ヤニねことカラカラねこ   作:きのこ大三元

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遂に3人目のねこ…ハメねこ登場です!
ヤクねことの関係も好きです…


第8話 この動画、近所じゃないにゃ?

夜。

 

 ハメねこは、自室のベッドへ寝転がりながら「ねこねこ動画」を眺めていた。

 

 話題の獣人、炎上した配信、伸び始めた新人。自分より再生数の多い動画と少ない動画。特に目的はなく、面白そうなら見て、つまらなければ閉じるだけだった。

 

「これ、また似たような切り抜きじゃん。この人はサムネだけ強いし、こっちはタイトル長すぎ」

 

 誰にも聞かれていないのに、一つずつ評価しながらおすすめ欄を流していく。配信者というものは、他人の数字が気になる生き物だった。

 

 少なくとも、ハメねこはかなり気になった。

 

 しばらく下までスクロールしたところで、妙に古臭いサムネイルが目に入る。

 

 画面の中央には、薄茶色の粉が詰まったペットボトル。その手前に置かれた紙には、手書きで『アル中パウダー 獣人Ver.』と書かれている。背景は畳で、業務用の角瓶、ステンレスジョッキ、調味料の空袋、外装の変色した電子レンジまで映り込んでいた。

 

 動画タイトルは『アル中パウダー作ってみたにゃ』。投稿者名はnyanyanya。再生数は少ないが、コメント数だけは妙に多い。

 

「……サムネ弱い」

 

 少し間を置く。

 

「いや、内容は強そうだけど。見せ方が弱いって意味ね。私ならもっとクリックされる感じにできるし」

 

 誰も反論していないのに補足し、動画を開いた。

 

『どうも、nyanyanyaです』

 

 最初に映ったのは、畳とボウルと調味料だった。画角が低すぎて、配信者本人は首から下しか映っていない。

 

「カメラ低っ。料理を映したいのは分かるけど、顔切れてるじゃん」

 

 画面の中で、角子が粉からしの袋を開ける。

 

 バリバリッ!

 

 袋の音だけが大きく割れ、その直後に小さな声が続いた。

 

『まず粉からしです』

 

「音量調整してないじゃん」

 

 白い字幕で『粉からしを入れます』と表示された時には、角子はすでに二袋目を開けていた。

 

「字幕も遅い。編集した人、寝てた?」

 

 少し考える。

 

「……本人編集っぽいな。まあ、私なら十分で直せるけど」

 

 角子は粉からしを四袋、粉わさびも四袋。一味唐辛子を複数本入れ、大袋のうま味調味料まで量を測らず流し込んでいく。

 

 ハメねこは画角より、そちらが気になり始めた。

 

「……量のほうを先に直したほうがいいか」

 

《一袋じゃない》

《四個いった》

《その量は粉じゃなくて地層》

《肺から味付け》

 

 角子が業務用の角瓶を持ち上げると、大きな瓶が顔の前へ重なり、配信者の顔が完全に消えた。

 

 瓶だけが喋っている。

 

『少しだけ使います』

 

「配信者が商品に負けることある?」

 

 角瓶が傾く。

 

 どぼどぼどぼ。

 

《顔どこ》

《角瓶が本体》

《字幕が遅刻》

《少しとは》

 

 ハメねこはコメントを見て、少し不満そうな顔をする。

 

「視聴者、私と同じこと言ってる」

 

 自分のほうが先に気づいたような口調だった。

 

 動画はそのまま進み、角子が獣人用の食用またたびパウダーを一瓶、二瓶、三瓶、四瓶と投入していく。

 

「いや、入れすぎでしょ」

 

 角子は真面目な顔で材料を混ぜた。粉が舞い、咳き込み、それでも手を止めず、完成した薄茶色の粉をペットボトルへ詰めていく。

 

 ハメねこは画面へ少し身を寄せた。

 

「内容が強すぎて、配信技術の雑さがどうでもよくなってきた……」

 

 角子が換気扇を回した直後、玄関の扉を叩く音が聞こえる。角子は画面の外へ消え、カメラには誰もいない畳とボウルだけが映り続けた。

 

「カメラ置いてくんだ」

 

 しばらくして、画面の奥へ角子と金髪の猫獣人が入ってくる。

 

 ハメねこの目が細くなった。

 

