「煙――白煙か!! 素晴らしいね、僕がお相手になろうじゃないか!!」
物間くんは芝居がかった手つきで前髪をかき上げると、嘲笑を浮かべて白煙くんを指差し、甲高い声を響かせた。
「教えてくれよ、白煙くん!! 自分が引き起こした事件で人を危険に晒し、まるでヴィランになった気持ちはどんな気分だい!? 主役気取りのA組様が、裏ではそんな失態を犯していたなんて世間が知ったらどう思うかなぁ!?」
(…………ッッ)
(抑えて、エンちゃん!!)
白煙くんの全身が激しく跳ね上がった。
かつてヴィラン連合に敗北し、周囲を巻き込んでしまったトラウマ。そして何より、ヒーローとしての自分の甘さを突きつける言葉。胸の奥でドロドロとした怒りと悔しさが渦を巻き、視界が真っ赤に染まっていく。
(ッッッ!!)
(抑えてエンちゃん!! 物間くんの思い通りになっちゃダメ!!)
透ちゃんが必死に白煙くんの腕にしがみつき、見えない全身でその暴走を止めようとする。だが、物間くんの毒舌は止まらない。白煙くんの心の痛腔を完璧に理解しているかのように、さらに深く言葉の刃を突き立ててきた。
「バックドラフトさんはさぞかし無念だったろうねぇ!! たった1人の未熟な学生の失態を庇うために、栄光あるヒーロー人生を事実上終わらせる羽目になったのだから!! 君さえいなければ! 君がヒーロー気取りでしゃしゃり出なければ、誰も傷つかずに済んだのにねぇ!!」
(ッッッ!!!!)
(エンちゃん、聞こえてる!?怒りに呑み込まれちゃ駄目だよ!!)
(許さない……!!)
(エンちゃんキレてて全然返事してくれない――こうなったら!!)
白煙くんの理性がブツンと弾け飛んだ。激昂のあまり、「ふざけるな!」と大声で叫びそうになったその瞬間――
ちゅぅぅっ〜〜〜〜〜っ!!
「むぐぅ!?!?」
白煙くんの視界が一瞬で真っ白になった。
柔らかく温かい感触が、白煙くんの唇を完全に塞いでいた。透ちゃんだ。見えない彼女が、咄嗟に白煙くんの首に両腕を回し、力いっぱい口づけを交わしていたのだ。
(んぐ……っ、ん……!?)
言葉を発しようと開いた口は完璧に封じられ、怒りで煮えくり返っていた脳内は、一瞬でパニックと甘い混乱でオーバーヒートを起こす。
(ごめんねエンちゃん! でも絶対に声を出しちゃダメ!!)
透ちゃんは心の中でそう叫びながら、真っ赤になっているであろう顔で必死に白煙くんの唇を覆い続けた。
物間くんは心操くんの「洗脳」をコピーしていると思う。
幸い、透ちゃんは見えないため、物間くんからは黙っているようにしか見えない。
(…………………………透ちゃん)
(私達を喋らせるために、物間くんがバックドラフトさんを利用したことは私も許さない。でも、今は緑谷くんやお茶子ちゃんも頑張ってる。みんなのために勝とうよ!!)
(……! ありがとう……)
透ちゃんの必死の愛と機転によって冷静さを取り戻した白煙くんは、唇が離れた瞬間に強く頷いた。胸にくすぶっていた怒りは、いまや仲間と恋人のために勝つという冷徹で鋭い意志へと昇華されていた。
「文句も言わないのかい!? ヒーローとしてのプライドも、誇りも、その程度だったというわけかい!? 救出したバックドラフトさんが哀しむな!! そこだ!!」
物間くんの嘲笑と同時に、彼の拳が白煙くんの胸元へと突き刺さった。
ガッ――!!
