続いての種目は**「反復横跳び」**。
ここで驚異的な記録を出したのは、頭に紫色の房をつけた小柄な少年、峰田くんだった。
彼は頭から引き剥がした粘着性の玉――「個性:もぎもぎ」を地面の左右に設置すると、その間を驚異的なスピードで往復し始めた。玉の反発力を利用して、文字通り永遠に跳ね返っている。
「うわぁ……あんなのアリなんだ……!」
薫の顔の白い煙が、驚きで丸くパッと広がる。個性の発想次第でどうにでもなる雄英の洗礼を、薫は改めて実感していた。
そして、テストの目玉とも言える**「ボール投げ」**の時間がやってきた。
まずは麗日さん。
彼女が放り投げたボールは、「個性:無重力」によって重力を奪われ、落ちることなくどこまでも上昇していく。記録を表示する相澤先生の端末には、ついに**「∞(無限)」**の文字が浮かび上がり、クラス中が今日一番の歓声に包まれた。
(すごいな……! でも、僕だって……!)
薫の出番が来る。薫はボールを手に取ると、ふっと息を吸い込んだ。
そして、自分の右腕から手先、さらには握ったボールそのものを包み込むようにして、ブワッと濃い「煙」の塊を形成する。
(煙の浮力と上昇気流を使って、ボールの重さを落とす……!)
そのまま空へ向かって腕を振り抜くと、薫の手から放たれたボールは、白い煙の推進力を纏ってフワフワと浮き上がり、そのまま風に乗って雲まで飛んでいった。
「820メートル!」
「よっ、よし……っ!」
薫の顔の煙が、嬉しさのあまりぽわぽわと柔らかく波打つ。
(立ち幅跳びとボール投げ、この2つの種目で上位に食い込めた! これなら最下位での除籍候補にはならないはず、多分……! ありがとうボール投げ……っ!)
心の底からホッとした薫は、ふと隣のラインに立つ透ちゃんに目を向けた。彼女の個性を考えると、このボール投げもかなり厳しいはずだ。薫は相澤先生に見つからないよう、極力音を立てずに口元(煙)をすぼめ、小声で呼びかけた。
「は、葉隠さん……! 自分のペースで、思いっきり投げれば大丈夫だから……! がんばって……!」
姿は見えないけれど、透ちゃんの体操服がびくっと跳ね、それからどこかホッとしたようにふんわりと緩んだ。薫のひたむきな応援に少し安心したのか、彼女の動きに少し余裕が生まれる。
「うん、ありがと白煙くん! いっくよー!」と、元気よくボールを投げ込んだ。
そして、最後にマウンドに立ったのは緑谷くんだった。
彼は並々ならぬ決意を宿した目でボールを握り、全身に力を込める。今度こそ、あの入試の時の凄まじいパワーを全開にしようとした――その瞬間。
ふっと、緑谷くんの体からオーラが消え、投げたボールは普通の少年並みの記録(46メートル)でボテボテと落ちてしまった。
「個性を……使おうとした。確かに……」
唖然とする緑谷くんの前で、相澤先生の髪が逆立ち、目が不気味に赤く光っている。
「個性を消した。あの入試のような合理的でない出力をするなら、一回で行動不能になるぞ。誰がそんな怪我だけするヒーローを救い出す?」
相澤先生の個性は、見た人間の個性を抹消する「抹消」。
そして彼のプロヒーローとしての名は――『イレイザーヘッド』。
クラスメイトたちが「あ、あの抹消ヒーローか!」とざわつく中、薫は顔の白い煙をきゅっと縮こまらせ、心の中でそっと手を合わせた。
(み、緑谷くん、ごめん……! 僕、心の中でめちゃくちゃ謝るよ。だって……僕、そのイレイザーヘッドさんってヒーロー、全然知らないんだ……!)