「ヤクねこ?」

 

 見間違えるはずがない。

 

 ヤクねこは部屋へ入るなり、材料の空袋や小瓶のラベルを確認し、角子へ質問を始めた。そして安全確認という名目で、アル中パウダーの付いたセロリを一口食べる。

 

 動きが止まる。

 しばらく無言。

 もう一口。

 さらに食べる。

 

《落ちた》

《合法中毒》

《獣人特効》

《確認長い》

 

 ハメねこは口元を押さえた。

 

「何やってんの、あいつ」

 

 ヤクねこはアル中パウダーを見つめ、小さいながらもはっきりと言った。

 

『これから、姐さんと呼ばせていただきます』

 

 ハメねこの指が止まった。

 

 再生を止める。

 少し戻す。

 

『これから、姐さんと呼ばせていただきます』

『姐さん』

 

 もう一度。

 

『姐さん』

 

 耐えられなかった。

 

「何やってんの、あいつ……!」

 

 角子から「普通に角子でいいですよ」と言われても、ヤクねこは姐さんと呼び続けている。

 

「これ本人に見せたら、絶対嫌がるやつじゃん」

 

 ハメねこは動画を保存した。

 

 後で使う気だった。

 

 アーカイブを見終えると、関連動画がいくつも並んだ。

 

『スペシャルなハイボール作ってみた』

『深夜に肉を焼く』

『炊飯器で赤い何かを作る』

『アル中パウダー補充』

『音を立てずにハイボールを飲む』

 

「タイトルも弱いなあ」

 

 そう言いながら、全部気になる。

 

 最後の動画を開くと、角子が底へ少しだけハイボールの残ったステンレスジョッキを持ち、音を立てないようにすすっていた。

 

 ズッ。ズッ。ズッ。

 

 壁の向こうから声が響く。

 

『そっちのほうがうるさいにゃー!』

 

 ハメねこの指が止まった。

 

「……ヤニねこ?」

 

 動画を戻し、もう一度再生する。

 

『そっちのほうがうるさいにゃー!』

 

「ヤニねこじゃん」

 

 別の動画を開くと、今度は画面の端に見慣れた猫耳が映っていた。ヤニねこは鍋の横へしゃがみ、角子の料理を勝手に食べている。

 

『これ配信?』

『そうです』

『ふーん』

 

 それ以上気にせず、食事を続けた。

 

「出演者としての意識が低すぎない?」

 

 ハメねこは今度こそ、動画の背景をじっくり確認する。畳、壁紙、窓、古い引き戸。玄関から見える共用廊下、壁の細かな傷、剥がれかけた注意書き。

 

 どれも見覚えがあった。

 

 さらに動画の後半、大家らしき声まで入る。

 

『元気な家電は火花を散らさないぞ』

 

 ハメねこは停止ボタンを押した。

 

「大家じゃん」

 

 画面を見る。

 背景を見る。

 もう一度、ヤニねこを見る。

 

「これ、このアパートじゃない?」

 

 普通なら、投稿者へコメントを残す。あるいはメッセージを送り、廊下で会った時に挨拶する。

 

 ハメねこは、自分の配信画面を開いた。

 

『【突撃】近所で見つけた謎の底辺配信者と勝手にコラボしてみる』

 

 配信開始。

 

 ハメねこはベッドから起き上がり、髪と耳を軽く整えた。さっきまでの辛口な独り言を引っ込め、口元へ笑顔を作る。

 

 声も一段高くなった。

 

「はぁーい、みんなこんばんはー。ハメちゃんねるだよー」

 

《急に始まった》

《声変わった》

《勝手にコラボ?》

《謎配信者って誰》

 

「さっきね、同じアパートで配信してるっぽい人を見つけちゃったの。再生数はまだ少ないんだけどぉ、内容だけは妙に濃くてぇ……ちょっと気になっちゃったんだよねー」

 

《失礼》

《本人見てない?》

《許可取った?》

 

「許可? もちろん、今からちゃんと取るよー」

 

《先に取れ》

《それ突撃》

 

「だってぇ、先に取ったら突撃にならないじゃん?」

 

 声も笑顔も柔らかい。言っていることは何も改善していなかった。

 

