【恐怖の接触と、暴かれる至高の個性】
「逃げて、活真……! 早く!!」
真幌ちゃんは涙で視界を濡らしながら、弟の腕を引っ張って必死に山道を駆け上がっていた。背後から迫る足音は、まるで死神の歩みのように重く、冷たい。
「無駄な足掻きだ」
ナインが静かに手をかざす。彼の瞳が不気味な紫色の光を放った。――『相手の個性を見破る個性』。
対象の生体波動を瞬時に読み取るその力が、幼い活真くんの身体を捉えた瞬間、ナインの瞳が激しく歓喜に揺れ動いた。
「……見つけたぞ。間違いない……『細胞活性』……! B型の血液型を活性化させ、傷ついた細胞を急速再生させる至高の力……!!」
ナインの口元が歪む。自らの身体を蝕む「細胞壊死」の呪いを解き、真の全能へ至るための最後のピース。
「やだ、……来ないでええっ!!」
逃げ場を失った活真くんの頭上へ、ナインの冷たい手が伸びたその瞬間――!
「デトロイト……スマッシュッッ!!」
ドゴォォォォンッ!!
絶妙なタイミングで飛び込んだ緑谷くんの拳が、ナインの手前で凄まじい風圧を爆ぜさせた! 一瞬の隙を突き、緑谷くんは二人を抱え上げ、間一髪で距離を取る。
「大丈夫かい、活真くん、真幌ちゃん……! 頼むから無事でいてくれ……!」
「緑谷……お兄ちゃん……っ!」
緑谷くんは二人を背後に庇い、鋭い眼光でナインを睨み据えた。
「邪魔をするな、害虫が」
緑谷くんは足元に『ワン・フォー・オール』のパワーを集中させ、地面を爆破するように地蹴りして肉薄! 渾身のシュートスタイルによる蹴りがナインの首元を襲う!
しかし――ギャリィィィンッ!
ナインの周りに突如現れた紫色の半透明な壁――『バリアを張る個性』が、緑谷くんの威力を完璧に殺した。
「なっ……バリア……!?」
「打撃など届かん」
ナインが指先を掲げる。次の瞬間、その爪先から高密度の紫色の光線――『指先からビームを撃ち出す個性』が連弾となって解放された!
ドガガガガガッ!!
「ぐあっ……あぁぁぁッ!?」
光線の雨を浴び、緑谷くんのコスチュームが弾け飛び、血飛沫が舞う。いくつもの異質な個性を巧みに切り替えて戦うその姿に、緑谷くんの脳裏に猛烈な既視感が走る。
(バリアに、レーザーに、衝撃波……!? 複数の個性を手元で切り替えて使っている……!? まさか……オール・フォー・ワンと同じ……いや、似たような力を……!?)
「お前のその力……異質だな。奪わせてもらう」
地に伏せる緑谷くんへ、ナインが背後から迫り、その首元へ直接手を叩きつけた。漆黒の電磁波が緑谷くんの体内に侵入し、根底にある『力』を引き抜こうとする!
「ガッ……あ……あぁぁぁぁぁッ!?」
しかし次の瞬間――ナインの手元で凄まじい反発磁場が爆発した!
「ぐ……っ!? なんだこの拒絶反応は……!? 個性が……ストックできない……重すぎる……!?」
『ワン・フォー・オール』は、代々の継承者たちの意志と巨大なエネルギーが固まった複合個性。ナインの許容量を超えた膨大な力の前に、略奪のラインが強制切断されたのだ。
「はぁ……はぁ……っ!」
個性を奪われかけた激痛と精神的ショックで、緑谷くんは身動きが取れず、その場に倒れ込む。
「……なるほど、奪えぬ個性もあるか。ならば用はない」
ナインは冷たく緑谷くんを足蹴にすると、再び恐怖で身をすくませる活真くんへと向き直った。個性を奪うには、直接その体に触れなければならない。ナインがゆっくりと手を伸ばす。
「誰に手を伸ばしてやがる、クソヤローがァァッ!!」
ドガァァァァンッ!!
爆豪くん参戦、そして2つの影が共に現れる。
激しい爆発音とともに、白い煙幕が現場を瞬く間に包み込んだ。
白煙くんと透ちゃんだ!
