転生したら八千年の遠回りをしていた件 〜生まれ変わっても、君と出会う〜   作:蠱毒は孤独

16 / 19
12.ゲリラライブ!

 海水浴の話は、写真付きだった。

 

 かぐやは僕の隣へ座るなり、スマホの画面をぐいっと押しつけてきた。最初に映ったのは青い海と砂浜。その次は芦花さんと真実さん、それから彩葉さん。濡れた髪のまま騒いでいる写真もあれば、食べ物の方が人より大きく写っているものもある。何枚か勢いよく送られたあと、最後に出てきたのは岩と水だった。

 

 「これ、カニ」

 「……どこ?」

 「ここ!」

 

 かぐやが画面を指で広げる。拡大された。

 

 余計に分からなくなった。

 

 「これ、本当にカニ?」

 「カニだよ」

 「撮った時は『多分』って言ってたでしょ」

 

 向かいに座っていた彩葉さんから、すぐに訂正が入る。かぐやが振り返った。

 

 「でも、いた!」

 「いたのは知ってる。写ってるかどうかの話をしてるの」

 「写ってるって!」

 

 もう一度、ほとんど岩にしか見えない画面を見せられる。やっぱり分からない。

 

 ただ、写真の出来はともかく、三人と一緒に思い切り遊んできたことだけはよく伝わった。

 

 かぐやの説明は、写真を送る速度と同じくらい忙しい。最初に海へ走っていったこと。みんなで水を掛け合ったこと。芦花さんが髪を整えてくれたのに、すぐ崩れたこと。真実さんが買ってきた焼きそばを、なぜか彩葉さんが全部食べたこと。

 

 最後だけ、少し気になった。

 

 「彩葉さん、真実さんの焼きそば全部食べたの?」

 「そこ拾わなくていいです」

 「食べたよ」

 「かぐやも言わなくていい」

 「何かあったの?」

 「ちょっとした報復です」

 

 食べ物を奪うほどの何かがあったらしい。真実さん相手ならかなり効きそうだとは思ったけれど、詳しく聞けば話が長くなりそうなので、その先は黙っておいた。

 

 写真はまだ続く。かぐやと芦花さん。真実さんと料理。海を背にした四人の写真。どれも綺麗に整った記念写真というより、その場の騒がしさまで一緒に閉じ込めたようなものばかりだった。

 

 その中に、彩葉さんが少し呆れた顔をしている一枚がある。海へ行く時間を作るために、前もって予定を調整していたらしい。休むために先に無理をするあたりが彩葉さんらしいと言えばらしいけれど、少なくとも写真の中では、ちゃんと三人と同じ場所にいた。

 

 「楽しかった?」

 

 聞くと、かぐやは迷いなく頷いた。

 

 「楽しかった! 彩葉も途中から本気だったし、芦花も真実も今度は配信一緒にやろうって言ってた」

 「へえ」

 「歌でもゲームでも料理でもいいって。三人でコラボする!」

 「もう三つ出てるけど」

 「一個ずつやるから大丈夫」

 

 そこはちゃんと覚えているらしい。彩葉さんが小さく息を吐いた。

 

 「言葉の意味は理解してるんですよ。運用がちょっとおかしいだけで」

 「合ってるよ。一個終わってから次やってる」

 「間隔の話もしてるの」

 「そこまでは聞いてない」

 

 即答だった。笑いそうになって、口元を押さえる。

 

 当然、かぐやは見逃さなかった。

 

 「今笑った?」

 「笑ってないよ」

 「絶対笑った」

 「気のせいじゃないかな」

 「イツキまで彩葉みたいなこと言うようになった」

 

 それは少し心外だ。向かいを見ると、彩葉さんまで納得していない顔をしている。

 

 「私を何だと思ってるのよ」

 「彩葉」

 「それは名前」

 

 今日も元気そうだ。

 

 かぐやは満足するまで写真を見せたのか、ようやく指を止めた。けれど、そのまま何枚か戻したところで、不意に顔を上げる。

 

 「そうだ。今日、歌うから」

 「今日?」

 「うん」

 「今決めた?」

 「曲は決めてた。今日歌うのを今決めた」

 

 彩葉さんが額へ手を当てた。

 

 「その違い、説明して」

 「海で言ったじゃん。もっと一緒に歌いたいって」

 「できる時だけって言った」

 「じゃあ、今できる?」

 

