個性把握テストが本格的に始まった。
まず最初の種目は**「50メートル走」**。
ピッとスタートの電子音が鳴るや否や、驚異的な記録が叩き出されていく。
トップバッターの飯田くんは、ふくらはぎの機関から爆音を響かせた。
「個性:エンジン」による猛烈なブーストで、地面を置き去りにするように駆け抜ける。記録は3秒04。まさに一瞬の出来事だった。
続いて走った爆豪くんは、両手のひらから激しい爆風を放つ。
「個性:爆破」の推進力で、文字通り空を「跳んで」突き進み、4秒13という規格外の記録を叩き出した。
麗日さんは、自分の衣服や靴に触れて「個性:無重力(ゼログラビティ)」を発動。自重を軽くしてフワリと風に乗るように走り、7秒15。
一方で、緑谷くんは「個性:?」のまま、必死の形相だが生身の力だけで普通に走りきっていた。記録は7秒02。コントロールできない個性をここでは使えないのだろう、彼の焦りがこちらまで伝わってくる。
葉隠さんも「個性:透明化」なので、身体能力自体は普通だ。体操服が一人で走っているような不思議な光景のまま、一生懸命に駆け抜けていく。
そして、薫の出番がやってきた。
(風は天敵……だけど、個性の使い方次第では……!)
薫はスタートラインに立ち、深く息を吐き出す。
顔の白い煙が、キリッと引き締まるように凝縮された。
薫の個性「煙」は、ただ物理攻撃をすり抜けるだけではない。応用すれば、全身を煙化して自重を極限まで「軽量化」することができる。
ただし、完全にスカスカの煙になってしまえば、走った風圧だけで自分が吹き飛んでしまう。
(飛ばされないギリギリの『重さ』の芯だけを体内に残して……残りの全身を煙にするんだ……!)
ピッと音が鳴った瞬間、薫の身体がブワリと白く、朧げに揺らめいた。
体重を驚異的に軽くした薫は、地面を蹴る一歩一歩で、まるで重力から解き放たれたように大きく前方へと躍進する。風を切り裂くのではなく、風をすり抜けるようにして、ふわり、ふわりと大股で加速していった。
「7秒05!」
ゴールラインを駆け抜けた瞬間、全身の煙が元の身体へと戻る。
まずまずの記録に、薫の顔の煙がホッとしたように丸く広がった。
その後も、他のA組のメンバーたちが次々と個性を発揮して走っていく。氷を滑るように走る少年や、レーザーを放つ少年など、まさに十人十色だ。
スタートラインの傍らでは、相澤先生がストップウォッチと端末を手に、冷徹な目で全員の記録をチェックしている。その視線を感じるたびに、背筋が凍るような緊張感がグラウンドを支配した。
(まだ最初の種目が終わっただけだ……。緑谷くんも、葉隠さんも、みんな必死に食らいついてる。絶対に最下位になって除籍されるわけにはいかない……っ!)
薫は小さく拳を握りしめ、次の種目に向けて、顔の煙を奮起するように波打たせるのだった。
続いての種目は**「握力テスト」**。
個性の特性によって、最も極端な差が出る種目だ。
計測器を握る生徒たちの中から、凄まじい数値が叩き出されるたびに歓声とどよめきが上がった。
まず圧倒的だったのは、障子くんだ。
「個性:複製腕」を持つ異形型の彼は、その大きな体躯から生み出される何本もの腕を重ね合わせ、計測器を握り潰さんばかりに力を込める。
ピピピッと電子音が鳴り、表示された数値はなんと**「540kg」**。文句なしのパワートップだ。
続いて、同じくがっしりとした異形型の体を持つ口田くん。彼もまた生身の筋力だけで高い数値を叩き出し、パワー2番手として周囲を驚かせる。
さらに「個性:ダークシャドウ」を持つ常闇くんは、自身の体から伸縮自在の影のモンスターを出現させ、その爪に計測器を握らせていた。ダークシャドウが「フンッ!」と気合を入れると、人間離れした数値が液晶に浮かび上がる。彼がパワー3番手だ。
そんな怪力自慢たちが目立つ中、緑谷くんはごく一般的な男子高校生の数値(56kg)を見て、「うう……」と頭を抱えていた。やはり、個性を発揮できない状態では厳しい戦いになっている。
そして、薫の番が回ってきた。
薫は計測器を手に持ち、全神経を右手に集中させるが――。
(……あ、ダメだ。全然、力が入らない……っ!)
ギ、ギギ……と、微かに計測器が鳴るだけ。表示された数値は、お世辞にも高いとは言えない、平均を大きく下回るものだった。
(僕の個性「煙」は、攻撃力ゼロなんだ……! 煙はパワーが無いのです……!)