「ぐふっ……!?」
「エンちゃん!!」
本来なら身を煙に変えて無力化できるはずの打撃。しかし次の瞬間、白煙くんの胸奥で不可視の衝撃が爆破した。肺の中の空気が力任せに絞り出され、白煙くんの体が激しく宙を舞う。白煙くんと透ちゃんは思わず声が出てしまう。
「ハハハッ! 種明かしをしてあげよう! 庄田の『ツインインパクト』さ!! 最初に微小な打撃を打ち込み、時間差で数倍の衝撃を発生させる! いくら君が煙に変化できようと、本体を認識した瞬間に内側から衝撃を炸裂させれば、煙化の隙を与える間もなく直接ダメージを叩き込めるのさ!!」
物間くんの解説とともに、白煙くんの体を覆っていた白い煙が途切れ途切れに霧散していく。胸を強く打たれた白煙くんは膝をつき、激しく咳き込んだ。冷たい雪の上に、ポタポタと赤黒い血の斑点が落ちる。
「エンちゃん……! 立ち上がらないで、これ以上は……っ!」
見えない透ちゃんの悲鳴が夜気を震わせる。白煙くんを庇おうと彼女が前へ出かけた、その一瞬の隙を物間くんは見逃さなかった。
「隠れたって無駄さ!! 姿が見えないなら、空間ごと潰せばいい!!」
物間くんの手から離れた掌大の瓦礫群が、空中へ放たれた。個性『サイズ』発動――!
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
「なっ……!?」
透ちゃんは驚く。
一瞬にして見上げるほどの巨大な建造物の破片へと化けた岩石が、圧迫感とともに上空を埋め尽くす。轟音とともに降り注いだ無数の巨大瓦礫が、白煙くんと透ちゃんの退路を完璧に塞ぎ、二人を漆黒の檻の中へと閉じ込めた。
「くっ……透ちゃん……僕の後ろに……!」
暗闇と重圧が支配する瓦礫の内部。激痛に耐えながら、白煙くんは必死に手を伸ばし、見えない恋人の体を自分の背後へと庇い寄せた。
「エンちゃん、血が……! 私のせいだ……私がもっと上手く援護していれば……!」
「ううん……透ちゃんが……止めてくれなかったら、僕はあの時洗脳されて終わってた……。僕の甘さのせいだ……」
白煙くんは荒い呼吸を整えながら、暗闇の中でぎゅっと透ちゃんの手を握りしめた。物間くんの苛烈な攻撃と心理戦によって追い詰められた二人。しかし、手から伝わる確かな温もりが、折れかけた白煙くんの闘志に再び火を灯そうとしていた。
「あとは『ポルターガイスト』できみごと浮かせてゲームオーバーだ!! 抵抗虚しく敗北する気分はどうだい!?」
白煙くんと透ちゃんごと瓦礫が浮かび始める。瓦礫の隙間から見下ろす物間くんが、高慢な笑みを浮かべて両手を広げた。だが、崩れた岩の影から立ち上がった白煙くんの表情には、焦りも恐れもなかった。
「――あ、「洗脳」は使いきっているね。なら、普通に話せる」
白煙くんが淡々と、あまりに冷ややかに言い放つ。
「ハッハッハッハ!! バカなのかい!? 状況が分かっていないようだね! 僕がきみか葉隠のどちらかを人質にとれば、君たちは手も足も出ないんだよ!」
「会話が成立している時点で問題ない。下手な脅しは通じないよ、物間くん。透ちゃんは僕やきみが思っているより遥かに強い。それに――きみはコピーはできても、複数の個性を『同時使用』することはできないはずだ」
白煙くんの静かな指弾に、物間くんの笑みがぴたりと止まる。
「他者がその場にいなければ本領を発揮できない個性。今まで君の戦い方を観察して確信したよ。『洗脳』『ツインインパクト』『サイズ』『ポルターガイスト』きみが使用したのは4つ。それ以上は出すことが出来ない」
「……………………」
「それに時間制限もあるはずだ。君は戦闘中、ちらちらと腰のヒーローコスチュームにつけてある3つの時計を見て残り時間を確認している。『同時に所持できる個性が3つ』というブラフの可能性もあるけれど、制限時間のある複数個性の維持は継続戦闘には向いていない。きみは嫌味で皮肉屋だが、決して愚かじゃない。自分1人で戦える限界時間も完璧に把握しているはずだ。……個性の限界伸ばしで、5分というところかな?」