 ハメねこはスマートフォンを持って部屋を出る。廊下へ出ても、カメラへ向けた猫なで声は崩さない。

 

「別に盗撮とかじゃないからねー? ちゃんと玄関で本人に説明するし、嫌だって言われたら顔は映さないよ。音声は入っちゃうかもしれないけど、それは廊下だから仕方ないっていうかぁ……」

 

《言い訳長い》

《もう配信してる》

《声入るぞ》

 

「これは企画の導入だから。みんな細かいこと気にしすぎー」

 

《便利な言葉》

《先に説明しろ》

 

 説明するほど、怪しくなっていった。

 

 角子の部屋へ近づいたところで、ちょうど扉が開く。小さな皿を持ったヤニねこが出てきた。

 

 皿の上には、肉と野菜が少しずつ載っている。

 

「ちょうどいいところにいた」

 

 その一言だけ、素の声だった。

 

 ハメねこはすぐに笑顔を作り直し、スマートフォンをヤニねこへ向ける。

 

「ねえねえ、ちょっといいかなー?」

 

 ヤニねこが画面を見る。

 

「これ配信にゃ?」

「そうだよー。今、突撃コラボ中なの」

「ふーん」

 

 肉を一口食べた。配信より、皿の中身のほうが大事らしい。

 

「この部屋の人、動画やってるんだよね?」

「やってるにゃ」

「どんな人なのー?」

「飯出る人にゃ」

「名前は?」

「カラカラねこ」

「本名は?」

「知らないにゃ」

「動画に何回も映ってるんだけど」

「そうなの?」

「この部屋、何回くらい入ったことあるのー?」

「いっぱいにゃ」

「それなのに、なんで何も知らないの?」

「聞いてないからにゃ」

 

《情報ゼロ》

《飯だけ食べてる》

《背景猫本人》

《取材失敗》

 

 ハメねこの笑顔が、わずかに引きつる。

 

「じゃあ最後に聞くけどぉ、今からコラボしても大丈夫そう?」

「飯まだあると思うにゃ」

 

 猫なで声が消えた。

 

「飯の話じゃない」

「じゃあ知らないにゃ」

 

 ヤニねこは皿を持ったまま、自分の部屋へ戻っていった。

 

「役に立たないなあ」

 

 少し離れたところから声が返る。

 

「聞こえてるにゃー」

「聞こえるように言ったから」

 

 ハメねこは角子の部屋の前へ立ち、もう一度、配信用の笑顔を作った。

 

「それではみなさーん、謎の配信者nyanyanyaさんへ突撃してみたいと思いまーす」

 

《声でバレる》

《もう聞こえてる》

《普通にノックしろ》

 

 こん、こん。

 

 少しして鍵が開き、ステンレスジョッキを持った角子が現れる。

 

 ハメねこは頬が痛くなりそうなほど愛想よく笑い、スマートフォンを向けた。

 

「こんばんはー。ハメちゃんねるでーす。今、生配信中なんですけどぉ」

「そうなんですね」

 

 想像より反応が薄かった。

 

 驚かない。怒らない。興味も示しすぎない。

 

 ハメねこの猫なで声が、少しだけ低くなる。

 

「それでぇ、nyanyanyaさんですよね?」

「そうですけど」

「動画を見つけちゃって。同じアパートの配信者同士、突撃コラボできたら楽しそうだなーって」

「今からですか?」

「今から。もう始まってるけど」

「そうですか」

 

 笑顔を向けても、角子の反応は変わらない。

 

 やりづらい。

 

 もっと慌てるか、困るか、せめて少しくらい驚くと思っていた。

 

「ちょうど、こちらも配信を始めるところでした」

「そっちも?」

「はい」

 

 部屋の奥では、三脚へ固定されたスマートフォンから角子側の配信がすでに始まっていた。

 

《誰か来た》

《ハメねこ?》

《突撃された》

《配信者同士が鉢合わせ》

 

 同じ場面が、違う角度から二つの配信へ流れている。

 

「ちょっと待って。これ、どっちのコラボ?」

「どちらでもいいと思います」

「いや、配信の主導権っていうか……」

「入りますか?」

 

 角子は普通に扉を開いた。

 

「まあ、入るけど」

 

 室内には、動画で見たままの光景が広がっていた。低いカメラ、畳、業務用角瓶、ステンレスジョッキ、大量の調味料、アル中パウダーの容器。

 

