【本編完結】転生したら八千年の遠回りをしていた件 〜生まれ変わっても、君と出会う〜 作:蠱毒は孤独
ログイン地点の水面に、色鮮やかな波紋が広がった。
高く結んだ黒髪を肩の後ろへ払い、目元の半面を直して水際へ近づく。薄青の袖の先で揺れる水面から、グレーとは違う金色が覗いた。続けて勢いよく顔を出したかぐやは、もう満面の笑みを浮かべている。
初めての人はアバターの感覚に慣れず、ここで転ぶこともある。ヤチヨはそれも趣だと言うけれど、転ぶところまで風情に含めるのは少し範囲が広すぎないだろうか。
案の定、かぐやは踏み出した足が追いつかずに前へ傾いた。
「おっと」
差し出した腕の中へ、金髪が飛び込んでくる。
「ぶぇっ」
「ようこそ、ツクヨミへ」
白と濃紺の神事服に、すっぽりと顔が埋まった。慌てて身を起こすかと思えば、かぐやは何を思ったのか、僕の胸元へぐりぐりと額や頬を押しつけてくる。左胸の烏の羽飾りまで、一緒にくすぐったそうに揺れた。
「ポカポカするぅ〜」
「足元、大丈夫かい?」
「ん。……やっぱ、イツキだ!」
ようやく顔を上げたかぐやの瞳が、ぱっと明るくなった。僕の肩から広い袖へ、目元の半面へと、視線が忙しなく行き来する。
「めっちゃキラキラしてるじゃん!」
「そういうかぐやも、ずいぶん可愛くキャラクリしたんだね」
「でしょお!」
腕からするりと離れたかぐやが、自慢げに両手を広げて身体を揺らす。かわいいかわいい。
僕も改めて自分の袖へ目を落とした。現実ではまず袖を通さない装束だけれど、この神事服も半面も、ここでは随分と長い付き合いになる。
姿が普段と違っていても、あんなふうに直感で見分けてくれるものなんだね。ポカポカする、と言ってもらえたのも素直に嬉しい。
「ふふっ。ギャルいかぐや姫……」
「あ、彩葉! かっこよ〜!」
僕の背後から顔を出した彩葉さんへ、かぐやが身を乗り出した。短い髪に、狐を思わせる耳と尻尾。紺や青を基調にしたアバターを上から下まで眺めている。
「ちょっと。こっちではイロって呼んで。アバターネーム、ネットエチケットだから守ってよ」
そう注意する彩葉さんも、褒められて口元が緩んだままだ。本人も気に入っているらしい。威厳が狐耳から抜けていってるよ。
「えぇ〜、彩葉は彩葉じゃん」
「そういう問題じゃないの。リアルの名前をうっかり呼んだら──」
「あ、犬DOGE! 連れてこれるんだ!」
話の途中で勢いよくしゃがみ込まれ、彩葉さんは口を半開きにしたまま言葉を止めた。
三人の足元を、さっき作ったばかりの犬DOGEが軽い足取りでくるくると走り回っている。かぐやが手を伸ばすと、その手をひらりとかわして、また楽しそうに僕たちの周りを一周した。現実の部屋から連れてきたばかりなのに、もうこっちの空気に馴染んでいるらしい。
「……かぐや、聞いてる? こっちではイロ」
「じゃあイツキは?」
「僕はこっちでもイツキだね」
「ほら!」
「ほら、じゃない。藤原さんは関係ないでしょ」
「彩葉も今、藤原さんって呼んだじゃん」
痛いところを突かれて、彩葉さんが気まずそうに唇を結んだ。そこで僕を睨まれても、今の指摘はかぐやのものだ。
「僕はどちらで呼んでもらっても構わないよ」
「藤原さんまで話をややこしくしないでください」
「呼び方にこだわりがないだけなんだけどな」
「イツキ、かぐやの味方!」
「勝手に味方にするな!」
犬DOGEを撫で終えたかぐやが立ち上がり、当然のような顔で僕の右隣へ陣取った。立ち位置まで勝手に決まってしまったらしい。
彩葉さんは僕たちの並びをじと目で見比べてから、深々と溜め息をついた。
「……もういい。これ以上付き合ってたら開演に遅れる。そろそろ行くよ」
「行こ、行こ!」
返事の元気だけは満点だ。前を歩き出した彩葉さんの後ろを跳ねるように追う金髪を見守りながら、僕も歩幅を合わせた。