物理攻撃をすり抜けられるという防御の利点はあっても、筋肉を強化したり、物を破壊したりする力は一切ない。レスキューヒーローを目指すとはいえ、この純粋なパワー勝負では圧倒的に不利だった。
(50メートル走も平均的だったし、このままだと本当に僕が最下位で除籍候補になっちゃう……!)
最悪の結末が脳裏をよぎり、薫の顔を覆う白い煙は、みるみるうちにどんよりとした黒に近い灰色の煙へと変色していく。不安のあまり、煙の揺らめきも小さく縮こまってしまった。
その様子を、少し離れたところから緑谷くんが見つめていた。
(白煙くん……煙の色が灰色に……。やっぱり、僕と同じようにパワー系の個性じゃなくて苦戦してるんだ……!)
緑谷くんは、自分の計測器を握りしめながら、胸が締め付けられるような思いだった。
(絶対に除籍は嫌だ。でも……せっかく今日知り合って、がんばろうって手を合わせられた白煙くんが除籍になっちゃうのも……絶対に嫌だ……!)
お互いに崖っぷちの状況。
それでも、誰かのピンチを放っておけない緑谷くんの瞳に、焦りと共に強い決意の光が宿る。
薫の顔を覆う不安の灰色煙と、緑谷くんの痛切な視線が交錯する中、テストは非情にも次の種目へと進んでいく。
続いての種目は**「立ち幅跳び」**。
砂場の前に立った生徒たちが、それぞれの個性を爆発させる。
まず、麗日さんの出番だ。
「個性:無重力」で自分自身の重さを完全にゼロにした彼女は、地面を軽くポンッと蹴った。それだけで、ふわりと浮き上がった身体は落ちることなく、真横に向かって文字通り無限に飛んでいく。
砂場を遥かに飛び越え、どこまでも進んでいく彼女の姿に、クラス中から「すげえ……!」と歓声が上がった。
そして、薫の番がやってくる。
(立ち幅跳び……! これなら、僕の個性でも……!)
薫は砂場の前に立つと、全身をブワッと完全な煙へと変化させた。
自重をゼロ、いや、空気よりも軽くする。そして、スタートの瞬間にほんの少しだけ自分で地面を蹴り、前方へと身体を押し出した。
「わ、わわわっ……!」
重さのない薫の煙の身体は、麗日さんと同じように重力の影響を一切受けることなく、真横に向かって無限に吹き飛んでいく。風の抵抗をわずかに受けながら、どこまでも、どこまでも滑るように空中を移動し、砂場のはるか先へと着地した。
「……ふぅ! できた……!」
元の身体に戻った薫の顔の煙が、一瞬にして鮮やかな白へと戻り、嬉しそうにぽわぽわと大きく膨らんだ。
(よかった……! これなら、この種目なら上位に食い込める! 除籍にはならない……! ありがとう立ち幅跳び……っ!)
心の中で砂場に向かって拝み倒す薫。
その様子を後ろで見ていた緑谷くんは、口を半開きにしたまま唖然としていた。
(……ま、不味い。そうだ、僕は……さっきまで白煙くんの心配をしてたけど、そんな余裕なんて、僕には1ミリも無かったんだ……!)
種目が変われば、どんな個性だって一気に有利に働く可能性がある。ヒロアカの世界、そして雄英高校においてはそれが当たり前のことなのに、自分の焦りのせいでそんな基本にすら気づけなかった。
緑谷くんは自分の計測器(50メートル走も立ち幅跳びも一般的な数値)を見つめ、再び冷や汗を流す。
しかし、一難去ってまた一難。
薫がホッと息をついていると、砂場の前に次の受験生が立った。――いや、立っている「はず」だった。
体操服がポツンと砂場の前に置かれている。葉隠透ちゃんだ。
彼女の「個性:透明化」は、身体能力を上げるものでも、重さを変えるものでもない。50メートル走、握力テストに続き、この立ち幅跳びも彼女にとっては「普通の女子高生の数値」にならざるを得ないのだ。
(あ……葉隠さん……!)
姿は見えないけれど、透ちゃんが今、ものすごく緊張して崖っぷちに立たされているのが、薫には痛いほど伝わってきた。入試の時、自分を必死に守ってくれた恩人だ。今度は自分が力を貸したいけれど、このテストは手助け禁止。
薫は顔の白い煙をギュッと引き締め、祈るように両手を胸の前で握りしめた。
「は、葉隠さん……! がんばって……っ!」
すっかり元の白い煙に戻った顔を透の方へ向け、薫は緊張しながらも、精一杯の声を届けるために声を張り上げた。