迫る一ヶ月、高まる熱量
文化祭まで、あと一ヶ月。
放課後の1年A組は、まるで嵐のような熱気に包まれていた。
「やっぱりダンスの衣装は、ステージ映えするカラフルなストリート系が良いよね! 動きやすさも重視してさ!」
「だったら音楽も、少しエレクトロの要素が入った、ファンキーでノリの良い今流行りのロックナンバーに落とし込みたいな……」
芦戸さんと耳郎ちゃんは、ノートを広げてダンスの振り付けや衣装、アレンジの方向性を熱心に練り上げていく。クラスの出し物が決まったことで、みんなの目にもがぜん火がついていた。
だが、廊下を渡れば、校内の空気は必ずしも歓迎ムード一色というわけではなかった。
資材を運ぶA組の横を、普通科の生徒たちが通り過ぎざるを得ない。
「……またヒーロー科かよ。どうせ自分たちが主役だって思ってんだろ」
「ヴィランを呼び寄せるだけ呼び寄せといて、よく呑気に文化祭なんてできるよな……」
そんなトゲのある陰口が、ヒソヒソと廊下に響く。先の襲撃事件などで日常を脅かされてきた他科の生徒たちにとって、ヒーロー科への印象は決して良いものではなかった。体育祭で実力を認めてくれた心操くんのような存在は、本当にほんの一握りの例外だったのだ。
その陰口が耳に入った瞬間、クラス中がヒヤリと緊張に凍りついた。
特に爆豪くんの背中がピクリと揺れ、誰もが「まずい、爆豪がキレる……!」と身構えたが――彼は珍しく、チッと舌打ちをしただけで、そのまま前を向いて歩き続けた。
宿舎に戻り、いよいよバンドの編成会議が本格化する。
一番の難航が予想された「ドラム担当」だったが、ここでまさかの才能マン、爆豪くんが候補に浮上した。耳郎ちゃんの叩く見本を一度見ただけで、完璧にリズムを刻んでみせたのだ。
「おい、ふざけんじゃねえ! 誰がそんなママゴトに付き合うか!」
最初は案の定、猛反発していた爆豪くんだったが、そこで瀬呂くんがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「あーあ、やっぱり難しいか。まぁドラムって全体のテンポを支配する『心臓』だしなー? 爆豪にはちょっと、難易度が高すぎたかもなぁ」
「あァ!? 誰が誰より劣ってるってぇ!? どきやがれ、俺が叩いてやるわクソが!!」
見事な挑発(チョロさ)のおかげで、爆豪くんのドラム担当が決定した。
しかし、彼がこの出し物に参加したのには、単なる負けず嫌いだけではない、もっと根本的な理由があった。
「そもそもよぉ、俺は最初からこの出し物自体に反対なんだわ」
ドラムスティックを机に叩きつけ、爆豪くんがクラスの面々を鋭く睨みつける。
「ヒーロー科は他科に嫌われてんだろ。そんな奴らが、俺たちが『ご機嫌取り』でへらへら作ったステージなんかを、素直に受け取るわけがねえだろ。あいつらの鬱憤は正論だ」
核心を突いた言葉に、教室内が水を打ったように静まり返る。
だが、爆豪くんの眼光は、少しも曇っていなかった。
「だからこそ、馴れ合いじゃねえ。ご機嫌取りでもねえ! 殴るんだよ! 相手の不満も愚痴も、全部まとめて音の力づくでブン殴って分からせる! 雄英全員、音で殺るそォ!!!!」
「ば、爆豪くーん!!(殺さないで!!)」
荒々しいけれど、これ以上ないほど彼らしい一喝。その歪んだ、しかし絶対的な男気に、クラス全員のやる気ゲージがマックスまで跳ね上がった。
バンドの布陣は一気に決まった。
キーボード(ピアノ)には幼少期から嗜みのあった八百万さん。ギターにはダークな音色を響かせる常闇くん。そして、圧倒的な表現力でフロントに立つボーカル・耳郎ちゃん。
「ステージの音楽とダンスが決まったなら、次は僕らの出番だね!」
演出チームも負けてはいない。
青山くんの「ネビルレーザー」をミラーボールのように乱反射させ、そこに轟くんが精密に作り出す「氷の乱反射」を組み合わせるという、ヒーロー科にしかできないド派手な光の演出が提案される。
「そこに僕の煙の個性を合わせれば、照明の光が綺麗に乱反射して、もっと幻想的なステージにできると思うんだ!」
白煙くんが手を挙げ、ステージを包み込むような演出案を出すと、みんなも「それ最高じゃん!」と盛り上がった。
しかし、そこで待ったをかけたのは、隣にいた透ちゃんだった。
「え、えーっとね! 演出はすっごくカッコいいと思うんだけど……ちょっと待った!」
透ちゃんが白煙くんの腕をぐっと引っ張る。
「エンちゃんのスモーク、すっごく素敵だけど……それだと、せっかくのダンス中、私たちが煙で見えなくなっちゃわない? ……その、私、エンちゃんと一緒に踊ってるところ、みんなにちゃんと見てほしいから……スモークの量はなんとかしてー!」
「透ちゃん……!」
見えない身体から伝わってくる、甘酸っぱいこだわり。みんなに見せたいという言葉の裏にある「エンちゃんと踊る瞬間を特別にしたい」という純粋な気持ちに、白煙くんの頭からポワポワと白いスモークが優しく噴き出した。
「お、おい! 自分の個性でスモークの調節を始めてんじゃねえよ! ごちそうさまでした!」
上鳴くんが叫び、周囲からも生温かい笑いが漏れる。
「あはは、分かったわ。透ちゃんの言う通り、足元だけに薄く流すような『ロー・スモーク』に調整しようね」と、演出担当のメンバーも苦笑しながらノートに書き留めた。
ダンスチーム、演出チーム、音楽チーム。
それぞれのこだわりと熱意が、ひとつのステージに向かって交錯していく。
文化祭の準備は、これからますます賑やかに、そして爆発的に盛り上がっていくのだった。
エリちゃん、雄英高校へ!
