翌日の夜。
氷川角子の部屋には、昨日までなかった物が増えていた。
スマートフォン用の小さな照明。少し高さを増した三脚。酒瓶を近づけないための機材専用スペース。
どれもハメねこが、自分の部屋から持ち込んだ物だった。
「配信するなら、最低限これくらいは必要だから」
ハメねこは三脚の高さを調整しながら、角子へ説明する。
「前の画角だと顔が半分切れてたし、鍋しか映ってなかったでしょ。調理音だけ大きかったし、照明も黄色すぎ。今日は私が配信監督として見てるから」
「昨日のコラボの続きですか?」
「あれは事故」
「今日はコラボではないんですか?」
「正式なコラボでもないけど、昨日の突撃配信の続きとして、私が見張ります」
「見張るんですね」
「また機材の近くに酒を置かれたら困るから」
ハメねこは畳の端を指した。
「酒はあっち。スマホはこっち。絶対に近づけないで」
「分かりました」
角子は業務用角瓶を持ち、ハメねこが貼った『酒類置き場』の紙へ移動させた。
ただし、ステンレスジョッキは手元に残している。
「それも酒類なんだけど」
「飲んでいる途中なので」
「こぼさないでよ」
「気をつけます」
返事だけは素直だった。
ハメねこは角子の配信画面を確認しながら、念を押す。
「今日は電子レンジを使わないんだよね?」
「使いません」
「卓上コンロも?」
「使いません」
「炊飯器も?」
「使いません」
「じゃあ、さすがに大丈夫か」
火も使わない。危険な家電も使わない。生肉もない。
作るのは冷奴だった。
豆腐を皿へ出すだけの料理で、大きな事故が起きるとは思えない。
ハメねこは、ようやく少し安心した。
角子が配信開始のボタンを押す。
『どうも、nyanyanyaです』
『今日はスペシャルな冷奴を作ります』
今回は角子の顔と、畳の上に置かれた大皿が両方映っていた。昨日までより、かなり見やすい。
《顔が映ってる》
《画角が高い》
《配信環境が進化した》
《ハメねこ監修?》
ハメねこが画面の端へ身体を入れ、普段より一段高い猫なで声を作った。
「はぁーい。今日は私が配信環境を見てるからねー。昨日みたいに酒瓶でカメラを倒しかけたり、電子レンジが爆発しかけたりはしませーん」
「爆発はしていません」
猫なで声が消えた。
「しかけてたでしょ」
《監督いる》
《声戻った》
《正式コラボ?》
《また突撃?》
ハメねこはすぐに笑顔と声を作り直す。
「コラボではないからねー。今日はあくまで見張りでーす」
角子が横から尋ねた。
「冷奴は食べますか?」
「……食べるかどうかは、完成してから決める」
《食べる気ある》
《もう巻き込まれてる》
《昨日の粉は?》
角子は冷蔵庫から大きな豆腐のパックを取り出した。
ハメねこがすぐに受け取り、容器の膨らみ、消費期限、水の濁りを確認する。
「普通の豆腐だね」
「普通の豆腐です」
「ここまでは安全」
《ここまでは》
《冷奴で確認入るの草》
《信用がない》
角子は封を開け、豆腐を大皿へ移した。
白く、四角い豆腐。少し端が崩れたものの、まだ普通の冷奴だった。
『最初に長ねぎを載せます』
刻んだ長ねぎを豆腐の上へ振りかける。
少し量は多いが、冷奴としては珍しくない。
「まあ、それは普通」
角子は残っていた長ねぎも、すべて載せた。豆腐の上が緑と白で覆われる。
「全部いくんだ」
「余らせても仕方ないので」
《普通終了》
《ねぎ多い》
《豆腐まだ見える》
次に、角子は鰹節の大袋を持ち上げた。
『鰹節を載せます』
一つかみ、二つかみ、三つかみ。
薄い鰹節が山になり、豆腐の表面を覆っていく。エアコンの風で一部が畳へ落ちた。
角子は拾って皿へ戻そうとする。
ハメねこが手首をつかんだ。
「待って。それは捨てて」
「まだ落ちたばかりですよ」
「畳に落ちた時点で駄目」