 そして、例の古い電子レンジ。

 

 角子の配信画面では鍋と畳が大半を占め、本人の顔は上半分が切れている。

 

「まずカメラ低い」

「鍋を映したいので」

「顔が映ってない」

「料理配信なので」

「でも喋ってるのはあなたでしょ」

「声は入っています」

「そういう問題じゃないんだけど」

 

 角子は真面目に聞いていた。否定もしない。反論もしない。

 

 ハメねこは少し気分がよくなり、カメラを意識して猫なで声へ戻る。

 

「配信ってぇ、最初の見た目がすっごく大事なの。顔、料理、タイトル、音量。全部ちゃんと見せないと、せっかく面白くても見てもらえないんだよー」

 

 角子は素直に頷く。

 

「私くらいになるとね、カメラを見ただけで、一番かわいく映る角度が分かるっていうかぁ――」

 

 角子が業務用角瓶を持ち上げた。

 

 大きな瓶が、ハメねこのスマートフォンへ近づく。

 

「危なっ! 機材の近くに酒置かないで!」

 

 猫なで声が一瞬で消えた。

 

「このくらいですか?」

「もっと。こぼれたら終わるから」

「配信がですか?」

「スマホが!」

 

《本気の声》

《機材には厳しい》

《酒からスマホを守れ》

《急に素に戻った》

 

 角子が酒瓶を部屋の端へ移した。

 

 その時。

 

 ブォォン……。ジジジジ……。

 

 部屋の奥から低い音が響く。電子レンジの下には新しい耐熱シートが敷かれ、扉には『使用中は離れない』と書かれていた。

 

 角子なりに注意は守っている。

 

 電子レンジ自体は、まだ残っていた。

 

 バチッ。

 

 小さな火花が扉の奥で光る。

 

「今、火花出なかった?」

「たまに出ます」

「駄目じゃん」

「ヤクねこさんにも言われました」

「じゃあ捨てなよ」

「まだ動くので」

 

 電子レンジの中から、大きな音がした。

 

 パンッ!

 

 ハメねこは反射的に角子の背後へ下がった。

 

 すぐに元の位置へ戻る。

 

 カメラを意識して、笑顔も作り直した。

 

「い、今のは別に驚いてないからねー? 機材を守ろうとしただけだし」

 

《下がった》

《角子を盾にした》

《ビビってる》

《突撃側が負けてる》

 

「負けてないから」

 

 素の声でコメントへ返してしまった。

 

「電子レンジも映したほうがいいですか?」

「映さなくていい。止めて」

「動画としては面白いかもー」

「安全を再生数で考えないで」

 

《おまいう》

《今日一番の正論》

《突撃した人が言う?》

 

 ハメねこはコメントを見ないふりをする。

 

「私の話は今関係ないから」

「そうなんですね」

「そういう素直な返し求めてないんだけど」

 

 角子が電子レンジを止める。

 

 ハメねこは咳払いし、再び笑顔と猫なで声を作ってカメラへ向き直った。

 

「それで今日はぁ、私のチャンネルとの初コラボとして、配信環境を改善しながら料理を――」

「今日はアル中パウダーを使った刺身を食べるだけですが」

 

 猫なで声が止まった。

 

「企画、聞いてた?」

「突撃コラボですよね?」

「そうだけど、こっちにも流れがあるというか」

「刺身、食べますか?」

 

 角子は、薄茶色のアル中パウダーがかかった刺身を差し出した。

 

《食え》

《コラボ相手の料理》

《逃げるな》

《突撃したんだから食べろ》

 

 ハメねこは小皿を見る。カメラを見る。角子を見る。

 

 配信中であることを思い出した。

 

 笑顔を作る。

 

「まあ、せっかくコラボ相手さんが出してくれた物だしぃ、配信者として食べないわけにはいかないよねー」

 

 誰もそこまで求めていなかった。

 

 刺身を一切れ、口へ入れる。

 

「…………」

 

 からし、わさび、唐辛子。濃すぎるうま味。そのあとに、またたび。

 

 刺激が一気に押し寄せた。

 

 笑顔が固まる。

 耳がぴんと立つ。

 尻尾が大きく膨らんだ。

 

「どうですか?」

 