◆
ツクヨミの街を歩くかぐやは、とにかく忙しい。
足元の澄んだ水面を覗き込んだかと思えば、次は頭上をゆったり横切る大きな魚の影を見上げる。七色に光る小魚の群れが通り過ぎれば数歩追いかけ、その先で別の露店やオブジェを見つけてはぴたりと足を止める。案内役のはずの彩葉さんも、数歩進むたびに振り返っては苦労の絶えない顔をしていた。
「ねえ、魚飛んでる!」
「飛んでるんじゃなくて、泳いでるんじゃないかな」
「空なのに?」
「ここなら泳げるみたいだね」
「じゃあ、かぐやも空泳げる?」
「まずは地面を歩いてくれると助かるよ」
「歩いてるじゃん」
「前を見ながらね」
「見てるってば。……あ! これ食べたい!」
今度は視線が真横へ飛んだ。僕のお願いは、早くも通り過ぎてしまったらしい。
露店のショーケースの奥に、果物と真っ白なクリームを高く盛ったパフェが並んでいる。足を止めた彩葉さんが、かぐやが注文を口にする前に釘を刺した。
「言っとくけど、見た目だけだからね。味は一切しないよ」
「こんな美味しそうなのに?」
「味覚と嗅覚はまだ実装されてないの」
「でも、口に入れて食べることはできるんでしょ? ちょっとだけ! 一個だけ!」
止めるほどの理由もない。受け取ったパフェを両手で嬉しそうに掲げ、かぐやは長いスプーンで赤い果実とクリームを山盛りにすくった。
勢いよく口へ放り込んだ途端、ぴたりと動きが止まる。
スプーンを口から抜き、手元のパフェを見下ろし、それから信じられないものを見る目で僕たちを見上げてきた。
「……味しなーい」
「だから最初からそう言ったでしょ」
「いや、だって! ここまで完璧にパフェの形してるじゃん!」
納得がいかないとばかりに、今度は器の反対側から別の果物をすくって噛みしめる。眉間の皺がみるみる深くなっていった。
「そこを食べても同じだと思うよ」
「一口くらい、当たりの果物があるかもしれないじゃん!」
「食べ物の味をソシャゲのガチャみたいにくじ引きにしないで」
彩葉さんに呆れられても、かぐやは諦め悪くスプーンを動かし続けた。宝探しでもするように一口ずつ慎重に運んでいるけれど、返ってくる結果はいつも同じだ。
「やっぱ何もしない! 見た目こんなに美味そうなのに、完全に詐欺でしょ!」
「運営と開発者に喧嘩を売らないの。これは雰囲気を楽しむためのオブジェクトなのよ」
「食べ物なのに雰囲気だけ?!」
「仮想空間だから!」
「まあ、僕としても、いつか味覚まで再現できるようになればとは思うけれどね」
僕が横から口を挟むと、かぐやから「ほら見ろ!」と言わんばかりの視線が飛んできた。見た目がこれだけ作り込まれている分、口へ運んだ時の落差に頭が追いつかないのだろう。
「それは私だってそう思うけどさ。運営の開発陣の今後に期待するしかないわね。それか、どっかの天才プログラマーが画期的な外部プラグインでも実装してくれるか」
「かぐやちゃんなら出来るかもよ!」
「ハッ」
「おいこらぁ! 今、鼻で笑うとこじゃなくない!?」
即座に失笑した彩葉さんへ、かぐやがスプーンを振り回して猛抗議を始める。
その声を聞きながら、ヤチヨに頼まれて不具合を探した時のことを思い出した。一つ直せば別の場所が動かなくなり、そちらを直せば最初の場所が壊れる。
異世界で得た力を、こんなにデバッグへ使うとは思わなかった。
……かぐやも始めたら、また呼ばれるのかな。
「時間だ。そろそろ行きましょう」
「ライブってやつ?」
「そう。始まる前にステージにつかなくちゃ。早く行くよ」
「あ、待ってよ彩葉〜!」
考えごとから戻った時には、二人はもう小走りで人混みの中へ踏み出していた。青い光が揺れる街並みの先で、金色の長い髪と狐耳が並んで跳ねている。
はぐれないよう、僕も苦笑しながら歩調を速めて二人の背中を追った。
