転生したら八千年の遠回りをしていた件 〜生まれ変わっても、君と出会う〜 作:蠱毒は孤独
三人分の参加準備が終わって、あとはKASSENを始めるだけ――というところで、頭上に並んだ名前を見て手が止まった。
かぐやちゃんの隣に立っているのは、綺羅びやかな海を思わせるアバター姿の藤原さん。その頭上には『イツキ』と表示されている。
そういえば、本名も一継だったはずだ。
現実ではずっと藤原さんと呼んでいたし、それで困ったこともない。でも、これから一緒にゲームをするのに、私だけ現実側の名字で呼び続けるのも少し変な気がする。
「あの、藤原さん。こっちだとイツキって名前ですよね。イツキさんって呼んでもいいです?」
「うん、もちろん。別にツクヨミの中だけじゃなくてもいいよ」
思っていたより、ずっとあっさり返ってきた。
「じゃあ今日から、イツキさんで」
「もちろん。どうぞ」
「芦花もイツキって呼ぶの?」
すぐ横から、かぐやちゃんが会話へ入ってくる。
「イツキさんね。年上だし」
「私はずっとイツキだけど」
「かぐやちゃんはそうでしょうね」
「じゃあ芦花も呼び捨てでよくない?」
「それはそれ、これはこれ」
かぐやちゃんは少しだけ首を傾げた。分かったような、まだ何か言いたそうな顔だ。
その向こうで、イツキさんが小さく笑っている。
呼び方が一つ変わったところで、本人まで変わるわけじゃない。特に劇的な何かが起きることもなく、私たちは三人そろってKASSENへ入った。
今日は配信も撮影もなし。
本当に、ただ遊ぶだけだ。
SENGOKUのカジュアルマッチへ入って、最初に目についたのはかぐやちゃん――ではなかった。
「……それ、でかくないですか?」
「大きいね」
本人が一番あっさり認めた。
イツキさんが肩に担いでいるのは、どう見ても人が振り回す前提の大きさじゃない大筒だ。武器というより、本来ならどこかへ固定して使う兵器を、そのまま無理やり持ってきたように見える。
かぐやちゃんは説明を待つより先に、大筒の横へ回り込んだ。巨大な砲口を覗き、そこから後ろへ回って全体を見て、またすぐ前へ戻ってくる。
「範囲は広そう。でもこんだけでかいなら、次撃つまで時間かかる?」
「かかるよ。自動で装填はしてくれるけど、その間は撃てない。近づかれるとかなり困るし、自分の近くへ撃ったら僕も巻き込まれる」
「じゃあ強いけど、撃つ場所ミスったら自分まで困るやつだ」
言いながら、かぐやちゃんは大筒の砲口から少し離れ、今度はイツキさんが担いでいる位置を横から見る。
「面白そう。私もあとで使いたい」
イツキさんは一拍だけ考えてから、かぐやちゃんを見た。
「今のかぐやだと、敵を見つけたらそのまま距離を詰めるでしょ。撃つ頃には自分も爆発に入ってると思うよ」
「それはある」
認めるのも早い。
かぐやちゃんはぱっと大筒から離れると、自分の武器を持ち直した。
「じゃあ今はいいや。近づいて殴るなら、今の方が使いやすいし。もっと勝てるようになってから試す」
「判断が早いなあ」
「使いにくいの無理やり使うより、その方が楽しいじゃん」
そう言い終える頃には、もう自分の武器を動かしながら確認を始めている。
立ち止まって考え込むより、まず見て、動いて、気になったら聞く。答えが返ってきたら、その場で自分に必要かどうかを決める。
かぐやちゃんらしい。
私も十本のネイルを周囲へ浮かべた。
初めて一緒にKASSENをした時から、かぐやちゃんはかなり筋がよかった。
操作を覚えるのは速い。敵を見つけるのも早いし、反応もいい。だから普通に勝つ。
ただし、敵を見つけた時の流れがとても分かりやすい。
見つける。
行く。
戦う。
大体それ。
それでも勝てるから、余計に止まらない。
今日も開始の合図と同時に、かぐやちゃんは勢いよくレーンへ飛び出していった。
「いた! 先行く!」
「早っ」
もう敵を見つけている。
十本のネイルを左右へ散らしながら後を追うと、かぐやちゃんは正面の相手へ迷いなく突っ込んでいた。相手もすぐ応戦し、武器とエフェクトの光が正面で弾ける。
少し遅れて、背後から低い轟音が響いた。
イツキさんの大筒だ。
弾は敵へ直撃せず、その少し横へ落ちた。着弾点を中心に大きく爆発が広がり、相手は巻き込まれるのを避けて進路を変える。
その先へ、かぐやちゃんが滑り込んだ。
「こっち来た!」
「行ったね」
「なら取る!」
そのまま追っていく。
イツキさんは追わなかった。
一度マップへ視線を落とし、別方向から近づいてくる敵を確認すると、そのまま大筒の向きを変える。
――ん?