「分かりました」
角子は素直にゴミ箱へ入れた。
《監視が機能した》
《ヤクねこ教育の成果》
《畳は皿ではない》
そして、新しい鰹節を追加する。
「捨てた分を補わなくていいから」
「少なくなったので」
「誤差でしょ」
鰹節の上へ、おろし生姜を絞る。
一絞り、二絞り、三絞り、四絞り。
黄色い生姜が、鰹節の中央へ太い線を作った。
「ちょっと多くない?」
「豆腐が大きいので」
《生姜の堤防》
《風邪治りそう》
《豆腐どこ》
さらに刻み海苔を一袋。
黒い海苔が全体へ降りかかり、白かった豆腐はほとんど見えなくなった。
ハメねこが皿を覗き込む。
「待って。冷奴どこ?」
「下にあります」
《埋葬》
《豆腐の墓》
《冷奴だったもの》
《白い部分消えた》
角子は次に、天かすの袋を持ち上げる。
「まだ載せるの?」
『天かすを載せます』
「冷奴に?」
「食感が出ます」
海苔と鰹節の上へ、黄色い粒が積もっていく。
豆腐は完全に埋まった。
横から見れば、小さな薬味の山である。
角子はその上へ白ごま、刻んだ大葉、少量の塩昆布を追加し、最後におろしにんにくのチューブを手に取った。
ハメねこが止める。
「それも入れるの?」
「少しだけです」
「その言葉、昨日も信用できなかったんだけど」
角子はチューブを押した。
にゅる。にゅるにゅる。
皿の端から端まで、白いにんにくが一本の線を描く。
《少し》
《歯磨き粉みたい》
《明日仕事だよね?》
「明日も会社ですよね?」
「はい」
「この量のにんにくで?」
「歯は磨きます」
「そういう問題かな……」
角子は調味料を並べた。
醤油、めんつゆ、ごま油、七味唐辛子、うま味調味料。
ハメねこの耳がわずかに伏せる。
「嫌な並びだなあ」
『味付けをします』
角子が醤油を傾けた。
どぼどぼ。
「多い、多い」
次にめんつゆ。
「醤油入れたよね?」
「少し甘みを足します」
どぼどぼ。
「それ、甘みだけじゃないから」
ごま油をたらたらと垂らし、七味唐辛子を何度も振る。
「香りも色も、もう十分あるって」
《濃い》
《豆腐の水分で薄める作戦》
《白米ほしい》
最後に、角子が大袋のうま味調味料へ手を伸ばした。
ハメねこが袋を押さえる。
「それは、どれくらい入れるの?」
「少しです」
「具体的に」
「全体へ行き渡るくらいです」
「駄目な量じゃん」
「冷奴は味が薄いので」
「ここまで載せて、まだ薄いと思ってるの?」
角子は薬味の山を見た。
「豆腐自体は薄いですよ」
「豆腐へ到達する前に口が終わるでしょ」
《監督仕事してる》
《袋を守れ》
《祖父封印》
《粉はなし?》
《アル中パウダー入れないの?》
角子はコメントを確認した。
「今日は元の作り方なので、アル中パウダーは使いません」
《正気》
《安心した》
《元の作り方も正気か?》
ハメねこも少し安心した。
「毎回あれを入れるわけじゃないんだ」
「料理によります」
「入れる料理もあるんだ……」
角子は、うま味調味料を軽く振りかける。
ハメねこが見張っていたため、本当に少量で済んだ。
一般的な冷奴よりは、まだ多かった。
『スペシャルな冷奴の完成です』
《豆腐を見せて》
《下にあります》
《薬味盛り合わせ》
《火を使わないから安全》
「サムネ用の写真、まだ撮らないで」
ハメねこは自分のスマートフォンを構え、皿の角度や照明を調整し始めた。
「今の画角だと皿の端が切れてる。照明を少し右。角瓶は背景へ入れた方がnyanyanyaっぽいかな。でも、ラベルが顔に被らない位置で――」
その時。
玄関の扉が少しだけ開いた。
隙間から、ヤニねこの顔が覗く。
「飯できたにゃ?」
ハメねこが振り返る。
「なんで毎回来るの?」
「飯の時間だからにゃ」
「呼ばれてないでしょ」
「前はくれたにゃ」
「それは今回ももらえる理由にならないから」