◆
『キタキタキター! これが無いとツクヨミの夜は始まらない! ヤチヨミニライブの開演だぁああー!』
会場へ近づくにつれて、熱気と大勢のざわめきが重なって聞こえてきた。
中央の広場から放射状に架けられた橋の上には、もう数え切れないほどの観客が並んでいる。深い瑠璃色の夜空を、白や赤や緑の淡い光をまとった魚たちがゆったりと回遊していた。足元の透き通った水面にも頭上の光が映り込み、観客の影と一緒に細かく揺らめいている。
橋の欄干の切れ目まで辿り着いたところで、少し前からかぐやの声が届いた。
「あれ、イツキは?」
「すぐ来るでしょ。それより、もうカウントダウン始まるから前見て!」
「置いてきた?」
「勝手についてくるでしょ」
「僕、野良猫かな」
「あ、来た!」
振り返ったかぐやが嬉しそうに手を振る。僕も軽く手を挙げて応え、二人の隣へ収まった。
「遅いよ〜、イツキ」
「置いていったのは二人なんだけどな」
「でもちゃんと間に合ったじゃん!」
「うん。ちゃんとついてきたよ」
僕たちのやり取りに、彩葉さんの肩が小さく震えた。けれど、ツッコミを返す余裕はもうないらしい。中央の空間を食い入るように見つめたまま、口元が早くも緩み始めている。
『3……2……1……!』
周りの観客が一斉に声を張り上げ、カウントダウンがゼロを刻んだ。
広場の中央、水面の一点から無数の光の粒子が噴水のように立ち昇る。光は二本の柱にまとまり、上部を左右から伸ばして一本の梁を結んだ。弾けた光が散った後には、一基の朱塗りの鳥居が姿を現していた。
その笠木の上に、ヤチヨが腰掛けていた。ゆっくりと立ち上がり、袂を口元へ添える。
隣の彩葉さんが、ひゅっと息を呑んだ。
『えへへぇ。おまたせ! ヤオヨロ〜。神々のみんな、今日も最高だった〜?』
地鳴りのような歓声が会場中で弾けた。鳥居の上から手を振るヤチヨへ向けて、無数の腕が一斉に突き上げられる。
そして隣の彩葉さんは、もうヤチヨしか見ていなかった。視線は鳥居の上に固定され、口元がふにゃりと緩んでいる。さっきまで僕たちへ向けていた呆れ顔は、すっかりどこかへ行ってしまった。
「彩葉、めっちゃ嬉しそう」
「…………」
「彩葉?」
かぐやが顔を覗き込み、目の前でひらひらと手を振ってみせる。けれど彩葉さんは、その向こうのヤチヨを見つめたままだった。かぐやの手にも声にも、まるで反応しない。
「イツキ、彩葉が動かない」
「うん。今は全神経をヤチヨに注いでいるところだからね」
「聞こえてるのかな?」
「……ヤチヨォ……尊い……」
うっとりした声だけが漏れた。僕たちの話は届いていないらしい。今なら目の前で魚が爆発しても、ヤチヨの新しい演出だと拝んで受け入れそうだ。
「壊れた?」
「ライブが終われば戻ってくると思うよ」
「ほんとに?」
「……たぶんね」
かぐやと顔を見合わせ、もう一度彩葉さんの横顔を見る。言葉を失うほど幸せそうではある。全身全霊で。
……ひとまず、そっとしておくのが一番の優しさだろう。
『それじゃあ、今宵も皆を誘っちゃうよ! Let's go on a trip!』
ヤチヨの声が響き渡ると、沸き立っていた会場が潮が引くように静まっていった。誰もが鳥居の上を見上げ、次の一音を待っている。
『星降る海』
耳に馴染んだイントロが、夜の空間へ広がった。
これまで何度聴いたか分からない曲だ。けれど、いつもは舞台袖で、音のバランスや演出のずれを確かめる耳で聴いていた。こうして何も抱えずに観客の一人として正面から受け止めるのは、いつ以来だろう。
最初の歌声が届くまでのほんの数秒が、やけに長く感じられた。
ヤチヨが歌い始める。
ざわついていた隣のかぐやも、自然と口を結んだ。上を向いたまま、鳥居の上から目を離さない。僕も中央へ視線を戻し、夜気の中へ伸びやかに広がっていく歌声に耳を澄ませた。
