暗黒英雄誕生 黒煙
パトカーの赤色灯と救急車のサイレンが、闇に包まれた林間合宿所を不気味に照らし出す。
通報を受けて駆けつけた警察、消防、救急。その緊迫した空気の中、一際血相を変えて現れたのは、急報を聞きつけ現場へと急行したバックドラフトとサイドキックの面々だった。
「白煙は……! うちの薫はどこだ!?」
声を荒らげるバックドラフトの前に、泣き崩れる透ちゃんが障子くんに支えられながら姿を現した。
「バックドラフトさん……っ、エンちゃんが……エンちゃんが私を、みんなを守るために、ヴィランのワープに入っちゃったの……!! 自分の意志で、身代わりになって連れて行かれちゃったのぉ!!」
「なん……だと…………っ」
ガスマスクを外し、涙をボロボロと流しながら激しく泣き叫ぶ透ちゃん。その悲痛な叫びを聞いた瞬間、バックドラフトとサイドキックたちは、言葉を失い呆然と立ち尽くすしかなかった。プロの現場を共にした、あの優秀で、誰よりも優しかった愛弟子が、ヴィランの手に落ちた。その過酷な現実が、彼らの胸に重く突き刺さる。
夜が明け、警察から発表された被害状況は、雄英高校始まって以来の凄惨なものだった。
マスタードの毒ガスにより、B組の15名が意識不明。マスキュラーや脳無の暴動による重傷者は11名。無傷で済んだのはわずか13名。そして緑谷出久は、全身の骨を砕くほどの重体。
捕らえたヴィランはマスキュラー、マスタード、ムーンフィッシュの3名。その他は一切の痕跡を残さず消え去った。
そして最悪の報せ――行方不明者、3名。
ラグドール、爆豪勝己、そして、白煙薫。
翌日――雄英高校・校長室前
重苦しい空気の走る雄英高校の校舎に、カツカツと硬い足音が響き渡る。
現れたのは、いつもの防火服ではなく、完全に実戦を想定した重装備の「武装」に身を包んだバックドラフト、そして同じく武器を携えたサイドキックたちだった。その眼には、怒りと焦燥の炎がギラギラと燃え盛っている。
「「「―――――――ッッッ」」」
「バック、ドラフト……」
彼らを迎えたのは、根津校長、ミッドナイト、プレゼント・マイク、スナイプ、そしてオールマイト。
雄英のトップヒーローたちが並ぶその場は、一触即発、戦闘勃発寸前の恐ろしい静寂に包まれていた。
その中央で、顔を大きく腫らした相澤先生が静かに立っていた。
実は昨晩、合宿所から戻った直後、相澤はバックドラフトから顔の形が変わるほどの烈火の鉄拳を食らっていた。それでも相澤は、「生徒を守れなかったのは俺の責任だ」と、一切の抵抗も言い訳もせず、その拳を受け止めていたのだ。
「いい加減にしろよ、雄英……!!」
静寂を破り、バックドラフトの地を這うような怒号が校長室に響き渡った。
「今回の合宿地を知っていたのは、お前たち雄英の人間と、プッシーキャッツだけだったはずだ! 場所を移動したプロの山岳救助隊が、あっさりとヴィラン連合の急襲を受けるわけがねえ!!」
「……ぐっ」
バックドラフトは一歩前に出、オールマイトの胸ぐらを掴んで詰め寄る。
「襲撃された時の相澤、そしてブラドの防衛の動きは明らかに後手に回っていた! 動揺していた! 場所が割れていたからだ!! 認めろ雄英、お前たちの身内に……いや、違うな!!」
バックドラフトの鋭い眼光が、校長たちを射抜く。
「あの状況で、確実に狙いを定めて爆豪を拉致し、白煙が1番仲が良い『葉隠透』まで正確に把握して交渉のカードに使いやがった! 内部事情が筒抜けなんだよ!! ――内通者がいるんだろ!! それも、A組かB組の、生徒の中にだ!!!!」
「「――――ッッッ!?!?!?」」
その言葉に、ミッドナイトやプレゼント・マイクの顔が引き攣る。オールマイトも悲痛に拳を握りしめた。
生徒を疑いたくない――だが、バックドラフトの指摘は、プロの戦術的観点から見てあまりにも正論であり、合理的すぎた。
「我が校の大切な生徒が拐われたのだ、君たちの怒りは最もだ。しかし、生徒を疑うのは――」
根津校長が沈痛な面持ちで語りかけようとするが、バックドラフトの怒りは収まらない。
「生徒だからって庇って、真実から目を背けるんじゃねえ!! 仲間を売ったクソガキが紛れ込んでいるかもしれない場所に、爆豪やうちの薫の命が懸かってるんだぞ!! 雄英が動かねえなら、俺たちが独自に動かせてもらう!!」
信頼していた雄英への怒りと不信感。身内に潜むかもしれない裏切り者の影。
爆豪と白煙を奪われただけでなく、組織としての根幹を揺るがされた雄英高校は、今、創立以来「最大の危機」を迎えていた。