 勢いよく聞いたかぐやが、そこで口を閉じた。さっきまで休みなく動いていたのに、返事を求めた瞬間だけぴたりと止まる。彩葉さんを急かさず、ただじっと待っている。

 

 彩葉さんは少し考え、それから自分の予定を確認した。

 

 「……一曲なら」

 「よし!」

 

 返事を聞いた瞬間、かぐやが立ち上がった。

 

 静止時間は終了らしい。

 

 「じゃあツクヨミ行こ!」

 「場所は?」

 「決めてる」

 「そこは決めてるんだ」

 「当たり前じゃん」

 

 完全な思いつきではなかったらしい。僕も立ち上がると、かぐやがすぐにこっちを向いた。

 

 「イツキも最初から見ててね」

 「最後まで、でしょ?」

 「そう!」

 「分かってるよ」

 

 何度目かになる約束だった。でも、何度でも守ればいい。

 

 

   ◆

 

 

 常夜のツクヨミには、見上げても太陽はない。

 

 黒に近い空には、月のように見える巨大な球形のミラーボールが浮かんでいた。鏡面タイル状の表面が淡い光を返し、その下には木造の家々が幾重にも連なっている。

 

 低い軒と二階建ての町家が細い通りを挟み、格子窓の奥から橙色の明かりが漏れる。家々の間には提灯を模した灯りが浮かび、赤や金の色を石畳へ落としていた。

 

 江戸とも平安とも言い切れない。古い日本の街並みをいくつも混ぜ合わせ、現実にはなかった形へ組み直したような場所だ。

 

 通りの途中には細い水路が走り、その上を木造の渡し橋が横切っている。今日の舞台は、その橋の上だった。

 

 水の中では青白く光る魚がゆっくりと泳いでいた。水面近くまで上がった群れが、ときどき欄干の高さへふわりと浮かび、光の尾を残しながらまた沈んでいく。

 

 その光を背にして、かぐやが橋の中央へ立っている。少し後ろには、狐の着ぐるみ姿のいろP――彩葉さん。肩から下げた鍵盤で何度か音を確かめ、かぐやもそれに合わせて軽く声を出していた。

 

 僕はいつものアバターで、橋から少し離れた通り側に立つ。

 

 まだ観客は少ない。橋を渡ろうとしていた人が数人足を止め、何が始まるのかと様子を見ている程度だった。

 

 宣伝もない。

 

 大きなステージもない。

 

 スタッフの誘導もない。

 

 かぐやが歌いたくなって、彩葉さんが一曲なら弾ける。

 

 だから歌う。

 

 ゲリラライブとしては、それで十分だった。

 

 「今から一曲やる! 通りすがりでもいいから、聞いてって!」

 

 かぐやの声が橋の向こうまで抜けていく。足を止めていた人たちが少し笑った。その中から、すぐに別の声が上がる。

 

 「かぐやだ」

 「いろPもいるじゃん」

 

 もう知っている人も混ざっていたらしい。かぐやはすぐにそちらへ顔を向けた。

 

 「知ってる人もいるじゃん。じゃあもっと聞いてって!」

 

 強引だ。

 

 でも、離れていく人はいない。

 

 彩葉さんが鍵盤へ手を置く。短く視線を送ると、かぐやが頷いた。

 

 音が始まった。

 

 『竹取オーバーナイトセンセーション』

 

 曲名を聞いた時、少しだけ可笑しくなった。

 

 竹取。

 

 それを今のかぐやが選んで、橋の真ん中で堂々と歌おうとしている。

 

 なんというか、妙に似合う。

 

 本人が気に入って選んだなら、それでいい。

 

 彩葉さんの鍵盤が軽快に走り出した。

 

 少し影のある響きを含んでいるのに、曲は沈まない。音が鳴るたびに次へ次へと引っ張られ、立ち止まる暇もなく前へ進んでいく。速さはあるけれど、忙しなさより勢いが先に耳へ入ってくる。

 

 そこへ、かぐやの声が重なった。

 

 高い音へ上がっても、声は細くならない。言葉の多い曲なのに、一つ一つが流れに埋もれず届いてくる。息をつく場所も少なそうなのに、速さだけで押し切っている感じもしなかった。

 

 前より上手くなった。ただ、それ以上に目立つのは、やっぱり覚える速さだ。

 

 歌そのものは最初から得意だった。今はそこへ、配信や人前で歌った経験が少しずつ積み重なっている。

 

 目の前の相手へ声を投げる。

 

