ヤニねことカラカラねこ   作:きのこ大三元

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評価もありがとうございます(゚∀゚)!!
引き続き定期的に更新出来たら嬉しいです!


第11.5話 高級なハイボール作ってみたにゃ

 数日後の夜。

 

 氷川角子の部屋には、いつもの配信準備が整っていた。三脚に固定されたスマートフォン、その脇の小さな照明。机の上にはステンレスジョッキと、見慣れた業務用の調味料が並んでいる。

 

 そこまでは、いつもと大して変わらない。ただ、その隣だけが妙に浮いていた。

 

 木箱に入ったうに。北海道産と書かれたいくら。黒い小瓶のキャビアに、少し高そうな刺身。そして最後には、化粧箱へ収まった一本のスコッチウイスキー。

 

 普段の角子の机にしては、ずいぶん金の匂いがする。

 

「なんか今日、金持ちの飯にゃ」

 

 真っ先に食いついたのは、やはりヤニねこだった。机の前へしゃがみ込み、黒いキャビアの瓶をじっと覗き込んでいる。食材そのものに感動しているというより、高そうな物を見つけた時の顔だった。

 

「触らないでくださいね」

「見てるだけにゃ」

「さっき蓋に手をかけてましたよ」

「開くか確認しただけにゃ」

「開けなくて大丈夫です」

 

 ヤニねこは少し残念そうに手を引っ込めた。その横では、ハメねこが配信画面を調整している。何度か角子の配信へ巻き込まれているうちに、本人より先に機材の安全を気にするようになっていた。

 

「今日はカメラちゃんと高くなってるね」

「前に直してもらったので」

「酒瓶も機材から離れてる?」

「離しました」

「電子レンジは?」

「今日は使いません」

「よし」

 

 ハメねこが少し満足そうに頷いた。

 

 そこへ、妹ねこが姉を迎えに来る。

 

「お姉ちゃん、そろそろ――」

 

 部屋へ入ったところで、言葉が止まった。

 

「……あれ?」

「妹ちゃんにゃ」

「今日は何してるの?」

「飯待ってるにゃ」

「それはいつもでしょ」

 

 妹ねこは机へ近づき、並んだ食材を順番に眺める。うに、いくら、キャビア、それに刺身。少なくとも前回見たアル中パウダーよりは、見た目だけで安心できる物ばかりだった。

 

 今日は大丈夫かもしれない。少なくとも、その時の妹ねこはそう思った。

 

 角子の部屋でそんな判断をした時点で、少し油断していたのかもしれない。

 

「今日は普通そうですね」

「高級なハイボールを作ります」

「ハイボールが高級なんですか?」

 

 ハメねこも同じ疑問を持ったらしい。

 

「つまみが高級なの? 酒が高級なの?」

「全部です」

「全部なんだ」

 

 ちょうどその時、ヤクねこも部屋へやってきた。

 

「お邪魔します」

 

 机の上を見て、少し目を丸くする。

 

「今日はずいぶん豪華ですね」

「高級回です」

「食材だけ見れば、かなり普通ですね」

 

 生肉を畳へ直置きしているわけでもない。古い電子レンジも動いていないし、アル中パウダーも今のところ机の端で大人しくしている。

 

 妹ねことヤクねこは、珍しく同じ結論へ達した。

 

 今日は大丈夫かもしれない。

 

 その期待がどこまで持つかは、まだ分からなかった。

 

 角子が配信開始を押す。

 

『どうも、nyanyanyaです』

 

《わこつ》

《わこつ》

《今日は何》

《妹いる》

《ハメねこまたいる》

《姐さん》

 

 最後のコメントを見たヤクねこが、何も言わず画面から目を逸らした。

 

『今日は、高級なハイボールを作ります』

 

《高級?》

《角瓶じゃない》

《机が金持ち》

《どうした》

 

「視聴者に心配されてるじゃん」

「普段との差ですかね」

「たぶんね」

 

