ヤニねことカラカラねこ   作:きのこ大三元

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第8.5話 スペシャルな冷奴作ってみたにゃ

 翌日の夜。

 

 氷川角子の部屋には、昨日までなかった物が増えていた。

 

 スマートフォン用の小さな照明。少し高さを増した三脚。酒瓶を近づけないための機材専用スペース。

 

 どれもハメねこが、自分の部屋から持ち込んだ物だった。

 

「配信するなら、最低限これくらいは必要だから」

 

 ハメねこは三脚の高さを調整しながら、角子へ説明する。

 

「前の画角だと顔が半分切れてたし、鍋しか映ってなかったでしょ。調理音だけ大きかったし、照明も黄色すぎ。今日は私が配信監督として見てるから」

「昨日のコラボの続きですか?」

「あれは事故」

「今日はコラボではないんですか?」

「正式なコラボでもないけど、昨日の突撃配信の続きとして、私が見張ります」

「見張るんですね」

「また機材の近くに酒を置かれたら困るから」

 

 ハメねこは畳の端を指した。

 

「酒はあっち。スマホはこっち。絶対に近づけないで」

「分かりました」

 

 角子は業務用角瓶を持ち、ハメねこが貼った『酒類置き場』の紙へ移動させた。

 

 ただし、ステンレスジョッキは手元に残している。

 

「それも酒類なんだけど」

「飲んでいる途中なので」

「こぼさないでよ」

「気をつけます」

 

 返事だけは素直だった。

 

 ハメねこは角子の配信画面を確認しながら、念を押す。

 

「今日は電子レンジを使わないんだよね?」

「使いません」

「卓上コンロも?」

「使いません」

「炊飯器も?」

「使いません」

「じゃあ、さすがに大丈夫か」

 

 火も使わない。危険な家電も使わない。生肉もない。

 

 作るのは冷奴だった。

 

 豆腐を皿へ出すだけの料理で、大きな事故が起きるとは思えない。

 

 ハメねこは、ようやく少し安心した。

 

 角子が配信開始のボタンを押す。

 

『どうも、nyanyanyaです』

『今日はスペシャルな冷奴を作ります』

 

 今回は角子の顔と、畳の上に置かれた大皿が両方映っていた。昨日までより、かなり見やすい。

 

《顔が映ってる》

《画角が高い》

《配信環境が進化した》

《ハメねこ監修?》

 

 ハメねこが画面の端へ身体を入れ、普段より一段高い猫なで声を作った。

 

「はぁーい。今日は私が配信環境を見てるからねー。昨日みたいに酒瓶でカメラを倒しかけたり、電子レンジが爆発しかけたりはしませーん」

「爆発はしていません」

 

 猫なで声が消えた。

 

「しかけてたでしょ」

 

《監督いる》

《声戻った》

《正式コラボ?》

《また突撃?》

 

 ハメねこはすぐに笑顔と声を作り直す。

 

「コラボではないからねー。今日はあくまで見張りでーす」

 

 角子が横から尋ねた。

 

「冷奴は食べますか?」

「……食べるかどうかは、完成してから決める」

 

《食べる気ある》

《もう巻き込まれてる》

《昨日の粉は?》

 

 角子は冷蔵庫から大きな豆腐のパックを取り出した。

 

 ハメねこがすぐに受け取り、容器の膨らみ、消費期限、水の濁りを確認する。

 

「普通の豆腐だね」

「普通の豆腐です」

「ここまでは安全」

 

《ここまでは》

《冷奴で確認入るの草》

《信用がない》

 

 角子は封を開け、豆腐を大皿へ移した。

 

 白く、四角い豆腐。少し端が崩れたものの、まだ普通の冷奴だった。

 

『最初に長ねぎを載せます』

 

 刻んだ長ねぎを豆腐の上へ振りかける。

 

 少し量は多いが、冷奴としては珍しくない。

 

「まあ、それは普通」

 

 角子は残っていた長ねぎも、すべて載せた。豆腐の上が緑と白で覆われる。

 

「全部いくんだ」

「余らせても仕方ないので」

 

《普通終了》

《ねぎ多い》

《豆腐まだ見える》

 

 次に、角子は鰹節の大袋を持ち上げた。

 

『鰹節を載せます』

 

 一つかみ、二つかみ、三つかみ。

 

 薄い鰹節が山になり、豆腐の表面を覆っていく。エアコンの風で一部が畳へ落ちた。

 

 角子は拾って皿へ戻そうとする。

 

 ハメねこが手首をつかんだ。

 

「待って。それは捨てて」

「まだ落ちたばかりですよ」

「畳に落ちた時点で駄目」

「分かりました」

 

