合宿所の裏山にある、洸汰くんの秘密基地。
緑谷くんが持ってきたカレーを拒絶し、「ヒーローなんて」と激しく怒る洸汰くんの前に、もう一人、白煙くんがゆっくりと姿を現した。
その頭の煙はどこか弱々しく揺れており、顔を隠さないほどに薄くなっている。白煙くんは洸汰くんの目線に合わせるようにその場にしゃがみ込み、静かに、しかし万感の思いを込めて挨拶をした。
「……はじめまして、洸汰くん。急に押し掛けてごめんなさい。僕は、君の両親――『ウォーターホース』に命を救われた、あの火事の被害者の一人なんだ」
洸汰くんの両親であるウォーターホースが、凶悪なヴィラン『マスキュラー』と戦い、相打ちとなって命を落としたのは2年前のこと。それは世間でも広く知られている悲劇だった。
しかし、白煙くんが語ったのは、それよりもさらに前、5年前の隠された真実だった。
5年前にも、ウォーターホースは同じヴィラン『マスキュラー』と激しい死闘を繰り広げていた。その際、ヴィランはウォーターホースには勝てないと判断し、周囲の民家に無差別な放火を行い、その混乱に乗じて逃走したのだ。
そして、その放火された家に取り残されていたのが、当時まだ10歳だった白煙くん一人だった。
「家が……燃えたんだ。ヴィランに燃やされた。周りは全部火の海で、熱くて、熱くて、本当に息もできなくて……! 何度も何度も、助けてって叫んだ。お父さんとお母さんの名前を呼んだ。でも、火の回りが早すぎて誰も来られなくて……もうダメだ、ここで死ぬんだって、本気で諦めかけた」
当時の恐怖が蘇り、白煙くんの頭の煙がカタカタと激しく震え出す。
「その時、燃え盛る炎を大量の水で割って、僕のところに駆けつけてくれたのが……君のパパとママだったんだ。僕を強く抱きしめて、外の安全な場所まで運んでくれた。あの時、お二人がヴィランの追跡を捨ててでも僕を救ってくれなかったら、僕は今、ここにいない。……だから、ずっとお礼が言いたかったんだ。君のご両親は、本当に素晴らしいヒーローだったって」
白煙くんが涙を浮かべながら紡いだ感謝の言葉。
しかし、その純粋な言葉を受け止めた洸汰くんの小さな身体は、怒りと悲しみで激しく打ち震えた。
「――うるさいッ!!!!」
洸汰くんの絶叫が、静かな夜の森に響き渡る。その目からは、大粒の涙がボロボロと溢れ出していた。
「お礼なんて言うな! ヒーローが素晴らしいなんて言うな! お前を助けたせいで……! お前を助けるためにヴィランを逃がしたから、パパとママは2年前にあのヴィランに殺されたんだ!!」
洸汰くんは白煙くんの胸ぐらを小さな手で掴み、怒りをぶつけるように激しく声を荒らげる。
「ウォーターホースは、お前を助けて、僕のことは置いていったんだ!! ヒーローだなんだって周りに褒められて、死んで、僕の前からいなくなった!! そんなの、ただの見栄っ張りだろ!!」
それは、ヒーローという存在に対する怒りではなく、大好きな親を奪われた子供の、痛切な悲鳴だった。
「僕は……っ、僕はヒーローの息子なんかじゃなくて、ただ、パパとママに会いたいだけなのに……!! なんで死んじゃったんだよおぉぉおおおッ!!!」
「洸汰くん……」
白煙くんは何も言えず、ただその言葉を胸に突き刺す。緑谷くんも、そのあまりにも深い傷跡に言葉を失っていた。
「出てけ……っ! ヒーローの信者も、助けられたお前も……全員大嫌いだ!! 僕の秘密基地から出てけぇぇえええええッ!!!!」
洸汰くんに強く突き放され、二人はそれ以上言葉をかけることができず、重い足取りで秘密基地を後にするしかなかった。