薫が知っているヒーローといえば、不動のトップであるオールマイトと、自分が目指すレスキューヒーローの13号さんくらいだったのだ。
相澤先生の圧倒的な威圧感と、個性を封じられた緑谷くんの絶体絶命のピンチ。グラウンドの空気は、最高潮の緊張感に包まれていく――。
「お前はまだ、スタートラインにも立てていない」
相澤先生の冷徹な言葉を受け、緑谷くんはうつむいた。しかし、彼の瞳の奥の炎は消えていなかった。
再びサークルに立ち、ボールを握りしめる緑谷くん。その口元から、ぶつぶつと小さな呟きが漏れ出す。
「……まだ、動く。出力のコントロールができないなら……全体じゃなく、一点に……!」
そして緑谷くんが腕を振り抜いた瞬間――ドガァアアン!! と爆風のような風圧がグラウンドを吹き抜けた。
「うわぁっ!?」
風が天敵の薫は、顔の白い煙を激しく吹き飛ばされそうになりながら必死に踏みとどまる。
砂煙が収まった時、相澤先生の端末に表示された数値は**「705.3メートル」。
凄まじい記録を叩き出した緑谷くんだったが、その右手の人差し指だけが、赤黒くパンパンに腫れ上がって負傷していた**。
(ひ、人差し指一本だけに個性を集中させたんだ……! でも、めちゃくちゃ痛そう……!!)
薫の顔の煙が、恐怖で細かく波打つ。薫は個性「煙」のせいで物理攻撃をすべてすり抜けて生きてきたため、これほど痛々しい怪我の経験がほとんどない。見ているだけで自分の指まで痛くなってくるようだった。
その後、残りの種目である**「持久走」「上体起こし」「長座体前屈」**が行われた。
ここで大健闘したのが透ちゃんだ。
実は彼女、かなり身体が柔らかく、日頃から基礎体力を鍛えていたらしい。長座体前屈では驚異の数値を叩き出し、持久走もガッツで走りきって見事にクリアしていく。
しかし、薫にはどうしても気になることがあった。
(……あれ? でも、葉隠さんは『透明』なのに、どうやって上体起こしや前屈の回数を正確に測定したんだろう? 服の動きだけじゃミリ単位のズレは分からないはずじゃ……)
まさか、相澤先生の他にも誰か先生が隠れてチェックしているんじゃ――?
そう思って薫がふとグラウンドの隅の、校舎の物陰に目をやった、その時だった。
(……ん? 巨体の影……?)
物陰から、黄色いコスチュームを着たバカデカい男の人が、コソコソとこちらを覗き見ているのが見えた。金髪のツノのような前髪。間違いない、オールマイトだ。
オールマイトは薫と目が合う(煙の方向が向く)と、「ハッ! 見つかった!」と言わんばかりに、大慌てでサッと壁の裏に隠れた。
(あ、やっぱり! オールマイトが影から葉隠さんの測定チェックを手伝ってたんだ……!)
※もちろん実際は、オールマイトが緑谷くんを心配で見に来ていただけなのだが、薫は「透明な葉隠さんをサポートする特例措置」だと完全に勘違いしていた。
すべてのテストが終了し、相澤先生が順位表のホログラムを展開する。
最下位の名前を確認し、絶望に身を構える緑谷くんだったが、相澤先生の口から出たのは予想外の言葉だった。
「ちなみに除籍処分は嘘だ。君らの個性を最大限引き出すための合理的虚偽」
「「「ええええええーーーっ!?」」」
クラス中に驚愕の声が響く中、お嬢様風の女子生徒――八百万百さんが「少し考えれば分かることですわね……」と冷静に納得している。
しかし、テストが終わって緊張の糸が切れた薫、緑谷くん、透ちゃん、麗日さんの4人組は、グラウンドの端で頭(と制服の袖)を寄せ合い、こっそりとヒソヒソ話をしていた。
「……ねえ、みんな。八百万さんはあぁ言ってるけど……」
薫の顔の煙が、確信を込めて少し濃くなる。
「相澤先生、絶対に最初は本当に誰かを除籍させる目だったよね……?」
「う、うん……あの目は、本気の目だったよ……」
緑谷くんがガタガタ震えながら同意し、麗日さんも「うんうん、絶対そう! 脅しじゃなかったよぉ……」と激しく首を振る。
「怖かった〜! でも白煙くんが応援してくれたから頑張れたよ、ありがとね!」
透ちゃんの制服の袖が、薫の腕に嬉しそうにポンと触れた。薫の煙が照れたようにポッと丸くなる。