 角子は素直にゴミ箱へ入れた。

 

《監視が機能した》

《ヤクねこ教育の成果》

《畳は皿ではない》

 

 そして、新しい鰹節を追加する。

 

「捨てた分を補わなくていいから」

「少なくなったので」

「誤差でしょ」

 

 鰹節の上へ、おろし生姜を絞る。

 

 一絞り、二絞り、三絞り、四絞り。

 

 黄色い生姜が、鰹節の中央へ太い線を作った。

 

「ちょっと多くない?」

「豆腐が大きいので」

 

《生姜の堤防》

《風邪治りそう》

《豆腐どこ》

 

 さらに刻み海苔を一袋。

 

 黒い海苔が全体へ降りかかり、白かった豆腐はほとんど見えなくなった。

 

 ハメねこが皿を覗き込む。

 

「待って。冷奴どこ?」

「下にあります」

 

《埋葬》

《豆腐の墓》

《冷奴だったもの》

《白い部分消えた》

 

 角子は次に、天かすの袋を持ち上げる。

 

「まだ載せるの?」

『天かすを載せます』

「冷奴に?」

「食感が出ます」

 

 海苔と鰹節の上へ、黄色い粒が積もっていく。

 

 豆腐は完全に埋まった。

 

 横から見れば、小さな薬味の山である。

 

 角子はその上へ白ごま、刻んだ大葉、少量の塩昆布を追加し、最後におろしにんにくのチューブを手に取った。

 

 ハメねこが止める。

 

「それも入れるの?」

「少しだけです」

「その言葉、昨日も信用できなかったんだけど」

 

 角子はチューブを押した。

 

 にゅる。にゅるにゅる。

 

 皿の端から端まで、白いにんにくが一本の線を描く。

 

《少し》

《歯磨き粉みたい》

《明日仕事だよね?》

 

「明日も会社ですよね?」

「はい」

「この量のにんにくで?」

「歯は磨きます」

「そういう問題かな……」

 

 角子は調味料を並べた。

 

 醤油、めんつゆ、ごま油、七味唐辛子、うま味調味料。

 

 ハメねこの耳がわずかに伏せる。

 

「嫌な並びだなあ」

 

『味付けをします』

 

 角子が醤油を傾けた。

 

 どぼどぼ。

 

「多い、多い」

 

 次にめんつゆ。

 

「醤油入れたよね?」

「少し甘みを足します」

 

 どぼどぼ。

 

「それ、甘みだけじゃないから」

 

 ごま油をたらたらと垂らし、七味唐辛子を何度も振る。

 

「香りも色も、もう十分あるって」

 

《濃い》

《豆腐の水分で薄める作戦》

《白米ほしい》

 

 最後に、角子が大袋のうま味調味料へ手を伸ばした。

 

 ハメねこが袋を押さえる。

 

「それは、どれくらい入れるの?」

「少しです」

「具体的に」

「全体へ行き渡るくらいです」

「駄目な量じゃん」

「冷奴は味が薄いので」

「ここまで載せて、まだ薄いと思ってるの?」

 

 角子は薬味の山を見た。

 

「豆腐自体は薄いですよ」

「豆腐へ到達する前に口が終わるでしょ」

 

《監督仕事してる》

《袋を守れ》

《祖父封印》

《粉はなし?》

《アル中パウダー入れないの?》

 

 角子はコメントを確認した。

 

「今日は元の作り方なので、アル中パウダーは使いません」

 

《正気》

《安心した》

《元の作り方も正気か?》

 

 ハメねこも少し安心した。

 

「毎回あれを入れるわけじゃないんだ」

「料理によります」

「入れる料理もあるんだ……」

 

 角子は、うま味調味料を軽く振りかける。

 

 ハメねこが見張っていたため、本当に少量で済んだ。

 

 一般的な冷奴よりは、まだ多かった。

 

『スペシャルな冷奴の完成です』

 

《豆腐を見せて》

《下にあります》

《薬味盛り合わせ》

《火を使わないから安全》

 

「サムネ用の写真、まだ撮らないで」

 

 ハメねこは自分のスマートフォンを構え、皿の角度や照明を調整し始めた。

 

「今の画角だと皿の端が切れてる。照明を少し右。角瓶は背景へ入れた方がnyanyanyaっぽいかな。でも、ラベルが顔に被らない位置で――」

 

 その時。

 

 玄関の扉が少しだけ開いた。

 

 隙間から、ヤニねこの顔が覗く。

 

「飯できたにゃ?」

 

 ハメねこが振り返る。

 