「透ちゃん、子どもたちを連れて下がって!!」
「うんっ!! 活真くん、真幌ちゃん、こっちへ!!」
透ちゃんが二人を素早く抱え上げ、煙の陰へと退避させる。同時に、爆風を切り裂いて飛び出してきたのは爆豪くん。
「死ねやァァッ!! 『A-P shot』!!」
「――チッ」
爆豪の圧倒的な戦闘センスがナインを襲う。バリアの展開速度を上回る超高速の連撃と変幻自在の空中機動。ナインの死角へと潜り込み、幾度となくその防壁を叩き割っていく!
「ハッ! 幾つ個性を持ってようが、扱いきれてねぇんだよテメェはよぉ!!」
「……クックック。威勢の良い小僧だ」
追い詰められたかに見えたナインが、初めて冷酷な笑みを深めた。
彼は背中の生命維持装置を稼働させ、自らの本来の個性――**『気象操作』**を解放した。
天空が激しく鳴動する。
あかね色の空が一瞬で漆黒の暗雲に覆われ、巨大な竜巻と無数の雷光が那歩島の上空を埋め尽くした。
「天の裁きを受けよ」
バリバリバリドガァァァァンッッ!!!!
紫紺の巨雷が数万ボルトのエネルギーとなって地表を焼き尽くす! 那歩島全体の変電設備が一瞬で過負荷を起こし、島中の明かりが次々と消えて暗闇へと呑み込まれていった。
「ぐああぁぁぁぁッ!?」
「ガハッ……!?」
超広範囲の落雷攻撃を受け、爆豪と緑谷くんが全身を焼かれて同時に吹き飛び、物言わぬ肉塊となって倒れ伏した。
「緑谷くん! 爆豪くん……っ!」
暗闇と煙が立ち込める中、白煙くんが立ち上がった。全滅の危機。二人を守れるのは、もう自分しかいない。
「……ほう。まだ立つか」
ナインが指先からビームを放ち、衝撃波を繰り出し、背中から巨大な龍の使い魔を解き放つ。殺意の暴風。しかし――
フッ……。
白煙くんの身体を、すべての攻撃が虚しく擦り抜けていく。白煙くんは全身を完全な「無機物の煙」へと変え、ナインのあらゆる物理・エネルギー攻撃を透過してみせたのだ。
「な……ッ!?」
「『ホワイト……スマッシュ』!!」
白煙くんは、爆豪くんが撒き散らした高熱の爆煙と硝煙を、自身の煙で爆発的に吸い込み・融合させた! 質量と高熱を増した高密度の一撃が、ナインのバリアの隙間を縫って、その顔面へとクリーンヒットする!
ドガァァンッ!
ナインが激しくよろめき、血を吐いた。
「……ぐっ……生意気な……!」
ナインの瞳が怪しく光り、『相手の個性を見破る個性』が白煙くんの全身をスキャンする。
『個性:煙。全身を煙へと変貌させ、透過・攻撃・拘束をこなす万能の生体変化。周囲の爆煙を吸収し、疲労回復することも可能――』
ナインの顔に、底知れぬ狂気の歓喜が浮かび上がった。
「素晴らしい……! 透過による回避、さらには環境の煙を取り込み強化する特性……! この力があれば、私の肉体の負担を劇的に軽減できる……!」
ナインの鋭い視線が白煙くんを捉える。
「その個性……奪う価値がある!!!!」
「なっ……!? しまった――っ!?」
白煙くんが煙となって離脱しようとしたそのコンマ数秒前、ナインの漆黒の手が、白煙くんの胸元――実体化の瞬間の核へと突き刺さった!
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
那歩島の夜空に、白煙くんの絶叫が引き裂くように響き渡る。
体内から、命そのものである「煙」の因子が、ズルズルと無理やり引き剥がされてナインの手の中へと吸い込まれていく。激痛と、自己の存在が消えていく恐怖。
そして――白煙くんの体を覆っていた常時の「煙」が完全に奪い去られ、霧散した。
煙のヴェールが剥がれ落ちたその下に現れたのは――
激しい痛みに涙を浮かべ、白く透き通るような肌と、息を呑むほど美しい顔立ちをした、一人の儚い美少年の生身の姿だった。
力無く、冷たい地面へと倒れ込む白煙くん。
「フハハ……ハハハハハッ!!」
白煙くんから「煙」の個性を奪い取ったナインは、天を仰いで狂気混じりの高笑いを上げた。
奪った個性が体内に馴染んでいく。細胞活性化ほどの完璧な治癒・再生効果はないものの、肉体を「無機物の煙」へと変調させる特性が、ナインの全身を蝕んでいた「細胞壊死」の激痛と負担を劇的に和らげていた。
「素晴らしい……! 身体が軽い! これほどまでに肉体の負荷を逃がせる力だったとはな……!」
冷たく地に伏せる白煙くん。煙のヴェールを剥ぎ取られ、剥き出しになった美少年の肌は、激痛と疲弊で死人のように青白かった。
ナインは冷徹な瞳で白煙くんを見下ろすと、何の躊躇もなくその指先を向けた。
「だが、一度奪った個性の主を生かしておく理由は無い。用済みだ」
「――あ」
ドガァァァンッ!!
