戦闘訓練が終了し、薫と透ちゃんは這うようにしてモニター室へと戻ってきた。
そこでは、オールマイト先生による反省会が始まっていた。
「さあ! 第2試合の総評を行う!」
オールマイト先生はカンペをめくりながら、まずはヴィランチームへ視線を向けた。
「轟少年の、開幕と同時に屋内ビル全体を凍らせて相手の機動力を奪う作戦、実に見事! オッケーだ! そして障子少年、そこから油断せず『複製腕』による索敵へ移行したのも素晴らしい! ヴィランチームは満点(パーフェクト)だ!」
轟くんは表情を変えずにフンと鼻を鳴らし、障子くんは静かに頷く。
「対するヒーローチームは減点! 葉隠少女、果敢に障子少年を狙ったが、複製腕に捕獲テープを巻いてしまったのは残念だったな! そして白煙少年! 追いつめられて逃走した場所が『屋内』だったのも残念だ! あそこは一度、屋外へ逃げて体勢を立て直すべきだったな!」
オールマイト先生の厳しい言葉に、薫の顔の煙がキュウゥと小さく萎む。だが、オールマイト先生はすぐに白い歯を見せて笑った。
「だが! 『おんぶして煙で浮遊し、氷結を完全回避する』という初手の作戦は完璧だった! 次に生かそう、少年少女!」
「……はい! ありがとうございました!」
反省会が終わり、次の組の訓練が始まる中、薫と透ちゃんはモニター室の隅っこに移動して、2人だけの反省会を始めていた。
「うう……ごめんね白煙くん。私、さっきおんぶされた時、ちょっと……いや、かなり浮かれちゃってて、周りが見えてなかったかも……大反省だよ……」
透ちゃんの手袋がガクッと項垂れる。美少年の素顔におんぶというコンボで、完全に集中力を欠いていたのは否めない。
「ううん、僕の方こそ。僕がもっと冷静に動けてたらなぁ……」
薫の顔の煙もどんよりとした灰色になり、2人でシンクロするように落ち込む。
「やっぱり、障子くんと戦おうとしたのが間違いだったよね。僕たちの個性じゃ、まともに戦ったら実力が違いすぎる。……今にして思えば、障子くんに見つからないように煙で隠れながら、直接5階のはりぼて爆弾を目指すべきだったのかな……」
「そうだね……『見えないコンビ』なんだから、隠密に徹するべきだったよねぇ」
ハァ、と2人でため息をついていると、大きな影が2人を覆った。振り返ると、障子くんが立っていた。
「白煙、葉隠。気にするな」
障子くんは複製した口をマスクの下から覗かせ、穏やかに言った。
「お前たちの奇襲は見事だった。俺の目が複製できなければ、完全に後ろを取られていた。白煙のすり抜ける個性の使いこなしも、敵に回すとかなり厄介だ。いい経験になった、ありがとう」
「あ……障子くん……!」
パワータイプの強者にそう褒めてもらえて、薫の顔の煙がパッと明るい白に戻り、嬉しそうにぽわぽわと揺れた。
「ありがと、障子くん! 次は負けないからね!」
透ちゃんの手袋も元気よくぶんぶんと振られる。
ちなみに、その横を通り過ぎた轟くんは、2人の会話に加わることなく完全スルーで自分の席へ戻っていった。さすがは推薦入学者、どこまでもクールだ。
完敗の悔しさは残るものの、強敵の凄さを肌で知り、自分たちの反省点も明確になった。
薫と透ちゃんは、お互いに顔の煙と手袋を見合わせ、次はもっと上手く連携しようと、無言のまま固い決意を交わし合うのだった。
他のクラスメイトたちの戦闘訓練が始まり、モニター室の画面には次々と激しいバトルが映し出されていく。
薫は画面をじっと見つめているうちに、ある画面の構図を見てハッと息を呑んだ。顔の白い煙が、驚きでピシッと一瞬で硬直する。
(……あ! そうだ……! 僕、なんで気づかなかったんだろう……!)
薫はガバッと頭を抱え、自分の思慮の浅さにまたしても大反省し始めた。顔の煙が恥ずかしさでぐるぐると渦巻く。
(何もビルの中を律儀に通らなくたって、僕の個性なら、窓をすり抜けて『外から煙で直接5階のはりぼて爆弾部屋の窓』に行けばよかったんだ……! 氷で中が閉ざされてたんだから、外回りで侵入すれば轟くんとも障子くんだって遭遇しなかったのに……! うう、視野が狭かった……!)