「それより緑谷くん、その指、早く保健室に行かないと……!」
「あ、あはは、そうだね。ちょっと、保健室のリカバリーガールのところに行ってくるよ……」
ズキズキと痛む指を押さえながらも、どこかやり切ったような笑顔を浮かべる緑谷くん。
初日から除籍の危機という大波乱だったが、痛みを分け合い、応援し合った4人の絆は、この個性把握テストを経てより一層、強固なものへと変わっていくのだった。
個性把握テストが終わり、すっかり夕方に染まった雄英高校の校舎前。
白煙くん、葉隠さん、麗日さんの3人は、カバンを手にして緑谷くんが出てくるのを待っていた。
「あ、みんな! 待たせてごめん……!」
保健室から走ってきた緑谷くんの手元を見て、3人は一斉に声を上げた。あんなに赤黒く腫れ上がっていた人差し指が、シワシワの白い包帯できれいに巻かれている。
「緑谷くん、指大丈夫!?」
「うん、リカバリーガールの『個性』で治してもらったんだ。少し気だるいけど、痛みはもう全然ないよ!」
「わぁ、やっぱりリカバリーガール先生ってすごい……!」
麗日さんと葉隠さんが胸をなでおろす中、白煙くんの顔の白い煙が、嬉しさと興奮でぽわぽわと上に向かって大きく上昇し始めた。
「お医者さんやリカバリーガール先生みたいな医療系のヒーローも、立派なレスキューヒーローだよね……! 誰かを直接救い出すのもかっこいいけど、傷ついた人を笑顔にするヒーローも、僕は本当に大好きなんだ!」
熱く語る白煙くんの頭上では、まるで入道雲のように白い煙がフワフワと高くなっている。
「ふふ、白煙くん、本当に分かりやすいなぁ。嬉しくなると煙が上に伸びるんだね」
緑谷くんがふんわりと笑うと、葉隠さんの制服の袖もクスクスと揺れた。
「ねー! 表情は見えないのに、今どんな気持ちか丸わかりで可愛い!」
「えっ、そ、そうかな……恥ずかしいな……」
照れた白煙くんの煙が、今度はきゅっと小さく縮こまる。
「みなさん! 待たせてしまったな!」
そこへ、教科書をきっちり抱えた飯田くんが大股で合流した。
「初日から除籍の危機という合理的な試練……! だが、全員で乗り越えられたことは実に喜ばしい!」
(やっぱり、めちゃくちゃ真面目な委員長タイプだなぁ)と、4人は顔を見合わせて微笑んだ。
帰り道を歩きながら、話題は明日の授業である『戦闘訓練』――そして、自分たちの**「ヒーローコスチューム」**の話へ。
「みんなはどんなコスチュームにしたの? 私はね、実用性を重視してちょっとタイトな感じなんだ!」
麗日さんが言うと、緑谷くんが少し顔を赤くしながらも、目を輝かせて手帳を取り出した。
「ぼ、僕はね、やっぱり幼い頃からの憧れを詰め込みたくて……やっぱり、オールマイトみたいな、一目で希望を与えられるようなデザインを意識したんだ!」
「オールマイト、かっこいいよね!」と葉隠さんが跳ねる。
「でも、燃え盛る炎を纏ったエンデヴァーのガツンとしたコスチュームも男らしくて捨てがたいよね!」
「いやいや! 機能美という点では、インゲニウム……ひいては僕の甲冑風スーツも負けてはいないぞ!」
飯田くんがいつものチョップを交えて熱弁する。
そんな中、白煙くんの顔の煙が再びぽわぽわと心地よさそうに揺れた。
「みんなのこだわり、すごく素敵だなぁ。僕のコスチュームもね、大好きなレスキューヒーロー・13号さんの宇宙服に負けないくらい、煙の特性を活かせる工夫をしてあるんだ。明日、みんなに見てもらうのが今から楽しみ!」
それぞれが抱く、ヒーローへの憧れとこだわり。
熱っぽく語り合うみんなの横顔を見ながら、緑谷くんは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
(……ああ、よかった。僕にも、こんな風に夢を語り合える、気が許せる友達ができたんだ……)
これまでは孤独な戦いばかりを想像していたけれど、この雄英には、一緒に前を向いて歩める仲間がいる。
夕日に照らされた長い影を5つ並べながら、少年少女たちは駅への道を歩いていく。
波乱に満ちた、けれど最高の、雄英高校第1日目が静かに幕を閉じた。