転生したら八千年の遠回りをしていた件 〜生まれ変わっても、君と出会う〜 作:蠱毒は孤独
ヤチヨ誕生日記念
「ライブやる!」
かぐやがそう言い出した時、私はキーボードの前で作業中だった。
最近は、何かをしている最中にかぐやが別の何かを持ち込んでくることにも慣れてきた。慣れたくはなかったけど。手だけ止めて振り返ると、かぐやはツクヨミの画面を開いたまま、妙に堂々と胸を張っている。
嫌な予感しかしない。
「……ライブ?」
「うん! かぐやのライブ。ちゃんとしたやつ!」
「ちゃんとしたやつって何よ」
「いっぱい来るやつ!」
説明が雑。
でも、かぐやが指している画面を覗き込めば、言いたいこと自体は分かった。これまでみたいに、その場の勢いで歌い始めるわけじゃない。最初からライブとして場を用意して、そこへ観客を呼んで、自分の歌を聴いてもらう。
かぐやはもう歌っている。配信でも、動画でも、ゲリラライブでも。ステージで振り付けを合わせながら歌うことだって、初めてじゃない。
それでも今回は、少し違った。
最初から、かぐやを見るために人が集まる。
その真ん中に、かぐや一人の名前がある。
「で、彩葉も出る!」
「何で決定事項なのよ」
「キーボード!」
「そこじゃない」
かぐやは返事を待つように、そこで口を閉じた。少し前なら、そのまま次の話まで一気に進めていただろうに、今は私の顔をじっと見ている。
私は画面へ視線を戻した。
やること自体に反対する理由はない。むしろ、かぐやがこれまでやってきたことを考えれば、次に本格的なライブへ行くのは自然だった。
問題は私まで出ることだ。
「……一曲?」
「一曲!」
「ほんとに一曲だけ?」
「『私は、わたしの事が好き。』!」
そこまで決めてるなら先に言え。
私は小さく息を吐いて、キーボードの上へ手を戻した。
「分かった。ただし、ライブなんだからゲリラの時みたいにその場で何とかするのはなし。入りも終わりも一回合わせる。私の音と歌のバランスも確認する。あと、直前になって思いつきで何か増やさない」
「分かった!」
返事が早い。
「今、最後の聞いてた?」
「聞いてた!」
「じゃあ言ってみて」
「直前に思いついても彩葉には黙っとく!」
「一番ダメな解釈したわね!?」
かぐやがけらけら笑う。
まったく。
それでも、私はもう鍵盤から手を離していなかった。
ライブの準備そのものは、思っていたよりずっと簡単だった。
ツクヨミには最初からライブを行うために必要なものが揃っている。私たちは用意された範囲を確認して、必要なところだけ自分たちに合わせればいい。
……のだけれど。
「歌とキーボード、一回客席側でも確認した方がいいよ」
隣から何気なく飛んできた一言に、私は手を止めた。
「舞台側で聞こえる音だけ合わせても、客席で同じように聞こえるとは限らないから。入りと終わりだけでも一度外から確認しておけば、本番で迷わなくて済むと思う」
藤原さんは、開いている画面をこちらから覗き込むわけでもなく、ごく普通の調子で言った。
かぐやがすぐに振り向く。
「イツキ、やったことあるの?」
「似たような準備を見る機会は何度かあったよ」
「じゃあ、分かる?」
「分かる範囲なら。でも、歌うのはかぐやだし、演奏するのは彩葉さんだから、最後は二人で決めた方がいいね」
回答が早い。
しかも、妙に具体的だった。
私は画面と藤原さんを見比べる。
「……藤原さん、ライブ関係やけに詳しくないですか?」
「そうかな?」
「そうですよ」
少なくとも私は、聞かれて即座に客席側の確認まで出てくる人を、ただの近所のお兄さんの標準装備だとは思っていない。
藤原さんは少しだけ首を傾けた。
「まあ、こういうのは少し見たことがあるから」
そういうものなんだろうか。
何となく引っかかったけれど、横ではもうかぐやが別の項目を触っている。
「彩葉、こっちは?」
「だから勝手に触る前に聞いて!」
結局、その疑問はそこで途切れた。
もう一度だけ、似たことがあった。
確認の途中で、かぐやが直前に設定を変えようとして、藤原さんが「本番前に変えるなら一個ずつね。どこを変えたか分からなくなると戻すのが大変だから」とさらっと止めた。
あまりにも自然だったので、その時は私も一緒になってかぐやを止めた。
あとになってから、やっぱり詳しすぎない? とは思ったけれど。