 返ってきた反応へ気づく。

 

 次の瞬間には、それを歌の中へ拾う。

 

 その切り替えが速い。

 

 橋の端にいた一人が手を振った。かぐやはすぐに気づき、歌を崩さないまま視線だけをそちらへ向ける。

 

 もう一人が足を止め、その後ろでも人が止まる。いつの間にか、橋を通り過ぎるだけだった人たちが欄干の脇へ寄り始めていた。通りの向こうからも人が来る。

 

 途中で気づいたファンも混ざり始めたらしい。

 

 「かぐやー!」

 

 声が飛んだ。

 

 かぐやがそちらへ顔を向け、嬉しそうに応える。その横で、彩葉さんの伴奏も少しだけ前へ出た。

 

 ただし、歌を追い立てるほどではない。

 

 かぐやの声が高く抜けるところでは鍵盤が一歩引き、細かく言葉を刻むところでは、下から音を置いて支えている。

 

 歌へ合わせる。

 

 でも、ただ付いていくだけではない。

 

 かぐやが次に行きやすい場所を先に作っている。

 

 彩葉さんが音楽を仕事として続けてきたことを考えれば、技術だけなら以前から持っていたものなのだろう。けれど、今の演奏にはそれだけではないものも見える。

 

 彩葉さんが、ときどきかぐやを見る。かぐやも振り返る。

 

 言葉や合図で何かを確認する様子はない。目が合えば、それだけで次へ行く。

 

 以前、僕の部屋で二人がやっていた即興と少し似ていた。

 

 相手が何をするのかを見る。

 

 それを受けて、自分が返す。

 

 ただ今は、それを大勢の前でやっている。

 

 気づけば、橋の上だけでは人が収まらなくなっていた。両側の通りにもアバターが並び、提灯の明かりの下へ人影が増えていく。水路から浮かび上がった青白い魚が、その間を縫うようにゆっくり横切った。

 

 最初の静けさは、もうない。

 

 その人波の端に、見覚えのある姿を見つけた。

 

 忠犬オタ公。

 

 こんなところまで来ていた。

 

 いや、ファンなのだから、むしろ当然かもしれない。

 

 一瞬こちらへ気づくかと思ったけれど、その視線は橋の中央から微動だにしなかった。

 

 完全にかぐやしか見ていない。

 

 筋金入りだ。

 

 それなら僕から声を掛ける必要もない。

 

 今は僕も同じ観客だ。

 

 曲はさらに勢いを増していく。

 

 速い曲は、一度どこかが崩れると全体まで引っ張られやすい。歌が急げば伴奏も急ぐ。伴奏が押せば、歌も前へ出る。

 

 けれど、二人の間には今のところそれがない。

 

 かぐやが少し先へ出れば、彩葉さんは慌てて追いかけるのではなく、その先に着地できる場所を作る。彩葉さんが音の形を変えれば、かぐやもすぐにそれを拾う。

 

 どちらか一人が全部を合わせているわけじゃない。

 

 二人で一つの流れを作っている。

 

 橋の向こうで歓声が上がった。かぐやがそれを受けて、さらに声を伸ばす。

 

 「「ハイ!」」

 

 声に合わせて何人かのアバターが跳ねた。ほとんど同じタイミングで、水路から青白い魚の群れが一斉に浮かび上がる。

 

 光の尾が人の頭上を流れていった。

 

 偶然なのか、何かの演出なのかは分からない。

 

 ただ、常夜の町並みにはよく似合っていた。

 

 最後まで、二人の勢いは落ちなかった。

 

 彩葉さんの指が鍵盤から離れる。

 

 かぐやの声が止まる。

 

 一瞬だけ、橋の上が静かになった。

 

 次の瞬間。

 

 歓声が弾けた。

 

 最初は数人しかいなかった場所が、すっかり人で埋まっている。

 

 かぐやが目を丸くしたあと、すぐに観客へ向き直った。

 

 「ありがと! また突然やるかもしれないから、見つけたら来て!」

 

 あくまで突然やるらしい。周囲からはすぐに声が返った。

 

 彩葉さんは後ろで、しょうがないというように肩を落とす。次を想像したのかもしれない。

 

 僕も同じことを考えた。

 

 かぐやだけは満足そうだった。

 

 

   ◆

 

 

 ログアウトすると、さっきまでの歓声が嘘みたいに消えた。常夜の町と橋を埋めていた人影がなくなり、視界はいつもの部屋へ戻る。

 