ヤニねこは畳の上を見た。
角子、ハメねこ、配信中のスマートフォン。そして、大皿に積まれた薬味の山。
「今日の何にゃ?」
「スペシャルな冷奴です」
「豆腐ないにゃ」
「下にあります」
角子とハメねこの返答が重なった。
ヤニねこは靴を脱ぎ、当然のように部屋へ入る。
「まだサムネ撮ってないから、触らないでよ」
「ニャー、食べに来ただけにゃ」
「だから待ってって言ってるの」
「冷奴は冷めないにゃ」
「そういう話じゃない!」
角子は小皿と箸を用意した。
ハメねこがそれを見る。
「出すんだ?」
「多めに作ったので」
「豆腐、一丁しかないよね?」
「上が多いです」
「調味料を多めに作ったって言わないから」
《いつもの猫》
《食事係きた》
《サムネを守れ》
ヤニねこは角子から箸を受け取った。
「まだ食べないで!」
「なんでにゃ?」
「完成写真を撮るから」
「完成してるにゃ」
「完成してるけど、撮影が終わるまで待って!」
ヤニねこは不満そうに箸を置いた。
ただし、手からは離さない。
ハメねこが皿の角度を調整する。
「もう少し手前。照明はこっち。角子さんはジョッキを持って、顔はこっち向いて」
角子は指示どおり、ステンレスジョッキを持ち上げた。
カラカラ。
「もうちょっと笑える?」
「笑っています」
「真顔だけど」
「普段よりは笑っています」
「分かりにくいなあ」
ハメねこが構図に悩んでいると、玄関が再び叩かれた。
こん、こん。
「角子さん」
ヤクねこの声だった。
「はい」
扉が開き、空になった小さな保存容器を持つヤクねこが入ってくる。
「すみません。アル中パウダーの補充をお願いしたいんですが……」
部屋の中を見る。
配信用の照明。カメラを構えるハメねこ。箸を握ったまま待たされているヤニねこ。
そして、薬味の山が載った大皿。
ヤクねこの動きが止まった。
「これ、何ですか?」
「冷奴です」
ヤクねこは皿へ近づき、横から覗き込む。
「豆腐は?」
「下です」
「なんで埋めたんですか?」
「上に載せていったら、こうなりました」
「……そうですか」
ヤクねこは材料と調理環境を確認した。
生肉はない。古い電子レンジも使っていない。豆腐は期限内。箸も分けられており、調理器具は清潔な皿と包丁だけ。
「今回は……衛生面では、大きな問題はなさそうですね」
ハメねこが皿を見る。
「見た目は十分、止める理由じゃない?」
「食べられる材料しか入ってませんから」
「そういう判定なんだ」
ヤクねこは空の保存容器を角子へ差し出した。
「ところで、今日は入ってないんですか?」
「入れていません」
ヤクねこの耳が少し下がった。
「そうですか……」
「元の作り方なので」
「そういう日もありますよね」
声にわずかな落胆が混じっている。
ハメねこが気づいた。
「残念そうじゃない?」
「別に残念ではありません」
「耳下がってるけど」
「今日は少し疲れているだけです」
「アル中パウダーの容器を持って来てるのに?」
「補充は別件です」
ヤクねこは空容器を胸元へ隠した。
《中毒者来た》
《粉なしで落胆》
《姐さん呼びは?》
ヤクねこはコメントを見ないふりをする。
「それより、まだ食べないんですか?」
「今、サムネ用の写真を撮るところ」
ハメねこはスマートフォンを構え直した。
「全員、ちょっと下がって。皿へ影が入ってるから」
「ニャー、もう待てないにゃ」
「あと十秒!」
「長いにゃ」
「十秒は短いでしょ!」
「冷奴の前では長いにゃ」
「意味分かんないから!」
ヤニねこは薬味の山を見つめた。
「ほんとに豆腐あるのかにゃ?」
「下にありますよ」
「確認するにゃ」
「待って!」
ハメねこの制止より先に、箸が薬味の山へ突き刺さった。
鰹節が崩れ、ねぎが落ちる。海苔と天かすは調味料を吸い、皿の端へ流れた。