 ハメねこは震えそうになる口元を、無理やり持ち上げる。

 

「んー……悪くないんじゃないかなー?」

 

 甘い声は保った。

 

 語尾だけが震えていた。

 

《効いてる》

《耳固まった》

《尻尾すごい》

《無理するな》

 

「べ、別に効いてないからねー。味をちゃんと説明するには、一口じゃ足りないだけだし」

 

 そう言いながら、もう一切れ取る。

 

「追加しますか?」

「それはいい」

 

 返事だけは素だった。

 

 そこへ、空になったアル中パウダーの保存容器を持つヤクねこが現れた。

 

「角子さん。補充をお願いしたいんですが――」

 

 ヤクねこは、角子、刺身、配信中の二台のスマートフォン、耳を震わせているハメねこを見回す。

 

「何してるの?」

 

 ハメねこはすぐにカメラ用の笑顔へ戻った。

 

「突撃コラボだよー」

「許可は取ったの?」

「今、成立したところ」

「先に配信始めたでしょ」

「でも本人は気にしてないし」

 

 角子が頷く。

 

「刺身も食べてくれました」

 

 ヤクねこがハメねこを見る。

 

「気に入ったの?」

「別に。配信上の確認」

「それ、最初はみんなそう言うんですよ」

「みんなって誰?」

「私」

 

 少し沈黙が落ちた。

 

 ハメねこは刺身の皿と、アル中パウダーを見比べる。

 

 カメラに拾われないつもりで、声を小さくした。

 

「……持ち帰り用ってある?」

 

「ありますよ」

 

 ヤクねこが笑った。

 

「ようこそ、こちら側へ」

「そういう集まりじゃないから!」

 

《加入》

《舎弟二号》

《合法組織拡大》

《突撃したら取り込まれた》

《姐さん一派》

 

「違うって言ってるでしょ!」

 

 ハメねこは自分の配信を終了しようとした。二台のスマートフォンが近くに並んでいたため、焦ったまま確認せず画面を押す。

 

 配信終了。

 

 止まったのは、角子側だった。

 

《こっちは続いてる》

《逆》

《配信終了失敗》

《全部映ってる》

 

 ハメねこは流れ続ける自分のコメント欄を見る。

 

「切る方、逆!」

 

 猫なで声は完全に消えていた。

 

「こちらは終わりましたね」

「私のを終わらせたかったの!」

「続けますか?」

「続けない!」

 

 ハメねこは今度こそ自分のスマートフォンへ手を伸ばし、無理やり笑顔と猫なで声を戻す。

 

「それじゃあ、みんなー。今日はここまでだからねー。また次の配信で会おうねー」

 

《急に戻った》

《声作るな》

《容器もらって帰る配信者》

《おつ》

 

「余計なこと書かなくていいから。おつかれさまー」

 

 配信終了。

 

 画面が暗くなった瞬間、ハメねこの笑顔も消えた。

 

 角子は、小さな保存容器を差し出す。

 

「持ち帰り用です」

「……一応もらうけど、コラボ料だから」

「そうなんですね」

「そういうことにして」

 

 ヤクねこも補充してもらった容器を受け取る。

 

 ハメねこは二人を見比べた。

 

 自分が教える側のはずだった。配信環境を改善し、企画を仕切り、相手を少し困らせるつもりだった。

 

 実際には、相手の配信へ入り込み、危険な電子レンジに驚き、怪しい刺身を二切れ食べ、アル中パウダーまで持ち帰ることになった。

 

「……今日のはコラボじゃないから」

「突撃コラボでは?」

「あれは事故」

「自分でタイトルへ書いてたよね?」

「ヤクねこは黙ってて」

 

 ハメねこは不満そうに部屋を出ようとして、途中で振り返る。

 

「次やる時は、ちゃんと私へ連絡して」

「また来るんですか?」

「配信環境がひどすぎるから。放っておけないだけ」

「分かりました」

「あと電子レンジは捨てて」

「まだ動きます」

「動いてるんじゃなくて、耐えてるの!」

 

 電子レンジの奥から、小さな音がした。

 

 パキッ。

 

 三人が同時に見る。

 

 ハメねこは一歩だけ下がった。

 

「……今のは別に驚いてないから」

 

 誰も何も言っていなかった。

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