ご注意ください
念のためR15です
記念すべき50話がこのターニングポイントの話になるとは驚きです
「――ブラックシールド」
「――ブラックスマッシュ」
黒煙の放つドス黒い煙は、ある時は黒霧をあらゆる攻撃から守る鉄壁の盾となり、またある時は敵を容赦なく粉砕する凶悪な矛となる。
それはまさに、ワープの個性を補う「黒霧の盾」であり「黒霧の矛」。ヴィラン連合のサポート役として、これ以上ないほどに完璧な完成度だった。
「素晴らしい……! 実に素晴らしいクオリティだ、黒煙!」
あまりの相性の良さに、普段は冷静な黒霧が思わず歓喜の笑声を上げる。
「ふざけんじゃねえぞ、未来あるヒーローをそんな風に染め上げやがって……!!」
愛弟子の変わり果てた姿と、それを嘲笑うかのような黒霧の態度に、バックドラフトは怒髪天を突く勢いで激昂した。しかし、個性を最高出力を超えて引き出している黒煙の暴力は、非情にもヴィジランテたちを圧倒していく。
「ぐわっ!?」
「あ、ああっ……!?」
悲鳴と共に、命を懸けて突撃していたサイドキックたちが次々と漆黒の煙に巻かれ、床へと叩きつけられていく。
そして黒霧がトドメを差す。
圧倒的な蹂躙。気づけば、立っている者はわずかしか残されていなかった。
「残りは貴方だけです、バックドラフト」
黒霧が冷酷に告げる。
「……とどめを刺しなさい、黒煙」
「――承知致しま………………」
漆黒の腕を掲げ、バックドラフトへ向けて最大出力の煙を放とうとした、まさにその瞬間。
黒煙の身体が、まるで糸の切れた人形のようにピタリと停止した。
漆黒の煙に包まれた、孤独で冷たい闇の世界。
その最奥で、透ちゃんは今も変わらず、消えそうだった小さな『白い光』をその細い腕でぎゅっと抱きしめ続けていた。
「エンちゃん……覚えてる? 雄英の入学試験、すっごく大変だったよね」
透ちゃんは、暗闇の中で優しく、語りかけるように紡ぐ。
「戦闘訓練の時は、ごめんね。エンちゃんが私の目を見ようとしてくれて……あまりに美少年すぎて、私、上の空になっちゃってたんだ」
見えない手で、光の輪郭をそっと撫でる。
「ヴィラン襲来の時は、お互いに必死でポンコツだったよね。……でもね、体育祭のエンちゃんは、本当に、すっごく格好よかったんだよ。……あの時ね、私、エンちゃんに惚れちゃったの」
愛おしそうに、何度も、何度も光に触れる。
すると、透ちゃんの温もりと記憶の言葉を吸い込むたびに、小さな光がみるみる大きくなり、次第に一人の少年の――『白煙薫』の確かな身体の形を取り戻していく。
「職場体験も、バックドラフトさんのところで一生懸命がんばったんだよね。テレビで活躍してるエンちゃんを見て、誇らしかったけど……本当はちょっと、遠くに行っちゃいそうで苦しかったんだ」
透ちゃんの声が、涙で微かに震えた。
「林間合宿は……本当に怖かった。エンちゃんが私の身代わりになって消えちゃって、ずうっと、さみしかったよ……」
胸の奥に灯った白く温かい光が、トリガーのドス黒い薬物を内側から猛烈に浄化し、焼き尽くしていく。
透ちゃんは、完全に元の姿を取り戻した白煙くんの顔を両手で包み込み、涙ながらにその想いの全てを告げた。
「エンちゃん、好きです。世界で一番、愛しています」
そうして、透ちゃんは白煙くんの唇に、静かに、そして深くキスをした。
「……バカな……!?」
現実の地下アジトで、黒霧が驚愕の声を漏らした。
黒煙の身体から立ち上っていた、あの禍々しいドス黒い煙が、サラサラと音を立てるようにして急速に霧散していく。衣服の闇が、肌を侵していたトリガーの悪意が、内側から溢れ出す圧倒的な「光」によって完全に消し去られていく。
黒いモヤが晴れたその中心。
そこには、一人の少女に正面からしっかりと抱きしめられた、白髪の美しい少年が立っていた。
その頭部からふわりと立ち上るのは、あの優しくて温かい、純白の煙。
少年の瞳に、力強い光が戻る。
「……お前、は……?」
黒霧が戦慄しながら問いかける。
少年は、背後に立つかつての師、そして自分を命懸けで抱きしめてくれている愛しい少女の存在をその背に感じながら、前方のヴィランを真っ直ぐに見据えて、毅然と言い放った。
「――白煙薫、またの名を救煙ヒーローケムリン。以後お見知りおきを」
悪意の闇を打ち破り、チーム放課後の光――『白煙くん』が、今ここに完全復活を遂げた。
「フロッピー、テンタコル、インビジブルガール! 最終作戦実行!!!!」
バックドラフトの悲壮な叫びが、半壊したアジトに響き渡った。
その声を合図に、戦闘で倒れたフリをして体力を極限まで温存していた障子くんと梅雨ちゃんが、弾かれたように目を開けて疾走する!