 角子は最初に、木箱へ入ったうにを持ち上げた。カメラへ近づけると、鮮やかな黄色が画面いっぱいに映る。崩れも少なく、見た目からして安物ではなさそうだった。

 

「北海道産です」

 

 ヤニねこが横から箱を覗き込む。

 

「これいくらにゃ?」

「三千円くらいでした」

「…………」

 

 ヤニねこの顔が急に真剣になった。何かを計算している。

 

「何?」

「タバコ何箱分か考えてるにゃ」

「そこ基準なんだ」

「六箱くらいにゃ……」

「うにをタバコに変換しないで」

 

 角子は次に、いくらを見せる。

 

「こちらが、いくらです」

「これはいくらにゃ?」

「二千円くらいです」

 

 ハメねこが一瞬だけ横を見る。

 

「いくらだけに?」

 

 ヤニねこは何も気づいていない。

 

「何にゃ?」

「いや、別に」

 

 誰も拾わなかった。

 

 続いて、黒い小瓶。

 

「これがキャビアです」

「魚の卵?」

「そうですね」

「じゃあ、いくらと同じにゃ」

「だいぶ違うと思う」

「どっちも魚から出るにゃ」

「それくらいしか共通点ないでしょ」

「味も塩っぱいにゃ?」

「それは少し近いですね」

 

 角子が答えると、ヤニねこは納得したように頷いた。

 

「じゃあ高いいくらにゃ」

「キャビアに怒られそう」

 

 ハメねこが呟く。

 

「これはいくら?」

「小瓶で五千円くらいです」

 

 ヤニねこの手が止まった。

 

「…………」

「またタバコ?」

「十箱にゃ……」

「全部タバコにするのやめなよ」

「こんな小さいのに十箱にゃ」

 

 ヤニねこはキャビアの瓶と、自分のタバコの箱を並べた。どう見てもタバコの方が大きい。

 

「こっちの方がいっぱい入ってるにゃ」

「中身が違うから」

「キャビア高すぎにゃ」

「角子さんのお金ですよ」

 

 ヤクねこが言う。

 

「それなら平気にゃ」

「何が?」

 

 妹ねこが姉を見る。ヤニねこは答えず、キャビアを見続けていた。

 

 狙っている顔だった。

 

 角子は最後に、化粧箱へ入ったスコッチウイスキーを取り出した。普段の業務用角瓶とは違い、重そうなガラス瓶には落ち着いたラベルが貼られている。

 

《酒まで高い》

《本当に高級回》

《偽物じゃない?》

《nyanyanyaに似合わない》

 

「失礼な視聴者だね」

 

 ハメねこが笑う。

 

「一万円近くしました」

 

 角子が何でもないことのように言った。

 

「二十箱にゃ!」

「早い」

 

 妹ねこが呆れる。

 

「全部合わせたら、何箱になるにゃ?」

「計算しない方がいいと思います。もったいない気持ちが強くなるので」

「もうなってるにゃ」

 

 角子はボトルを持ち上げた。

 

「では、開けます」

 

 栓はコルクだった。角子が引っ張るが、抜けない。もう一度力を入れても結果は同じだった。

 

 ハメねこが見ている。

 

「オープナーないの?」

「ありますよ」

「使えば?」

 

 角子は少し考えた。

 

「ペンチでもいけると思います」

「なんである物を使わないの?」

 

 角子は工具箱からペンチを取り出した。

 

「待って。一万円近いお酒ですよね?」

「はい」

「ペンチで開けるんですか?」

「抜ければ同じなので」

「そういうものなの?」

 

 ヤクねこも少し困った顔をする。

 

「コルクが崩れたら中へ入りません?」

「その時は濾します」

「対策が雑です」

 

 角子はコルクをペンチで挟んだ。

 

 ぎゅっ。ぐりぐり。

 

「高級感が死んでく」

 

 ハメねこがカメラ越しに呟く。

 

 さらに捻ると、ぽんっ、と勢いよくコルクが抜けた。

 

「開いたにゃ!」

 

 ヤニねこが拍手する。

 

《ペンチ》

《高級とは》

《酒がかわいそう》

《開けばヨシ》

 

