【決戦前夜――A組と黒煙の作戦会議】
暗闇の事務所の中、手作りのバッテリーが放つ不快な点滅の明かりの下で、血と硝煙の匂いに包まれた作戦会議が始まった。床に広げられたのは、那歩島と周囲の海域が描かれた一枚の古びた地図だ。
「敵の狙いは明確だ。活真くんの『細胞活性化』……!」
飯田くんが眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、地図の一点を指差した。
「この那歩島で再び戦闘になれば、島民のみなさんを巻き込み、住む場所すら奪ってしまう。それは何としても阻止せねばならない!」
「ええ……。ですから、隣にあるあの無人島――『旧・那歩島』を決戦の地にしましょう。あそこなら建造物もなく、島民の皆様への影響を最小限に抑えられますわ」
八百万さんが重々しく頷き、作戦の骨組みを提示する。疲弊で青白い顔をしながらも、副委員長としての知性が冴え渡っていた。
黒煙は壁に背を預け、腕を組んだまま冷ややかに付け加えた。
「ナインは活真くんの波長を追ってきます。活真くんを囮として無人島へ誘導すれば、あいつらは必ず喰いつく。……問題は、どう迎え撃つかだ」
【第一の刺客・キメラの撃滅作戦会議】
「ナイン、スライス、キメラ……。個々があまりにも強すぎる。真正面からぶつかれば僕たちが擦り潰されるだけだ。まずは敵を分断し、個別に撃破しよう!」
緑谷くんが地図の上に駒を置きながら叫ぶ。
「ナインは一番強くてヤバいんだよな!?なら、A組最強の火力を誇る爆豪と轟をぶつけるべきじゃねえか!!」
峰田くんが必死の顔で提案するが、轟くんが静かに首を振り、口を開いた。
「いや……俺はナイン戦を辞退する」
「轟!?」
思わぬ言葉に驚く一同に対し、轟くんは自分の右手をじっと見つめた。
「あのキメラという怪物……広範囲を焼き尽くす超高熱の熱線を吐く。あれに対抗できるのは、俺の『氷結』と冷気だけだ。野放しにすれば他のチームが全滅する。俺はキメラへ行く」
「轟くん……ありがとう」
障子くんが怪我を負った重い腕を動かし、前へ出た。
「キメラの相手は俺と……俺たちで行く。……あの異形の怪物には、俺が引導を渡さなければならない」
「私たちもサポートするわ。ケロ」
梅雨ちゃんがお茶子ちゃんと顔を見合わせ、力強く頷く。そこへ、身体中に包帯を巻いた尾白くんが指を顎に当てて思案するように発言した。
「キメラは直訳すれば『複合生物』だ。見た目は狼男のようだが、間違いなく隠している能力や形態変化があるはず……。油断は禁物だよ」
「ええ。だから私の『毒』を使うわ」
梅雨ちゃんがケロッとした顔で、だが秘めた闘志を込めて告げる。
「胃液に含まれる麻酔毒を『カエル』の跳躍力でダイレクトに打ち込む。轟ちゃんの氷結で動きを止め、障子ちゃんのパワーと私の毒で、どんな怪物だろうと確実に眠らせるわ」
【第二の刺客・スライスの封殺作戦会議】
「次に、髪を鋭利な刃物に変えるスライスだ。近接戦では手がつけられないなら……俺が行く!!」
切島くんが真っ赤な髪を揺らし、自分の拳をガツンと打ち合わせた。
「待て、切島。防御に特化したお前だけでは削り負ける。攻撃は俺が行こう」
常闇くんが『ダークシャドウ』を背後に揺らめかせ、漆黒の瞳で切島を見つめる。
「相手は髪を鋭利にする刃物の使い手よね?……それなら、私の『酸』で全部溶かしてあげる!!」
芦戸さんがポンと手を叩き、八重歯を見せて不敵に笑った。
「切島が盾となり、芦戸の酸で刃を無力化し、隙ができたところを俺とダークシャドウの重撃で叩き伏せる。……完璧な流儀(ライン)だ」