「――ケロ!!」
「白煙、葉隠!!しっかり捕まれ!!」
障子くんは自身の『複製腕』を最大まで展開し、復活した白煙くんと、彼にしがみつく透ちゃん、そして梅雨ちゃんの3人をまとめて強固な背中に背負い込んだ。凄まじい重量を物ともせず、一歩一歩床を砕くような足取りで、光の差し込む出口へと全速力で走り出す。
「させません!!!!」
手中に収めたはずの『黒煙』を奪い返され、黒霧がかつてない憤怒のモヤを激しく逆立てた。巨大なワープゲートを開き、逃走経路を完全に塞ごうとする。
「こっちの台詞だヴィラン!!!!」
それを遮ったのは、両腕のハイドロ装備を限界以上に軋ませたバックドラフトだった。彼の眼には、すでに己の命を賭した男の覚悟が宿っていた。
「お前との日々は楽しかったぜ白煙薫。あばよ」
「なっ――」
黒霧が息を呑んだ瞬間、バックドラフトは自らの全エネルギーと超高圧水流を体内で臨界突破させ、文字通りの『自爆』を敢行した。
――ドゴォォォォォォォォォンッッ!!!!
アジトを跡形もなく吹き飛ばすほどの凄まじい大爆発。
爆風と衝撃波に直撃された黒霧は、霧状の身体を完全に制御できなくなり、激しく地面へと叩きつけられて機能停止した。
薄れゆく意識の最中、崩落する天井を見上げながら、黒霧のモヤの奥から掠れた声が漏れる。
「…………………………かお、る」
それは、誰の耳にも届かない、小さな、あまりにも切ない呟き。
トリガーを打たれた白煙くんの姿に、黒霧自身すら自覚していない、彼のベースとなった『???』としての魂の記憶が、一瞬だけ共鳴したのかもしれない。だが、その声は爆音の中に消えていった。
「エンちゃん、エンちゃん、エンちゃん……っ!!」
障子くんの背中の上で、透ちゃんはずっと、ずっと白煙くんの身体を抱きしめたまま、枯れることのない涙を流して泣き続けていた。
「透ちゃん……けほっ……もう大丈夫、僕ならここにいるよ……けほっ……」
トリガーの反動で意識が朦朧としながらも、白煙くんは透ちゃんの背中に優しく手を回す。
白煙くんの体力や気力はもう無い。
さっきの黒霧に対する返答も奇跡的に喋れたからだ。
「ケロ。障子ちゃん、後ろから追っ手が来てる……!」
「不味いな。今の俺達では全滅してしまう……!」
梅雨ちゃんが鋭く警戒の声を上げる。アジトの崩壊から生き延びた裏社会のヴィランたちが、殺気を剥き出しにして迫っていた。
「追え!!」
「あのガキどもを逃すな!!」
満身創痍の障子くんの足が、徐々に悲鳴を上げ始める。出口はすぐそこなのに、追撃を振り切れない。
「――こっちに逃げろ、ヒーロー」
突如として、路地裏の闇から太く低い声が響いた。
「アンタは……!?」
驚く障子くんの前に立っていたのは、障子くんよりも遥かにガタイの良い、全身に幾多の修羅場をくぐり抜けてきたような傷跡を持つ謎の巨漢だった。
「……通りすがりの掃除人だ。いいから早く行け。裏の始末は俺がつける」
「ありがとうございます……!!」
男はバックドラフトの「覚悟」に呼応するかのように、迫り来るヴィランたちの前に立ち塞がった。その圧倒的な背中に守られるようにして、障子くんたちは遂に、ヴィランの巣窟から完全に脱出することに成功した。
――こうして、白煙くん救出作戦は終了した。
しかし、その代償はあまりにも、あまりにも大きすぎた。
バックドラフト、殉職。
彼を慕い、共に闇を駆けたサイドキックたちも、全員が殉職。
一人の少年を救うため、一つのプロヒーロー事務所が、その命の全てを賭して燃え尽きた。
ピーポーピーポーピーポーッッッ
バックドラフトが予め連絡して待機させていたセントラル病院の救急車。搬送されたセントラル病院の集中治療室で、白煙薫は『トリガー』の過剰摂取による精神と肉体の損傷のため、緊急入院となった。
だが、そのベッドの傍らには、無事だった透ちゃん、梅雨ちゃん、障子くんの姿が絶えずあった。
バックドラフトたちが命を懸けて繋いだ、かけがえのない絆。
大切な家族を失った深い悲しみを胸に抱きながらも、チーム放課後の夜は、静かに明けていくのだった。
「エンちゃん好き好き、愛してる……!ちゅ〜〜〜〜」
