「――これより、1年A組・B組合同戦闘訓練、第1試合を開始する!!」
冬の凍てつく風が吹き抜ける、広大な工業地帯演習場(グラウンド・γ)。積雪を弾くブラドキング先生の怒号が、スピーカーを通じて冬の空へと響き渡る。
A組チームのメンバーは、切島くん、上鳴くん、尾白くん、口田くん、そして――今回の実戦特訓のために学校にあっせんされた、あの普通科からの特別編入候補、心操くんを加えた5人編成。
対するB組チームは、塩崎茨、宍田獣郎、円場硬成、鱗飛竜の4人。人数こそA組が有利ですが、B組は体育祭以来、手の内をほとんど晒していない不気味なアドバンテージを握っている。
「心操くん……今回の新ガジェット『ペルソナコード』、本当に凄いね……」
口田くんが、心操くんの首元に装着された変声マスクを見つめ、小動物のように控えめながらも感心したような脳波を優しく震わせました。
「声を自在に変質させて、敵の仲間の声で『洗脳』の引鉄を引く……。集団戦闘において、これほど合理的で心強い奇襲はないよ」
「ヒーロー科編入を懸けたこの大舞台、俺のこの『洗脳』で、A組のメンバーと共にB組を倒してみせる」
心操くんは首元のコードをカタカタと弄びながら、眠そうな目を鋭く細めました。
ピィィィィィィッ!!!
開戦を告げる無慈悲なホーンの音が演習場中に鳴り響きました。
「行くぞ、みんな!! 索敵を最優先に――」
切島くんが全身をガチガチの岩石へと変質させる『硬化』を解禁しようとした、その瞬間でした。
「――ウオォォォォォオオオッッッ!!!!」
突如として、前方のコンクリートの壁が、スタジアムの大爆発をも遥かに置き去りにする圧倒的な衝撃と共に、正面から粉々に打ち砕かれる。巻き上がる白煙を突き破り、筋肉を肥大化させて本物の『怪獣』と化した宍田くん(個性ビースト)が、雪を蹴散らしながら時速数十キロの猛烈なスピードで、先頭の切島くん目がけて垂直落下してきた!
「なっ――!? 初手からこんな大火力で突撃してくるなんて――がはっ!?」
「切島ぁぁぁ!?」
切島くんが『硬化』で正面から受け止めますが、薬物ブースト(個性暴走)を思わせる宍田くんの圧倒的な馬力の前に、切島くんと普通に強い尾白くんの二人が、一瞬にして捕縛用の檻の中へと強引に放り込まれ、一撃で戦線離脱に追い込まれてしまいました。
「しまっ……! 初手で二人が捕縛された……っ!」
口田くんが驚きに肩を震わせ、周囲のハトや虫たちに「みんな、B組の残りの位置を教えて……っ!」と個性『生き物ボイス』のアンテナを必死に伸ばします。しかし、周囲の空間から、塩崎茨さんの放つ無数の強固な『茨』の網が、地中をすり抜けて上鳴くんの足元へと、ハメ殺しの包囲網を敷いて容赦なく迫り来ました。
「うわああああっ!? どこを向いても敵の罠だらけじゃねえかッ! 助けてくれ、口田、心操!!」
「――塩崎さん! 罠の配置は完璧だ、そのまま上鳴の動きを完全に拘束してくれ!!」
コンクリートの鉄骨の影から、B組の円場くんの声が、スピーカーのように明瞭に響き渡りました。
「了解しました。神の御名において、今すぐこの迷える羊を――」
塩崎茨さんが、その円場くんの声に応じて、個性をさらに大出力で解放しようとした、まさにその刹那。
「――『洗脳』、完了」
「……え?」
鉄骨の上から現れた心操くんが、首元のペルソナコードのマスクを外し、ニヤリと冷酷に笑いました。そう、先ほどの円場くんの声は、心操くんが変声ガジェットを使って100%完璧に偽装した『偽りの声』。
「声を模倣された……っ!?」
本物の円場くんが物陰で顔を青ざめさせます。その声に一言でも応じてしまった塩崎さんは、瞳からハイライトを一瞬にして完全に失い、その場にカチコチの人形のようにカカカッと硬直して、個性の制御を完全に奪われてしまいました。
「な……っ!? 塩崎が、一瞬で洗脳された……っ!? 汚いぞ、普通科ァァッ!!」
円場くんが驚愕の悲鳴を上げます。
「汚いんじゃない。合理的割り切りだ」
口田くんが操った鳥たちの軍勢が、心操くんの完璧なアシストに乗って、空から円場クンの視界を奪うために猛然と滑空していきました。A組の、新ガジェットと生き物たちの力を駆使した泥臭くも圧倒的な反撃。1年A組・B組のプライドを懸けた集団戦闘対抗戦の第1試合は、最高の緊張感と熱量のまま決着へと熱く突き進む。
「――塩崎の洗脳を解除しろ! 今すぐ引き千切ってやるッ!!」
バサァァァッ!!!