「結果的に開きました」

「そういう問題じゃないんだよなあ」

 

 ハメねこは、もう慣れ始めていた。

 

 角子はステンレスジョッキへ氷を入れる。

 

 カラカラ。

 

「ジョッキはいつものなんだ」

「これが飲みやすいので」

 

 高級なスコッチがジョッキへ注がれていく。

 

 とくとくとく。

 

 それでも今日は、普段より少なかった。いつものようにジョッキの大半をウイスキーで満たすことはなく、半分より少し下で止めている。

 

「あれ。今日は薄い」

 

 ハメねこの一言に、コメント欄もすぐ続いた。

 

《うっす》

《水?》

《今日体調悪い?》

《高級酒だから日和った》

 

「これで薄い扱いなんですか?」

 

 妹ねこが画面を見る。どう見てもかなり入っている。

 

「普段はもっと多いから」

「これより?」

「これより」

 

 妹ねこは姉のグラスを見る。

 

「お姉ちゃんも、ここの基準に慣れないでよ」

「ニャーは普通にゃ」

「一番信用できない」

 

 角子は炭酸水を注ぐ。しゅわしゅわと泡が立つものの、こちらはウイスキーに比べてずいぶん少ない。

 

「それ、ハイボールなんですか?」

「炭酸入っていますよ」

「量の問題です」

「いつもより薄いですよ」

「比較対象の問題でもないです」

「妹ちゃん、細かいにゃ」

「お姉ちゃんは黙ってて」

 

 角子は出来上がった高級ハイボールを一口飲んだ。

 

 カラカラ。

 

「ぷはー」

 

 少し味を確かめるように間を置き、満足そうに頷く。

 

「おいしいですね」

 

《いつもの》

《飲み方は変わらない》

《高級ぷはー》

 

「酒は成功したみたいね」

 

 ハメねこが言う。

 

 ここまでは、まだ大丈夫だった。

 

 問題は、その後だった。

 

「では、つまみを作ります」

 

 角子が皿を並べると、妹ねこの耳がわずかに動いた。

 

「そのまま食べるんじゃないんですか?」

「少し料理します」

「……料理するんだ」

 

 妹ねこは、もう一度机の上を見る。

 

 高級食材。角子。大量の調味料。

 

 さっきまであった安心感が、少しずつ薄れてきた。

 

 まず角子はクラッカーを皿へ並べ、その上へうにを載せていく。一枚、二枚、三枚と増えていき、やがてクラッカーの方がほとんど見えなくなった。

 

「多くないですか?」

「クラッカーが見えなくなるくらいが、ちょうどいいと思います」

「何の基準です?」

 

 うには山になった。

 

 次は冷奴。

 

「また豆腐にゃ」

 

 ヤニねこの耳が立つ。

 

「今日は普通の冷奴ですか?」

「いくらを載せます」

 

 角子は豆腐へいくらをかけた。

 

 ぱらぱら。

 

 ここまでは豪華な冷奴に見える。

 

 さらにかける。さらに。

 

 白かった豆腐が、だんだん赤いいくらに埋まっていった。

 

「また埋める気?」

「今回は高級に埋めています」

「高級ならいいわけじゃないから」

 

《豆腐の墓2》

《今回は赤い》

《高級埋葬》

 

「やめてください、その呼び方」

 

 ハメねこは笑いながらコメントを読む。

 

 最後はキャビアだった。

 

 角子は小さなスプーンですくい、刺身の上へ少し載せる。

 

「おお」

 

 珍しく、全員から素直な声が漏れた。見た目もいいし、高級感もある。妹ねこも、これならと小さく頷いた。

 

「これは普通においしそうです」

「塩味もありますから」

「はい」

「調味料代わりになります」

「……はい?」

 

 角子はもう一杯すくった。さらに刺身へ載せ、そのままもう一杯。

 

「待ってください。それ、調味料扱いする値段じゃないですよ」

「味が付いているので」

「そういう話じゃないと思います」

「醤油でいいじゃないですか」

「今日は高級なので」

「高級って、量を増やすことじゃないですよ」

 