ともかく、準備は進んだ。
曲はもうある。振り付けも決まっている。新しく何かを作る必要はない。
だから最後に必要だったのは、私とかぐやがちゃんと同時に始めて、ちゃんと同時に終われることだった。
「もう一回。頭からじゃなくて、入りだけ」
「えーっ、今よかったじゃん!」
「よかったけど、かぐやが半拍先に出た」
「半拍くらいいいじゃん!」
「ライブでその半拍が気になるのは私なの」
「彩葉めんどくさ!」
文句を言いながらも、かぐやはちゃんと元の位置へ戻る。
合図を出す。
私の指が鍵盤へ落ち、すぐにかぐやの声が重なる。
今度は合った。
そのまま少し先まで弾いてから止めると、かぐやが得意げにこちらを見る。
「完璧?」
「……今のはね」
「やった!」
すぐ調子に乗る。
でも、実際よかった。
それ以上やる理由もなかったので、その日の合わせはそこで終わりにした。鍵盤から手を離した途端、肩に少し重さを感じて、私は腕を上へ伸ばす。
かぐやはもう次の画面を見ていた。
本番が楽しみで仕方ない。
その顔だけは、見れば分かった。
そして当日。
ツクヨミへ入った瞬間から、いつもとは空気が違った。
正確には、空気なんてものはない。匂いも温度もない。それなのに、舞台の向こうから響いてくるざわめきだけで、そこに大勢がいることが分かる。
私はいつもの狐の着ぐるみ姿で、キーボードの前に立っていた。
何度確認しても、鍵盤は鍵盤だ。
仕事でも触っている。配信でも弾いた。ゲリラライブだってやった。
なのに今日は、向こう側が妙に気になる。
舞台を隔てた先から、途切れず声が聞こえてくる。
みんな、かぐやを待っている。
「彩葉」
呼ばれて振り向く。
かぐやはすぐ近くにいた。
落ち着きなく走り回っているわけでもない。いつものように思いついたものへ飛びついているわけでもない。ただ、舞台の向こうへ耳を澄ませるように顔を向けている。
それから私を見た。
「彩葉、来て」
「何?」
かぐやが手を出す。
「彩葉とかぐや、なかよしのやつ」
「……なにそれ」
思わず苦笑が漏れた。
でも、かぐやは手を引っ込めない。
待っている。
私は仕方なく、その手に自分の指を重ねた。
指先が組み合わさって、一つの形になる。
何だこれ。
自分でやっておいて妙に恥ずかしい。
「これでいい?」
「うん!」
かぐやは満足そうに手を離した。
直後、舞台の向こうから一段大きな歓声が上がる。
かぐやがそちらを見る。
そして、私を見る。
今度は何も言わなかった。
ただ、行く、とでも言うみたいに軽く顎を上げる。
私はキーボードへ向かった。
光が開く。
先にステージへ飛び出したかぐやの姿が、客席から上がった歓声に飲み込まれた。
いや、飲み込まれたというのは違う。
かぐやは、そのど真ん中に立っていた。
「かぐやっほー!」
返ってくる声が、想像していたよりずっと大きい。
かぐやが両手を広げる。
「聞こえない! 今日、誰のライブ見に来たのー!?」
さらに大きな声が返る。
「もっと!」
また返る。
「まだいけるでしょ!」
煽る。
煽る。
何で初ソロライブでそんなに堂々としてるのよ。
私は鍵盤の前で呆れながら、それでも指を置く。
客席へ一度だけ視線を向けた。
光の向こう、人の波の中に見覚えのある姿がある。
イツキさん。
ちゃんといる。
最初から。
かぐやも見つけたのか、一瞬だけそちらへ視線をやった気がした。でも確かめる暇もなく、次の瞬間にはもう客席全体へ向き直っている。
「じゃあいくよ! 今日は最後までついてきて!」
私は息を整えた。
指先に力を入れる。
『私は、わたしの事が好き。』
鍵盤を叩く。
音が走った。
かぐやが跳ねる。
既に何度も弾いた曲なのに、今日の最初の一音はまるで違って聞こえた。
私の音の上を、かぐやの声が駆けていく。
決まっている振り付けに合わせて身体を動かしながら、それでも視線だけは客席の一か所へ留まらない。右へ、左へ、前へ。声が返ればそちらを見る。
客席も、ただ聴いているだけじゃない。
かぐやが腕を振れば、向こうでも光が揺れる。
かぐやが前へ出れば、歓声が一段近くなる。
私は鍵盤を弾きながら、その全部を横から見ていた。
歌は知っている。
どこで息を吸うかも、どこで足を運ぶかも、私はだいたい分かっている。
だから余計に分かった。
