病院――緑谷出久の病室
林間合宿の惨劇から数日。病院の病室には、全身に包帯を巻かれ重体で入院している緑谷くんの姿があった。
そして、爆豪くんと白煙くんはいまだ行方不明のまま――。
しかし、絶望の中に一つの光があった。八百万さんが脳無に発信器をつけていたのだ。「救うチャンスはある」と切島くんが、悔しさと焦燥に駆られて声を荒らげる。
「今すぐ救いに行くべきだ!!」
その言葉に、いつもは冷静な轟くんも「俺も行く」と静かに、しかし確固たる決意で参戦を表明した。
「待て、いい加減にしろ……!!」
激昂したのは飯田くんだった。
「ヒーロー殺し(ステイン)の時、暴走した俺を命懸けで止めてくれたのは誰だった!? 緑谷くんだろう、轟くんだろう!! なぜ今、君たちが同じ過ちを犯そうとしているんだ!!」
かつて私怨で暴走した自分と、今まさに友を救うために暴走しようとする二人。立場が完全に「逆」になった状況に、飯田くんは悔し涙を流しながら叫ぶ。
クラスの意見は完全にバラバラだった。
「俺は助けたいけどヴィランだらけのところはヤバいし……な、なぁ、砂藤?」
「お、俺に聞くなよ……まあ、俺も同じ考えだ、うん……常闇は?」
「……黙秘する」
上鳴くんや砂藤くんは中途半端に戸惑い、常闇くんはあの夜ダークシャドウの暴走を白煙くんに命懸けで止められた身として、これ以上意見を口にできなかった。
「くそっ……」
「……どーっすかね。こりゃあ、正解の無い宿題だ……」
尾白くんは自らの無力さに俯き、瀬呂くんは普段のような軽いノリが発揮されない。
「……ッッ☆」
「……みんな、怖い」
「な、なぁ、ガチな空気やめろって……!!」
青山くんは恐怖で顔面蒼白になり、口田くんは部屋を満たす重い空気に怯え、峰田くんはその張り詰めた空気に耐えきれずに空元気に荒れている。
「……私は反対。これ以上みんなが傷つくのは嫌」
「……私も」
麗日さんが悲痛な声を上げ、芦戸さんもそれに同意する。そして、共に戦った耳郎さんは、あの脳無の一撃にやられて別の病室でいまだ入院中だった。
同時刻――病院の別室
しかし、その激論の場に「チーム放課後」の姿はなかった。彼女たちは別の場所に集められていた。
「エンちゃん……エンちゃん……っ」
透ちゃんは、あの日からずっと涙が枯れることもなく、激しく泣き続けていた。梅雨ちゃんも大きな目に涙をいっぱいに溜め、今にも泣き出しそうだ。障子くんは、切り落とされ救急搬送後に治療を受けた『複製腕』の包帯の上から、自らの拳を血が滲むほど強く握り締めていた。
そんな3人を囲むように立っていたのは、プロヒーロー・バックドラフト、そして武装を解いていない彼のサイドキックたちだった。
「大丈夫だからね、葉隠ちゃん……っ」
女性サイドキックのチームアルファが、過呼吸になりそうな透ちゃんを壊れ物を扱うように優しく抱きしめる。
「……辛いわね」と声を震わせる梅雨ちゃんを、チームベータがそっと肩を叩いて慰める。
「白煙……クソッ……!!」と今にも壁を殴りそうな障子くんの身体を、チームガンマの男たちが「落ち着け、障子」と必死に抑え込んでいた。
その中心で、バックドラフトは誰よりも静かに、そして誰よりも深く、悍ましいほどの怒りを滾らせていた。
「……雄英高校は、もう信用しない」
低く、冷徹な声が室内に響く。バックドラフトのその言葉に、透ちゃんたちがハッと顔を上げた。
「これだけ事情が筒抜けで、内通者の特定すらできず、挙句の果てには生徒をヴィランに引き渡した。あいつらは、お前たちの命を守る義務を放棄したんだ。警察の捜査を待つつもりも、雄英の足並みに合わせるつもりも、俺には毛頭ない」