「なんで毎回来るの?」

「飯の時間だからにゃ」

「呼ばれてないでしょ」

「前はくれたにゃ」

「それは今回ももらえる理由にならないから」

 

 ヤニねこは畳の上を見た。

 

 角子、ハメねこ、配信中のスマートフォン。そして、大皿に積まれた薬味の山。

 

「今日の何にゃ?」

「スペシャルな冷奴です」

「豆腐ないにゃ」

「下にあります」

 

 角子とハメねこの返答が重なった。

 

 ヤニねこは靴を脱ぎ、当然のように部屋へ入る。

 

「まだサムネ撮ってないから、触らないでよ」

「ニャー、食べに来ただけにゃ」

「だから待ってって言ってるの」

「冷奴は冷めないにゃ」

「そういう話じゃない!」

 

 角子は小皿と箸を用意した。

 

 ハメねこがそれを見る。

 

「出すんだ?」

「多めに作ったので」

「豆腐、一丁しかないよね?」

「上が多いです」

「調味料を多めに作ったって言わないから」

 

《いつもの猫》

《食事係きた》

《サムネを守れ》

 

 ヤニねこは角子から箸を受け取った。

 

「まだ食べないで!」

「なんでにゃ?」

「完成写真を撮るから」

「完成してるにゃ」

「完成してるけど、撮影が終わるまで待って!」

 

 ヤニねこは不満そうに箸を置いた。

 

 ただし、手からは離さない。

 

 ハメねこが皿の角度を調整する。

 

「もう少し手前。照明はこっち。角子さんはジョッキを持って、顔はこっち向いて」

 

 角子は指示どおり、ステンレスジョッキを持ち上げた。

 

 カラカラ。

 

「もうちょっと笑える?」

「笑っています」

「真顔だけど」

「普段よりは笑っています」

「分かりにくいなあ」

 

 ハメねこが構図に悩んでいると、玄関が再び叩かれた。

 

 こん、こん。

 

「角子さん」

 

 ヤクねこの声だった。

 

「はい」

 

 扉が開き、空になった小さな保存容器を持つヤクねこが入ってくる。

 

「すみません。アル中パウダーの補充をお願いしたいんですが……」

 

 部屋の中を見る。

 

 配信用の照明。カメラを構えるハメねこ。箸を握ったまま待たされているヤニねこ。

 

 そして、薬味の山が載った大皿。

 

 ヤクねこの動きが止まった。

 

「これ、何ですか?」

「冷奴です」

 

 ヤクねこは皿へ近づき、横から覗き込む。

 

「豆腐は?」

「下です」

「なんで埋めたんですか?」

「上に載せていったら、こうなりました」

「……そうですか」

 

 ヤクねこは材料と調理環境を確認した。

 

 生肉はない。古い電子レンジも使っていない。豆腐は期限内。箸も分けられており、調理器具は清潔な皿と包丁だけ。

 

「今回は……衛生面では、大きな問題はなさそうですね」

 

 ハメねこが皿を見る。

 

「見た目は十分、止める理由じゃない?」

「食べられる材料しか入ってませんから」

「そういう判定なんだ」

 

 ヤクねこは空の保存容器を角子へ差し出した。

 

「ところで、今日は入ってないんですか?」

「入れていません」

 

 ヤクねこの耳が少し下がった。

 

「そうですか……」

「元の作り方なので」

「そういう日もありますよね」

 

 声にわずかな落胆が混じっている。

 

 ハメねこが気づいた。

 

「残念そうじゃない?」

「別に残念ではありません」

「耳下がってるけど」

「今日は少し疲れているだけです」

「アル中パウダーの容器を持って来てるのに?」

「補充は別件です」

 

 ヤクねこは空容器を胸元へ隠した。

 

《中毒者来た》

《粉なしで落胆》

《姐さん呼びは?》

 

 ヤクねこはコメントを見ないふりをする。

 

「それより、まだ食べないんですか?」

「今、サムネ用の写真を撮るところ」

 

 ハメねこはスマートフォンを構え直した。

 

「全員、ちょっと下がって。皿へ影が入ってるから」

「ニャー、もう待てないにゃ」

「あと十秒!」

「長いにゃ」

「十秒は短いでしょ!」

「冷奴の前では長いにゃ」

「意味分かんないから!」

 

 ヤニねこは薬味の山を見つめた。

 

「ほんとに豆腐あるのかにゃ?」

「下にありますよ」

「確認するにゃ」

「待って!」

 

 ハメねこの制止より先に、箸が薬味の山へ突き刺さった。

 

 鰹節が崩れ、ねぎが落ちる。海苔と天かすは調味料を吸い、皿の端へ流れた。

 