ヴィラン連合のアジト。薄暗い空間に、テレビの液晶画面から放たれる青白い光が不気味に揺れていた。
画面の向こうでは、メディアによる雄英高校への苛烈なバッシングが繰り広げられている。コメンテーターたちが「管理不足」「ヒーローの傲慢」と公共放送で容赦ない悪口を流し、新聞の紙面には『雄英失墜』の文字が躍る。SNSを開けば、かつての最高峰への誹謗中傷の嵐がタイムラインを埋め尽くしていた。
その時、画面が切り替わり、街頭インタビューに立つ幼い姉妹の姿が映し出された。かつて火災現場で、白煙くんに命を救われた子供たちだ。彼女たちは泣きじゃくりながら、テレビカメラに向かって必死に訴えかけていた。
『お兄ちゃんを、白煙お兄ちゃんを返して……!』
「爆豪、くん……」
縛り付けられた椅子の上で、その画面を見つめていた白煙くんが、掠れた声で呟く。
「白煙、テメェ!!!!」
その瞬間、隣に拘束されていた爆豪くんが、過去最大級の怒りで咆哮した。その両目は血走り、全身の筋肉を爆発させんばかりに怒張させている。
「誰がテメェらの手にかかって守られてやったと思ってんだ!! 舐めんじゃねえぞクソがぁ!! ヒーローがヴィランの言いなりになってんじゃねえよォ!!」
白煙くんは何も言えず、ただ深く、深く俯くことしかできなかった。自分の選択が、爆豪くんのプライドをどれほど傷つけたか分かっている。それでも、あの場はそうするしかなかったのだ。
激昂する爆豪くんの前に、黒いモヤがすっと立ち塞がる。
「静かにしなさい、爆豪勝己。彼は仲間たちの命を救うために、自らの意志で我々に身を預けたのです。彼への侮辱発言は、この私が許しません」
「黒霧。……ずいぶんと嬉しそうだな」
カウンターの奥から、首に無数の「手」を纏った男、死柄木弔が不愉快そうに声を漏らした。
「ええ。死柄木弔。貴方が白煙少年を、そのヒーロー然とした在り方を嫌っているのは重々承知しています。しかし、彼の『煙』の力、そしてその高い基礎能力は、今後の我々の素晴らしいサポートになります。私が一から、彼を教育(調教)します」
「……フン、好きにしろ。何したって、どうせ俺たちはヴィランだもんな」
死柄木は興味を失ったように首を掻きむしり、グラスに手を伸ばした。
「では、私はこれで。白煙少年、行きましょう」
「爆豪、くん……!?」
「白煙!!!!待ちやがれクソがぁ!!」
爆豪くんの絶叫がアジトに響き渡るが、黒霧のワープゲートは無慈悲に白煙くんの身体を飲み込み、一瞬にして別の空間へと転移させた。
視界が開けた場所は、アジトの喧騒とは隔絶された、静かで清潔な一室だった。
「ここは私のプライベートな部屋。死柄木弔はおろか、……『先生』も知りません」
「…………先生?」
白煙くんは、その不穏な単語に眉をひそめる。
「ふふ、つまらない独り言です。忘れてください。それよりも白煙少年――いえ、貴方はこれから、**『黒煙(こくえん)』**と名乗ってください」
「なっ……何を……っ、うわあああああ!?!?」
黒霧の言葉に反論しようとした、ほんの一瞬の隙だった。
背後から伸びてきた黒いモヤの腕が、白煙くんの首筋を冷酷に固定する。そして、鋭い注射針が、容赦なく彼の肌へと突き刺された。
シリンダーから注入されたのは、裏社会で流通する個性の強制変異・暴走薬――『トリガー』。
「が、はっ……あ、熱い……! 頭が、割れる……っ!!」
白煙くんは床に倒れ込み、激しくのたうち回った。
薬物が脳へと達した瞬間、彼の純粋だった心が、どろりとした邪悪な闇に染め上げられていく。透ちゃんの笑顔、障子くんの頼もしさ、梅雨ちゃんの優しさ、バックドラフトの背中――守りたかった大切な記憶が、黒い悪意によって塗り潰されていく。
「あ、あああ、あぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
苦悶の叫びと共に、彼の頭部から噴き出した煙は、もはや美しい白ではなかった。
それは光を一切通さない、禍々しくドス黒い、底なしの『黒煙』。
やがて絶叫が止み、静まり返った部屋の中で、その少年はゆっくりと立ち上がった。
衣服は黒霧のモヤと同調するように闇に染まり、頭部から立ち上る黒煙は、まるで主である黒霧の姿と瓜二つのシルエットを形成している。
「……御指示を、黒霧様」
感情の消え失せた、冷徹な声。
雄英の希望であり、チーム放課後の光だった美少年の面影はそこにはない。
ヴィラン連合の新たな狂気、ヴィランコード**『黒煙』**が、今、最悪の形で誕生してしまった。
黒煙
白煙薫が特別製トリガーによって闇堕ちした姿
見た目は黒霧と全く同じ姿