 角子は少し考えた。

 

「豪華ではありますよ」

「豪華ではありますけど」

 

 間違ってはいないから困る。

 

 その間にも、ヤニねこは完成を待ちきれなくなっていた。

 

「食っていい?」

「まだです」

「もう完成してるにゃ」

「配信中なので少し待ってください」

「カメラは食わないにゃ」

「意味が分かりません」

 

 角子が完成した高級つまみプレートをカメラへ向ける。

 

 うにクラッカーに、いくら冷奴、キャビア刺身。使った量を考えなければ、見た目だけはかなり豪華だった。

 

《金》

《豪華》

《今日はまとも》

《食べたい》

 

「これなら普通にサムネになるじゃん」

「今日は成功ですね」

 

 妹ねこも少し笑った。

 

「高級食材を使えば、角子さんも普通の料理作れるんですね」

「量は気になりますけど、今回は料理としては問題なさそうです」

 

 ヤクねこも小さく頷く。

 

 全員が安心した。

 

 ここで終わればよかった。

 

 角子がつまみを一口食べる。

 

「…………」

 

 少し首を傾げた。

 

「どうしたんですか?」

「少し味が弱いですね」

 

 ヤクねこの顔が止まった。

 

「やめてください」

「まだ何もしてませんよ」

「その台詞、何度か聞きました」

 

 角子の手が調味料置き場へ向かう。

 

「アル中パウダーにゃ!」

 

 ヤニねこの耳が立った。

 

「待って。それ、高級食材にかけるんですか?」

「少しだけなら合うかもー」

「合うかどうかの前に、もったいないです」

 

 ハメねこがカメラへ視線を戻すと、コメント欄は待ってましたと言わんばかりに流れ始めた。

 

《きた》

《いつもの》

《かけろ》

《高級品を救え》

《アル中パウダー待機》

 

「……一皿だけなら、動画的には面白いかも」

 

 ハメねこが小さく呟く。

 

「誰も止める人いないんですか?」

「私は止めます」

 

 妹ねこが答えた。

 

「全部にかけるのは駄目です」

「全部はやめます」

 

 角子は素直に容器を置いた。

 

「では一皿だけ」

「え?」

 

 安心が早かった。

 

「実験用です」

「今、やめる流れじゃなかったんですか?」

「全部はやめました」

「そこだけ聞いたんですか?」

 

 角子は小皿を一枚用意すると、うに、いくら、キャビア、刺身を順番に載せていった。どれも単体で十分高い食材なのに、遠慮なく一皿へ集めていく。

 

 さらにアル中パウダーを取り出した。

 

 ぱっぱっ。

 

 茶色い粉が、黄色いうにと赤いいくら、黒いキャビアの上へ降りかかる。

 

「うわあ……」

 

 妹ねこの口から、素直な感想が漏れた。

 

「さっきまで成金っぽかったのに、急にいつもの料理になった」

「高級食材って、こうなるんだ……」

「食材がかわいそうですね」

 

 ヤクねこまで静かに言った。

 

 しかし角子はまだ終わっていない。

 

 高級スコッチを小さなスプーンへ少しだけ取った。

 

「酒も入れます」

「なんで?」

 

 妹ねこが素で聞いた。

 

「高級なハイボールなので」

「料理の方にも入れる必要あります?」

「香りが付くかもー」

 

 少量のウイスキーが、高級食材の山へ垂れていく。

 

《台無し》

《金の暴力》

《高級食材の墓》

《いつものnyanyanya》

 

 ヤニねこは、その皿をじっと見ていた。

 

「食っていい?」

「どうぞ」

「先輩からいくんですか?」

「高い飯にゃ」

 

 理由になっていなかった。

 

 ヤニねこは、うにといくらとキャビアをまとめて箸で取る。アル中パウダーまでたっぷりついていた。

 

 一口。

 

「…………」

 

 全員がヤニねこを見る。

 

 もぐもぐと噛んで、もう一度噛む。

 