ほんの少しだけ、動きに引っかかった。
どこかで似たようなのを見たような。
考えかけたところで、横から敵が飛び込んできた。
「芦花さん、右!」
「見えてます!」
五本を正面へ飛ばし、残りの五本を少し広げて左右へ回す。
全部当てる必要はない。避ける方向を減らして、一瞬でも足を止められればいい。
相手が正面のネイルを避けた、その先へかぐやちゃんが戻ってきた。
「そっちもいる。芦花、挟む?」
「じゃあ私こっちから回る!」
それだけで、かぐやちゃんは反対へ回り込んだ。
さっきまで追いかけていた敵への執着は、もうどこかへ消えている。
切り替えだけは、とにかく速い。
それから何試合か遊んだ。
勝つ試合もあれば、普通に負ける試合もある。気持ちいいくらい綺麗に崩される時だってあった。
ただ、負けてもかぐやちゃんは長く引きずらない。
結果画面を見るなり、もう次のことを考えている。
「今の、三人とも同じ方見すぎた。次は逆も見る」
「切り替え早いね」
「負けたまま終わる方が嫌じゃない?」
「それは分かる」
「じゃあ次!」
結局、やること自体は変わらない。
イツキさんも止める気はないらしく、そのまま次のマッチングへ付き合っている。
何度か一緒に戦っているうちに、はっきり分かったことがある。
イツキさん、やっぱりかなり強い。
大筒の火力だけじゃない。
当てられそうだから撃つ、という感じではなく、撃った後に相手がどこへ動くかまで見て場所を選んでいるように見える。
明らかに直撃を狙えそうなのに、わざと少し横へ落とすこともある。
爆発を避けた敵が、ちょうど私のネイルの射程へ入ってきた。
「ありがと、イツキさん!」
「そっちで取れそう?」
「任せてください!」
一本を正面。二本を左右。
敵が中央を避けたところへ、残していたネイルを差し込む。
逃げ道が消えた。
撃破表示。
「よし!」
視線を戻すと、イツキさんはもう次を見ていた。
戦況が動く。
一瞬だけ全体を見る。
それから動く。
また、妙な引っかかりが残った。
何だろう。
どこで見た?
