「――これより、1年A組・B組合同戦闘訓練、事実上最後となる第5試合を開始する!!」
ブラドキング先生の朗々とした声が演習場(グラウンド・γ)に響き渡る。
運命の第5試合。
A組のメンバーは緑谷出久、麗日お茶子、白煙薫、そして葉隠透の4人。
対するB組は、物間寧人、小大唯、庄田二連撃、柳レイコ、そして普通科からの編入をかけるゲスト・心操人使の5人編成だ。
スタート地点の建造物の影で、4人は固まって息を潜めていた。
「相手には心操くんがおる……。『洗脳』の個性は、声を返した瞬間に詰みや。無闇に喋るのはあまりにも危険すぎるよ……」
お茶子ちゃんは胸の前で細い拳を強く握りしめ、緊張に眉を寄せた。神野の事件や数々の危機を潜り抜けてきた彼女だからこそ、一瞬の油断が命取りになることを誰よりも理解している。
「うん。返事を聞き出すために、心操くんは声を変えるボイスチェンジャー『ペルソナコード』を使ってくるはずだ。僕たちの誰かの声に化けられたら、声でのコミュニケーションは完全に封じられると思った方がいい」
デクくんは緑の瞳を鋭く光らせ、顎に手を当てて高速で思考を巡らせる。心操くんの脅威は体育祭で身をもって知っている。声を出さずにどう意思疎通を図るか――それがこの試合の最大の命題だった。
「音で合図を出すのはどうかな? カチカチって叩いたりして!」
透ちゃんが提案するように手をポンと叩いた。
「音か……例えば、モールス信号とか?」
白煙くんが繋ぐと、透ちゃんは「それだー!」と見えない腕を大きく掲げた。
「モールス信号なら声を出さずに長短の音で会話できるよ! エンちゃん頭いいー!」
「あ、でも透ちゃん……それ、モールス信号を全員が解読できないと意味がないよ? 僕は学校の授業で少し習った程度だけど……みんなは分かる?」
白煙くんが申し訳なさそうに問いかけると、お茶子ちゃんとデクくんが顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「ウチ、全然わからんわ……トントンツートンのやつやんな……?」
「僕も……知識としては知ってるけど、実戦で瞬時に聞き取って会話するのは無理だよ……」
すると、透ちゃんが「あ!」と思い出したように手を叩いた。
「あ、そっかー! ごめんごめん、モールス信号ができるのって梅雨ちゃんだけだったー!」
「((蛙吹さん/梅雨ちゃん、モールス信号できるんだ……)))」
デクくんとお茶子ちゃんの心が完璧にシンクロし、思わず心の中でツッコミを入れる。梅雨ちゃんのハイスペックぶりに驚きつつも、緊張していた場の空気が一瞬だけ和らいだ。
「じゃあ、一番シンプルだけど『ハンドサイン』にしよう」
白煙くんが指を立てて、3人に向けて見せた。
「声を出さず、手元だけで意図を伝える。1番(人差し指)は『戦う』。2番(二本指)は『逃げる・撤退』。3番(三本指)は『助けて・救援求む』。そして0番(グー)は『大丈夫・問題なし』。これなら今すぐ全員で共有できるでしょ?」
「うん、すごく分かりやすい! シンプルで一番ミスがないね!」
デクくんが大きく頷く。指の数を使った直感的なシグナル。あまりに簡単なため、もし敵に視認されれば解読されるリスクもあるが、とっさの判断が必要な戦場ではこの単純さこそが命綱になる。
「それと、僕と透ちゃんは『レスキューコード』をベースにして動くね」
白煙くんが隣の透ちゃんに視線を送ると、透ちゃんも「了解だよエンちゃん!」と力強く頷き、親指を立ててみせた。
「レスキューコード……?」
首を傾げるお茶子ちゃんに、白煙くんは優しく説明を付け加えた。
「プロのレスキューヒーローや、災害現場で使われる視覚的な位置取りと身護りの暗号(コード)だよ。敵に手の内を明かさず、姿が見えない透ちゃんと僕が影からサポートに回るための連携術なんだ」
「白煙くんと葉隠さんは、チームアップミッションでも救助や潜入の経験を積んできているもんね……頼もしいよ!」
デクくんの胸に、確固たる信頼感が芽生える。
黒煙との敗北を乗り越え、ひと回りもふた回りも逞しくなった白煙くん。そして透ちゃんとの息の合った連携。自分たちが前線で注意を引きつけ、二人が影から暗躍する――勝機は十全にある。
