激闘の熱冷めやらぬ那歩島。
緑豊かな木々がなぎ倒され、焦土と化した一角に突如として出現したのは、ありあわせの資材と個性を駆使して作られた大型の「野戦幕営病院」だった。
救援の船もヘリもすぐには届かない無人島において、いま最もその本領を発揮していたのは、白煙くんであった。傷口を清浄な煙の膜で覆い、感染症を防ぎながら迅速に骨折や裂傷の応急手当を進めていく。その手つきは、日頃から「レスキューヒーロー」を志す者としての卓越した手際そのものだった。
「クソがァァァッ!!!! ヴィランの首根っこ捕まえ損ねた挙句、こんな床で転がされてたまるかッッ!!!!」
パイプベッドの上で、全身に包帯を巻き付けられた爆豪くんが咆哮を上げる。動くたびにギチギチと包帯が擦れ、血が滲むのもお構いなしだ。
「まあまあ、かっちゃん……活真くんも真幌ちゃんも、島のみんなも全員無事だったんだから。僕たちの勝ちだよ」
隣のベッドで腕をギプスで固められた緑谷くんが、疲弊しきった顔で苦笑いを浮かべる。
「そうだぞ爆豪! おめぇ、マミーとかいうあの包帯のヴィランを一人で完封してブチのめしてただろ! 胸張れって!」
切島くんが包帯まみれの顔で歯を見せて笑う。
「うるせぇぇぇ!! 全員その手でブチ殺して完勝してこそだろうがァァァーー!!!! 救援なんざ待たずにあのモドキ野郎(ナイン)追撃しに行くぞコラァッ!!」
跳び起きようとして跳ね回る爆豪くん。だが、その頭上にすうっと冷たい影が落ちた。
「……治療中です。僕の治療はあくまでも応急処置。本格的な治療はリカバリーガールをお待ちください。今後のヒーロー活動に影響が出る後遺症を残したくないのなら、大人しく寝ていてください。返事は、はいかイエスしか受付けません。おーけー?」
白煙くんが、両手に医療用包帯と消毒液を持ちながら立っていた。その口元は穏やかに微笑んでいるが、目は一切笑っていない。背後から立ち昇る白煙が、心なしか怒りの形相を描いている。
「「「………はい」」」
死線を潜り抜けた猛者である爆豪くん、緑谷くん、切島くんの3人が、一瞬で背筋をピンと伸ばしてベッドに正座した。
隔てられたテントの女子エリアでも、安堵と疲労の溜息が漏れていた。
「静かにしてほしいですわ……。体の節々が痛むのは、個性の使いすぎですのね……」
八百万さんが額に冷却シートを貼りながら、力なく呟く。
「爆豪は相変わらず元気だけどねー……あたた」
芦戸さんが全身の擦り傷に顔を顰める。
「本当、しんどかったー……。一時はどうなるかと思ったよ」
麗日さんが天井を見上げ、胸に手を当てる。
「みんな、本当にお疲れ様ね。誰も死ななくて、本当によかったわ」
梅雨ちゃんが、湿気を帯んだ冷たいタオルを額に乗せながら優しく微笑む。
「まじ大ピンチだったし……。でも、みんなのおかげで生き残れたね」
耳郎さんがイヤホンジャックを弄りながら、小さく息を吐いた。
「はいはーい!! 女子チームのみんな、ゆっくり休んでねー! 水分補給もしっかりだよー!」
透ちゃんが、白煙くんから教わった手当ての手順に従い、甲斐甲斐しく女子メンバーの絆創膏を貼り替えたり、スポーツドリンクを配って回っている。透明な姿から滲み出る明るさが、重苦しい空気を柔らかく包み込んでいた。
男子の重傷者エリアでは、静かな健闘の称え合いが行われていた。
「無事か、障子」
全身を氷の生霊のような冷気で冷やしながら、轟くんが尋ねる。
「なんとか、な……。腕の複製器官は重傷だが、命に別条はない。……お前のおかげだ、轟」
障子くんが痛みに耐えながら、静かに感謝を口にする。
「かっこよかったぞ、障子くん。あの土壇場での判断、そして『オクトスパンション』の威厳……まさにヒーローの鑑だった」
飯田くんが、両脚のエンジンを冷やしながら誇らしげに頷く。
「みんな、無事で本当に良かった……」
口田くんが小さな声で呟きながら、島で怪我をした小動物たちの手当てと、動けない仲間たちの搬送を最後まで手伝っていた。
その横では、肉弾戦を繰り広げた者たちがぐったりと横たわっている。