でも、次の敵が現れた瞬間に考える暇はなくなった。
今はゲーム中だ。
考えるのは、あとでいい。
特に覚えているのは、そのあとの一戦だった。
序盤はこちらが押していた。
トップ側ではかぐやちゃんが敵とぶつかり、私は別レーンから櫓へ圧を掛ける。イツキさんは少し後ろから三人の位置とレーンを見ていた。
敵の一人が下がる。
かぐやちゃんが、すぐ追った。
「かぐやちゃん、そっち行くと――」
言い終わる前に、さらに敵側へ入っていく。
「まだ取れそう!」
たぶん、本当に倒せる。
かぐやちゃんの速度なら追いつく可能性は高い。
でも、マップを見ると別のレーンで敵が動いている。こちらが一人を追って深く入れば入るほど、その間に空く場所が増えていく。
イツキさんも同じものを見たらしい。
「かぐや。一回だけマップ見て」
「今ならあいつ取れるよ?」
「取れると思う。だから取る前に、他も見てみて」
それだけだった。
追うなとも、こっちへ行けとも言わない。
イツキさんは大筒を別のレーンへ向ける。
かぐやちゃんの速度が落ちた。
マップを見る。
追っている敵。
トップとボトム。
櫓。
牛鬼。
私とイツキさんの位置。
視線が一通り動いて、最後にもう一度、追っていた相手へ戻る。
ほんの少しの間。
「……ボトム、誰もいない。あいつ倒してる間に取れるじゃん」
言い終える頃には、もう身体の向きが変わっていた。
「芦花、ボトム行く! あいつは後!」
「了解!」
判断した後は、やっぱり速い。
私もすぐレーンを変える。
敵側も気づいたらしく、一人がボトムへ戻ろうとした。
その進路へ、大筒の弾が落ちる。
轟音。
爆発が道を塞ぐ。
直撃じゃない。
敵は巻き込まれるのを避けて、大きく迂回した。
まただ。
上手い人なら、こういうことくらいする。
別に珍しい行動じゃない。
そう思った瞬間、別方向から攻撃が飛んできた。
十本のネイルを広げる。
二本で牽制。三本で追撃。残りは戻ってくる敵が通りそうな場所へ回す。
「芦花、そっち二人行った!」
「見えてるよ!」
「一人そっちで止められる? もう一人こっち来たら私が見る!」
「それならいける!」
返した直後、後ろで大筒が鳴った。
爆発を避けて、敵の一人が横へずれる。
私から見れば、ちょうどいい。
ネイルを滑り込ませる。
当たった。
もう一人はかぐやちゃんの方へ向きを変える。
「かぐやちゃん、右!」
「分かってる!」
今までなら、そのまま敵へ飛び込んでいたと思う。
でも、今回は違った。
かぐやちゃんは一度だけマップを見る。
ほんの一瞬。
それから敵ではなく、櫓へ身体を向けた。
「今は追わなくていい。こっち取った方が早い!」
「お」
思わず声が出た。
イツキさんは何も言わず、かぐやちゃんが選んだ方へ合わせて位置を変える。
敵が戻ろうとする。
その時だけ、イツキさんの動きが一瞬止まった。
マップ。
三人の位置。
敵の進路。
視線が動いて、その直後にはもう一番邪魔になる場所へ入っている。
また、あの感じ。
でも考えている暇はない。
敵がこっちへ来る。
十本を一気に広げた。
全部当てなくてもいい。
かぐやちゃんのところへ行かせなければ、それでいい。
「こっちは通さないから!」
敵が一本を弾き、二本目を避ける。
その分だけ時間が削れる。
横を抜けようとした別の敵へ、イツキさんが大筒を向けた。
――と思ったけれど、撃たない。
「イツキさん?」
「まだ装填中」
「え、近い近い!」
もう敵は目の前だった。
「うん。かなり困ってる」
言いながら、イツキさんは巨大な大筒を両手で持ち直した。
次の瞬間。
横薙ぎ。
鈍い衝撃音と一緒に、敵の身体が吹き飛んだ。
「それで殴るんですか!?」
「近距離でできること、これくらいしかないからね」
「思い切り良すぎません?」
「撃てないなら仕方ないよ」
思わず笑ってしまった。
格好いいのか格好悪いのか、よく分からない。
その間にも、かぐやちゃんは止まっていない。
牛鬼を越えて、櫓へ近づいていく。
占拠までもう少し。
敵が焦って戻り始めた。
「あとちょっと! 芦花、その二人お願い!」
「任せて!」
ネイルを敵の前へ散らす。
少し遅れて、背後で重い作動音がした。
イツキさんの装填が終わったらしい。
構える。
撃つ。
狙ったのは敵そのものじゃない。
戻るための道。
爆発が大きく広がり、敵の足が止まった。
――あ。
今度は、さっきよりはっきりした。
前へ出る前に全体を見る。