「……………………」
物間くんの喉がひくつき、額から一筋の冷や汗が伝う。すべて見抜かれていた。
白煙くんはレスキューヒーローを目指す者。
誰よりも相手を観察して患者を救出している。
その努力はプロレスキューヒーロー達が認めるほど。
A組で唯一、サイドキックではなくヒーローとしてインターンに参加している者。
その瞬間、白煙くんの身体から立ち上る煙が、見る間に禍々しい漆黒へと変色を始めていく。黒煙のトラウマを乗り越えたはずの彼の全身から、これまでにない底知れぬ圧迫感が膨れ上がった。
「沈黙は肯定とするよ。……きみの嫌味のせいで、僕は今、酷く機嫌が悪いんだ。だから、今から徹底的にきみの仲間を殴る」
「ハァッ……!? 何を言って――」
白煙くんの異質な雰囲気に、物間くんの顔色が一気に青ざめる。
白い煙は黒い煙となる。
白煙くんは調子の悪い時や不機嫌になると黒くなる。
初めて透ちゃんと出会った入学試験から変わらない性質。
「きみはB組が大事だ。仲間を深く信頼しているからこそ個性を借りられるし、仲間たちもきみを信頼しているからこそ快く力を貸してくれる。なら――その大切で愛おしい仲間を、きみの目の前で順番に潰す」
「……やめろ」
「僕はレスキューの現場で、あらゆる被害者を見てきた。殴られた者、蹴られた者、刺された者、燃やされた者、重機に圧迫された者……それらの痛みを、いま気絶しているきみの仲間に一つずつ試していく」
「……やめろ!! やめろと言っている!!」
「どれだけ悲鳴をあげても止めない。きみは僕の大切な友達と、恩ある師匠を侮辱した。なら、きみの大切なものを僕が壊しても文句はないはずだ。馬鹿にしたなら、馬鹿にされても文句を言うな。……僕は煙だ。どんな生物だって呼吸をしなきゃ生きていけない。僕が本気を出せば、高濃度の一酸化炭素で二度と目を覚まさない身体にすることだってできる。動かなくなった仲間を見て、きみがどんな顔をするか……すごく楽しみだ」
白煙くんの全身が完全に漆黒の煙に呑まれ、その瞳だけがギラギラと鋭く冷たく光る。本物のヴィラン以上の狂気と圧倒的な死の気配。かつてヴィラン連合の黒霧が認めた素質。
「……やめてくれ!! 悪かった!! 僕が悪かったから……頼むからやめてくれ!! 降参する!! 降参するから……やめてくださいっ!!」
プライドも高慢さも全てかなぐり捨て、物間くんはその場に激しく膝をつき、地表に額を擦り付けて土下座した。なりふり構わず涙と汗を流し、全身をガタガタと震わせながら命乞いをする。
白煙くんは巨大化した黒い拳を物間くんに振り下ろそうとする。
そのあまりに惨絶な光景の只中――見えない手が一瞬で白煙くんの胸元にしがみついた。
「エンちゃん、ストップううううーーー!!!!」
透ちゃんの悲痛な叫びが響き渡る。
「透ちゃん……」
「もう良いよ!! もう十分だから!! それじゃあただのヴィランだよ……っ! 私の大好きな、みんなを助ける優しいエンちゃんじゃなくなっちゃうよ!!」
見えない透ちゃんの腕から、必死の力と涙の温もりが伝わってくる。その温かさに触れた瞬間、白煙くんの全身を覆っていた漆黒の煙が嘘のように急速に収束し、元の姿へと戻っていった。
白煙くんは呆然と己の手を見つめ、ハッと我に返ると、深々と頭を垂れた。
「…………ごめんなさい、透ちゃん。僕……頭に血が上って……」
「ううん……分かればいいの! エンちゃんが無事でよかった……!」
透ちゃんが白煙くんの胸にギュッと顔を埋める。その時、演習場全体に高らかなホーンの音が響き渡った。
『試合終了ーーーっ!! 第5試合、ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ――勝者……1年A組!!』
ブラドキング先生の宣言とともに、B組の仕掛けた死闘と、絆の試練に満ちた合同訓練は、静かに幕を閉じたのだった。
バックドラフトさんを侮辱されてキレた白煙くんでした
物間くんの個性は作者の想像です
原作と違っていてもオリジナルとして扱ってください