TS転生系洗脳魔法少女 作:ゆめの
敵を持って敵を挫く。代償は厭わない。
*
鉄錆の乾いた匂いが辺りに満ちている。数瞬前まで強固な建造物の外殻を為していたはずのコンクリートや鉄骨は、今や見る影もなく粉砕され、無惨な瓦礫の山と化していた。風が吹くたび、それは微細な砂埃を舞わせ、ただ視界を遮るだけの邪魔な岩塊として、終わった世界の残骸を晒している。
その死の静寂の中を、複数の巨大な影が、重い足取りで歩いている。
狼の頭部を持った、悍ましい二足歩行の獣たちだ。
彼らの全身を覆う、所々がひび割れ、ささくれ立った爬虫類のような鈍色の鱗は、銃弾さえ弾き返すほどの硬度を誇る。その強靭さゆえか、瓦礫に擦れた程度では、血の一滴はおろか、傷一つ滲まない。
獣たちは、無造作に巨大な前脚で瓦礫をひっくり返し、生じた隙間にその長い鼻面を突っ込む。
発達した嗅覚だけを頼りに、瓦礫の奥底に潜む「餌」――まだ温かい、生きた人間の匂いを貪欲に探り当てようとしていた。
連中の内の一匹が、不意に遠くで、鼓膜を震わせる雄叫びを上げた。
それに呼応するように、周囲にいた幾つもの獣が、飢えに狂った咆哮を上げ、一斉に走り出す。
彼らの共有する「感覚」が、確かに捉えたのだ。餌があった。生きた人間が、そこにいた。
人間からしか生きるために必要な特異な養分を摂取できない彼らにとって、生存者とは、ただの食料ではない。渇いた喉を潤す新鮮で瑞々しい果実であり、生命力を維持するための、至高の馳走だ。
人間の数倍はあろうその背丈と、コンクリートを容易く粉砕する屈強な体躯の彼らをもってすれば、脆弱な人間を喰らうことなど、赤子の手をひねるよりも造作もないだろう。
この区域内にいたほぼ全ての人間を捕食しつくし、地を這う蟻さえ見当たらなくなった今、それでもなお有り余る彼らの底なしの食欲が、ただ一人の人間――その生存者に向けられた。
群れの長であろう、白い毛に覆われた一際大きな体躯の獣が、瓦礫の向こう側、視線の先に一人の人間を捉える。
肉付きの悪い細い四肢。腰まではあるだろう、長くまっすぐに落ちた白い髪。近付くにつれて、徐々にその姿が、霧が晴れるように鮮明になっていく。
それは、少女だった。
長は、彼女をはっきりとその視界に収め、そして――不意に動きを止めた。
背後から押し寄せる群れ全体が、彼の微かな硬直を察知し、長が動き出すのを待っている。
これは狩りではない。一方的な、慈悲なき蹂躙だ。だというのに、長はそこから一歩も動かない。
ただひたすらに、その小さな少女を見詰めたまま、金縛りに遭ったかのように立ち止まっていた。
長は、彼女の異質さを、その本能で嗅ぎ取っていた。
病的なまでに青白い、不健康そうな頬。足先まで届きそうな、古びた薄灰色のローブ。
そして、自分たちという圧倒的な死の化身を前にしても、恐怖に歪むどころか、一切揺らぐ事のない――底知れない蒼白の瞳。
強靭な身体を持った獣の本能が、彼に警鐘を鳴らしていた。
あれは、ただの人間ではない。
生存者を見つけた喜びなど瞬時に霧散し、じっとりと冷や汗が流れるような、正体のわからない胸騒ぎがした。これは、何か取り返しのつかない罠かもしれない。
だが、それでも。
彼は群れの長である前に、一匹の飢えた
たとえただの小さな女であろうとも、その正体が何者であろうとも、彼らは餌を前にして、自制することなど決してできない。脳髄を支配する終わりなき飢餓が、理性などという脆弱なものを容易く噛み砕いた。
長は再度、鼓膜を裂く雄叫びを上げ、間髪入れずに、強靭な後ろ脚で地面を蹴る。
足蹴にされたコンクリートが蜘蛛の巣状に罅割れ、その轟音と共に、飢えた群れ全体が一斉に駆け出した。
そして、逃げ場のない少女を追うように円形に、彼らが一か所に集まった、その瞬間。
少女の足元から、周囲の陽光をすべて吸い込むような、底なしの「影」が出現し、一瞬にして地面を覆い尽くした。
瓦礫も、獣も、その全てを飲み込む、真昼の深淵。
そして、その影の中から、
――
音もなく現れ、群れ一つを、その巨大で光のない暗闇を持って、一息に飲みこんだ。