 ヤニねこは箸で中を探る。

 

「ないにゃ」

「もっと下です」

「掘るにゃ」

 

 さらに深く差し込み、柔らかい豆腐へ到達した。

 

「あったにゃ」

 

 持ち上げられた豆腐は大きく崩れ、上の薬味ごと半分が皿へ落ちた。

 

 べちゃっ。

 

「ちょっと! まだサムネ撮ってないんだけど!」

「遅いにゃ」

「だから待ってって言ったでしょ!」

「豆腐が見えなかったにゃ」

「下にあるって説明したじゃん!」

「自分で見たかったにゃ」

 

 ヤニねこは再び箸を入れ、豆腐と薬味を混ぜ始める。

 

 白い豆腐。黒い海苔。茶色い鰹節。緑のねぎと大葉。

 

 すべてが醤油とめんつゆに絡み、皿の中は白と茶色の柔らかい塊へ変わっていった。

 

「混ぜないで!」

「こうした方が豆腐あるにゃ」

「見栄えが!」

「食べ物は食べるものにゃ」

 

 珍しく正論だった。

 

 角子も皿を見る。

 

「食べやすくなりましたね」

「配信映えの話してるの!」

 

 ヤクねこが混ざった冷奴を小皿へ取り、一口食べた。

 

「……混ぜた方が、味は均等ですね」

「なんで全員そっち側なの?」

 

《完成前》

《サムネ終了》

《食べ物は食べるもの》

《ハメねこだけ配信してる》

《白和えみたいになった》

 

 ヤニねこは大きめの豆腐を見つけ、口へ入れる。

 

 薬味と調味料が多すぎて、冷奴とは思えないほど味が濃い。

 

「味いっぱいするにゃ」

「それは見れば分かります」

「豆腐もいるにゃ」

「下にあったでしょう」

「ちゃんといたにゃ」

 

 満足そうに二口目を食べる。

 

 角子も小皿へ取り分け、何の迷いもなく口へ運んだ。

 

 薬味の食感が次々に来る。

 

「おいしいかもー」

 

 ステンレスジョッキを持ち上げる。

 

 カラカラ。

 

「冷奴より、酒のつまみですね」

 

 ヤクねこも二口目を食べた。

 

 にんにくと生姜が強く、鰹節や塩昆布のうま味も過剰に重なっている。

 

 しかし、豆腐の水分で多少薄まり、料理としては意外に成立していた。

 

「……悔しいですけど、味は悪くないですね」

 

 角子の耳が少し立つ。

 

「ありがとうございます」

 

 そのまま、うま味調味料の袋へ手を伸ばした。

 

 ヤクねこが袋を押さえる。

 

「今ので完成です」

「混ぜたら少し薄くなったかもー」

「薄くありません」

「豆腐が増えたので」

「最初から入っていた豆腐です」

 

 角子は袋を離した。

 

「分かりました」

 

 ハメねこだけが、崩れた冷奴とコメント欄を見つめていた。

 

 完成時のきれいな映像は撮れていない。サムネイル用の写真もない。

 

 残っているのは、ヤニねこが料理へ箸を突き刺し、自分が慌てている配信映像だけだった。

 

《食べてみて》

《味の感想は?》

《ハメねこだけ食べてない》

《逃げるな》

 

 ハメねこは配信用の笑顔を作り、猫なで声へ戻した。

 

「別に逃げてないよー? 見た目を直せるか考えてただけだからねー」

 

「もう直らないにゃ」

 

 猫なで声が消えた。

 

「誰のせいだと思ってるの?」

「豆腐が柔らかいせいにゃ」

「あなたのせいでしょ!」

 

 ハメねこは混ざった冷奴を少しだけ取り、口へ入れた。

 

「…………」

 

 味が濃い。

 

 ねぎ、生姜、にんにく、海苔、鰹節、天かす、塩昆布、醤油、めんつゆ、ごま油。

 

 少し遅れて七味唐辛子。

 

 豆腐は、全てを受け止めていた。

 

「どうですか?」

 

 角子に尋ねられ、ハメねこは配信画面を確認する。

 

「まあ……企画としては、ありなんじゃないかなー?」

 

《味の感想は?》

《うまいの?》

《また逃げた》

《尻尾動いてる》

 

「味も悪くないって言ってるの」

 

 素の声で答え、もう一口取る。

 

 ヤクねこが横から見た。

 

「前も同じこと言ってませんでした?」

「何が?」

「説明するには一口では足りないって」

「今日はちゃんと味を確認してるだけ」

「前も配信上の確認って言ってましたよね」

「そこ覚えてなくていいから」

 