「ヴィラン、マジで強かったな……。俺のパワーが押し負けるなんてさ」
砂藤くんが糖分切れの頭を抱える。
「もっと武芸も個性も修行しないとな……。あんな怪物、世の中にはゴロゴロいるってことだ」
普通に、しかし確実に強い尾白くんが、己の尻尾を見つめながら静かに闘志を燃やす。
「ふッ……深淵の闇は深かった。だが、我らの光もまた途絶えることはなかった……」
常闇くんが包帯に巻かれながら呟く。
「あの、お腹が……その、トイレはどこにありますか⭐︎」
青山くんが青ざめた顔で腹を押さえ、必死の思いで尋ねる。
「「「無人島にトイレはない」」」
砂藤くん、尾白くん、常闇くんの声が、完璧なハーモニーとなってテント内に響き渡った。
「そんなー⭐︎」
絶望に打ちひしがれる青山くんに、どこからか呆れた声が飛ぶ。
「ナースのお姉さんはいないのかー!!!! 可愛いナースさんに『痛いの痛いの飛んでいけ』ってしてもらう予定だったのにーーー!!! 」
峰田くんが天井に向かって血涙を流す。性欲の権化による魂の叫びだった。
「いねえよ。しっかり寝てろ峰田。林間合宿の時みてーに、白煙に煙でぐるぐる巻きにされて動けなくされるぞ」
瀬呂が自分の肘のテープを貼り替えながら、呆れたようにツッコミを入れた。
テントの入口近くでは、今回の裏の立役者たちが不毛な押し問答を繰り広げていた。
「やれやれ。島に来る事前にヒーローの救援要請は出しておきましたが、流石にここまでの孤立地域となるとすぐには来ませんね」
影から現れた黒煙(ブラック)が、やれやれと肩をすくめる。
「こらーブラック! 雑談してないで治療を手伝えー!」
白煙くんが三角巾の山を抱えながら、黒煙の背中を叩く。
「ホワイト、言っておきますが私に医療の専門知識などありませんよ。私はただの影、闇の存在です」
すました顔で断る黒煙。しかし、白煙くんはジト目で黒煙を睨みつけた。
「嘘つけ! 合体した時に記憶も経験も全部共有したじゃん! きみが影でこっそり僕の救急手当ての本を読んで暗記してたのも、透ちゃんを助けるために裏で色々暗躍してたのも、全部僕の頭の中に残ってるんだからね! さっさと働けー!」
「働けー!」
横から透ちゃんも一緒になって、黒煙の背中をぽんぽんと押す。
「……ハァ。融合なんて、二度とするものではありませんね。プライバシーというものが存在しない」
黒煙は心底嫌そうに溜息をつきながらも、素直に包帯の山を受け取り、完璧な手つきで怪我人の手当てへと向かうのだった。
沈みゆく夕空の下、傷だらけのA組の面々は、確かな絆と勝利の余韻に包まれながら、静かな休息の時を迎えていた。
「運べー!」
「瓦礫はこっちの広場にまとめて一ヶ所に!」
「発電機が繋がったぞ! 電気が戻った!!」
「ヒーローのみなさん、本当にありがとう!」
ナインたちとの死闘が終わり、数日。那歩島には少しずつ、だが確実に活気が戻りつつあった。倒壊した家屋の撤去やインフラの復旧作業に、島民とA組の生徒たちが一丸となって汗を流している。
「芦戸さんの『酸』での瓦礫溶解に、麗日さんの『無重力』での重機運搬、そして障子くんの『複製腕』でのパワープレー……みんな大活躍だね」
「ふふ、でも怪我をしたヒーローも、寝ずに全員治療しちゃったエンちゃんが一番すごかったけどね!」
白煙くんと透ちゃんが、復興作業の合間に並んで汗を拭う。透ちゃんの言葉に、白煙くんは少し照れくさそうに笑いながらも、どこか誇らしげに胸を張った。
作業が一段落し、港には雄英高校へ帰還するための大型フェリーが接岸していた。
「みんな、復興作業お疲れ様。これより我々は雄英高校へと帰還する! 荷物の置き忘れはないか!?」
飯田くんがビシッと腕を振りながら、全員に向かって声を張り上げる。
「みんなで島の手伝いができて良かったな。……もう少し居たかった気持ちもあるけどね」
緑谷くんが名残惜しそうに那歩島の町並みを振り返る。
「ここから先は島民のみなさんの生活、そして日常の領域ですわ。私たちがいつまでも甘えさせてはいけませんものね」
