観戦席視点
「――おいおいおい! 冗談だろ公安!! ギャングオルカをここで投入するなんて聞いてないぞ!!」
観戦席のミス・ジョークが色をなして立ち上がった。ハンデありの演習用とはいえ、襲来したのは上半期ヒーロービルボードチャート10位のガチの武闘派だ。それを、まだ救助の最中である疲れ切った生徒たちにぶつけるなど、正気の沙汰ではない。
「……公安委員会め、本気で落としにきているな」
相澤先生は包帯の奥の目を険しく細め、低く呟いた。実戦では、ヴィランはヒーローが救助を終えるまで待ってはくれない。あまりにも非情、しかし極めて合理的な、公安の「プロの現場」としての洗練された洗礼だった。
救護本部
突如として放たれたギャングオルカの圧倒的な殺気と、引き連れてきた擬似ヴィラン(部下たち)の軍勢。
しかし、救護本部の中心に立つ白煙くんの思考は、1秒たりとも停止しなかった。
「爆豪くん、轟くん、緑谷くん、飯田くん!!」
白煙くんの鋭い声が、怯みかけた前線へと飛ぶ。
「あいつがいたら救助の邪魔だ! ぶっ飛ばしてきて!!」
「テメェに言われなくても、あのシャチ公ごと全員ぶっ潰してやるわァ!!」
「ギャングオルカの個性は『シャチ』!乾燥に弱いはずだから、轟くんの炎が有効だよ!」
「――助かる、緑谷。一気に炙るぞ!」
「最速で現場に向かうぞみんな!前線は死守する!!」
白煙くんの指示に、A組の誇る最強の攻撃布陣が電光石火の速さで迎撃へと飛び出していく。
「よし、僕たちは救助者の移動を開始する!!」
白煙くんは振り返り、残ったメンバーへ次々と矢継ぎ早に指示を飛ばした。その的確な言葉には、誰もが従わざるを得ない絶対的な説得力があった。
「砂藤くん、常闇くん、口田くんのパワー組は、動けない怪我人を最優先で背負って移動!」
「おう!」
「承知……! 黒影、運ぶぞ!」
「う、うん……!」
「瀬呂くん、峰田くんは動揺している子どもたちを誘導! 芦戸さん、耳郎さん、麗日さんは歩行が困難なお爺さんお婆さんのサポートを!」
「「「了解、隊長!!!」」」
切迫した状況の中、クラスメイトたちの口からは自然と「隊長」の言葉が漏れていた。誰もが彼を、この現場の最高指揮官として信頼しきっている。
「切島くん、青山くん、尾白くんは本部の周りで警戒を! ここを最前線にして、最後の防衛ラインにする。ヴィランの一体たりとも、ここから先へは通さないで!」
「しゃあ、任せろォ!! 漢気見せるぜ!!」
「ウィ☆ 僕のレーザーで近づけさせないよ!」
「おう、足止めは任せてくれ!」
「八百万さんは、動かせる怪我人のための簡易治療キットの創造をお願いします!」
「――この時のために、脂質を蓄えておきましたわ!どんどんお使いになって!」
八百万さんが自身の個性をフル回転させ、包帯や消毒液のキットを次々と生み出していく。
「透ちゃん、障子くん、梅雨ちゃん!みんなは僕のサポートをお願い!重体の怪我人を、1人でも多く応急処置し続ける……!」
白煙くんは額から大粒の汗を流しながら、救護本部に運び込まれる要救護者たちのもとへ飛び込んだ。
最新医療の本で学んだ知識、そしてバックドラフト事務所で嫌というほど叩き込まれたトリアージの技術。
「この人は呼吸が浅い! 煙で気道を確保する!」
「透ちゃん、止血帯をそこに!」
「了解!」
相手がHUCのプロであり、これが試験の「偽物の怪我」だなんて、今の彼には一切関係なかった。目の前に苦しんでいる人がいるのなら、自分の持てる全てを尽くして、大勢の人間をただ救い続ける。
それこそが――あの最悪の夜に命を散らした、バックドラフト事務所のヒーローたちの魂。その熱いレスキュー魂が、今、白煙くんの白い煙と共に、この戦場を真っ白に、そして力強く包み込んでいた。
ギャングオルカ vs 撃滅包囲網
「――死ねえええええ!!」
「かっちゃん、殺しちゃダメだよ!」
「うるせえええ!!」
爆豪くんの容赦ない爆破と、轟くんが放つ超高熱の炎。さらに飯田くんの超高速の蹴撃と、緑谷くんの跳躍が合わさり、そこに士傑高校の夜嵐イナサによる暴風が加わる。
凄まじい個性のシナジー。ルーキーとしては規格外の強さを持つ彼らだったが、相手はランキング10位の男・ギャングオルカ。
「小癪な雛鳥どもが……!!」
ギャングオルカは超音波で彼らの三半規管を揺さぶり、圧倒的な体躯と戦闘経験でその包囲網を力ずくでねじ伏せていく。
だが、その苛烈な戦闘の裏で、時間は確実に稼がれていた。
「救助対象の退避、完了しました!」
無線が響き、危険区域から全ての要救護者が離脱したその瞬間――
『――はい、そこまで……。試験時間終了です……』
会場に終了のサイレンが鳴り響く。