 ヤニねこが三口目を取る。

 

「これ、タバコのあとに食うとうまいにゃ」

「食べながら吸わないでくださいね」

「まだ吸ってないにゃ」

「耳に挟んでいるでしょう」

「食べ終わったら吸うにゃ」

「角子さんの部屋では許可を取ってください」

「カラカラねこ、吸っていいにゃ?」

「換気扇の下なら」

「やったにゃ」

「食べ終わってからですよ!」

 

 四人は、そのまま冷奴を食べ続けた。

 

 角子はハイボールを飲みながら。

 

 ヤクねこは味の濃さを確認しながら。

 

 ヤニねこは大きな豆腐を探しながら。

 

 ハメねこは配信に使えそうな場面を探しながら。

 

 気づけば、大皿はほとんど空になっていた。

 

「全部食べられましたね」

「四人いたからでしょ。一人で食べる量じゃなかったから」

「多めに作ってよかったです」

「豆腐は一丁だったけどね」

 

 角子は皿の底に残った調味料の汁を見る。

 

 ヤニねこも覗き込んだ。

 

「もう豆腐ないにゃ?」

「ありません」

「汁だけあるにゃ」

「飲まないでくださいよ、先輩」

「もったいないにゃ」

 

 ヤニねこが皿を持ち上げようとし、ヤクねこが止める。

 

「塩分が多すぎます」

「水飲めば薄くなるにゃ」

「身体の中で調整しないでください」

 

 ハメねこは配信画面を確認した。

 

 コメント欄は、完成前より盛り上がっている。

 

《完食》

《サムネは崩壊した瞬間で》

《ヤニねこが一番正しい》

《次は正式コラボ?》

《四人で食べただけ》

 

 ハメねこは笑顔を作り、猫なで声で返す。

 

「だからぁ、正式コラボじゃないからねー?」

 

 角子が横から尋ねた。

 

「では、今日は何だったんですか?」

 

「配信監督」

 

 素に戻っていた。

 

「料理も食べましたよね?」

「確認」

「二回食べていました」

「一口目だけじゃ味が分からなかったから」

 

 ヤクねこが小さく笑う。

 

「それ、最初はみんなそう言うんですよ」

「冷奴にアル中パウダー入ってないでしょ!」

「同じ流れだという話です」

「一緒にしないで」

 

 角子は配信終了前の挨拶をする。

 

『ごちそうさまでした』

 

 ハメねこも画面を確認した。

 

「今日はちゃんと顔も料理も映ってたし、音量も大丈夫。最後は料理の原形なくなったけど、配信としては昨日より見やすかったかな」

「ありがとうございます」

「次は、盛りつけを壊される前にサムネを撮ること」

「分かりました」

「ヤニねこが来たら、先に撮影」

 

 ヤクねこが尋ねる。

 

「ヤニねこ先輩を入れないという選択肢はないんですか?」

 

 角子は少し考えた。

 

「料理を食べてくれるので」

 

 ヤニねこも頷く。

 

「ニャーがいないと余るにゃ」

「自分を食品ロス対策みたいに言わないでください」

 

 角子が配信終了のボタンへ手を伸ばした。

 

 その前に、ハメねこが止める。

 

「ちょっと待って。最後にサムネ用の代わりを撮るから」

「料理はもうありませんよ」

「空の皿と四人で撮れば、完食した感じになるでしょ」

 

 ハメねこは全員をカメラの前へ集めた。

 

 角子はステンレスジョッキ。

 

 ヤクねこは空になったアル中パウダーの容器。

 

 ヤニねこはタバコを耳へ挟み、空の大皿を抱える。

 

 ハメねこは笑顔を作り、猫なで声でカウントを始めた。

 

「じゃあ撮るよー。三、二――」

 

 ヤニねこが皿を舐めた。

 

「ちょっと!」

 

 撮影音が鳴る。

 

 完成した写真には、真顔でジョッキを持つ角子。困った顔のヤクねこ。大皿を舐めるヤニねこ。

 

 そして、止めようと手を伸ばしたハメねこが写っていた。

 

「撮り直し!」

「もう皿きれいになったにゃ」

「あなたのせいでしょ!」

 

 角子は写真を見る。

 

「自然でいいと思います」

「どこが?」

「全員、いつもどおりなので」

 

 ヤクねこも画面を覗き込む。

 

「先輩以外は、まだ知り合って間もないですよね」

「でも、いつもこんな感じです」

 

 ハメねこは言い返そうとして、写真をもう一度見た。

 

 確かに、昨日からだいたいこの調子だった。

 

「……サムネには使わないから」

 

 そう言いながら、写真は削除しなかった

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