自分の個性の「最大の強み」を活かしきれなかったことに気づき、薫の煙はまたしてもどんよりとした灰色になりかける。
しかし、モニターの中で繰り広げられるA組の仲間たちの活躍が、薫の目を釘付けにした。
上鳴くんが全身から凄まじい電撃を放ち、周囲を圧倒する個性「帯電」。
耳郎さんが耳たぶのプラグを壁に突き刺し、大音量の心音で敵を翻弄する個性「イヤホンジャック」。
常闇くんが漆黒の影を操り、縦横無尽に指示を出す個性「ダークシャドウ」。
そして、蛙吹梅雨ちゃんがカエルのような跳躍力と伸びる舌で見事な連携を見せる個性「蛙」。
次から次へと、自分の個性を完璧に理解し、戦術に組み込んでいるクラスメイトたちが画面の中で輝いていた。
「……みんな、本当にすごいなぁ……」
薫の顔の煙が、感嘆のあまりぽわぽわと小さく、だけど純粋な憧れを込めて波打つ。雄英高校にいるのは、やっぱり一握りの天才や、努力を重ねてきた怪物ばかりだ。自分も一歩ずつでもいいから、あの輪の中に並べるようになりたいと、薫の胸に静かな闘志が宿る。
すると、隣にいた透ちゃんの手袋が、薫の肩をポンポンと優しく叩いた。姿は見えないけれど、彼女もまたモニターを見つめながら、前を向いて微笑んでいるのが伝わってくる。
「本当、みんな強いよね! でもね、白煙くん。次は私たちの『見えないコンビ』の本領発揮だよ! 今回の反省を活かして、今度は絶対に勝とうね!」
「……うん! 次は絶対に勝とう、葉隠さん!」
透ちゃんの頼もしい言葉に、薫の顔の煙はどんよりとした灰色から、一瞬で視界の晴れるような、鮮やかで温かい白色へと戻っていった。
初めての敗北は苦いものだったけれど、それを分かち合える最高の相棒(バディ)がいる。薫は顔の煙を誇らしげにふんわりと広げ、次なる成長を心に誓うのだった。
戦闘訓練がすべて終了し、薫、透ちゃん、麗日さんの3人は、大怪我を負った出久のお見舞いのため保健室へと向かった。
ガラッと扉を開けると、そこには頭に包帯を巻いてベッドに横たわる出久と、リカバリーガール。そして――なぜか、見たこともないようなガリガリの骸骨みたいな男の人が一緒にいた。
(えっ、誰だろうあの骸骨マン……先生かな?)
(オールマイト先生が小さくなったのかな? まさかね!)
※もちろん3人は、このガリガリの男性こそがオールマイトの「本来の姿(トゥルーフォーム)」だとは夢にも思っていない。ただの不審な関係者だと思い込み、軽く頭を下げてスルーした。
出久の様子を見ると、意識はあるものの、人差し指だけでなく腕全体に痛々しい治療の痕が残っている。
「緑谷くん、大丈夫……? すごい大怪我だね……」
薫の顔の煙が、恐怖と心配でゾッとしたようにヒヤリと縮こまる。
「でも、リカバリーガール先生のおかげで、これでもほぼ治ってる方なんだよ」と出久が苦笑いした。
「本当にすごいよね、リカバリーガール先生! レスキューの鑑だよ……っ!」
薫の顔の煙は、医療のプロへのリスペクトで再びぽわぽわと上昇する。
出久の容態が落ち着いたのを見届けてから、一度A組の教室へと戻る。
教室では、切島くんをはじめとしたクラスメイトたちが、戻ってきた出久を「よっ、お疲れ!」と温かく迎え、口々に彼の戦いぶりを励まし、称賛していた。
(みんな、優しいな……。それに、ボロボロになってもクラス中から認められる緑谷くん、やっぱりかっこいいなぁ)
薫は少し離れた席から、顔の白い煙をホクホクと誇らしげに揺らしながら、出久の健闘を心から称えていた。
そして放課後。
出久、透ちゃん、麗日さん、飯田くん、そして薫の5人は、昨日と同じように並んで駅への道を歩いていた。
夕日に照らされながら、今日の戦闘訓練の話題で持ちきりになる。
「それにしても、飯田くんのヴィランっぷりは本当に凄かったよ! 完璧に対策されてて、私全然動けへんかったもん!」
麗日さんが悔しそうに言うと、飯田くんは「いや! 君のあの瓦礫を使った臨機応変な突撃こそ、ヒーローの鑑だった!」とメガネをキラーンと光らせてチョップする。
「葉隠さんも、障子くんに果敢にテープ巻きにいったの、めちゃくちゃ格好よかったよ! どんまい!」
出久が言うと、透ちゃんの手袋がえっへんと胸を張った。
「ありがと緑谷くん! でも、一番惜しかったのは白煙くんだよ! 煙になって浮かぶ作戦なんて、私じゃ絶対思いつかなかったもん!」
「えっ、そ、そうかな……? 僕、外から回ればよかったって後から気づいて、すごく反省してたんだけど……」
褒められた薫の顔の煙が、照れくさそうにポワポワと大きく膨らむ。
「あはは、白煙くんの個性は本当に応用が利きそうだね。僕ももっとノートに書き留めておかなきゃ!」
出久が嬉しそうに手帳を開き、みんなで「またそれ書いてるー!」と笑い合う。
勝ったチームも、負けたチームも、それぞれが自分の課題を見つけ、次への一歩を踏み出している。
お互いの健闘を称え、反省し、笑い合いながら歩く帰り道。
雄英高校2日目。昨日よりも少しだけヒーローに近づいた5人の背中を、温かい夕暮れの光がどこまでも優しく照らしていた。