なんて優しいタイトルなんだ(遠い目)
一週間のバックドラフト事務所での特別体験が、大成功のうちに幕を閉じた。
そしてついに、待ちに待った1年A組・B組合同の林間合宿への出発当日。
大型観光バスの前に集まったA組の面々だったが、そこにはまるで「借りてきた猫」のように小さくなって、ガチガチに緊張している白煙くんと透ちゃんの姿があった。
「……………………っ!」
「……………………っっ!」
プールの一件以来、二人の間の空気は一変していた。お互い、煙と透明化で「見えない」はずなのに、意識しすぎてどうしても相手の方向を見ることができない。白煙くんにとっては人生初めての、文字通り心臓が弾け飛ぶような一目惚れ。透ちゃんにとっては、大好きな人に一番見られたかった(でも心の準備ができていなかった)素顔を見られてしまったというガチ照れ。
二人の周囲だけ、少女漫画もびっくりの甘酸っっっっっぱいピンク色のオーラが漂っていた。
そんな二人に対する、A組男子陣の反応は実に様々だ。
「おいおいおいおい、何だよあの甘い空気はァ!!」
「合宿前からごちそうさまってか! 羨まし死ぬわ!」
「爆発しろ! 爆発しろケムリン!!」
上鳴くん、瀬呂くん、そして血涙を流す峰田くんの3人は嫉妬の炎をメラメラと燃え上がらせている。
「緑谷くん……白煙くんたち、何かあったのか?」
「う、うん……なんだか、いつも以上に距離感が初々しいというか、お互いを見られないみたいだね……」
純粋に気になってソワソワしている飯田くんと緑谷くん。
一方、事情を知っている障子くんと、動物に優しい口田くんは「よかったな」と言いたげにどこか嬉しそうな表情。尾白くん、砂藤くん、切島くん、青山くんの面々は「お、青春だねぇ」と普通のリアクション。そして爆豪くん、轟くん、常闇くんの3人は、安定の「興味なし」を貫いていた。
対するA組女子陣はというと、男子よりも遥かに感度が鋭かった。
「ねえねえ! 絶対なんかあったよね、あの二人!?」
「ヤオモモ、どう思う!? 何があったのかしら!」
「慎重にかつ大胆に聞いてみましょう!」
「きゃあー! 気になる! すっごく気になる!」
麗日さん、八百万さん、耳郎さん、芦戸さんの4人は、もう目が完全に恋バナモード。好奇心でウズウズして、二人の一挙手一投足に視線を釘付けにしている。事情を知っている梅雨ちゃんだけが、「ふふ、温かく見守ってあげてケロ」と一人、微笑ましくお茶をすすっていた。
「さあ、席順通りにバスに乗れ」
相澤先生の促しでバスに乗り込む一同。運命の悪戯か、それともお約束か、白煙くんと透ちゃんの席はバッチリお隣同士だった。
バスが発車しても、二人はしばらく窓の外を見つめたままフリーズしていたが、やがて白煙くんが意を決して、お菓子の袋を差し出した。
「あ、あの……透ちゃん。これ、僕の好きなお菓子なんだけど……よかったら、食べる?」
「ふぇっ!? あ、ありがとうエンちゃん! じゃ、じゃあ、こっちは私の好きなお菓子! 交換こね!」
お互い、頭の煙と空気(顔)を真っ赤に染め上げながら、ぎこちなくお菓子を交換する。
そして、前を向いたまま「サクサク……」「もぐもぐ……」と、緊張で味も分からないまま必死にお菓子を口に運ぶ二人。その初々しすぎる姿に、周囲の女子陣からは「かわいすぎるー!」と無音の黄色い悲鳴が上がった。
バスが高速道路に乗った頃、フロントに立つ相澤先生がマイクを握った。
「静かにしろ。連絡事項だ。バスはここから1時間後に1回、停車する。それまでに――」
しかし、テンションが最高潮に達しているA組の耳に、担任の声は全く届いていなかった。
「お二人さん、お話を聞きたいのですが!!」
「ちょっと白煙くん! 聞かせてよ、プールで何があったの!?」
「透ちゃん! 白状しなさーい! どこまで進んだの!?」
「観念して全部話してー!!」
気づけば白煙くんと透ちゃんの席は、恋バナに飢えた女子陣(麗日さん、八百万さん、耳郎さん、芦戸さん)に完全に包囲され、質問攻めに合っていた。
「ひゃ、ひゃわわわ、何でもないですぅぅぅ!!」と、白煙くんの頭の煙が今にもハート型に爆発しそうだ。
後方の席では、切島くんや上鳴くんたちが「合宿で誰が一番強くなるか勝負だぜ!」と大声で盛り上がっており、車内は賑やかというよりはお祭り騒ぎの混沌状態。
「……おい、話を聞け」
相澤先生の言葉は、完全に引き波にかき消される。
マイクを切り、深く重いため息をつく相澤先生。彼は、これから生徒たちを待ち受ける「林間合宿の本当の恐ろしさ」を誰よりも知っている。
「……まあいい。騒げるのも、今だけだ」
窓の外の景色を眺めながら、相澤先生はぽつりと独り言を呟いた。
「――今だけが、お前たちの天国だからな」
プロの不穏な予言など露知らず、バスは甘酸っぱい青春の空気と、弾けるような笑顔を乗せて、運命の合宿地へとひた走るのだった。