「麻酔の勉強。麻酔を使うには資格がいるから。でも、難しくて頭が混乱するよー」
「がんばって!」
そんな4人の様子を、訓練室のドアの隙間からこっそりと覗き見ている影があった。バックドラフトと、10人のサイドキックたちだ。
「……おいおい、今年の雄英の1年生はとんでもねえな」
「ああ、あれでまだ15歳だろ? 俺たちが同じ年の頃なんて、あんなにしっかりしてなかったぞ……」
サイドキックたちが感心したようにひそひそと雑談を交わす。バックドラフトも、自慢の教え子を見るように目を細めた。
「ケムリン(白煙くん)がさ、『僕の仲間はみんなすごいんです!』って笑顔で自慢していた理由がよく分かるよ。素晴らしい向上心だ」
その時――。
――ウゥゥゥゥン!!! ウゥゥゥゥン!!!
3日目の緊急警報が鳴り響く!
だが、今日のチーム放課後は一味違った。サイレンの音に怯む者はもう誰もいない。
「みんな、行くよ!」
「応!!」
全員が完全に準備万端の状態から、白煙くんとまったく同じ、一瞬の無駄もないスピードでヒーローコスチュームへと着替えを完了。そのまま弾かれたように消防車の後部座席へと飛び乗った。
凄まじい駆動音とともに、消防車が現場へと発進する!
今回の現場は、市街地にそびえ立つ高層ビル。
現場では、すでにヴィランが暴れたことによる大火災が発生しており、地元の人気プロヒーローであるシンリンカムイとマウントレディが、ヴィランの制圧と周囲の避難誘導のために激しい戦闘を繰り広げていた。
「消火班アルファ、行くぞ! 消防活動を最優先し、地元ヒーローと連携せよ!」
バックドラフトの指示のもと、サイドキックたちが迅速に動き、巨大な水流による放水が開始される。
「チーム放課後、ビル内に突入して生存者を捜索するよ!」
「了解!」
白煙くんを筆頭に、4人は黒煙の立ち込めるビル内へと果敢に突入した。すでにエレベーターは完全に停止している。
「階段で上へ向かうケロ!」
2日目の過酷な重装備走り込み訓練の成果が、ここで完全に活きた。防火服の重さをものともせず、4人は驚くべき体力を維持したまま、一気に火元のフロアへと駆け上がっていく。
「誰か、誰かいないか!?」
障子くんが複製した耳で周囲の音を拾う。すると、奥のオフィスから微かな声が聞こえた。
「た、助けてくれ……!」
そこにいたのは、このビルに入る会社の社長さんだった。
「他の部下たちは全員逃げたんだが……この、この巨大金庫だけは見捨てられないんだ……! これが燃えたら、うちのようなサポート会社は一発で倒産してしまう……!」
社長さんが涙を流しながら縋り付いてきたのは、火の手が迫る部屋の奥にある、文字通り鉄塊のような巨大な金庫だった。普通なら諦めて逃げるべき状況。だが、会社の未来、社員たちの生活という、社長さんにとっての「命の次に大事なもの」がそこにはあった。
「――障子くん!」
白煙くんが叫ぶ。言葉にせずとも、チーム放課後の意思は一つだった。
「ふんぬぅぅぅあああああッ!!!」
障子くんが『複製腕』のパワーを全開に発揮し、何人分もの怪力でその巨大な金庫をガシッと持ち上げた!
「凄いわ、障子ちゃん! 透ちゃん、行くわよ!」
「うん!」
梅雨ちゃんと透ちゃんは、サポート科の簡易キットやオフィスのカーテンを瞬時に組み合わせ、金庫が落下しても衝撃を和らげられるような「即席のパラシュート(緩衝材)」をものすごい手際で作り上げていく。
その間、白煙くんは「僕が通路の煙を吸い取る! 出口を確保するからついてきて!」と、迫り来る爆煙を限界まで吸い込みながら先導した。
しかし、想像以上に火災の回りが早く、バックドラフトたちの消火が追いつかない。下へ降りる階段は完全に炎で包まれてしまった。
「ダメだ、下の階の火が強すぎる! パラシュートで下へ落とすのも危険だ!」
白煙くんは瞬時に状況を判断した。
「みんな、屋上へ移動しよう!」
火の粉が舞う中、障子くんが金庫を担ぎ、全員で屋上のヘリポートへと一気に脱出する。
煙を突き抜けて屋上へ出ると、そこへ、白煙くんの要請を無線で受けていた巨大化ヒーロー・マウントレディが、ビルの横から大きな顔を覗かせた。
「お待たせ、少年少女たち! さあ、こっちへ飛び込んできなさい!」
マウントレディが巨大な両手を広げる。
「みんな、跳ぶよ!」
障子くんが金庫を抱えたまま、梅雨ちゃんと透ちゃん、そして白煙くんが息を合わせてマウントレディの手のひらの上へとダイブした。全員を大きな手で優しく受け止め、ゆっくりと地上へと降ろしていくマウントレディ。
こうして、怪我人ゼロ、そして会社の未来である巨大金庫も無傷のまま、全員が無事に地上へと帰還を果たしたのだった。火災もまもなく完全に鎮火した。
「素晴らしい……素晴らしいよ、雄英のヒーローたち……! ありがとう、本当にありがとう……!」
地上で巨大金庫を撫で回しながら、大号泣でお礼を言う社長さん。バックドラフトやサイドキックたちからも、「見事な救助活動だったぞ、チーム放課後!」と惜しみない拍手が送られた。
「大成功だね! 誰も怪我をしなかったし、大切なものも守れた! みんな、本当に、本当にかっこよかったよ!」
白煙くんが頭の煙をぽわぽわと弾けさせ、自分のことのように大喜びでみんなを称える。
「えへへ……やったね、エンちゃん!」
透ちゃんは、2日目の悔しさを完全に晴らせた達成感と、大好きなエンちゃんへの「役に立てた!」という純粋な喜びが爆発してしまった。
「――もぅ、エンちゃん大好きーーッ!!」
「ひゃ、ひゃわわわわぁぁぁ!?!?」
嬉しさのあまり、透ちゃんが背後から白煙くんにギュッと抱きついた(手袋が白煙くんの体に回った)瞬間、白煙くんの頭の白い煙が一瞬にして真っ赤っか(ピンクを通り越して真っ赤)に変色し、ポワンポワンと大爆発を起こした。
そんな二人を、少し離れた場所から見つめる冷静組。
「ふふ、すっかり青春ねケロ」
「ああ。……まあ、今日の大成功のご褒美としては、妥当なところだな」
梅雨ちゃんと障子くんは、お互いに顔を見合わせて、なんとも微笑ましそうにクスリと笑うのだった。
プロの厳しい現場を経験し、悔しさを乗り越え、自分たちの力で掴み取った初めての完全勝利。
『チーム放課後』の絆と実力は、この熱い夏休みの空気の中で、どこまでも高く、強く、成長していくのだった。