バックドラフトは、腰に携えた実戦用のハイドロ装備をカチリと鳴らした。
「俺たちバックドラフト事務所は、今日限りで『プロヒーロー』のライセンスを捨てる。……だが、決してヴィランになるわけじゃない。法を外れ、闇に潜み、悪を討つ――**『ヴィジランテ(非合法ヒーロー)』**だ」
バックドラフトの鋭い眼光が、涙に濡れる3人の若きヒーローの卵たちを見据える。
「インビジブルガール。フロッピー。テンタコル。……お前たちの『チーム放課後』の絆は、そんなに簡単に壊れるものか?」
「……ううん! 壊れない、絶対壊れない……!!」
透ちゃんが涙を拭い、見えない瞳に強い光を宿して立ち上がった。梅雨ちゃんも力強く頷き、障子くんの身体から悔し涙の震えが消え、冷徹な闘志へと変わる。
「よく言った。――これより我がバックドラフト私設部隊は、ヴィラン連合を強襲する。雄英の爆豪救出作戦など知ったことか。俺たちの目的はただ一つ……」
バックドラフトが前方を指差し、叫ぶ。
「俺たちの家族、白煙薫を、絶対にこの手で救い出すぞ!!!!」
「「「おおおおおッ!!!!」」」
プロの看板を捨て、法を捨て、ただ一人の少年を闇から連れ戻すため。
もう一つの『チーム放課後』の、命を懸けた非合法な奪還作戦が、雄英の知らないところで静かに火蓋を切ろうとしていた。
幕間――深夜の雄英高校の片隅
誰もいない、月明かりすら届かない薄暗い洗面所。
ぽつり、ぽつりと、蛇口から落ちる水滴の音だけが響く静寂の中、一人の生徒が鏡の前で激しく震えていた。
水をすくおうとした両手は、まるで重い罪の枷をはめられたかのようにガタガタと止まらない。
「……場所を……教えた、だけなんだ……」
血が滲むほどに自分の腕を強くかきむしりながら、生徒は喉の奥から押し殺した声を漏らす。
「あんなことに……あんなことになるなんて、思わなかったんだ……! 毒ガスでみんなが倒れて、爆豪くんが拐われて……それに、あの優しい白煙くんまで、身代わりになってヴィランの闇に消えちゃった……っ」
脳裏に焼き付いて離れないのは、あの日、自分を信じて笑いかけてくれた仲間たちの顔。
そして翌日、武装して雄英に乗り込んできたバックドラフトたちの、血を吐くような怒号が盗聴器から聞こえてきた。
『内通者は、A組かB組の、生徒の中にだ!!!!』
あの言葉が、まるで鋭利なナイフのように生徒の胸を今も滅多刺しにし続けている。
みんなが傷つき、泣き叫び、仲間の絆がバラバラに引き裂かれていく。その地獄の引き金を引いたのは、他でもない、この自分だった。
「ごめん……ごめん、ごめん、ごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめん……っ!!」
溢れ出す涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、生徒は鏡に映る自分の影に向かって、届くはずのない懺悔を何度も、何度も狂ったように繰り返す。
どれだけ言い訳を並べようと、どれだけ涙を流そうと、奪われた仲間は戻らない。
失われた信頼も、親友たちの笑顔も、二度と元には戻せない。
「……あは、あはは……っ」
涙の隙間から、ひび割れたような自嘲の笑いが漏れる。
「ヒーローになりたいなんて、よく言えたな……。仲間を売って、みんなを地獄に突き落として……」
生徒は鏡のなかの自分を、激しい嫌悪の眼で見つめ返した。
「やっぱり……最低の、ヴィランだ……」
その呟きは、誰に聞かれることもなく、深く昏い夜の闇へと溶けて消えていった。崩壊の足音が、すぐそこまで迫っていることも知らずに。
内通者はいったいどこのダレなんだろーな?(棒読み)