嘘だと言ってくれ!(補習組の皆さんの叫び声)
山道を進んでいたバスが急停車し、一同は休憩タイムのために外へと降り立った。
「ふぅ……ちょっと空気がひんやりして気持ちいいね、透ちゃん」
「うん、バスの中あつあつだったから生き返る~!」
女子陣の恋バナ包囲網からようやく解放された白煙くんと透ちゃんがホッと胸をなでおろした、その瞬間。
「キティンとキャットにロックオン!」
「可愛くスマートに付け狙う!」
突如として目の前に現れたのは、派手なポーズを決める獣属性のプロヒーローチーム『プッシーキャッツ』のマンダレイとピクシーボブ!
「うわわっ、プロヒーローのプッシーキャッツだ!」
すかさず緑谷くんの「山岳救助等を得意とするキャリアの長いベテランチームで――」という早口で分かりやすい解説が炸裂する。
しかし、歓迎ムードはここまでだった。マンダレイが遥か彼方の山を指差し、「あそこが君たちの泊まる合宿所。今は午前9時半。12時半までに自力で辿り着きなさい」と告げる。
「……まさか」
A組全員の背中に嫌な予感が走った。
「お昼抜きを賭けて――よーい、スタート!」
ピクシーボブが地面に手を突いた瞬間、個性の『土流』によって凄まじい土石流が発生! 崖崩れに巻き込まれるように、A組は一斉に「魔獣の森」へと真っ逆さまに突き落とされた。
「ひゃあああ!?」
「透ちゃんっ!!」
落下する激しい衝撃の中、白煙くんの身体が反射的に動いた。頭の煙をクッション代わりに噴出させながら、空中で透ちゃんの身体をガシッとお姫様抱っこで抱きとめる。
同時に、障子くんも『複製腕』をフル展開して近くにいた上鳴くんたち男子の一部をしっかりと確保。梅雨ちゃんは長い舌を伸ばして麗日さんを空中でキャッチし、全員が見事な着地を決めた。
崖の上からその様子を見下ろしていた相澤先生は、ふっと目を細める。
(……白煙、障子、蛙吹。突然の奇襲にもパニックにならず、一瞬で『救助優先』の動きを取ったか。バックドラフト事務所での経験が、完全に血肉になっているな)
プロの現場をくぐり抜けてきたチーム放課後の抜群の初動に、担任として密かに感心するのだった。
「みんな、前方に何か来るよ!」
白煙くんの警告通り、目の前の地面から巨大な『土の魔獣』が次々と這い出てくる。
「やるしかねえ!!」
突破開始の号令とともに、A組の戦闘型が牙を剥く。緑谷くんのワン・フォー・オール、轟くんの圧倒的な氷結、飯田くんの高速キック、爆豪くんの爆破が炸裂し、魔獣を次々と粉砕していく。その圧倒的な強さは流石の一言だ。
そんな中、透ちゃんを優しく地面に降ろし、一緒に走りながら魔獣を回避していた白煙くんは、ふと冷静に思考を巡らせた。
(待って……。今は午前9時半。プッシーキャッツの皆さんは『3時間(12時半)で合宿所に到着すればお昼ご飯』って言ってたよね。……でも、あの山までの距離を、こんな魔獣と戦闘しながら進んで、本当に3時間で着くの……?)
うーん、と頭の煙をひねって計算してみる。
頭の煙はクエッションマーク(?)になっている。
うーん……。
(……無理だ。絶対に間に合わない。あの計算は、戦闘を考慮してないプロヒーローの巡航スピードだ!!)
