「――待って、透ちゃん。息を吸っちゃダメだ!」
異変に最初に気づいたのは、誰よりも煙に敏感な白煙くんだった。
森の奥から流れてくる不気味な紫色の煙。それが単なる演出ではなく、吸えば一発で意識を刈り取る凶悪な『毒ガス』であると、彼の本能が瞬時に告げていた。
「ごほっ……くっ、煙吸収……ッ!」
白煙くんは透ちゃんを背中に庇うと、迫り来る毒ガスを猛烈な勢いで胸へと吸い込み始めた。しかし、あまりにもガスが濃く、量も多すぎる。フィルター役である白煙くんの体でも、これだけの広範囲の毒を一人で処理しきるのは不可能だった。
「このままじゃ全滅しちゃう……! 透ちゃん、僕から離れないで!」
白煙くんは意を決して透ちゃんをギュッと抱きしめると、自身の個性の『白い煙』をドーム状に展開した。白煙くんが全力でコントロールする白い煙の内側だけは、外の毒ガスが一切侵入できない完璧なセーフティゾーンになる。
「エンちゃん、後ろにもみんなが……!」
「分かってる! 引き返すよ!」
白煙くんは透ちゃんを抱えたまま、白い煙のバリアを維持して全速力で来た道を戻った。
視界の悪い中、先ほど驚かせてきたB組のトカゲさん、そして後発組だったA組の八百万さんと耳郎さんを発見する。3人は突然の毒ガスに喉をかきむしり、意識を失いかけていた。
「みんな、僕の煙の中に入って!!」
白煙くんが煙の膜を広げて3人を包み込むと、クリーンな空気に触れた耳郎さんたちが「げほっ、ごほっ! ……た、助かった……!?」と激しく咳き込みながら息を吹き返した。
状況を瞬時に理解した八百万さんの目が、鋭く光る。
「これは……ヴィランによるガス攻撃ですわね! 白煙さん、そのまま煙の維持をお願いします! ――『創造』!!」
八百万さんは自身の脂質を消費し、瞬時に人数分の本格的なガスマスクを作り出した。
「トカゲさん、葉隠さん、耳郎さん! これを装着してください!」
「ありがとヤオモモ、死ぬかと思ったわ……!」
「恩に着るよ、八百万!」
マスクを装着し、ようやく全員が自力で呼吸を確保することに成功する。
白煙くんは煙をコントロールしながら、真剣なプロの顔でみんなに指示を出した。
「この先には、障子くん、常闇くん、轟くん、爆豪くんが先行して進んでいるはずだ。彼らはまだマスクを持っていない! 僕と透ちゃんで、急いでみんなの分のマスクを届けに行くよ!」
「分かったわ、白煙さん! 予備のガスマスクです、持っていって!」
八百万さんからさらに4人分のガスマスクを受け取る白煙くんと透ちゃん。
「八百万さん、耳郎さん、トカゲさんは、後ろにいる麗日さんと梅雨ちゃんをお願い! 彼女たちもまだガスの危険に晒されているはずだ!」
「ええ、任せてちょうだい! お互い、絶対に無事で合流しましょう!」
二手に分かれた『チーム放課後』とその仲間たち。
白煙くんと透ちゃんは、ガスマスクを強く握り締め、炎と煙が上がり始めた地獄の森のさらに奥深く――クラスメイトたちが待つ最前線へと、迷うことなく突き進んでいくのだった。
「みんな、無事でいて……!」
白煙くんと透ちゃんは、八百万さんから託されたガスマスクを抱え、毒ガスが渦巻く不気味な森を猛スピードで駆け抜けていた。白煙くんが周囲のガスを必死に吸引・濾過しながら道を切り開き、ついに前方を走る二人の影を捉える。
「爆豪くん! 轟くん!」
「あァ!? 白煙と葉隠か!」
「これを使って! 八百万さんが作ったガスマスク!」
白煙くんと透ちゃんの手から放たれたマスクを、二人は瞬時に装着する。「助かる」と轟くんが息を整え、爆豪くんはチッと舌打ちしながらも、戦闘態勢を崩さずに前方の闇を睨み据えた。
しかし、合宿所を包み込む悪意は、彼らの場所だけにとどまらなかった。
同じ時刻、林間合宿所のあらゆる場所で、凄惨な同時多発戦闘の火蓋が切って落とされていた。
同時刻――森の奥深く
「肉……肉を、見せておくれ……!」
歯歯歯、と不気味な金属音を鳴らしながら、無数の刃の義歯を伸縮させて襲いかかる死刑囚ヴィラン・ムーンフィッシュ。
その凶刃から常闇くんを庇った瞬間、障子くんの『複製腕』の一本が鮮血とともに無残に切り飛ばされた。
「ぐっ……!?」
「障子……!!」
大切な仲間の負傷、そして自身の恐怖と周囲の圧倒的な『闇』がトリガーとなり、常闇くんの内部で制御不能となった『ダークシャドウ』が、敵味方の区別を失った巨大な怪物へと暴走を始める。