ヤニねこは箸で中を探る。
「ないにゃ」
「もっと下です」
「掘るにゃ」
さらに深く差し込み、柔らかい豆腐へ到達した。
「あったにゃ」
持ち上げられた豆腐は大きく崩れ、上の薬味ごと半分が皿へ落ちた。
べちゃっ。
「ちょっと! まだサムネ撮ってないんだけど!」
「遅いにゃ」
「だから待ってって言ったでしょ!」
「豆腐が見えなかったにゃ」
「下にあるって説明したじゃん!」
「自分で見たかったにゃ」
ヤニねこは再び箸を入れ、豆腐と薬味を混ぜ始める。
白い豆腐。黒い海苔。茶色い鰹節。緑のねぎと大葉。
すべてが醤油とめんつゆに絡み、皿の中は白と茶色の柔らかい塊へ変わっていった。
「混ぜないで!」
「こうした方が豆腐あるにゃ」
「見栄えが!」
「食べ物は食べるものにゃ」
珍しく正論だった。
角子も皿を見る。
「食べやすくなりましたね」
「配信映えの話してるの!」
ヤクねこが混ざった冷奴を小皿へ取り、一口食べた。
「……混ぜた方が、味は均等ですね」
「なんで全員そっち側なの?」
《完成前》
《サムネ終了》
《食べ物は食べるもの》
《ハメねこだけ配信してる》
《白和えみたいになった》
ヤニねこは大きめの豆腐を見つけ、口へ入れる。
薬味と調味料が多すぎて、冷奴とは思えないほど味が濃い。
「味いっぱいするにゃ」
「それは見れば分かります」
「豆腐もいるにゃ」
「下にあったでしょう」
「ちゃんといたにゃ」
満足そうに二口目を食べる。
角子も小皿へ取り分け、何の迷いもなく口へ運んだ。
薬味の食感が次々に来る。
「おいしいかもー」
ステンレスジョッキを持ち上げる。
カラカラ。
「冷奴より、酒のつまみですね」
ヤクねこも二口目を食べた。
にんにくと生姜が強く、鰹節や塩昆布のうま味も過剰に重なっている。
しかし、豆腐の水分で多少薄まり、料理としては意外に成立していた。
「……悔しいですけど、味は悪くないですね」
角子の耳が少し立つ。
「ありがとうございます」
そのまま、うま味調味料の袋へ手を伸ばした。
ヤクねこが袋を押さえる。
「今ので完成です」
「混ぜたら少し薄くなったかもー」
「薄くありません」
「豆腐が増えたので」
「最初から入っていた豆腐です」
角子は袋を離した。
「分かりました」
ハメねこだけが、崩れた冷奴とコメント欄を見つめていた。
完成時のきれいな映像は撮れていない。サムネイル用の写真もない。
残っているのは、ヤニねこが料理へ箸を突き刺し、自分が慌てている配信映像だけだった。
《食べてみて》
《味の感想は?》
《ハメねこだけ食べてない》
《逃げるな》
ハメねこは配信用の笑顔を作り、猫なで声へ戻した。
「別に逃げてないよー? 見た目を直せるか考えてただけだからねー」
「もう直らないにゃ」
猫なで声が消えた。
「誰のせいだと思ってるの?」
「豆腐が柔らかいせいにゃ」
「あなたのせいでしょ!」
ハメねこは混ざった冷奴を少しだけ取り、口へ入れた。
「…………」
味が濃い。
ねぎ、生姜、にんにく、海苔、鰹節、天かす、塩昆布、醤油、めんつゆ、ごま油。
少し遅れて七味唐辛子。
豆腐は、全てを受け止めていた。
「どうですか?」
角子に尋ねられ、ハメねこは配信画面を確認する。
「まあ……企画としては、ありなんじゃないかなー?」
《味の感想は?》
《うまいの?》
《また逃げた》
《尻尾動いてる》
「味も悪くないって言ってるの」
素の声で答え、もう一口取る。
ヤクねこが横から見た。
「前も同じこと言ってませんでした?」
「何が?」
「説明するには一口では足りないって」
「今日はちゃんと味を確認してるだけ」
「前も配信上の確認って言ってましたよね」
「そこ覚えてなくていいから」
ヤニねこが三口目を取る。
「これ、タバコのあとに食うとうまいにゃ」