旋律の高まりに応えるように、足元の水面が淡い光を放ちながら揺らぎ始める。
橋の縁を越えて溢れてきた瑠璃色の水が、足首を浸し、膝を撫で、腰を包んでいく。胸元まで水嵩が増しても冷たさはなく、気づけば頭の上まで静かな水底に沈んでいた。
息苦しさも、服の重みもない。橋も観客も、空を漂っていた光の粒も、すべてが同じ海の中へ溶け込んでいく。
さっきまで頭上を回遊していた魚の群れが、僕たちのすぐ目の前を横切っていった。かぐやが目を丸くしてその軌跡を追い、尾びれが残した光の粒の向こうに、再びヤチヨの姿を捉える。
鳥居から踏み出したヤチヨの足の下に、透明な光の道が現れた。歌いながら空へ続く道を上がり、足元から淡い波紋を広げていく。魚の群れが周りを巡り、袖を隠しては、また光の中へ浮かび上がらせた。
ふいに、神事服の袖の端を小さく引かれた。
「イツキ」
「うん?」
「あの歌、好き」
かぐやは中央のヤチヨを見たまま、飾らない声でぽつりと零した。僕もその横顔から、光の中を歩くヤチヨへ視線を戻す。
「……僕も、好きだよ」
答えると、かぐやは満足したように小さく頷き、袖からそっと手を離した。
どれだけ聴き慣れた曲でも、ヤチヨが歌うたびに次のフレーズを待ってしまう。演出の仕組みを知り尽くしている僕でもそうなのだから、今日の僕はきっと、周りの観客と変わらない顔をしているのだろう。
透明な道の中ほどで、ヤチヨが歩みを止めた。
伴奏が大きく転調し、広げた両腕の指先まで一筋の光が駆け抜ける。
その瞬間、ヤチヨの身体から無数の白い粒子が四方へ弾け飛んだ。
宙を舞う粒の一つ一つがぽんと膨らみ、小さな手足を伸ばす。ふわふわした白いショートヘアに、ころころとした二頭身の身体。大勢のミニヤチヨが魚の群れを縫うように飛び出し、歓声を上げる観客たちの頭上へ一斉に降り注いできた。
「わぁぁ……っ!」
かぐやの歓声に重なって、隣から奇声が漏れた。
「っ……ひ、ぁ…………っ!」
声か、魂か。できれば前者であってほしい。
彩葉さんは口元を押さえ、本体とミニヤチヨを交互に追っていた。右を見た途端に左から別の一人が現れ、中央の歌声にまた引き戻される。首から上だけで、難関のリズムゲームをしているようだ。
「彩葉、ヤチヨがいっぱい飛んでる!」
「う……っ!」
「どれ見る?」
「全部っ!」
「全部!?」
「目が、足りない……っ!」
ミニヤチヨにも本人の意識がある。どこを見ても推し本人で、見ていない場所にも推し本人だ。
「ああっ、そっち行かないで……でも本体も……!」
……楽しそうなのに、ものすごく大変そうだ。
そんな騒ぎの中、一人のミニヤチヨが迷いなく僕の方へ滑空してきた。
僕の周りをくるりと一周し、右の肩口へちょこんと着地する。小さな身体が首筋へそっと寄り添い、さらさらとした白い髪が頬をかすめた。
『……やあ。お疲れ様』
周りに聞こえないよう、思念で声を送る。
肩の上のミニヤチヨが、ふにゃりと目を細めた。すり寄ってくる間も、中央の道の上では本体のヤチヨが少しも乱れずに歌い続けている。
今日は舞台裏に顔を出さなかったのに、ちゃんと見つけてくれたらしい。
頬に触れる白い髪へ、少しだけ顔を向ける。昔から変わらない。こういうところだけ妙に距離が近い。
やがてミニヤチヨは僕の肩をとんと蹴って離れた。小さく手を振るその背中を見送っていると、すぐ隣からかぐやの怪訝そうな声が聞こえた。
「……彩葉?」
見れば、別のミニヤチヨが彩葉さんの真正面、鼻先わずか五センチほどのところをゆっくりと横切っていくところだった。
時が止まった。
さっきまで忙しく動いていた彩葉さんの首が、ぴたりと止まる。視線だけが目の前の小さな姿を追い、唇が開いた。閉じた。もう一度開いたけれど、今度は声も出てこない。