「おう!! 頼むぞ常闇、芦戸!!」
【魔王ナインの追い詰めと、えげつない罠】
「そして……最大の壁、ナインだ」
緑谷の表情が一段と硬くなる。
「ナインの攻撃パターンは判明している。指先からの高出力ビーム、背中の龍の使い魔、そして絶大な防御を誇るバリア。衝撃波を放つ。さらには白煙くんから奪った『煙』と、天候を操る雷だ」
「雷は……あのウェーイを使えばいいだろ」
爆豪くんがフンと鼻を鳴らし、顎で上鳴くんをしゃくった。
「えっ、俺、避雷針!? またウェイ状態になれってかぁ!?」
上鳴くんが白目を剥くが、爆豪はニヤリと凶暴に口角を上げた。
「テメェが全落雷を引きつけて放電してりゃ、あいつの最大の広範囲攻撃は無力化できる。役立てよクソが!」
「うぅ……頑張るよコンチクショー!!」
「ナインはとにかく『個性』を使わせまくって、体内の崩壊を早めさせる。無人島には巨大な山と、古代の遺跡がある……その自然物(地形)をすべて兵器としてぶつけるんだ!」
緑谷の指示を受け、各メンバーがアイデアを吐き出す。
「崩した大岩を、私の『無重力(ゼログラビティ)』で浮かせるわ!」
「それを俺の『テープ』で何十重にも巻き上げて巨大な鉄球みたいにする!」
「そこにオイラの『もぎもぎ』を大量にくっつけて、バリアの上から身動きが取れないように固めて落とすぜ!!」
麗日さん、瀬呂くん、峰田くんが連携のイメージを膨らませる。
「……えげつない」
口田くんがぽつりと呟き、切島くんが頭を掻きながら苦笑いした。
「まあな……だが、ここまでえげつなく追い詰めねぇと、島も仲間も守れねぇからな!!」
「フッ……任せておたまえ。暗闇の決戦場でも、僕の閃光(レーザー)が一番綺麗にキラめいちゃうよ☆」
青山くんがキザに腰をくねらせ、場の重苦しい空気を和らげる。
最後に、黒煙が薄く笑いながら、救護ベッドの上の白煙くんと、その傍らに付き添う透ちゃんを見つめた。
「上出来です。……ホワイトの奪われた『煙』、そしてあなたたちの未来……すべて取り戻しに行きましょうか」
1年A組21人と黒煙。満身創痍の少年たちは、それぞれの意志と絆を胸に、最後の戦場――無人島へ向けて踏み出そうとしていた。
作戦会議の熱気が一段落し、A組のメンバーたちが決戦への準備のために散らばっていった頃。
薄暗い医務室の片隅で、命の危機を脱した白煙くんが、ゆっくりと重い瞼を開いた。
視界に映ったのは、見慣れた木造の天井と――そして、ベッドの脇に腕を組んで立っている、自分と全く同じ顔をした青年だった。
「黒煙……」
「お久しぶりです、ホワイト」
黒煙はポケットに手を突っ込んだまま、どこか小馬鹿にしたような、それでいて少しだけ安堵したような不敵な笑みを浮かべた。
「僕を助けたのは、きみか」
「透さんが哀しむ所は見たくありませんから。ついでです」
素直になれない黒煙の言葉に、白煙くんは苦笑をこぼしながら、まだ激痛の残る体をゆっくりと起こそうとした。
「それでも、助けてくれたのは礼を言うよ。ありがとう」
「礼には及びません。……フン、それにしてもナインごときに手こずるとは情けない。それでも私の半身ですか? 呆れて開いた口が塞がりませんよ」
黒煙が肩をすくめて吐き捨てると、白煙くんの眉根がぴくっと跳ね上がった。普段の温和で優しい彼からは考えられないほど、あからさまな不機嫌さがその表情に上書きされていく。
「手こずっていない。それに、個性を奪う個性なんて初見殺しすぎる。きみでも僕と同じ結果になっていたはずだ。なにせ、僕の半身だからね」
