第2試合の相打ちが残した熱気と静寂が交錯するグラウンド・γ。足元の積雪を吹き散らす寒風の中、ブラドキング先生の怒号のようなアナウンスが響き渡った。
「――これより、1年A組・B組合同戦闘訓練、第3試合を開始する!!」
A組チーム――八百万百、耳郎響香、芦戸三奈、蛙吹梅雨。
文化祭で抜群のチームワークを見せた4人は、開始と同時に索敵と陣形構築へ動く。
「皆さん、B組は前試合の反省を踏まえ、必ず初手から猛攻を仕掛けてきますわ。耳郎さんの索敵を軸に、梅雨ちゃんの機動力で攪乱、芦戸さんの酸でラインをコントロールし、私が後方から最適なバックアップを講じます!」
「任せときな! 私のイヤホンジャックで、足音ひとつ逃さないから!」
「ケロ、保護色で影からサポートするわね」
「うちの溶解液で足場を滑らせて、一気にペース握っちゃおう!」
八百万さんの指示に全員が力強く頷き、雪に覆われた模擬街画へと散っていく。耳郎さんが壁にプラグを突き刺し、集音を開始した。
(来る……! 足音……いや、この重い振動は――)
「みんな、来た! 上と正面、同時に来る!!」
ドゴォンッ!! と音を立てて建物の角を粉砕し、現れたのは全身を白銀の鋼鉄へと変えた鉄哲徹鐵くんだった。
「A組の小細工なんざ、正面からの力押しで粉砕するぜぇええ!!」
「鉄哲くん!? 芦戸さん、足止めを!」
「任せて! 高粘度溶解液・アシッドレイ!」
芦戸さんが放った粘り気のある酸が鉄哲くんの足元と胸を覆う。普通なら足をとられ、装甲が溶けて退く場面。しかし、鉄哲くんの眼光は一切死んでいなかった。
「ぬるい!! 俺の『スチール』は熱も酸も根性で耐え切るんだよ!!」
「嘘でしょ、酸を無視して突っ込んでくるの!?」
芦戸さんが驚愕する隙に、空中から甲高い風切り音が交錯する。角取ポニーさんが頭部の角を射出する『角砲(ホーンホウ)』の乱打だ。
「Hiya! A組の空中担当、逃がさないヨ!」
「っ……! 角が誘導されて追ってくる……ケロっ!?」
角取さんの角は縦横無尽に曲がり、梅雨ちゃんの跳躍ルートを完全に塞ぐ。梅雨ちゃんは舌を伸ばして瓦礫にしがみつき間一髪で回避するが、これでA組の「立体的なハサミ撃ち」のラインが力ずくで遮断された。
(まずいですわ……こちらの想定以上の圧力……! ですが、慌てては盤面を失います!)
八百万さんは即座にマニフェスト(創造)を開始し、鉄哲の突進を拒むための「高耐熱・高密度の特殊防壁」を形成しようと腕を突き出した。
だが、B組の真の策略は、その足元で密かに牙を研いでいた。
「悪いね、八百万さん。君に司令塔をやらせたら、俺たちに勝機はないんだ」
物陰から静かに現れたのは、B組の推薦入学者・骨抜柔造くん。彼が地面に両手を突いた瞬間――
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
「なっ……建物が……地面が沈む……!?」
「きゃああっ!?」
八百万さんが防壁を完成させる直前、彼女たちが立つ建造物と積雪の地面全体が、ドロドロの流砂のような「泥沼」へと激変した。
八百万さんの足足が泥の中に沈み込み、踏ん張りが効かなくなる。姿勢が崩れたことで、精密な化学組成を脳内で組み立てる創造の集中力が一瞬断ち切られた。
(足場が……! 構造物を直接『柔らかく』したのですか……!?)
「回原! 畳み掛けるぞ!」
泥の海をスイスイと滑るように泳いで接近してきたのは、回原旋くん。彼の腕がブウンと重音を立てて高速回転を始める。個性『旋回』。
「くっ、寄るな――音波振動!!」
耳郎さんが必死にプラグを向けて音波を発射するが、回原くんは腕の超高速回転で音圧の波を正面から削り、強行突破してくる!
