破天荒文化祭 開幕
死穢八斎會事件の激動から一週間が経ち、雄英高校には久しぶりにいつもの日常が戻ってきた。
インターン組の面々も無事に復帰し、1年A組の教室には全員が顔を揃えている。
そんな記念すべき全員集合の朝、教壇に立った相澤先生は、いつも以上に覇気のない、これまでで一番やる気のないトーンで挨拶を切り出した。
「………………文化祭があります」
「「「「イェーイ!!!!」」」」
「(相澤先生と『文化祭』って単語、世界一ミスマッチだな……)」
白煙くんは心の中でそっとツッコミを入れざるを得なかった。エリちゃんの看病や事後処理で、先生自身も相当に疲れ切っているのだろう。
相澤先生の説明によると、雄英の文化祭はヒーロー科が主役ではないらしい。日頃、ヴィラン襲撃などの影響で煽りを受けがちな普通科、サポート科、経営科。彼らの日頃の鬱憤を晴らし、才能を披露するための、いわば彼らが主役の祭典なのだという。
とはいえ、A組も出し物を出さなければならない。
ホームルームの進行は学級委員長の飯田くんと、副委員長の八百万さんにバトンタッチされ、クラスの出し物を決めるための話し合いが始まった。
「みんな! 自由闊達な意見を募りたい!」
飯田くんが大きく腕をチョップさせる。その合図とともに、みんなが次々と手を挙げ始めた。
「はいはーい! メイド喫茶とかどうよ!?」
上鳴くんの軽い提案に、白煙くんの脳裏には一瞬で「フリフリのメイド服を着て給仕をする透ちゃん」の姿が思い浮かんでしまった。
「(う、わわわわ……っ、透ちゃんのメイドさん……!)」
まだ妄想の段階だというのに、白煙くんの頭からはポワポワと白い煙が噴き出し、顔が真っ赤に染まっていく。
いつもの大人に背伸びした姿はなく、年相応の想像をしてしまった。
「フヒヒ、だったらもっと攻めてさぁ、ちょっといやらしい感じの――」
「却下」
「下品ですわ」
「最低」
「ふべら!?さ、3連コンボ……がくっ」
最低な発言をしようとした峰田くんは、言葉を紡ぎ終える前に、梅雨ちゃんの舌、八百万さんの創造したネット、耳郎ちゃんのイヤホンジャックによってガッチリと捕獲され、瞬時に教室の天井へと吊るし上げられた。
「お、おもち屋さん……! つきたておもちの食べ物屋さん、ええなぁ……!」
麗日さんがヨダレを垂らしそうになりながら提案する。
「男気腕相撲大会はどうだ!!」
切島くんが拳を握るが、「それだとパワー系の男子が圧倒的に有利すぎない?」と周囲から冷静なツッコミが入る。
「じゃあじゃあ、びっくりハウスは!? 入ったら驚くやつ!」
透ちゃんが楽しそうに手を挙げる。
「(透ちゃん、本当にドッキリ番組とか好きだよね……可愛いな)」と白煙くんは微笑ましく見つめた。
「郷土史の、我が国の歴史についての熱い研究発表などどうだろうか!」
飯田くんの真面目すぎる意見には、「良いことだけど、文化祭の準備期間じゃ時間足りないと思うよ……」と苦笑いが漏れる。
「ど、動物園……とか……」
口田くんの控えめな提案には、「口田くんの『生き物ボイス』がないと、誰も動物をコントロールできないよー!」と皆から笑顔で却下された。
「だったらさ! みんなでガッツリ踊るダンス大会とかどう!?」
芦戸さんがキレキレのステップを踏みながら提案する。
「(ダンスかぁ……。僕は一度も踊ったことないけど、みんなで盛り上がれるし、一番ありかもしれないな)」
「お笑い系のコントは!?」という瀬呂くんの意見には、「お笑いはプロの人がやるから面白いんであって、僕らがやっても内輪ウケでスベるよ、無理だよぉ」と現実的な意見が飛び交う。
「ふっ、ならば僕のキラメキを全校生徒にお届けする『僕のキラメキショウ!』で決まりだね!」
青山くんがポーズを決めるが、それは完全に青山くん一人のための文化祭になってしまうので即却下された。
一通り意見が出揃い、教室内が喧々諤々の議論で熱を帯びる中、隣の席の透ちゃんが身を乗り出して白煙くんに声をかけてきた。
「ねえねえ、エンちゃんはなんか良いアイデア思いついてる?」
振られた白煙くんは、少し照れくさそうに頭を掻きながら、心の中にあった素直な気持ちを口にした。
「ええと……僕は、芦戸さんの言ってたダンスかな。……その、もしやるなら、透ちゃんと一緒に踊ってみたいな、なんて……」
「エンちゃん……!! 私はいつでもウェルカムだよ!!」
あまりにもピュアで、ストレートな白煙くんの言葉。姿は見えないものの、透ちゃんの周囲には可憐な花が咲き乱れんばかりにキュンキュンとした甘いオーラが爆発した。
その様子を、天井に吊るされたまま死んだ魚のような目で見下ろしていた峰田くんが、ボソリと呟く。
「おい……あそこだけ空気の糖度が高すぎて胃がもたれるぞ、ちくしょう……」
「誰か、ブラックコーヒー買ってきてくれ。口の中を苦くしたい」
瀬呂くんがぐったりと机に突っ伏す。
「すでに持っている。白煙と葉隠の相手をしていたら、いつの間にか買うようになった」
「苦労してんな、障子……」
そう言って、後ろの席からすっと缶コーヒーを差し出したのは、準備の良すぎる障子くんだった。
