ハイツ・アライアンスの衝撃
雄英高校1年A組のコモンスペース。テレビ画面に映し出された生中継の映像に、息を呑むような静寂が広がっていた。
画面の向こう、博多の街は炎と煙に包まれていた。
「エンデヴァーが……戦っている……!」
麗日さんが思わず胸の前で手を握りしめる。
「……親父」
轟くんの瞳が、画面の中で死闘を繰り広げる父親の姿を固く見つめていた。
「福岡がパニックに……! 量産型の脳無まで街に溢れている!」
飯田くんが悲痛な声を上げる。その時、カメラの映像が激しく揺れ、量産型脳無を押し留めようとするホークスの前に立ちはだかる「ひとりの人影」を捉えた。
「それに……ホークスが戦っている相手は……!」
画面に映ったその男の顔、そして立ち姿を見た瞬間、緑谷くんの息が止まった。
「………………僕?」
「エンちゃん……」
白煙くんは、生まれて初めてテレビ越しに「黒煙」の姿を目にしていた。
自分と同じ顔、自分と同じ声、しかし纏う雰囲気は恐ろしいほどに冷たく、暗い。
隣にいた透ちゃんが、心配でたまらないといった様子で白煙くんの手をキュッと力強く握りしめる。白煙くんはその手を握り返しながら、画面から目を逸らすことができなかった。
福岡――『影』と『剛翼』の激突
「ホークス様、私とお手合わせをお願いします」
黒煙は優雅に頭を下げた。周りは脳無の襲撃によって未曾有のパニックに陥り、崩壊寸前の危機的状況だ。
(遊んでいる暇はない……速攻で無力化する!)
ホークスは超人的な速度で『剛翼』の羽を鋭い刃と化し、黒煙の急所を一瞬で穿とうと踏み込んだ。一撃必殺の無力化――のはずだった。
「おや?」
シュン……と、羽は黒煙の喉元を虚しく通り抜け、漆黒の煙となって霧散した。
「……なるほどね。常闇くんから聞いた、雄英の白煙くんと同じ個性か!」
『煙』――物理攻撃を一切受け付けない透過の個性。音速の刃を誇るホークスにとって、実体を持たないこの力はまさに最悪の天敵だった。
「――ブラックスマッシュ」
黒煙がその手に濃縮された黒煙を纏わせ、至近距離から一撃を放つ。重く、冷たい衝撃がホークスを襲い、ホークスは後方へと大きく跳躍して間一髪でガードするが、完全に防戦一方へと追い込まれていく。
「プルスウルトラーーープロミンネスバーンッッ!!!!」
その時、遠くで凄まじい炎の爆発が起き、ハイエンド脳無が崩れ落ちた。
「……向こうは決着がつきましたか」
黒煙は攻撃の手を止め、倒れ伏すハイエンドを見つめた。
「最高傑作と謳われたハイエンド脳無ですら、あのボロボロの状態でナンバーワンヒーローを倒せない。……ドクターへ報告ですね」
「……ドクター?」
聞き捨てならない重要な単語に、ホークスの目つきが鋭く光る。
(こいつ……連合の核心を知っている! ここで逃すわけには――!)
ホークスが本気で黒煙を捕獲すべく、全身の羽を全開にして間合いを詰める。だが、黒煙の体は一瞬で広範囲の漆黒の煙へと拡散し、風に乗りながら夜の闇へと消え去ってしまった。
暗雲と再会
その後――エンデヴァーのもとへ、ヴィラン連合の幹部・荼毘が現れる。
満身創痍のエンデヴァーとホークスを前に、荼毘は不敵な笑みを浮かべ、二人に謎めいた接触を果たした末、ミルコの駆けつけとともに炎の中に姿を消した。
静まり返った現場。
ホークスが荒い息を吐きながら、複雑な表情で去り際を見つめていた……その直後。
「……相変わらず、食えないお方ですね。荼毘さんは」
誰もいなくなった建物の影から、ふっと煙が収束し、再び黒煙が姿を現した。
ホークスは驚きに眉をひそめつつも、すぐに余裕の笑みを張り直して振り返る。
「……やあ。消えたかと思ったら、まだ居たんだ。俺を油断させて後ろから刺しにでも来たかい?」
「滅多なことを。私はただ、これからの『取引』の挨拶に来ただけですよ、ホークス様」
黒煙は仮面の奥で、静かに、そして底知れぬ笑みを浮かべた。
福岡の惨劇が残した爪痕の中で、二人の「影」の視線が静かに交錯していた――。
取引の代償と、未知なる「影」
「ホークス様」
静かに立ち上る黒い煙の中から、再び現れた黒煙。
ホークスにとって、この目の前の少年はあまりにも巨大な「未知」であり、完璧に計算された情報網の中に突如として現れた最大のイレギュラーだった。
姿形、そして声は雄英高校ヒーロー科の生徒・白煙薫そのもの。
だが、ヴィラン連合の周辺を潜行しながらも、死穢八斎會事件ではサー・ナイトアイの命を匿名の通報で救っている。警察も公安も、その意図を掴みかねている存在――。
「放置された野良の脳無、お役に立ちましたか?」
「……あの噂の出どころは君か」
黒煙は仮面の奥で静かに目を細めた。
ホークスは『剛翼』の羽を鋭く研ぎ澄ませながら、底知れぬ少年の醸し出す雰囲気に神経を尖らせる。
「ホークス様。ヒーローとヴィラン、二足のわらじはあまりオススメ出来ませんよ?」
「……ッ!」
一瞬、博多の冷たい夜風が止まったかのような錯覚を覚えた。
(……どこまで知っている……!?)