紫色の高出力ビームが、白煙くんの身体を容赦なく貫く。白煙くんの左脇腹に、見るも無惨な大きな穴が穿たれ、鮮血が夜の闇へと飛び散った。
「嫌ぁぁぁぁぁぁッ!! エンちゃああああああん!!!!」
透ちゃんの悲鳴が夜空を引き裂いた。活真くんと真幌ちゃんを必死に庇いながら、見えない瞳から溢れ出す涙が止まらない。大切な恋人の身体が、目の前で無残に撃ち抜かれたのだ。
だが――勝利を確信したナインの表情が、突如として激痛に歪んだ。
「ぐっ……!? がはっ……!!? な、なんだ……この胸の逆流は……ッ!?」
ドサッ!!
ナインが血を吐きながら膝をついた。奪ったはずの「煙」の個性が、まるで意思を持った毒のようにナインの体内で暴走を始め、内臓と気管を激しく締め上げ、破壊し始めたのだ。
「ナイン!!」
絶叫とともに駆けつけたのは、刃の髪をなびかせたスライスだった。A組ヒーロー達を片付けたキメラも合流し、倒れ込むナインの身体を支え上げる。
「くっ……この個性に、何か仕掛けられていたというのか……!? 撤退するぞ、キメラ!」
「チッ……後味が悪いぜ!!」
ナインの体内で牙をむく異変に危険を感じた一味は、活真くんの回収を一旦諦め、夜の闇の中へと姿を消していった。
「エンちゃん!! 息をして!! エンちゃんっ!!」
「―――――、ぅぁ」
透ちゃんは地面に駆け寄り、血の海に倒れる白煙くんを抱きしめた。左脇腹の凄惨な傷口。温かい血が、透ちゃんの手袋と服を赤く染めていく。
「大丈夫……大丈夫だからね!! 私が絶対に死なせないからっ!!」
「透ちゃん、泣かないで……! 傷口を圧迫するのよ!!」
追いついた梅雨ちゃんが、激しく震える手で救急キットを取り出し、透ちゃんの応急処置を必死に手伝う。麗日さんは血に濡れる白煙くんと、全身を削られて重体の障子くんの身体に手で触れた。
「『ゼログラビティ』……!! 二人とも、浮いて……っ!!」
二人の巨体と重傷の身体が無重力で宙に浮く。
「白煙くん!! 障子くん!! すぐに事務所へ運ぶ!! 敵の追撃に警戒しろ!!」
飯田くんが涙を耐えながら叫び、轟くんと常闇くんが氷結と黒影を展開して周囲を警戒する。ナインの雷によってすべての電気が消え、真っ暗闇と化した那歩島。A組のメンバーたちは、命の灯火が消えかけている仲間を抱え、必死の思いでヒーロー事務所(宿泊施設)へと走り出した。
【闇に蠢くもう一つの影】
ナイン一味が去った暗闇の森の中。
木々の陰から、うっすらと立ち上る漆黒の煙があった。
ナインの体内で暴走し、内側から破壊をもたらした正体――白煙くんから分裂した、もう一つの人格『黒煙』である。
「……やってくれましたね、ナイン。私の半身と大切な『透さん』を傷つけてくれたこと、後悔させてあげますよ」
黒煙の不気味な声が、風に乗って低く響く。
「さて……ヒーローにつくか、ヴィランにつくか。……考えるまでもありませんね。私の大切な『透さん』がいる場所は、一つしかありませんから」
落雷によって漆黒の闇に包まれた那歩島。
黒煙は闇と同化するように揺らめきながら、傷ついたヒーローたちが集う島の中心――ヒーロー事務所へと静かに向かうのであった。
個性強奪の大ピンチです