このまま力押しで戦い続けては、合宿所に辿り着く前に全員の体力が尽きてしまう。危機感を覚えた白煙くんは、近くを走るチーム放課後のメンバーにこっそり声をかけた。そして、A組の皆にも声をかける。
「みんな! ちょっと聞いて!」
しかし――。
「うおぉぉりゃあ! ぶっ潰す!!」
「合宿前に、俺たちの力を見せてやるぜ!」
周囲のA組メンバーは初めての本格的な魔獣戦にテンションがマックスになっており、白煙くんの声は怒号と爆音にかき消されて聞こえない。目の前の敵を倒せているからこそ、余計に周りが見えなくなっている状態だ。
「ダメね、みんな興奮してて声が届かないケロ」
梅雨ちゃんが冷静に言うと、障子くんも「ああ、力押しで進むにはこの森は深すぎる」と同意する。
白煙くんはキリッと表情を引き締め、仲間に向かって頷いた。
「分かった。僕たちはバックドラフト事務所の訓練通りにいこう。敵を倒すことじゃなく、『最短ルートの確保』と『体力の温存』が最優先。無駄な戦闘(動き)は一切無しで、みんなの後ろをすり抜けるよ!」
「了解!」
透ちゃんの手袋が力強く握られる。
戦闘狂と化したA組の主力が前線で派手に魔獣をなぎ倒していく中、その背後で、チーム放課後はプロのレスキュー仕込みの無駄のない動きで、最小限の力で森の奥へと確実に突き進んでいくのだった。
夕方5時20分。
辺りが茜色に染まる頃、1年A組のメンバーは命からがら、ようやく山の上の合宿所へと辿り着いた。
「はぁ、はぁ……やっぱり、3時間なんかで着くわけなかったじゃないか……!」
上鳴くんや切島くんをはじめ、多くのメンバーが地面に倒れ込み、泥のように座り込んでいる。
そんな中、僕たち『チーム放課後』の4人は、肩で息をしつつもなんとか全員が直立して保っていた。
(本当に、バックドラフト事務所での過酷な重装備訓練を経験していなかったら、僕たちも今頃へとへとになって動けなくなっていたよ……。プロの現場を経験しておいて本当によかった)
しかし、何より凄かったのは、前線でメインとなって戦い続けた緑谷くん、爆豪くん、飯田くん、轟くんの4人だ。あれだけの数の魔獣を文字通りねじ伏せながら進んできたというのに、今もなお真っ直ぐに立ち続けている。その圧倒的なフィジカルと精神力には、改めて脱帽するしかなかった。
「いやあ、驚いたニャン! 前線の4人も見事だけど、そっちの4人(チーム放課後)の動きもプロ顔負けだったニャン!」
ピクシーボブが僕たちを指差し、満面の笑みで褒めてくれた。
「無駄な戦闘を最小限に抑えて、常に最短ルートを相互にカバーしながら進んでた。まるで洗練されたレスキューヒーローチームのようだったわ!」
「あ、ありがとうございます!」
僕たちは顔を見合わせ、心の中でバックドラフトさんやサイドキックの皆さんに深く感謝した。
ふと見ると、マンダレイの傍らに、こちらを鋭い目つきで見つめる一人の少年が立っていた。
(あの男の子、誰だろう……? ヒーローを嫌っているような、複雑な目をしている気がする……)
待ちに待った夕食の時間!
「今日はお客さん扱いだけど、明日からは自力でご飯を作ってもらうニャン!」という言葉を聞き、みんな目の色を変えてカレーを口に運び始めた。
明日からの地獄の訓練に備えて、今のうちに少しでも体力を回復させ、エネルギーを補給しておかなければならない。僕も透ちゃんたちと並んで、一粒残さずしっかり完食した。
そして、一日の汚れと疲れを癒すための入浴タイム。
大きなお風呂に浸かってホッとしたのも束の間、男子風呂の仕切りの向こうで、峰田くんが怪しい動きを見せていた。
「へへへ……この壁の向こうには、A組女子の……そして葉隠の弾けるボディがァァァ!!」
「―――――は?」
岩肌をよじ登り、女風呂を覗こうとする峰田くん。
その言葉が、僕の耳に届いた瞬間。
僕の胸の奥で、経験したことのないような冷たい「嫌な気持ち」が、どろりと渦巻いた。
(透ちゃんの……透ちゃんの姿を、そんな風に見ようとするなんて……絶対に許さない)
――シュルルルルッ!!!
「ぶへっ!? 何だこれ、動けねえ!?」
僕の頭から噴き出した白い煙が、まるで強靭な大蛇のような密度を持って、峰田くんの身体をガシッと容赦なく締め上げた。
ミシ……ミシミシミシッ……!!!
「ぎ、ぎえぇぇぇ!?骨が、骨が軋むゥゥゥ!!待て白煙、目が、目がガチだこれ!!」
僕の頭を覆う煙は、いつもの綺麗な白色から、どす黒い漆黒の煙へと変貌していた。周囲に立ち込める空気そのものが、凍りつくような殺気で満ちていく。
その姿はヴィラン連合の黒霧にそっくりだった。
「おい白煙! 落ち着け! 死んじまう、峰田が本当に死んじまう!!」
「落ち着くんだ! 止めるんだ白煙くん!!」
上鳴くんや緑谷くんたちが、見たこともない僕の姿に恐怖しながら必死に叫ぶ。
「……そこまでだ、白煙。お前の気持ちは分かるが、手を汚す価値もない」
背後から、障子くんの大きな手が僕の肩にそっと置かれた。その冷静で力強い声に、僕の脳内に上っていた血が、すうっと引いていく。
「……ごめん、障子くん。取り乱しちゃった」
個性を解くと、峰田くんは床へボトッと落ちて、泡を吹きながらガタガタと震えていた。煙の色がいつもの白に戻るのを確認して、男子たち全員が「白煙を怒らせたらアカン……」と一斉に胸を撫でおろしたのだった。
バタバタとした初日も終わり、ようやく就寝の時間。
部屋の布団に潜り込む。
明日は朝の5時起き。そこから本格的な合宿の訓練が始まる。
(明日からは、もっと厳しい訓練になる。透ちゃんを、みんなを守れるくらい、もっともっと強くならなきゃ)
プールでの甘酸っぱい記憶と、お風呂での少しの怒りを頭の隅に追いやりながら、僕は次の瞬間に訪れる地獄の天国に備えて、深く静かに、エネルギー充電のための眠りにつくのだった。
次回は真タイトルになります