「オオオオオオッ!! 壊すッ! 全てをッ!!」
同時刻――裏山の秘密基地
「お前かぁ……。あのウォーターホースを殺した時、俺の左目を奪った『生意気な二人組』が遺したガキっていうのは!」
洸汰くんの前に立ち塞がったのは、巨大な筋肉の繊維を身体中に纏った狂気のヴィラン・マスキュラー。その顔を見て、洸汰くんは恐怖に身体を硬直させる。5年前、そして2年前。自分の大切なすべてを奪った元凶が、いま目の前にいる。
「ひぃ……パパ……ママ……!!」
「洸汰くん、僕の後ろへ!!」
間一髪で駆けつけた緑谷くんが、ボロボロになりながらも『ワン・フォー・オール』の光を身に纏い、圧倒的な体格差の怪物へと拳を構えた。
同時刻――森の開けた場所
「ねえ、あなたたち、とっても可愛い。特にそっちのケロケロした女の子、私、もっと仲良くなりたいな!」
麗日さんと梅雨ちゃんの前に現れたのは、セーラー服を着た狂気の少女・トガヒミコ。
その手には、異様な形の注射器と鋭利なナイフが握られている。梅雨ちゃんは麗日さんを背中に庇いながら、長い舌を構えて鋭い視線を向けた。
「梅雨ちゃん……!」
「ケロ。気をつけなさい、麗日ちゃん。この子、目が普通じゃないわ……!」
同時刻――開墾広場
「ヒーロー気取りのガキどもと、偽物のプロ共が。ステインの意志のもと、ここで粛清してやる」
「ステイン……あの狂気に当てられた者たちか!!」
大きな大刀を構えたスピナーと、巨大な磁石を持つマグネが、プッシーキャッツの面々、そして飯田くん、口田くんの前に立ち塞がる。飯田くんはクラス委員長として口田くんを守るように前に出、激しいエンジン音を響かせた。
同時刻――施設近くの森
「さすがプロヒーロー、合理的で無駄のない動きだ。……だが、どれだけお前たちが足掻こうと、この計画は止まらない」
青い業火を両手から吹き荒らすヴィラン・荼毘。
その前に立つ相澤先生は、前髪を跳ね上げ、赤く光る眼で荼毘の『個性』を消去しながら、捕縛布を鋭くしならせた。
「生徒たちには指一本触れさせん……!」
同時刻――毒ガスの立ち込める森の境界
「B組の皆さん! これを装着してくださいまし!!」
八百万さんの凛とした声が、紫色の毒ガスが渦巻く闇を切り裂いた。
彼女が『創造』した無数のガスマスクを、耳郎さんとB組のトカゲさんが手分けして、周囲で倒れかけていたB組のメンバーへと必死に配り歩く。
「げほっ、ごほっ……! 助かった、八百万……!」
マスクをひったくるように装着し、激しく咳き込みながら立ち上がったのは拳藤さんだ。彼女のすぐ隣では、鉄哲くんがすでに個性の『スティール』で全身を鋼鉄化させ、ガスの影響を最小限に抑えようと息を荒らげていた。
「恩に着るぜ、A組ィ!! この卑劣な霧の元凶はどこのどいつだぁ!?」
「鉄哲、落ち着いて! 息を整えるのが先よ!」
拳藤さんが大拳化した手で鉄哲くんの肩を叩き、周囲の状況を鋭く睨む。
さらに奥では、塩崎さんが『ツルヒゲ』の個性を盾のように周囲に張り巡らせ、ガスを寄せ付けまいと祈るように身を包んでいたが、耳郎さんから手渡されたマスクを素早く装着し、ホッと胸をなでおろした。
「主の御加護かと思いました……感謝いたします、A組の友よ」
「塩崎さんも無事でよかった! 骨抜くんも、小大さんも、みんな早くこれを!」
トカゲさんが手際よく残りのマスクをB組のクラスメイトたちへ手渡していく。八百万さんの迅速な『創造』と、白煙くんが最初に毒ガスのルートを押し戻して時間を稼いだおかげで、B組の主力メンバーたちは全滅の危機を間一髪で免れることができた。
「拳藤さん! ガスはまだ発生し続けていますわ。おそらく、この森のどこかに能力者がいます!」
ガスマスク越しに八百万さんが緊迫した声を上げる。
「分かった、元凶を叩けばこの霧は晴れるな! 鉄哲、行くぞ! A組にこれ以上負担はかけさせない!」
「応よォ!! 待ち伏せしやがったヴィランども、全員まとめて鉄拳制裁だァ!!」
拳藤さんと鉄哲くんを筆頭に、息を吹き返したB組の猛者たちが、反撃の狼煙を上げるべく毒ガスの深部へと駆け出していく。
それぞれの場所で、それぞれのヒーローたちが、大切な仲間を守るために牙を剥き始めていた。
読みにくくてごめんなさい
書いていてもややこしいです