文化祭を間近に控えたある日、相澤先生、通形ミリオ先輩、そして緑谷くんの案内に伴われて、小さな少女・エリちゃんが雄英高校へやってきた。
まずは彼女を連れて、1年A組の教室へ。
「エリちゃん、ここが僕たちの教室だよ」
緑谷くんが優しく声をかけると、女子グループが「可愛い~!!」と一斉に目を輝かせて駆け寄ってきた。
「エリちゃんはじめまして! 私は麗日お茶子だよ!」
「あたいは芦戸三奈! よろしくね!」
「ケロ。梅雨ちゃんと呼んでね」
「耳郎響香よ」
「八百万百と申しますわ。お菓子でもいかがですか?」
同性の女性陣が笑顔で優しく挨拶し、エリちゃんも少しずつ緊張をほぐしていく。……が、そこへワクワクした様子で近づいてきた二人のヒーロー候補生がいた。
「エリちゃん、はじめまして! 僕、白煙薫……白煙っていうんだ!」
頭からポワポワと白いスモークを優しく漂わせながら笑顔を向ける白煙くん。
すると、エリちゃんは白煙くんの頭の煙をじっと見つめ、ぽつりと呟いた。
「……おばけ……?」
「っ!!????」
一瞬で真っ白になった白煙くんは、教室の隅っこへと歩みを進め、体育座りをしてガックリと激しく落ち込んだ。
「あはは、エンちゃんどんまい! エリちゃん、私は葉隠透って言うんだよ~!」
服だけが浮いている状態の透ちゃんが、楽しそうに手と袖を振る。
エリちゃんは空中に浮く制服をじーっと見つめ、再びぽつり。
「……ほんとうの、おばけ……?」
「っ!!?????」
今度は透ちゃんが白煙くんの隣へと歩み寄り、二人並んで体育座りでガックリと深く落ち込んだ。
「「おばけじゃないもん……」」と隅っこで小さくなる二人。
一瞬でA組の誇る有望なヒーロー二人を完膚なきまでに撃沈せしめたエリちゃんの純粋すぎる攻撃力に、クラス全員が「(強すぎる……!!)」と戦慄したのだった。
校内めぐりと明るい兆し
気を取り直して、次は1年B組のフロアへ。
B組では拳藤さんを中心に演劇の準備が進んでおり、拳藤さん自身はミスコンにも出場するのだという。活気あふれるB組の雰囲気に、エリちゃんは興味津々だ。
さらに廊下では、普通科の心操くんとも遭遇。
心操くんのクラスが「おばけ屋敷」をやると聞いたエリちゃんは、ハッとした顔で振り返り、
「……さっきの、白いおばけ(白煙くん)と、消えるおばけ(透ちゃん)がいるところ……?」
と小さな首を傾げた。
「ち、違うよエリちゃん! さっきの二人はとっても優しいヒーローで、おばけ屋敷はもっと別の、怖くて楽しいアトラクションで……!!」
緑谷くんが滝のような汗を流しながら必死でフォローを入れ、周りのみんなは思わずクスッと笑ってしまった。
冷たい地下の研究所から連れ出されたエリちゃんにとって、生徒たちの笑い声や熱気で満ちあふれた雄英高校は、とても温かく「明るい場所」としてその目に映っていた。
(このまま、エリちゃんの心が少しずつでも良い方向に進んでくれればいいな……)
緑谷くんやミリオ先輩は、彼女の小さな後姿を見つめながら、心からそう願うのだった。
暗雲の予兆――そして「黒煙」の動向
その日の夜。
ハイツ・アライアンスの自室で、緑谷くんはパソコンに向かっていた。エリちゃんに見せるための「オールマイトの動画」を検索していたのだが、誤って別の動画リンクをクリックしてしまう。
画面に映し出されたのは、シルクハットをかぶった胡散臭い男と、カメラを構える少女の姿。
『我が名はジェントル・クリミナル!』
そう名乗る男は、ネット上で様々な「やってみた」系の迷惑動画を投稿しているヴィランだという。何やら近々、大きな話題になるような「大仕事(やらかし)」を計画しているらしい。
「なんだろう、この動画……?」
不審に思いながらも、緑谷くんはその動画を注視していた。
……だが、この「ジェントル・クリミナル」の動画を見ていたのは、緑谷くんだけではなかった。
――同時刻。
薄暗い部屋の中で、スマートフォンの画面を無機質に操作する少年がいた。
「黒煙」だ。
彼がいま身を置いているのは、雄英高校から遠く離れた山梨県・泥花市(でいかし)。
そこは、表向きは平和な地方都市でありながら、裏では「異能解放軍」が秘密裏に本拠地として支配する危険な街であった。
漆黒の仮面を撫でながら、黒煙は画面に映るジェントルの姿を冷ややかに見つめる。
彼がなぜこの異能解放軍の渦中に潜んでいるのか。そして何を目論んでいるのかは――まだ、誰にも分からない。
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