自分で取れそうな場面でも、全部を自分で取らない。
味方が動きやすい形を作って、その次へ行く。
戦況が変わった直後だけ、一度全体を見直す。
この感じ。
どこで――。
考えるより早く、かぐやちゃんが武器を振り上げた。
「取った!」
櫓の鐘が鳴る。
表示が切り替わる。
両方。
直後、戦場全体へ終了を告げる音が響いた。
勝利。
戻ってきたかぐやちゃんは、まずマップを見た。
それから櫓を確認し、満足そうにこちらへ振り返る。
「今の、あいつ追ってたら間に合わなかったよね?」
「たぶんね。でも途中で自分で気づいたじゃん」
「最初は倒せるなら倒した方がいいと思った。でもボトム空いてたし、あっち先に取った方が勝つの早かった」
「そういうことだね」
イツキさんが大筒を肩から下ろす。
「僕が言ったのは、一回マップを見てってところまでだから。そのあと何を取るか決めたのはかぐやだよ」
「うん。じゃあ次は、言われる前に見る」
その答えが、妙にかぐやちゃんらしくて笑った。
その後も、何度か遊んだ。
勝つ試合もあれば、負ける試合もある。
かぐやちゃんは負ければ悔しがるし、勝てばすぐ次へ行きたがる。ずっと慎重に戦うようになったわけでもない。
敵を見つけた瞬間に飛び出すこともある。
気づけば一人だけ前にいることだってある。
そこは変わっていない。
ただ、前より少しだけ、途中でマップを見る回数が増えた。
敵へ向きがちだった視線が、櫓やレーンや味方へも一瞬だけ動く。
その上で「行く」と決めたら、やっぱり迷わず突っ込んでいく。
変わったのは、それくらいだった。
ゲームを止めて一息ついた時、さっきから何度も引っかかっていたものが、やっと一つの形になった。
イツキさんの動き。
声のことは前から少し気になっていた。
でも、今日引っかかったのは声じゃない。
妙に強いこと。
明らかに取れそうな敵を、自分で仕留めず私たちの方へ流すこと。
戦況が切り替わった瞬間、少しだけ全体を見ること。
そのあと、半歩遅れたように見えて、結果的には先へいること。
どこかで見た気がする。
どこで――。
そこまで考えて、一人のライバーが頭に浮かんだ。
葛原イッキ。
同じ活動者として、尊敬している人だ。
でも、だからといって細かい戦い方まで全部覚えているわけじゃない。
そもそも武器からして違う。
葛原イッキが公開配信で使うのは、ビームを放てる大剣。
今、目の前にいるイツキさんが担いでいたのは超大型の大筒。
見た目も、戦い方も同じとは言えない。
似ていると思った部分だけ拾えば、似ている。
違うところを見れば、普通に違う。
公開されているKASSENの配信なら、見比べようと思えば見比べられる。
そこまで考えて、やめた。
できる。
だから何だ、という話でもある。
もし本当に同じ人だったとして、わざわざ普段とは違うアバターで、配信でもない場所にいるなら、分けている理由があるのかもしれない。
ROKAとして活動しているからこそ、そのくらいは分かる。
活動で見せるものと、見せないものは同じじゃない。
もちろん、ただ似ている別人かもしれない。
だったらなおさら、今ここで勝手に決めつけるのは違う。
気にはなる。
かなり。
でも、今すぐ答えが必要なわけじゃない。
「芦花、まだやる?」
かぐやちゃんが振り返った。
その隣で、イツキさんもこちらを見る。
「芦花さん、まだいけそう?」
さっきまで考えていたことを、ひとまず横へ置く。
「いけますよ。次はもっと当てるから」
「じゃあ私も、次は最初からちゃんと周り見る。敵いたら行くけど」
「そこは行くんだ」
「行けるなら行くでしょ?」
「かぐやちゃんらしいわ」
三人でまた、次の参加準備を始める。
答え合わせなら、必要になった時でいい。
今はまだ、ただ一緒に遊んでいる。
それで十分だった。
【ツクヨミ・SENGOKUカジュアルマッチ雑談スレより】
・速報:カジュアルマッチで大筒担いだ変なアバターに鈍器で殴り飛ばされた件
・大筒で道塞がれて、逃げた先に浮遊ネイル10本飛んできて詰んだんだが?
・前線のかぐやが急に裏取りやめて櫓取りに切り替えてきて普通に負けた。判断速すぎだろ
・大筒の男、装填待ちで近寄ったら「かなり困ってる」って言いながら砲身で横薙ぎしてきたの絶対許さん
・あの三人組、連携がカジュアルの域を超えてて草
お読みいただきありがとうございました
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