「くっそがああああああ!!」
あと一歩でギャングオルカを沈められたかもしれない不完全燃焼さに、爆豪くんは地面を思い切り殴りつけて悔しさを爆発させた。
試験終了――救護エリア
「つーーーかーーーれーーーたーーーー……」
どしゃり、と地面に大の字で倒れ込んだ白煙くん。
個性を限界を超えて使い続けたため、チャームポイントである頭の白い煙は完全に消え去り、額にはびっしょりと汗をかいた「ただの超美少年」の状態になってしまっていた。
それもそのはずだった。
試験時間はわずか30分ほど。普通なら、必要最低限の応急処置をして迅速に搬送するのが試験のセオリーだ。しかし、白煙くんの指揮のもと、彼自身が直接手を下した救助者は、なんと会場全体の**約20%**にものぼっていた。
しかも、ただ運ぶだけでなく、運び込まれた全員の応急処置を完璧に終えていたのだ。一人だけ過呼吸で倒れてもおかしくないレベルの超絶労働である。
「お疲れさま、エンちゃん……!」
「ありがとーーー、透ちゃんーーー」
くたくたになりながらも、透ちゃんが冷たいタオルを持ってきて白煙くんの顔を優しく拭う。
透ちゃんもまた、泥泥になっていた。白煙くんのプロレベルの判断と救助スピードに死に物狂いで食らいつき、今回は最後まで彼の「一番近くのサイドキック」として動ききることができたのだ。
見えない身体ながら、その佇まいには「エンちゃんを支えられた」という強い自信が満ちていた。
「白煙、大丈夫か!? 動けるか!?」
「いやマジで白煙、めっちゃすごかったって!」
「本当にプロの救助を見せてもらった気分だよ」
「レスキューって、こんなに頭も体も使う大変な仕事なんだな……」
「お疲れ、隊長!」
「えげつない救助スピードだった。誰も真似できないわ」
切島くん、上鳴くん、八百万さん、そしてA組のみんなが白煙くんの周りに集まり、口々に賞賛と労いの言葉をかける。白煙くんは寝転んだまま、消えかけの声で「みんなのおかげだよ……ありがとう……」と弱々しく微笑んだ。
やがて、集計を終えた公安委員会の目良さんが壇上に上がった。
『えー、それでは……合格した方の氏名を、あそこのスクリーンに掲示します……』
巨大な掲示板に、次々と合格者の名前が映し出されていく。
緑谷出久、轟焦凍、飯田天哉、麗日お茶子、爆豪勝己、そして――白煙薫、葉隠透。
A組のメンバーの名前がずらりと並び、みんなで手を取り合って「やったぁぁ!」と大歓声をあげる。爆豪くんは「チッ」と不完全燃焼のままだったが、彼らは見事に難関を突破したのだ。
その歓声の中、白煙くんはぽかんとした顔で名前を見つめていた。
「あ、あれ……? そういえば僕、試験のこと、途中で完全に忘れて救助ばかりしてた……」
「ふふ、エンちゃんがなりふり構わず頑張ってたから、みんなが周りを鉄壁で守ってくれたんだよ!」
透ちゃんが嬉しそうに言い、白煙くんは「そっか……みんな、ありがとう……!」と改めて最高の仲間に感謝した。
後日――ヒーロー公安委員会本部
静かな会議室で、仮免試験の査定書類を見つめる公安委員会の役員たち。
その手元にある白煙くんの評価シートには、あり得ない記述が並んでいた。
「『白煙薫』。この少年、第2次試験におけるHUCの審査員が、唯一**【全員一致で加点評価】**をしています。減点ゼロ、救助技術、状況判断、統率力、すべてにおいてプロレスキュー並み、と」
「ふん、当然だろう」
会議室のソファで、あのお怪我をしていたお爺さんが葉巻をくゆらせながら笑った。彼こそは、HUC(ヘルプ・アス・カンパニー)の会長その人だったのだ。
「バックドラフトの愛弟子だからな。ワシが仕込んだ『本物の怪我』という最大のノイズすら、あの子は瞬時に見抜いて適切な処置を施した。……あやつには、あの男の魂が完全に受け継がれておる」
「……分かりました。では、異例の措置ではありますが、本件のプロジェクトを正式に進めます」
公安の担当者が書類に判を押す。
「そうしてくれ。バックドラフトも絶対に喜ぶ」
彼らが進める計画――。
それは、あの神野区で崩壊した【元バックドラフト事務所】の跡地に、新しいレスキュー特化型の災害救助チームを再建するというもの。
活動停止しているレスキューヒーローチーム、現役プロヒーローから数名。
そして――まだ学生でありながらバックドラフトのの魂を受け継ぐ、『白煙薫』をその中核として招集する。
彼の預かり知らぬところで、世界は確実に、彼の描く未来へ向かって進み始めていた。
ヒーロー仮免許、A組全員合格です
補習はありません
白煙くん大活躍の仮免試験でした
絶対書きたかったものの1つなので、無事に書けて良かったです