「私を貴方と一緒にしないでいただきたい。私は貴方と違いますよ。来たるべき時に備えて、常に最善の力を蓄えていますからね。……だいたい、この前私に負けたのは何処の誰でしたかな?」
黒煙がニヤリと挑発的に口角を上げると、白煙くんの瞳に青い火花が散った。
「――はぁ?」
「――あぁ?」
二人は至近距離で額がぶつかりそうなほど顔を寄せ合い、バチバチと火花を散らす。
「言っておくけど、あの時は僕が手減したんだよ! 本気を出したらきみなんて一瞬で煙に巻けたね!」
「手加減? クックック……言い訳ですかホワイト? 負け犬の遠吠えにしか聞こえませんね。あの時、私に手も足も出ずに這いつくばっていたのは事実でしょう?」
「這いつくばってなんていない! あれは転んだだけだ! きみのやり方はいつも強引で配慮が足りないんだよ! 今回だって、みんなを怖がらせるような登場をして……相変わらず性格が歪んでるんじゃないの!?」
「配慮? ヒーローごっこで甘やかされた貴方に言われたくありませんね! 命を救ってあげた命の恩人に向かってその態度はなんですか。もう少し敬意というものを学んだらどうです?」
「命の恩人ぶらないでくれる!? そもそも僕たちの生命力は共有されているんだから、僕が死んだらきみだって困るでしょ! 僕を助けたのは自分のためでもあるくせに!」
「ほほう、よく喋る口ですね……! 穴の開いた脇腹が痛む前に、その口を永久に塞いであげましょうか!?」
「やってみなよ! 個性がなくても、拳の殴り合いなら負けない!!」
普段の冷静で大人びた白煙くんはどこへやら、完全に小学生のような売り言葉に買い言葉でギャーギャーと口喧嘩を始める二人。黒煙もいつもの冷徹な仮面が剥がれ落ち、意地になって言い返している。
「「2人とも喧嘩しちゃだめーーーー!!」」
バンッ! と見えない手がベッドの柵を叩き、透ちゃんの叫び声が医務室に響き渡った。
「エンちゃんも黒煙ちゃんも! 怪我人なんだから大人しくして! もう、二人とも顔が一緒だから、言い争ってると鏡に向かって怒ってるみたいで変な感じなんだからねっ!」
「「……透ちゃん(さん)が言うなら」」
フイッと同時に顔を背ける二人。息だけは無駄にピッタリだった。
その様子を、医務室の入り口の隙間からそっと覗き込んでいた緑谷くんと麗日さん。
「……白煙くんがあんなに不機嫌になるって、初めて見るね」
緑谷くんが目を丸くしながら苦笑いを浮かべる。クラスの誰に対しても優しく、感情を乱すことの少ない白煙くんが、あそこまで剥き出しの感情をぶつけている姿は新鮮だった。
「ふふ、なんというか……年相応の態度?」
麗日さんが頬を緩ませながら指を顎にあてる。
「それだ。本音で話しているって感じ。黒煙くんも同じだね。普段は凄く気取ってるのに、白煙くんの前だとムキになっちゃって」
「双子……みたいなものなのかな?」
「しっかり者の白煙くん、なんでもできる黒煙くん……って感じだよね」
「うん。……でも、なんだかんだでお互いの力を認めあってるよね。二人とも、口では酷いこと言いながら、相手の強さを一番分かってる顔をしてたよ」
緑谷くんは、決戦を前に少しだけ心が温かくなるのを感じていた。
光と影、白と黒。正反対の二人だが、その根底にある絆と「大切なものを守りたい」という強い意志は、間違いなく一つだった。
白煙くんは脇腹の痛みに耐えながら、去っていく黒煙の背中を睨みつける。
(……絶対に、僕の『煙』を取り戻す。そして、きみにも認めてさせてやるんだから……!)
那歩島の夜が明ける。1年A組と二人の「煙」の少年たちの、すべてを懸けた最終決戦が始まろうとしていた。
白煙くんと黒煙は基本的にケンカ友達に近いです