八百万さんが温かい眼差しで、笑顔を取り戻した島民たちを見つめた。
「で……合法的に見れる水着のピチピチなお姉さんはどこなんだよぉぉぉ!? 楽園は!? オイラの夏はどこ行ったんだァァァー!?」
峰田くんが膝をついて叫ぶ。
「お前……言ってる場合か! 命があっただけでも儲けものだろうが! もう精神的にヤバいぞ!」
切島くんが呆れ果てた顔で峰田の首根っこを掴み上げて引きずっていく。
「那歩島、あっという間に終わったね」
「今度は2人っきりで来ようね、エンちゃん!!具体的には新婚旅行かハネムーン!!」
「ど、どっちも同じ意味だよ透ちゃん!!恥ずかしい、けど…………………………まあ、候補には入れておくよ」
「えぇっ!?エンちゃん、本当っ!?」
白煙くんと透ちゃんがイチャイチャしていると、フェリーの前で、活真くんと真幌ちゃんが必死に走ってきた。
「みんな! 島を、みんなを助けてくれて本当にありがとう! ぼく……白煙お兄ちゃんや緑谷お兄ちゃんたちみたいな、かっこいいヒーローに絶対なってみせるよ!!」
活真くんが大きな目いっぱいに涙を溜めながら、真っ直ぐな瞳で叫ぶ。
「……フン。最初は疑ってごめんなさい。でも……ヒーローって、あんたらって、ちょっとだけ悪くなかったわよ!」
真幌ちゃんも照れくさそうに明後日の方向を向きながら、胸の前でぎゅっと拳を握りしめていた。
白煙くんは活真くんの前にしゃがみ込み、その小さな頭を優しく撫でた。
「活真くん。君はもう、立派なヒーローの心を持っているよ。……君が本気で目指すなら、僕の『レスキューヒーロー事務所』の枠はいつでも空けて歓迎するからね!!」
「真幌ちゃん! これからも活真くんのイチバンのファンとして、ずっと応援してあげてね!!」
透ちゃんも元気いっぱいに手を振り、二人へ最高の笑顔を向けた。
「「うん! ありがとー!!!!」」
汽笛の音が響き渡り、フェリーがゆっくりと港を離れていく。
甲板に並んだA組の仲間たちが、小さくなっていく二人と那歩島に向かっていつまでも手を振り続けた。
悲しい過去も、理不尽な差別も、激しい死闘も乗り越えて。
少女と少年が繋いだ絆と希望を胸に、ヒーロー候補生たちは次なる未来へと船を進めていくのだった。
コンコン
「入っています……」
那歩島を離れ、波を掻き分けて進むフェリーの静かな揺れの中。
薄暗い個室トイレに一人閉じこもり、腹痛に耐えながら己の息遣いだけを聞いていたのは、青山優雅だった。
「――指令だ」
「――ッ」
扉一枚を隔てたすぐ向こう側から、あまりにも無機質で、冷酷な声が低く落ちる。
足音すら殺して近づいてきたその気配は、青山優雅の背筋に凍りつくような恐怖を走らせた。
「決起は4ヶ月後。アンタはヒーローの足手まといをしろ。……余計な真似をすれば、ご両親の命はない」
一方的に宣告するだけ言い残すと、その気配は足音もなく去っていった。
「ッ……ぐ、あ……っ」
冷や汗が全身から溢れ出し、腹部の『ネビルレーザー』の専用ベルトが、まるで己を縛り付ける鎖のように重く不気味に冷たく感じられる。
「いつまで……いつまで、僕は……僕は……」
眩しい光を浴び、仲間たちと笑い合い、ヒーローとしての道を歩んでいる「青山優雅」という偽りの輝き。
その裏で絶え間なく蠢く、オール・フォー・ワンという絶対的な悪の影。
仲間たちの温かい笑顔を思い出すたびに、胸が締め付けられるような罪悪感と絶望が彼を苛む。
膝を抱え、暗闇の中で震える少年の地獄は、青空の下でも決して終わることはなかった。
「ふむ。雄英の内通者は『青山一家』そして接触回数を考えると少数が潜んでいますね。全員確定するまでもう少し泳がせますか」
そして、闇を監視する煙は誰からも気付かれることなくフェリーを去った。
劇場版シリーズ閉幕
ぶっちゃけ、最終回でも良いです
障子くんのかっこいいところ、A組全員活躍、白煙くん黒煙の合体コンビ、透ちゃんと那歩島デート
シリアスも無くてハッピーエンド!!
ヒロアカで書きたいことは、大体書けました
完!!
もうちょっとだけ続くんじゃ