合同戦闘訓練 A組VSB組 開幕
夢の中の「記憶」
チームアップミッションが終了し、1年A組には久しぶりの日常と授業風景が戻ってきた。
「明日は、いよいよB組との合同戦闘訓練だからな。体調を整えておくように」
相澤先生の言葉に、クラス全員が「はい!」と身を引き締める。その夜、緑谷くんは明日への緊張と期待を胸に抱きながら、床に就いた。
――そして、彼は不穏な「夢」を見る。
暗闇の中に浮かび上がる光。それは映画のスクリーンを特等席で見ているかのように、鮮明な映像となって緑谷くんの意識の中に流れ込んできた。
そこにいたのは、面影の残る病弱な男――ワン・フォー・オール(OFA)初代継承者と、圧倒的な悪の威厳を放つ実の兄、オール・フォー・ワン(AFO)。二人は烈火のごとく言い争っていた。
緑谷くんは真っ暗な、しかし幾重もの『光の影』が連なる不思議な精神世界の中に佇んでいる。
(ここは……、体育祭の時にも見た、ワン・フォー・オールの深層心理……っ!?)
緑谷くんが息を呑んだその視線の先。
暗闇の底で、色素の薄い白髪を長く伸ばし、細い肉体を震わせながら、世界のすべての悪意を一身に背負ったかのような漆黒の男と対峙している、一人の『初代継承者』の姿がありました。
そう、それは世界最悪の悪の親玉、オール・フォー・ワン。
そして、その実の『弟』であり、ワン・フォー・オールの最初の持ち主。
二人は、遥か昔の個性の黎明期に生を受けた、正真正銘の【実の兄弟】だったのです。
『――なぜ分かってくれないんだ、弟よ。私はただ、力無き者に個性を与え、力ある者から略奪し、この世界に新しい秩序を作っているだけだというのに』
オール・フォー・ワンの、紳士的でありながら絶対的な悪の脳波が響きます。
『兄さん……。アンタがやっていることは、秩序などではない。ただの、他人の人生を泥泥と啜るだけの、最低の略奪だ……っ。……兄さんのその暴走を、僕は、僕たちは、何世代かけてでも、絶対に止めてみせる……っ!!』
兄の暴走を深く嘆き、血の涙を流しながらも、その正義の灯火を前に突き出す初代の姿。
その初代の背中の後ろには、何十年、何百年もの間、その悪の支配に抗い続け、命のバトンを繋いできた、歴代の『ワン・フォー・オール継承者』たちの魂の残響(面影)が、静かに並び立っていました。
画面は瞬く間に切り替わる。
過酷な時代の中、AFOという巨大な悪に抗い続ける継承者たちの戦い。
2代目、3代目の激しい死闘。
これは……個性の記憶? いや、継承されてきた『意思と記録』そのものなのか――!?
続く4代目継承者は、AFOに正面から勝てぬと悟り、力を「蓄えるターン」としてただひたすらに隠遁生活を送り、後世に希望を繋いだ。
そして、5代目と6代目の戦い。
5代目の腕から解き放たれる、漆黒の帯――『黒い鞭』。
6代目の身体から溢れ出し、周囲の視界を覆い尽くす濃厚な『煙幕』。
(あ……! この6代目の個性……白煙くんの『煙』に、どこか雰囲気が似ている……!?)
緑谷くんは息を呑んだ。
そして時代は進み、力強い眼光の7代目・志村菜奈さん、そして8代目――若き日のオールマイトが、圧倒的な恐怖であるAFOへと立ち向かっていく。
激動の歴史。すべては現実に起こり、積み重ねられてきた本物の「記憶」。
その壮大な映像の果てに、初代継承者がゆっくりと振り返り、夢の中の緑谷くんを見つめた。
彼が緑谷くんに向けて、初めて――その言葉(声)を発する。
『――気をつけて。まだ、その時ではない』
覚醒の予兆
「はっ……! ハァ、ハァ……っ!」
緑谷くんは跳ね起きるように目を覚ました。自室の天井、窓から差し込む朝の光。
全身に激しい汗をかき、心臓が鐘のように鳴り響いている。
「いまの……夢……? 初代が……僕に喋った……!?」
夢の中の鮮烈な光景と初代の声の余韻に打ち震えながら、緑谷くんは何気なく己の右手に目を落とした。
「……え?」
右手の掌から手首にかけて、まるで強い摩擦熱や小規模な爆発でも受けたかのように、薄く焦げた跡が残っていたのだ。自室の窓ガラスはひび割れ、室内の家具もいくつか乱れている。
寝ている間に、自分の体で一体何が起きたというのか。
ワン・フォー・オールの「力」が、自分の中で何か新しい段階へ変化しようとしているのだろうか――。
初代の残した警告の意味と、右手の焦げ跡に戸惑いと不安を隠せないまま、緑谷くんはA組とB組の火花散る「合同戦闘訓練」の当日を迎えるのだった。
冬の澄んだ冷気が、グラウンド・ベータの広い空間を包み込んでいた。吐く息が白く乱れ、肌を刺すような寒さに身が引き締まる。