ホークスの背筋に冷や汗が伝う。
自分は今、公安の極秘指令のもと、ヴィラン連合を内側から崩壊させるためにダブルエージェント(二重スパイ)としてリスクを冒し、荼毘と接触したばかりだ。この事実がヴィラン連合側、あるいは世間に漏れれば、すべての計画が瓦解するどころか、自分自身の命もない。
ホークスの瞳から完全に「光」が消え、周囲に浮遊する数千の羽が一斉に黒煙の急所へと照準を合わせた。この場で、確実に消さなければならない――。
しかし、黒煙はピクリとも動かず、その刃の雨を前にしても悠然と佇んでいた。
「ご安心を。私はヴィラン連合に言いふらすことはありません。この場で私を始末してくださっても構いません」
「…………何が、狙いだい?」
殺気を孕んだホークスの問いに、黒煙は恭しく胸に手を当てて応えた。
「貴方が喉から手が出るほど欲しいヴィラン連合の内部情報を、時間をかけて少しずつお渡しします。……代わりに、私が欲しいものをください」
「内容によるね」
ホークスは冷徹な眼光を崩さない。情報取引の持ちかけ――だが、この影が何を求めているのかが読めなかった。
「私が欲しいものは―――――」
黒煙がホークスの耳元へと滑り込み、秘密の言葉を囁いた。
ほんの数秒。
それを聞いたホークスの表情が、劇的に揺れ動いた。
「――そんな、ものが、欲しいのか……?」
ホークスは呆気にとられたように、ポカンと口を開けた。
あまりにも予想外すぎる言葉。張り詰めていた殺気が削ぎ落とされ、構えていた『剛翼』の刃が、思わずフッと戦闘態勢を解除してしまうほどだった。
「私の生命活動の、唯一の楽しみ……なんです」
黒煙は自身の胸元――心臓があるはずの位置に、黒い手袋を嵌めた手をそっと当てた。
「私にも理解出来ないのですが……こうしていると、ここが何故かとても暖かくなるのです」
その言葉と仕草には、恐ろしいほどの孤独と、そしてどこか歪んだ「人間らしさ」が宿っていた。
ホークスは数秒間、沈黙したあとに、深いため息を吐き出した。
「……ハハッ、参ったな。……分かった。君を信用しよう」
『フェザー』と『影』――二人のスパイによる、極秘の契約が成立した瞬間だった。
「では、信用を得た証としてひとつ情報を」
黒煙は去り際に、滑らかな声で決定的な「爆弾」を落とした。
「……ナインと呼ばれるヴィランが、今、研究所で実験されています。彼の個性のひとつは……オール・フォー・ワンと同じ『個性を奪う』個性です。どうか、お気をつけてください」
「――――ッッッ!!」
ホークスの全神経が戦慄した。
『個性を奪う』個性――。
オール・フォー・ワンという絶対的な悪の象徴が持っていた、最悪の能力。それが別のヴィランに植え付けられ、再現されようとしているというのか。
あまりにも巨大で、そして恐ろしすぎる情報。
「それでは、またお会いしましょう。ホークス様」
驚愕に目を見開くホークスを残し、黒煙の体は夜の静寂の中へとスッと消え去っていった。
福岡の惨劇の夜。新ナンバーワンの誕生とハイエンドの襲撃という大事件の裏で、世界を揺るがすさらなる「暗雲」が、静かに、そして確実にその大きさを増していたのだった。
映画は第2弾のみです
他のは展開が大きすぎて、第2弾くらいが丁度いいです。