「食べながら吸わないでくださいね」
「まだ吸ってないにゃ」
「耳に挟んでいるでしょう」
「食べ終わったら吸うにゃ」
「角子さんの部屋では許可を取ってください」
「カラカラねこ、吸っていいにゃ?」
「換気扇の下なら」
「やったにゃ」
「食べ終わってからですよ!」
四人は、そのまま冷奴を食べ続けた。
角子はハイボールを飲みながら。
ヤクねこは味の濃さを確認しながら。
ヤニねこは大きな豆腐を探しながら。
ハメねこは配信に使えそうな場面を探しながら。
気づけば、大皿はほとんど空になっていた。
「全部食べられましたね」
「四人いたからでしょ。一人で食べる量じゃなかったから」
「多めに作ってよかったです」
「豆腐は一丁だったけどね」
角子は皿の底に残った調味料の汁を見る。
ヤニねこも覗き込んだ。
「もう豆腐ないにゃ?」
「ありません」
「汁だけあるにゃ」
「飲まないでくださいよ、先輩」
「もったいないにゃ」
ヤニねこが皿を持ち上げようとし、ヤクねこが止める。
「塩分が多すぎます」
「水飲めば薄くなるにゃ」
「身体の中で調整しないでください」
ハメねこは配信画面を確認した。
コメント欄は、完成前より盛り上がっている。
《完食》
《サムネは崩壊した瞬間で》
《ヤニねこが一番正しい》
《次は正式コラボ?》
《四人で食べただけ》
ハメねこは笑顔を作り、猫なで声で返す。
「だからぁ、正式コラボじゃないからねー?」
角子が横から尋ねた。
「では、今日は何だったんですか?」
「配信監督」
素に戻っていた。
「料理も食べましたよね?」
「確認」
「二回食べていました」
「一口目だけじゃ味が分からなかったから」
ヤクねこが小さく笑う。
「それ、最初はみんなそう言うんですよ」
「冷奴にアル中パウダー入ってないでしょ!」
「同じ流れだという話です」
「一緒にしないで」
角子は配信終了前の挨拶をする。
『ごちそうさまでした』
ハメねこも画面を確認した。
「今日はちゃんと顔も料理も映ってたし、音量も大丈夫。最後は料理の原形なくなったけど、配信としては昨日より見やすかったかな」
「ありがとうございます」
「次は、盛りつけを壊される前にサムネを撮ること」
「分かりました」
「ヤニねこが来たら、先に撮影」
ヤクねこが尋ねる。
「ヤニねこ先輩を入れないという選択肢はないんですか?」
角子は少し考えた。
「料理を食べてくれるので」
ヤニねこも頷く。
「ニャーがいないと余るにゃ」
「自分を食品ロス対策みたいに言わないでください」
角子が配信終了のボタンへ手を伸ばした。
その前に、ハメねこが止める。
「ちょっと待って。最後にサムネ用の代わりを撮るから」
「料理はもうありませんよ」
「空の皿と四人で撮れば、完食した感じになるでしょ」
ハメねこは全員をカメラの前へ集めた。
角子はステンレスジョッキ。
ヤクねこは空になったアル中パウダーの容器。
ヤニねこはタバコを耳へ挟み、空の大皿を抱える。
ハメねこは笑顔を作り、猫なで声でカウントを始めた。
「じゃあ撮るよー。三、二――」
ヤニねこが皿を舐めた。
「ちょっと!」
撮影音が鳴る。
完成した写真には、真顔でジョッキを持つ角子。困った顔のヤクねこ。大皿を舐めるヤニねこ。
そして、止めようと手を伸ばしたハメねこが写っていた。
「撮り直し!」
「もう皿きれいになったにゃ」
「あなたのせいでしょ!」
角子は写真を見る。
「自然でいいと思います」
「どこが?」
「全員、いつもどおりなので」
ヤクねこも画面を覗き込む。
「先輩以外は、まだ知り合って間もないですよね」
「でも、いつもこんな感じです」
ハメねこは言い返そうとして、写真をもう一度見た。
確かに、昨日からだいたいこの調子だった。
「……サムネには使わないから」
そう言いながら、写真は削除しなかった