鉄骨の影から、B組の円場硬成くんが、自らの肺活量を限界以上に爆発させて突進してきました。個性『空気壁』。空気の分子を一瞬にして固形化させる彼の不可視のシールドが、ステージの中央にいた心操くんの周囲へと一瞬にして展開され、彼を透明な『空気の牢獄』の中へと完全に閉じ込め、その身動きを封殺しました。
「くっ……! 空気の壁か……っ!」
心操くんが捕縛布を振るうが、目に見えない強固な壁に弾かれ、塩崎さんへの洗脳を維持するための『声』の指向性が完全に遮断されてしまいます。ハイライトを取り戻した塩崎茨さんが、再びその髪の茨を猛烈な勢いで伸ばし、A組の残兵へと襲いかかりました。
「だ、だめだ……! このままじゃ、心操くんの作戦が崩される……っ!」
口田くんが、操ったハトや虫たちの軍勢を必死に円場くんの顔面へと滑空させ、必死にその『空気壁』の集中を乱そうと叫びます。その絶対絶命の包囲網のなか、一番に牙を剥いたのは、上鳴電気くんでした。
「――舐めんじゃねえぞ、B組ィィィッッ!!! 俺だって、インターンをくぐり抜けてきたヒーローなんだよォォォッッ!!!」
上鳴くんは自らのコスチュームのポインターを正確に円場クンの胸元へと射出。
「これが、俺の捨て身の……『130万ボルト放電』だァァァッッッ!!!!」
バリバリバリバリィィィッッ!!!!!
上鳴くんの肉体から解き放たれた最大出力の電撃の激流が、ポインターの直線を伝って円場くんへと真っ直ぐに炸裂しました。不可視の空気壁を力尽くで感電・中和させる、男気120%の捨て身の肉弾戦。
「ぶふぇっッ!!?」
円場くんが強烈な電撃の前に白目を剥き、そのまま雪の上へとドサリと崩れ落ちて完全行動不能となりました。同時に、心操クンを縛っていた空気の牢獄が、ガラスのようにパリンと音を立てて木端微塵に砕け散りました。
「――助かった、上鳴。……あとは、俺の仕事だ」
空気の壁から解放され、大空へと躍り出た心操くん。その彼の頭上から、筋肉を限界以上に肥大化させ、本物の怪獣と化したB組の最大戦力――宍田獣郎くん(ビースト)が、雪を蹴散らしながら、凄まじい風圧とともに突進してきました。
「無駄だ、普通科ァァッ!! お前のその貧弱なパワーでは、俺のこの獣の肉体を1ミリも捕縛することはできんッ!!」
宍田くんの放つ、圧倒的な馬力の脳波。だが、その怪獣の突撃を前に、心操くんは眠そうな目の奥に、かつてないほど冷徹な、合理的割り切りの眼光を走らせました。
「……パワーで勝てないことくらい、最初から分かっているさ」
シュバババババババッ!!!
心操くんの両手から放たれた大量の『捕縛布(炭素繊維編み込み鋼線)』が、宍田くんの巨躯の腕や足ではなく、彼の周囲にあった『巨大なコンクリートの鉄骨(建材)』へと、蜘蛛の巣のように瞬時にガチィィィンと巻き付けられました。
「何……っ!? 俺を狙ったのではないのか――」
「――崩れろ」
心操くんが自らの体重のすべてを懸けて、捕縛布を力一杯に引き絞ったその瞬間。バランスを失った数トンの巨大な鉄骨の壁が、凄まじい轟音と共に、宍田くんの頭上へと真っ逆さまに崩落!
ドガァァァァァァァァンッッッッ!!!!!
「がはっ……!!! ぁ、あぐっ……!!」
いくら強固なビーストの肉体であっても、上空から降り注いだ鉄骨の質量の暴力の前には耐えきれず、宍田くんは白目を剥いて、そのまま白銀の雪の上へと完全に圧殺・沈黙させられました。B組の最大戦力、完全陥落。残された鱗飛竜くんも、口田くんの操る無数の生き物たちの包囲網、そして上鳴くんの電撃の残響の前に完全に包囲され、なす術なく、捕縛用の檻の中へと強引に放り込まれていきました。
ピィィィィィィッ!!!
「そこまで――!! 第1試合、生存者数、A組3名、B組0名!! よって、ぐぬぬ……1年A組チームの勝利ーーーっっ!!!」
ブラドキング先生の、悔しさに満ちた実況ホーンが演習場中に鳴り響きました。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!! 心操くん、上鳴くん、口田くん、切島くん、尾白くん第1試合勝利だよぉぉぉっっッ!!!」
「みんな、すごいなぁ。……やっぱり『洗脳』は要注意だね」
観客席のモニター室の前で、麗日さんや梅雨ちゃん、そして――透ちゃんがバンザイして大歓声を上げていました。白煙くんは感心しつつも心操くんを改めて警戒していた。
「ふぅ……。なんとか、期待には応えられたかな」
演習場の真ん中、捕縛布を首元に巻き直した心操くんが、少し照れくさそうに頭を掻き、上鳴くんや口田くんとガッチリと熱い握手を交わしていました。その姿は、もう普通科の不満分子ではなく、立派な『ヒーロー』の顔そのものでした。