「甘いぜ耳郎さん! 回転力(トルク)が違うんだよ!」
「あっ……うああっ!?」
旋回する腕の衝撃が耳郎さんの音響装備を粉砕し、彼女の体を薙ぎ払う。
「耳郎ちゃん!!」
芦戸さんが庇おうと飛び出すが、骨抜くんがすかさず泥の中から「柔らかくした瓦礫の固まり」を再硬化させて芦戸さんの足を挟み込んだ。
「しまった、足が抜けな――ッ!?」
「動けないなら悪く思うなよ、芦戸さん!」
回原くんのドリル打撃が芦戸のプロテクターを砕き、二人はあっという間に戦闘不能へと追い込まれていく。
「耳郎ちゃん! 三奈ちゃん!」
保護色を解いた梅雨ちゃんが、縦横無尽に舌を伸ばして二人を泥から引っ張り上げようとする。だが、空中で待機していた角取さんが容赦なく角を連射した。
「させないヨ! 捉えたネ!」
「ケロっ……!?」
角取さんの角が耳郎さんと芦戸のさん衣服を捉え、そのまま上空の鉄塔へと打ちつけて固定、身動きを奪ってしまう。
(そんな……一瞬で耳郎さんと芦戸さんが……! 落ち着きなさい八百万百! まだ、まだ私にできることは――!)
八百万さんは泥の中に膝をつきながらも、自身の中に眠る脂質を全開放し、状況を打開するための大型兵器――「広範囲高出力音響キャノン」の創造に全てを賭けようとした。
しかし、B組は最初から八百万さんの「逆転の一手」を警戒し尽くしていた。
「させるかよぉおお!!」
酸を耐え抜いた鉄哲くんが泥を押しのけて突進し、創造途中のキャノン砲の砲身を鋼鉄の拳で殴りつける! バキンッ! と乾いた音が響き、不完全な構造物が弾け飛んだ。
「くっ……あく……っ!」
「八百万さん、君の創造は凄まじい。だからこそ、息をつく暇も、姿勢を整える時間も与えない。それが俺たちの作戦だ」
骨抜くんがさらに『ぬかるみ』の範囲を広げ、八百万さんの全身を胸元まで沈め込んでいく。回原くんが死角を削り、上空からは角取さんの角が完璧な照準を合わせて八百万さんの頭上に突きつけられた。
「……終わりだ、八百万さん」
八百万さんの目の前に、角取さんの鋭い角がピタリと止まる。逃げ場も、創造の時間も、仲間との連携も、全てが完全に封殺されていた。
「……参りましたわ……」
八百万さんの悔しげな呟きとともに、ブラドキング先生の歓喜のホーンが演習場に轟いた。
『A組全員、牢内に収容! 第3試合――勝者、我らB組ーー!!』
牢獄エリアに集められたA組の4人。
外ではブラドキング先生が「見ろ! これがB組の圧倒的連携! アンチ対策の賜物だ!」と大声を上げている。
「ごめんねみんな……私が回原くんの接近を防げなかった……」
耳郎さんが壊れたプラグを抱えて頭を垂れる。
「うちも……酸の威力を耐えられて日和っちゃった……鉄哲くんの根性を見誤ってたよ……」
芦戸さんも唇を噛みしめた。
だが、一番深く拳を握りしめていたのは八百万さんだった。
「いいえ……全ては私の判断の遅さが原因ですわ。骨抜くんが地形を変えてくる可能性を頭では理解していたはずなのに、初手の防衛作戦に執着しすぎました……。私という司令塔が後手に回ったことで、皆さんを危険に晒し、個々の力を発揮させてあげられなかった……!」
悔しさに震える八百万さんの肩に、梅雨ちゃんが優しく手を置く。
「百ちゃん。B組の対策が完璧だったのは確かだけど、私たちは文化祭での成功体験に少し甘えていたのかもしれないわね。……次は、こんな負け方しないわ」
「……ええ。ええ、そうですわね!」
八百万さんは涙を拭い、力強く顔を上げた。
完璧に見えたA組の連携を、泥臭いまでの対策と力押しで粉砕したB組。
この手痛い敗北は、冬の寒風よりも冷たく、そして熱く、A組女子たちの胸に次なる成長への炎をくべたのだった。
「完敗だね……」
「B組がすごかった。見習わないと」
「私達も負けている時にどうするか考えないと……!!」
「撤退方法だね。透ちゃんは息を殺して気配を消す、緑谷くんは全力速度、麗日さんは――」
透ちゃんは元気なし。
白煙くんはB組の連携に気合をいれる。
自分達の試合に向けて、敗北パターンを仕切りなおす。
1勝2敗。
A組追い込まれる。