「よし……! 心操くんの洗脳を警戒しつつ、ハンドサインとレスキューコードで翻弄しよう。B組も僕たちの対策を徹底的に練ってきているはずだ。絶対に油断せず、完勝を目指そう!」
「「「応っ!!!」」」
声を出さない静かな気勢を合わせ、4人はそれぞれの役割へと散っていく。
宿敵・心操人使率いるB組との、知略と絆が交錯する最終決戦の幕が、静かに上がった。
一方で、B組側のスタート地点――崩れかけた建造物の影でも、最終決戦に向けた緻密な作戦会議が静かに行われていた。
「とにかく緑谷が厄介だ」
心操人使は、合成音声装置『ペルソナコード』を首元に装着しながら、低く冷ややかな声を落とした。体育祭での苦い敗北が頭をよぎる。あの時より遥かに成長しているであろうデクの存在は、彼にとって最大の壁だった。
「オールマイト並みの怪力に、常人離れした機動力。最近じゃ風圧を利用した遠距離攻撃までモノにしてるらしいからね。……正面からやり合うにはおっかない相手だ」
「ん」
小大唯が、感情をあまり表に出さない無表情な顔で短く頷く。小さな手には、既にいつでも個性を発動できる緊張感が宿っていた。
「私は麗日さんが警戒対象よ。あの『無重力(ゼログラビティ)』は、一回でも触れられたら最後、空中に浮かされて何も抵抗できなくなるわ」
柳レイコが、幽霊のように両手をゆらゆらと揺らしながら静かに呟いた。彼女の個性『ポルターガイスト』で周囲の物体を操るにも、浮遊させられて姿勢を崩されれば手数が減ってしまう。
「ん。唯と一緒なら、大きさを変えた瓦礫で牽制して、何とか間合いは保てるけどね」
「ん」
唯が再び短く頷き、手のひらの上で小さな瓦礫を転がしてみせる。彼女の『サイズ』とレイコの『ポルターガイスト』のコンボは、遠距離からの圧倒的な足止め性能を誇っていた。
そこへ、副委員長の庄田二連撃が丸い体を叩いて前へ進み出た。その表情は真剣そのものだ。
「白煙くんと葉隠さんにも要警戒ですぞ。影からの隠密行動と奇襲は、あの2人の十八番。姿を完全に消す葉隠さんと、物理攻撃を受け付けない白煙くん……まず先手を取って見つけ出さないと、背後から一網打尽にされます」
「あんなに呼吸ぴったりだもんね。……それにしても、あの二人いつも一緒でカップル羨ましいわね」
レイコがふと口元を緩めて呟くと、唯もパチクリと目を瞬かせた。
「ん」
「コラ、二人とも不純ですぞ! 今は訓練に集中する局面です!」
庄田が慌てて突っ込むと、緊張感が漂っていたB組の中に少しだけ和やかな空気が流れた。心操もそのやり取りを冷ややかながら静かに見守り、作戦の最終確認へと思考を巡らせる。
(声を出させれば俺の勝ちだ。……だが、向こうもそれは重々承知の上で動いてくる。ボイスチェンジャーで揺さぶりをかけ、一瞬の隙を突くしかない)
その時――突如として高らかな高笑いが崩落した壁にこだました。
「フハハハハッ!! 素晴らしい分析じゃないか、みんな!!」
高慢な笑みを浮かべ、両腕を大きく広げて現れたのは物間寧人だった。その瞳には、並々ならぬ執念とギラついた野心が燃え盛っている。
「A組の連中はいつだってそうだ! 自分たちが世界の中心で、主役だと信じて疑わない! だがね、主役の座なんてものはいつだって奪い奪われるものなんだよ! 脇役の反撃、そして主役交代のシナリオ……! 今日この場で、B組こそが真の主役であると思い知らせてやるといいさ!!」
「相変わらず鬱陶しいな物間……だが、言わんとすることは分かる」
心操はマスクを調整し、鋭い光を宿した瞳で前方の模擬街画を見つめた。
「俺は普通科からヒーロー科へ行く。……そのために、ここで全員喰ってみせる」
「ん!」
「行きましょう、B組の勝利のために!」
全員が拳を握り締め、腹を括った。B組の綿密な連携と、心操の執念、物間の不気味な策謀が噛み合わさる。
――ジャァァァンッ!!!!
演習場全体に、試合開始を告げる重厚なサイレンの音が轟き渡った。
静寂を切り裂き、A組とB組、それぞれの想いとプライドを懸けた最終第5試合の火蓋が、ついに切って落とされた!