「……うまいにゃ」

「え?」

「ほんとに?」

「うまいにゃ」

 

 ヤニねこは二口目へ手を伸ばした。

 

「待って。感想それだけ?」

「どれが一番おいしかった?」

「全部一緒に食ったから分かんないにゃ」

「一番参考にならない食レポ」

「全部うまかったにゃ」

「高級食材の違いが消えてるじゃん」

「腹に入れば同じにゃ」

「料理配信で言うことじゃない」

 

 角子も一口食べる。

 

 うにの濃さに、いくらとキャビアの塩気。そこへ、からし、わさび、唐辛子、うま味調味料、さらにまたたびまで重なり、最後にはスコッチの香りまで追いかけてくる。

 

 味の情報量だけは異常に多かった。

 

「おいしいかもー」

 

 角子は少し考えた末、そう結論づけた。

 

「本当に?」

「食べますか?」

「……私は普通の方でいいです」

「賢明だと思います」

 

 ヤクねこが言う。

 

 しかし、そのヤクねこも実験皿から目を離していなかった。料理としては明らかにおかしい。それでも食材の組み合わせ自体は、食べられない物ではない。衛生面にも問題はなさそうだった。

 

「……少しだけ確認します」

 

 ヤクねこが箸を取り、ほんの少量を口へ入れた。

 

「…………」

 

 動きが止まり、耳がわずかに動く。

 

「どう?」

 

 妹ねこが尋ねる。

 

 ヤクねこは少し悔しそうな顔をした。

 

「……味は悪くないです」

「成立するんだ……」

「むしろ塩気が強いので、お酒には合いますね」

 

 角子が嬉しそうに頷く。

 

「成功ですね」

「成功判定が味だけなんですよ」

 

 妹ねこが言った。

 

 その隙に、ヤニねこがキャビアの瓶へ手を伸ばした。スプーンを突っ込み、遠慮なくたっぷり取る。

 

「お姉ちゃん。それ高いんでしょ?」

「角子のだから平気にゃ」

「何が平気なの?」

 

 角子がノートを取り出した。

 

「食べた分は記録しますね」

 

 ヤニねこの手が止まった。スプーンの上には、大量のキャビア。

 

「…………」

「じゃあ戻すにゃ」

「一度取ったものは戻さないでください」

「まだ食ってないにゃ」

「先輩の箸が触れてます」

「じゃあカラカラねこが食えばいいにゃ」

「あなたが食べてください」

「高いにゃ」

「取ったのはお姉ちゃんでしょ」

「罠にゃ……」

「誰も仕掛けてないよ」

 

 ヤニねこは仕方なく、大量のキャビアを口へ入れた。

 

 もぐ。

 

「しょっぱいにゃ」

「そりゃ、それだけ食べれば」

「ご飯ほしいにゃ」

 

 角子が炊飯器を見る。

 

「ありますよ」

「やったにゃ」

 

「ちゃんとその分も払ってね」

「…………」

「聞こえてる?」

「高級な話すると金の話ばっかになるにゃ」

「今日ずっと値段聞いてたのお姉ちゃんでしょ」

 

 配信はそのまま続いた。

 

 普通の高級つまみプレートに、アル中パウダー入りの実験皿。それに高級スコッチのハイボール。最初は「今日はまとも」と言っていたコメント欄も、すっかりいつもの調子へ戻っている。

 

《高級食材の無駄遣い》

《キャビアにアル中パウダー》

《味はいいらしい》

《結局いつもの》

《高級とは》

 

「動画としては当たりだね」

 

 ハメねこはコメントを眺めながら笑う。

 

「料理としても成功です」

「その成功基準、絶対違うと思う」

「おいしかったですよ」

「……まあ、味だけなら」

 

 ヤクねこも少しだけ角子側へ寄った。

 

「ヤクねこまで」

「私は食材の扱い方は評価してませんからね」

「味は認めるんだ」

「悔しいですけど」

 

 その横で、ヤニねこはご飯の上へいくらを載せていた。

 