 先に接続を切っていたかぐやが、もう僕の方を見ていた。

 

 「どうだった?」

 

 早い。

 

 彩葉さんもスマコンを外しながらこちらを見る。かぐやは感想を待ちきれない顔。彩葉さんは、その横でこちらの返事を静かに待っている。

 

 「よかったよ」

 「それだけ?」

 

 やっぱり足りなかった。

 

 僕はさっき見ていたものを、そのまま順番に返すことにした。

 

 「速い曲なのに言葉が潰れてなかった。高いところでも声が細くなってなかったし、観客が増えてからも、ちゃんと反応を拾ってたよね。前より人がいる場所で歌うのに慣れてる感じがした」

 「でしょ!」

 

 かぐやの顔が一気に明るくなる。僕は今度は彩葉さんを見る。

 

 「彩葉さんの伴奏もよかったです。かぐやが少し前へ出ても、ただ追いかけるんじゃなくて、その先で戻れる場所を作ってたから」

 「……そこまで見てたんですか」

 「最初から最後まで見るって約束したから」

 

 言うと、かぐやがすぐに頷いた。

 

 「ちゃんと見てる!」

 「前にも確認したよね」

 「何回でも確認する」

 「信用されてないのかな」

 「信用してるよ。確認したいだけ」

 「それなら仕方ないか」

 

 彩葉さんが、しょうがないというように息を吐いた。

 

 「面倒くさいでしょ」

 「今さらかな」

 「それもそうですね」

 

 かぐやが僕と彩葉さんを交互に見る。

 

 「人、いっぱい来たよね」

 「最後はかなりいたね」

 「最初は全然だったけど」

 

 彩葉さんからすぐ訂正が入る。

 

 「だから増えたんじゃん」

 「そこは否定してない」

 「じゃあ成功!」

 

 判定が早い。

 

 でも、今回はそれでいいと思う。

 

 大きな会場を借りたわけでもない。大々的な宣伝をしたわけでもない。橋の上で一曲歌い始めて、通りかかった人が足を止めて、少しずつ増えて、最後まで聞いていった。

 

 ゲリラライブとしては十分だ。

 

 かぐやはもう次のことを考えていそうな顔をしていた。彩葉さんも同じことに気づいたらしい。

 

 「先に言っとくけど、今日はもうやらないからね」

 「分かってる」

 

 思ったより素直な返事だった。彩葉さんが少しだけ目を瞬く。

 

 かぐやは続けた。

 

 「今日は終わり。でも次はまたやる」

 「そこは変わらないのね」

 「変える理由ないじゃん」

 

 確かに。

 

 彩葉さんは何か言いかけて、結局やめた。

 

 「次も、できる時だけよ」

 「うん。できる時にやる」

 「……ちゃんと聞いてる」

 「前から聞いてるって」

 

 かぐやが少し不満そうに言う。

 

 僕はとうとう笑った。

 

 今度は隠さない。

 

 「イツキ、今笑った!」

 「笑ったよ」

 「認めた!」

 「認めるところだからね」

 

 彩葉さんが息を吐き、肩をすくめる。

 

 さっきまで橋の上にあった賑わいとは違う。三人しかいない部屋の、気の抜けたやり取りだった。

 

 かぐやは満足したのか、もう一度スマホを手に取った。

 

 「そうだ。まだ見せてないのある」

 「まだあるの?」

 「いっぱい撮ったから」

 

 彩葉さんが嫌そうな顔をする。

 

 「変なの見せるなよ」

 「変なのって何?」

 「それを私に聞くな」

 

 また始まりそうだ。

 

 僕は笑いながら、二人の間に差し出された画面を覗き込んだ。

 

 今夜は、まだ少し賑やかそうだった。

 

 

 




【ツクヨミ路上ライブ目撃スレッドより】

・速報:渡り橋の上で急にかぐやといろPがゲリラライブ開始
・選曲『竹取オーバーナイトセンセーション』は草。本人カバーの破壊力よ
・いろPのキーボード伴奏、完全にプロの仕事で鳥肌立った
・間奏のアイコンタクトだけで音合わせてるの尊すぎないか?
・後ろの方で腕組みして真剣に見てた神事服アバターの男、雰囲気が完全に保護者のそれだった件
・人混みの端っこで微動だにせずかぐやを凝視する忠犬オタ公のブレなさ


お読みいただきありがとうございました
応援の高評価・感想をいただけますと幸いです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。