「寒いねエンちゃん」
白い息を吐きながら、透ちゃんが隣でぴょんぴょんと小さく跳ねた。その声は相変わらず明るく弾んでいる。
「そうだね。みんな冬用のコスチュームに変わっているし……透ちゃん、寒さは大丈夫? 無理してない?」
白煙くんは心配そうに視線を向けた。透ちゃんのコスチュームは光の屈折を遮らないよう特殊な素材で作られているため、冬場は特に冷えるのではないかと気が気でなかったのだ。
「ふふ、大丈夫! この冬用コスチューム、サポート科の人が体温調整のサポート機能をしっかり入れてくれたからね! ぽかぽかだよ!」
「よかった……。風邪でも引かれたら、僕が気が気じゃないからさ」
安堵の息をつきながら、白煙くんはぎゅっと自分の両拳を握りしめた。
「――よし」
低く呟き、自身に言い聞かせるように吐き出したその声には、微かな固さと硬直が混ざっていた。自分の内側で渦巻く焦燥感を押し殺そうとする動作。だが、そのほんのわずかな肩の力みを、隣の恋人が見逃すはずもなかった。
「エンちゃん、黒煙くんに負けたこと……やっぱり気にしているの?」
「……っ。……あはは、分かっちゃう?」
白煙くんは苦笑いを浮かべ、困ったように頭をかいた。必死に隠していたつもりの胸の苦しみが、あっさりと見抜かれていた。
「当然だよ! だって私、エンちゃんの恋人だもん。エンちゃんが悩んでるときは、頭のスモークがほんの少しだけ細かく揺れるんだから」
「そっか……透ちゃんには、何でもお見通しなんだね」
白煙くんは視線を落とし、チームアップミッションの最後の光景を思い出していた。
路地裏の冷たい空気。同じ「煙」の個性でありながら、圧倒的な密度と強さで自分をねじ伏せた黒煙の冷酷な眼差し。自分の無力さのせいで透ちゃんやクラストさんにまで危険を及ぼしてしまったという強い後悔と敗北感が、今も胸の奥で重い楔のように刺さったままだ。
(悔しかった。……自分が情けなくて、怖かった。でも――)
胸の奥のモヤモヤを振り払うように、白煙くんはしっかりと顔を上げた。その瞳には、今までになかった強い意志の光が宿っていた。
「あの時、黒煙に負けてから……僕は自分の甘さを痛感した。だから毎日、プッシーキャッツさんやみんなに付き合ってもらって特訓してきたんだ。煙の密度を急激に変えるコントロールや、視覚を奪う新しい技術も覚えた。……次は、絶対負けない。誰かを守れない自分には、もうなりたくないんだ」
白煙くんの言葉には、自分自身を超えるという誓いが込められていた。その覚悟を感じ取った透ちゃんは、見えない手で白煙くんの手を力強く握りしめた。
「うん! その意気だよエンちゃん! 悔しさを糧にして強くなるエンちゃん、すっごくカッコいいよ!」
「透ちゃん……」
「黒煙くんとのことは凄く悔しかったけど、エンちゃんがどれだけ努力してきたか、一番近くで見てたのは私だからね。絶対に成果は出るよ!」
握り締められた手の温もりが、白煙くんの不安をすーっと溶かしていく。一人で背負い込みそうになっていた重圧が、彼女のまっすぐな言葉で勇気へと変わっていくのが分かった。
(そうだ。僕は一人じゃない。隣には透ちゃんがいて、切磋琢磨できる仲間がいるんだ)
「ありがとう、透ちゃん。……まずは、この合同戦闘訓練でB組を相手にどこまで自分の新技術が通じるか試してみるよ。一緒に頑張ろう、透ちゃん!」
「うん! 私たちの絆と特訓の成果、B組のみんなに見せつけてやろうね!」
寒風が吹き抜けるグラウンド・ベータに、スタートを告げるサイレンの音が甲高く響きわたる。
第1試合
切島くん・上鳴くん・尾白くん・口田くん・心操くんVS塩崎さん・宍田くん・円場くん・鱗くん
第2試合
轟くん・常闇くん・飯田くん・障子くんVS拳藤さん・小森さん・黒色くん・吹出くん
第3試合
八百万さん・耳郎さん・芦戸さん・梅雨ちゃんVS鉄哲くん・骨抜くん・角取さん・回原くん
第4試合
峰田くん・瀬呂くん・青山くん・爆豪くんVS取蔭さん・凡戸くん・鎌切くん・泡瀬くん
第5試合
白煙くん・透ちゃん・緑谷くん・麗日さんVS物間くん・庄田くん・小大さん・柳さん・心操くん
「僕らは第5試合。相手の個性は『コピー』『ツインインパクト』『サイズ』『ポルターガイスト』『洗脳』」
「よく覚えとんねデクくん!!」
「話し合おうエンちゃん!」
「うん。まずは『洗脳』と『コピー』を警戒して――」
A組とB組、互いのプライドと成長をぶつけ合う第一試合の幕が、ついに切って落とされた。