自分を救ってくれた光の裏側には、残された子供の底知れない闇と涙があった。思わぬ過去の因縁を突きつけられた白煙くんは、夜風に吹かれながら、ただ静かに、自らのヒーローとしての在り方を問い直すのだった。
『合宿、3日目』
地獄の個性伸ばし特訓は、さらに苛烈さを増していく。
特に赤点補習組の切島くん、上鳴くん、芦戸ちゃん、砂藤くん、瀬呂くん、尾白くん、峰田くんの7人は、深夜2時まで相澤先生の容赦ない座学補習を受けさせられ、わずか数時間の睡眠で朝7時から特訓開始という、まさに精神と肉体の限界に叩き込まれていた。
「目が……目が開かない……」
立ったまま白目を剥いている上鳴くんたちを、相澤先生は「寝るな。動け。ヴィランは睡眠時間を考慮して襲ってくれないぞ」と、叱り飛ばしながら自らも目まぐるしく動き回っていた。
そんな中、白煙くんだけは広場から少し離れた岩場へと呼び出されていた。
「白煙。お前は今日から別メニューだ」
相澤先生が気怠げに、しかし鋭い眼光を白煙くんに向ける。
「お前はバックドラフト事務所での経験もあり、基礎値は高い。だが、現状は『器用貧乏』だ。ここからさらに上の壁をぶち破るため、明確な**『必殺技』**を構築しろ」
「ひゃ、必殺技ですかっ!?」
白煙くんの頭の煙が驚きでポワンと跳ね上がる。
「そうだ。体育祭の時に爆豪を相手に見せた、あの高密度に圧縮した煙。そして一昨日、風呂場で峰田を締め上げた……あの『頭の煙を拳や縄の形状にして、物理的な質量を持って叩き伏せるアレ』だ」
相澤先生の指摘に、白煙くんはハッとした。
「あ、あれですね……! あの時は必死で、咄嗟に煙の密度をギチギチに固めて動かしたんです」
「ああ。あれをお前の最大火力の必殺技として、いつでも、より強固に、より正確に発動できるように型を固定する。同時に――」
相澤先生はふぅ、と小さくため息をつき、クリップボードに目を落とした。
「形から入るのも大事だ。技に威厳を持たせるため、**『必殺技の名前』**もここで一緒に考えろ」
「ええっ!? 名前ですか!?」
白煙くんは途端に冷や汗を流し始めた。実は白煙くん、戦闘やレスキューのセンスは抜群なのだが、ネーミングセンスに関しては絶望的だった。
「う、うーん……煙を固めて、殴るから……『スモーク・ハード・パンチ』とか……? いや、煙を伸ばすから『ウルトラ・スモーク・ロープ』……?」
ダサい。あまりにもストレートすぎて、響きが致命的にダサい。頭の煙が困惑でぐにゃぐにゃと情けない形に変形していく。
「……プロヒーローたるもの、技名一つで敵(ヴィラン)を威圧し、市民に安心感を与えるものでなければならん」
相澤先生がもっともらしい顔で腕を組む。
「よし、俺が考えてやる。……『煙・固・拳(えん・こ・けん)』」
(もっとダサくなったーーー!!?)
白煙くんは思わず心の中で絶叫した。
そうなのだ。目の前にいる担任の相澤先生(イレイザー・ヘッド)は、かつてみんなが教室でキラキラしたヒーロー名を決めている時に「めんどくさいから」と不参加を決め込み、自身のヒーロー名すらプレゼント・マイクに丸投げして適当に決められた、同じくネーミングセンス皆無の大人だった。
「先生、それだとちょっと、昔の特撮ヒーローみたいです……!」
「贅沢を言うな。シンプル・イズ・ベストだ」
「うぅ……! 透ちゃん助けて……!!」
ネーミングセンスゼロの美少年ヒーローの卵と、ネーミングセンス皆無の合理主義プロヒーロー。
地獄の特訓場で、二人の男が「必殺技の名前」という、かつてない強敵を前にして頭の煙をこれでもかと捻り合わせるのだった。
どうすんのコレ!?