こうして、文化祭の準備は初回から大いに悩み、そして一部のエリアだけが妙に甘酸っぱい空気に包まれる、1年A組の賑やかな日常が再び動き出すのだった。
ハイツ・アライアンス(A組宿舎)――出し物の決定
結局、ホームルームでは出し物を一つに絞りきれず、A組のみんなは一旦宿舎へ帰宅することになった。
「今のところ、三奈ちゃんの『ダンス』が一番候補だけど……」
「ダンスやるなら、カッコいい音楽が要るよな!」
リビングで悩み頭を抱える中、上鳴くんがハッと何かを思い出したようにポンと手を打った。
「あ! そういえば耳郎の部屋、入った時ドラムセット置いてなかったか!? 音楽、耳郎がやってくれりゃ解決じゃん!」
突然振られた耳郎ちゃんは、照れ隠しと戸惑いが混ざった顔で慌てて首を振る。
「えっ!? や、無理無理! 私は楽器なんてただの趣味だし……みんなみたいにヒーローとして頑張ってるわけじゃないし、人前に立つようなものじゃ……」
自分の「好き」をヒーローを目指すみんなの努力と比べて、一歩引いてしまう耳郎ちゃん。
だが、期末実技試験で共に戦った上鳴くんと口田くんが、そんな彼女の背中を優しく、力強く押した。
「何言ってんだよ! 響香の音楽、マジでめちゃくちゃカッコいいんだから自信持てよ!」
「う、うん……! 耳郎さんの音楽、すごく素敵だよ……!」
2人の真っ直ぐな説得とあたたかい言葉に、耳郎ちゃんの胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……まったく、調子のいいこと言って。……分かったわよ、やってやるわ!」
耳郎ちゃんがやる気になってくれたことで、クラスの空気は一気にまとまった。
ダンス指導は芦戸さん、音楽演奏は耳郎ちゃんを中心に――こうして1年A組の文化祭出し物は、バンド演奏とダンスを組み合わせた「ライブパフォーマンス」に決定したのだった!
ヒーロー科の日常――鍛錬と成長
文化祭の準備が進む一方で、ヒーロー科としての厳しい戦闘訓練も並行して続いていた。
体育館ガンマでは、緑谷くんがシュートスタイルをさらに昇華させるべく、新たな「足技」の特訓に汗を流している。
「ワン・フォー・オール」の出力を調整しながら、風圧を飛ばすような蹴りの精度を高めていく。
そのすぐ近くでは、爆豪くんがさらに凄みを増した爆破の追撃訓練を行っていた。インターンに参加出来ていない焦りを糧にするかのように、彼の放つ爆風は以前よりも遥かに鋭く、そして強くなっている。
「負けてらんねえ……!」
切島くんやほかの生徒たちも、各自の『必殺技』を磨き上げるべく、限界を超えた努力を重ねていた。
エリちゃんのお見舞い、そしてサー・ナイトアイの言葉
放課後、緑谷くん、相澤先生、通形ミリオ先輩の3人は、雄英の施設内で療養中のエリちゃんのお見舞いへと向かっていた。白煙くんも、ナイトアイのお見舞いと経過観察を兼ねて同行することに。
(ちなみに透ちゃんは、「エンちゃんの隣で胸を張れるくらい強くなるの!」と、普通に強い尾白くんたちと格闘技の特訓に打ち込んでいるため今日はお留守番だ)
病室で出会ったエリちゃんは、まだどこか怯えたような瞳をしていた。
治崎から受け続けた「人道実験」という悍ましい恐怖の記憶が、未だに彼女の小さな心を固く閉ざしているのだ。
ミリオ先輩や緑谷くんが手品をしたり、面白い顔をして笑わせようと色々試みるものの、エリちゃんは一度も笑顔を見せてくれない。
「この子には……『楽しむ』という感情そのものが、まだ分からないのかもしれないな」
相澤先生の言葉に、緑谷くんは胸を痛めながらも、ある一つの提案を口にした。
「……相澤先生。エリちゃんを、僕たちの文化祭に招待できませんか? みんなが作る楽しい時間を見てもらえたら、きっと……!」
その頃、白煙くんは別の病室で、ベッドの上で体を起こしたサー・ナイトアイと静かに言葉を交わしていた。
「白煙くん。君の迅速な初期医療処置には、改めて感謝する。……そして、もう一つ話しておかなければならないことがある」
ナイトアイは鋭い眼光を白煙くんに向けた。
「私を救ったあの匿名の通報電話、そして突入直前に事務所へ届いた手紙の主……。警察の音声解析と筆跡の残滓を調べた結果、声の波形も文面から検出された成分も、君の個性……いや、君自身と『完全に一致』した」
「っ……! やっぱり……黒煙、だったんですね」
白煙くんが拳を握りしめると、ナイトアイは静かに首を振った。
「彼はヴィラン連合に身を置いているが、警察や私の分析によれば、その本質は敵(ヴィラン)というより『非合法ヒーロー(ヴィジランテ)』に近い。彼の中に明確な『悪意』は見当たらないのだ」
「悪意が……ない……?」
「そうだ。だが、だからこそタチが悪い。目的が掴めず、何を引き換えにして動いているのかが不明だ。……君と同じ顔と声を持ちながら、独自の正義で動くその『影』に、決して油断するんじゃないぞ」
「はい……! 肝に銘じます」
ナイトアイの言葉を胸に刻み、白煙くんは病室をあとにした。
エリちゃんの引きつったような悲しい瞳、そして自分の中に眠っていたもう一つの影・黒煙の存在――。
文化祭という平和な行事の裏で、それぞれの想いと運命が、少しずつ新たな局面へと動き出そうとしていた。