ミニヤチヨが遠ざかると、彩葉さんの顔もゆっくりとそちらへ向いた。口元を押さえていた両手が胸元へ下がり、隠れていた笑顔があらわになる。目尻も頬も口元も、何もかもが緩みきっていた。これほど幸せそうな顔をしているのに、本人はたぶんそれどころではない。
「……近かった……」
「うん。息がかかりそうな距離だったね」
「ヤチヨが……ここに……空気が……神聖……」
さっきまでミニヤチヨが漂っていた空間を、彩葉さんが両手でそっと掬ってみせる。
……とうとう空気まで拝み始めた。
さすがに口には出さなかった。今の顔を鏡で見せたら、明日の朝に枕へ顔を埋めて絶叫するに違いない。
中央から、クライマックスへ向けて歌声が一段と高く伸びた。
彩葉さんがはっと我に返ったように中央へ向き直る。頬の緩みはまったく戻っていないのに、目の焦点だけは鳥居の方を捉えて離さなかった。
小さな分身たちが行き交う向こうで、ヤチヨはこの一瞬も楽しむように歌っている。
高く伸びる声に伴奏が重なり、僕たちを包む水底の瑠璃色がさらに深く沈んでいくように見えた。魚たちの光の筋が、翻るヤチヨの袖を横切る。かぐやは息を呑んで顔を上げ、彩葉さんも今度は目移りをやめて、ヤチヨの姿だけを見つめて立ち尽くしていた。
僕も何も言わず、ただその歌声に身を浸していた。
散らばっていたミニヤチヨたちが、魚の群れや淡い光の波間へ溶け込むように薄れていく。そちらへ一瞬目を向けた隙に、光の道の上にいた本体の姿がふっと消えた。
どこへ移ったのかと見回すより早く、広場の中央、朱の鳥居の上へ一筋のスポットライトが落ちる。
ヤチヨは、いつの間にか最初と同じ笠木の上へ戻っていた。歌声は途切れず、移った継ぎ目さえ感じさせない。
……相変わらず、見せ方が上手いな。
彩葉さんが胸元で両手をぎゅっと握り、吸い寄せられるように身を乗り出す。かぐやも、周りを泳ぐ魚にはもう気を取られていなかった。
空間に散っていたミニヤチヨたちが、一人、また一人と柔らかな光の雫になって解けていく。光の粒は水中を螺旋を描いて昇り、鳥居の上のヤチヨへ集まっていった。
さっき僕の肩に寄り添ってくれた子も、光へ還る間際にくるりとこちらを振り返った。
小さな手が、胸元でちょこんと揺れる。
目だけで応えると、その姿も光の粒になって昇っていった。
集まった光を背に、ヤチヨが最後のフレーズを歌い上げる。水の中を遠くまで響いていく歌声に、僕の視線も自然と引き上げられていた。
いつもなら、僕は舞台裏でヤチヨを支えている。今日は隣にかぐやがいて、その向こうで彩葉さんが同じ歌を聴いていた。
かぐやは、この歌が好きだと言った。彩葉さんには、聞くまでもない。
長い余韻とともに、満ちていた水が静かに引き始める。
頭上を覆っていた瑠璃色が胸元へ、腰へと下り、やがて足元を抜けて橋の下の水路へ還っていった。魚たちは再び夜空へ舞い上がり、光る尾びれが天の川のような輝きの中に溶けていく。水が去った鳥居の上には、胸元に手を当てて静かに息を整えるヤチヨの姿だけが残っていた。
聴き慣れた歌を、今日は三人で聴いている。それだけなのに、少しだけいつもより好きな曲に聞こえた。
最後の一音が夜の空気へ溶けきるまで、僕たち三人は動かずにその姿を見上げていた。
音が、消える。
深い静寂が、広場全体を満たしていった。
・藤原一継のアバターモチーフ
二つのアバター、共通して烏をモチーフにしています。
葛原イッキは配信向けなので、黒・白・金の和装に烏の翼を思わせる大型コートと、かなり華やか。
対して藤原一継の一般アバターは、薄青・白・濃紺の海と月を思わせる神事服。モチーフは半面や羽飾りに落とし込み、静かな方向へ寄せています。
ざっくり言うと、
葛原イッキ:仕事着・派手・目立つ
藤原一継:私服枠・静か・目立ちたくない
なお、一般アバターの服も十分目立つという。
本人だけがあまり気にしていない。