結局、必殺技の名前は「もっとまともな名前を捻り出せ」という相澤先生の通告により、あえなく保留となった。
過酷な特訓の後の夕飯を終え、夜のお楽しみである「肝試し」の時間がやってくる。
プッシーキャッツの面々からルールの説明があり、驚かす側がB組、驚かされる側がA組で、2人1組のペアで森を進むことになった。
厳正なるくじ引きの結果、ペアが次々と決定していく。
障子くん・常闇くんペア
爆豪くん・轟くんペア
八百万さん・耳郎さんペア
麗日さん・梅雨ちゃんペア
飯田くん・口田くんペア
そして――
「やったぁ! エンちゃんと一緒だぁ!」
「あ、うん……! よろしくね、透ちゃん」
白煙くんと透ちゃんのペアが決定した。
ちなみに残った緑谷くんは、あぶれて見事ひとりぼっち(後に洸汰くんの様子を見に行くことになる)である。
肝試しがスタートし、障子くん・常闇くんペア、爆豪くん・轟くんペアが出発。3番手として真っ暗な森へと足を踏み入れた白煙くんと透ちゃん。
「う、うぅぅ……怖いよぉ……! 絶対に、絶対に手を離しちゃダメだよエンちゃん!!!!」
「う、うん……! 離さないけど……ちょっと、近い、かな……っ?」
プールの一件以来、お互いを意識しまくっていた二人だったが、極限の恐怖に直面した透ちゃんはそんな恥ずかしさも吹き飛んでいた。白煙くんの腕をこれでもかと力一杯に抱きしめ、文字通りぴったりと密着している。
火事のトラウマを乗り越え、バックドラフト事務所でガチの暗闇レスキュー訓練を積んできた白煙くん自身は、この手の「演出されたお化け」への恐怖耐性はかなり高かった。
しかし、別の意味での限界が秒読みだった。
(す、すっごくいい香りがする……! それに……な、なんか、柔らかいものがずっと腕に当たってます透ちゃん……!! 気づいて透ちゃんお願いだから気づいてぇぇええ!!)
見えないからこそ、その柔らかい感触と甘い香りがダイレクトに脳内を直撃する。白煙くんの頭の煙は、暗闇の中でもハッキリ分かるほどボンボヤとピンク色に大爆発していた。
その時、地面からB組の女子(トカゲちゃん)が個性の『トカゲの尻尾切り』で頭だけをニュッと生やして現れた。
「うらめしや~ん!」
「「きゃあああああああああああああーーーー!!!!」」
あまりのタイミングに、普段は冷静な白煙くんも、恐怖MAXの透ちゃんも同時に大悲鳴!
「怖いぃぃぃ!」と透ちゃんが白煙くんの胸に飛び込み、パニックになった白煙くんも「透ちゃん危ない!」と、お互いを全力でギュッと抱きしめ合ったまま、ものすごいスピードで森の奥へと逃げ去っていった。
驚かしたはずのB組トカゲちゃんは、宙に浮いた頭のまま、二人の残した猛烈に甘酸っぱい空気を見送る。
「……何これ。驚かせたっていうか、ただのイチャイチャを見せつけられただけじゃん……なんか私、ものすごく負けた気分なんだけど……」
二人がそんな風にドタバタと森を駆け抜けていた、その直後だった。
森の奥から、嗅いだだけで意識が遠のくような、不気味で禍々しい紫色の『毒ガス』が急速に立ち込め始める。
それと同時に、合宿所の空気を引き裂くような爆音と不穏な気配。
平和な肝試しは一瞬にして崩壊した。
ついに、悪意の塊――『ヴィラン連合』が、白煙くんたちのいる林間合宿所へと襲来したのだった。