「ニャーも成功にゃ」

「お姉ちゃんは何に成功したの?」

「高い飯いっぱい食ったにゃ」

「何もしてないじゃん」

「食ったにゃ」

「それは成功じゃないよ」

「失敗もしてないにゃ」

「食費の請求は増えてますよ」

 

 角子がノートへ何かを書き込む。

 

 ヤニねこの動きが止まった。

 

「……失敗かもしれないにゃ」

 

 判断が遅かった。

 

 配信終了後、机の上には高級食材の空容器が並んでいた。うにはほとんど残っておらず、いくらもかなり減っている。キャビアは空で、高級スコッチもそれなりに減っていた。

 

 妹ねこは、その惨状を見回す。

 

「今日、結局いくら使ったんですか?」

 

 角子がスマートフォンを取り出し、購入履歴を確認する。

 

「食材とお酒で……二万円ちょっとですね」

「えっ」

 

 妹ねこが固まった。

 

 ヤニねこも固まった。

 

 ハメねこだけが、配信結果を確認している。

 

「再生数は伸びそう」

「二万円……」

 

 ヤニねこはまだ金額に引っかかっていた。

 

「その金あったらタバコ何箱買えるにゃ……」

「あなたのタバコ代ではないです」

「四十箱にゃ……」

「計算しなくていいです」

「一か月くらい吸えるにゃ」

「一か月も持たないでしょう」

「……」

 

 ヤニねこが黙った。

 

「否定しないんですね」

 

 ハメねこが配信コメントを読み上げる。

 

「《高級食材の無駄遣い》《キャビアにアル中パウダー》《いつもの》《高級とは》」

「反応は良かったですね」

 

 角子は満足そうだった。

 

「でも、おいしかったので成功です」

「成功なんですか?」

「私はおいしかったです」

「味だけなら……」

 

 ヤクねこも否定しきれない。

 

「動画としては成功」

 

 ハメねこも頷いた。

 

「ニャーも成功にゃ」

「お姉ちゃんは食べただけでしょ」

「いっぱい食えたにゃ」

「だから、それを成功って言わないの」

 

 ヤニねこは聞こえないふりをして、机の上に残っていた空のキャビア瓶を手に取った。

 

「これ売れる?」

「空瓶だよ」

「高級品の瓶だから高級にゃ」

「中身が高かったんでしょ」

「瓶も高そうにゃ」

 

 角子も空瓶を見る。

 

「小物入れには使えるかもー」

「何入れるんですか?」

 

 妹ねこが尋ねると、ヤニねこは少し考えた。

 

 指に挟んでいたタバコへ目を落とし、次に空瓶を見る。

 

「灰皿にするにゃ」

「絶対やめて!」

 

 妹ねこの声が部屋へ響いた。

 

「なんでにゃ?」

「高級品の瓶なんでしょ!」

「だから高級な灰皿にゃ」

「そういう使い方じゃない!」

「もう空にゃ」

「だからって!」

 

 ヤニねこはキャビアの瓶を大事そうに抱えた。

 

「今日一番いい物もらったにゃ」

「中身は?」

「食ったにゃ」

「結局、全部お姉ちゃんの腹じゃん」

 

 角子は、そのやり取りを見ながら高級スコッチのハイボールを一口飲んだ。

 

 カラカラ。

 

「高級な灰皿も、悪くないかもー」

「角子さんまで賛成しないでください!」

 

 妹ねこは、この前より少しだけ角子のことを理解した気がした。

 

 高い食材を買う余裕はある。料理の腕もあるし、出来上がった物の味も悪くない。その点だけを見れば、姉よりずっと安心できる相手だった。

 

 ただし、まともな材料をまともに使うかどうかは、どうやら別問題らしい。使える金額が増えれば、その分だけ失敗まで高級になる。妹ねこには、そんな仕組みに見えてきた。

 

 姉より生活能力はある。

 

 だから安心できる、とはならなかった。

 

 その横で、ヤニねこは空のキャビア瓶へ最初の灰を落としていた。

 

「高級にゃ」

 

「もう使ってる!」

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