「ん、んん、ぷはぁ……と、透ちゃん、落ち着いて……けほっ、けほっ……」
最先端医療セントラル病院。
白煙くんの病室には、そんな透ちゃんの情熱的な声が延々と響いていた。
ベッドの上でいまだトリガーの薬物による倦怠感から、個性が全く発動せずに体が動かせない白煙くんは、透ちゃんに何度も何度もキスをされ、なすがままにされている。美少年の顔や身体が動けないのをいいことに完全に独占状態で攻め立てられ、白煙くんの顔はボッと赤く染まるほど真っ赤になっていた。
「……はしたないわ、透ちゃん」
「ふぇっ!?もう少しだけー、もう少しだけ味あわせてー!」
あまりの暴走ぶりに見かねた梅雨ちゃんが、素早い動きで長い舌を伸ばした。透ちゃんの見えない身体にピタリと舌を巻きつけると、そのまま容赦なくフワリと持ち上げ、床へとお淑やかに(しかし確実に)パァンと叩きつける。
「痛いよ、梅雨ちゃん!」
「ダメなものはダメよ。病人の体調も考えなさい」
「……はぁ。命懸けの修羅場を潜り抜けた直後に、同級生の濃厚な絡み合いなど、流石に勘弁してくれ……」
その様子をパイプ椅子に座って眺めていた障子くんが、大きな複製腕で顔を覆いながらどっと深い溜め息を吐き出した。
透ちゃんは本当に、少しでも目を離して隙ができれば白煙くんを襲いにかかっている。あの極限の絶望から彼を連れ戻した執念の裏返しなのだろう。気持ちはわかる。痛いほどわかるのだが、頼むから公衆の面前(病室)ではやめてくれと、障子くんは心の中で切に願うのだった。
その時、病室のドアが静かに開いた。
「――邪魔するぞ」
「相澤先生……!!」
入ってきたのは、担任の相澤先生だった。
その姿を見た一同の息が詰まる。相澤先生の顔は、あの日バックドラフトから喰らった怒りの鉄拳によって、いまだ痛々しく大きく腫れ上がったままだった。
相澤先生はベッドの脇まで歩み進めると、信じられないことに、生徒たちの前でその場に深く膝をついた。
「すまなかった、白煙」
「せ、先生……っ!? けほっ、何をしてるんですか、頭を上げてください!」
動けない白煙くんが焦って声を上げるが、相澤先生はそのまま、床に両手をついて深く土下座をした。
「俺は……バックドラフトの、あの男の覚悟に、何一つ応えることが出来なかった。お前たちを救うべきプロヒーローでありながら、内通者の影に怯え、後手に回り、一人のプロの命と、その事務所の全てを犠牲にさせてしまった。……本当に、すまなかった」
床に擦りつけられた相澤先生の拳が、悔しさでギリギリと震えている。プロとしてのプライドも、教師としての威厳もすべて捨て、命を賭けて教え子を連れ戻してくれたバックドラフトへの、そして傷ついた生徒たちへの、それが相澤なりの心からの免罪だった。
「……爆豪の救出、オールマイトの引退、そして全ての元凶であるオール・フォー・ワンの捕縛。……神野区での戦いは、すべて終わった」
相澤先生はゆっくりと頭を上げ、腫れ上がった顔の奥にある鋭くも優しい眼差しで、チーム放課後の面々を見つめた。
「お前たちは、もう何も背負うな。ただ今は休め。雄英としての責任も、バックドラフト事務所の件も、これからの世間からの批判も……責任は、俺がすべて背負う。だから、お前たちはただの『高校生』に戻れ」
「せんぜい……っ、ばっくどはふと、ざあああああああああああああんんっー!!」
すべてが終わった。
あまりにも大きすぎる犠牲を払い、平和の象徴を失い、それでも最悪の夜は明けた。
相澤先生の悲壮な、しかし絶対の覚悟を込めた言葉を聴きながら、白煙くんは透ちゃんにそっと手を握り返され、ようやく本当に地獄から帰ってきたのだと、そして憧れのヒーローが消えてしまったことに、大粒の涙をこぼすのであった。
ありがとうバックドラフト
ありがとうサイドキック達
君達がいたから、白煙くんの職場体験が出来ました
林間合宿でも消防が来ていたと原作にあったので登場させたら、まさか雄英まで攻め込んで、なんとヴィジランテにまでなっていました
ここまでキャラクターが物語を大きく動かすとは作者も思っていませんでした
脇役でも立派な原作キャラです
君達は白煙くんが憧れる立派なヒーローです