かぐやは、いつもより楽しそうだった。
いや。
違う。
楽しそう、だけじゃない。
返ってくるものを全部拾おうとしている。
自分が投げた声が観客へ届いて、観客からまた声が返ってくる。そのたびに、かぐやの動きが少しずつ大きくなる。
私の指も自然にそれを追った。
強く出るところでは強く。
歌を立たせたいところでは一歩引く。
視線が一瞬だけ合う。
かぐやがほんの少し顎を引く。
次。
分かってる。
私が鍵盤を叩く。
かぐやが踏み出す。
重なる。
ゲリラライブの時とは違う。
あの時は、偶然そこにいた人たちが足を止めてくれた。
今日は違う。
最初から、ここへ来た人たちがいる。
かぐやを見に。
この歌を聴きに。
その事実が、舞台の上からは嫌というほど分かった。
観客の声は、音量なんかじゃなかった。
身体ごと押されるみたいだった。
イヤホン越しでも、画面越しでもない。
舞台の向こう側から、一斉にこちらへ返ってくる。
こんなのを、ヤチヨはいつも見ているんだろうか。
一瞬だけそんなことを考えて、すぐに鍵盤へ意識を戻す。
今は、かぐやだ。
サビへ向かって、歌がさらに前へ出る。
かぐやの動きが大きくなる。
客席が応える。
私は指を走らせる。
何度も弾いたはずのフレーズなのに、今日は妙に手に馴染んだ。
別に、特別なことをしているわけじゃない。
私は弾いているだけ。
かぐやが歌っているだけ。
なのに、それが向こうへ届いて、こんなにも大きなものになって返ってくる。
最後の音へ向かう。
かぐやが中央へ戻った。
私は鍵盤へ両手を置く。
目が合う。
今度は、何も確認しなくても分かった。
せーの。
最後の音。
かぐやの声。
同時に切れる。
一瞬。
静かになった。
その一瞬が、やけに長かった。
次の瞬間。
歓声が爆発した。
私は思わず鍵盤から手を離した。
すご。
言葉にすると、それだけだった。
かぐやも、すぐには動かなかった。
ステージの真ん中で目を丸くして、ただ客席を見ている。
さっきまであれだけ煽っていたのに。
ほんの一拍。
それから。
「どうだったー!?」
返事。
「えー? 聞こえない!」
もっと大きな返事。
「もっと言って!」
さらに大きくなる。
かぐやが笑い声を上げた。
「もっと!」
観客が返す。
「もっともっと!」
まだ返る。
いつまでやる気よ。
そう思ったのに、止める気にはならなかった。
かぐやが両腕をいっぱいに広げた。
「すっごい!」
声が少し裏返っている。
「何これ! めちゃくちゃ楽しい!」
歓声。
「かぐや、ライブ好き! 歌うのも好き! みんなが返してくれるのも好き!」
また歓声。
かぐやはそれを全部浴びながら、もう一度大きく息を吸った。
「またやる! 絶対やる! だから、次も来て! 今日よりもっと声出して!」
無茶を言う。
でも客席は、さらに大きな声で応えた。
かぐやが一瞬、言葉を失った。
そして、こっちを向く。
目が合う。
何も言わずに、手を差し出してきた。
今度は意味が分かった。
「……今やるの?」
かぐやは答えない。
ただ嬉しそうに、手だけをもう少しこちらへ伸ばす。
ほんと、勝手なんだから。
私はキーボードから手を離し、その手へ指を重ねた。
さっき舞台裏で作ったのと同じ形が、今度はステージの真ん中で出来上がる。
かぐやの顔が、ぱっと明るくなる。
客席から、もう一度歓声が上がった。
その声は、まだしばらく止まりそうになかった。
【ツクヨミ・かぐや初ソロライブ実況スレより】
・速報:かぐや・いろP初ソロライブ『私は、わたしの事が好き。』が神イベすぎた件
・客席煽りエグい。「今日誰のライブ見に来たのー!?」で喉枯れたわ
・いろPのキーボード伴奏、音の支え方が完全にプロの所業
・最後の音がピッタリ同時に切れた瞬間の鳥肌ヤバかった
・曲終わったあとに二人でステージの真ん中でやってた謎のハンドサイン何??? 尊死するんだが???
・客席の端で最初から最後まで静かに見届けてた神主さん、オーラが完全に身内のそれだった件
▼ いろPの反省メモ:
「ステージ中央でハンドサインを強要された(※客席から悲鳴のような大歓声が上がったため演出としては機能した模様)なお、藤原さんが音響のプロ並みに詳しかった件については要警戒」
かぐやの初ソロライブを最後まで見届けていただき、ありがとうございました。
客席の後方で見守っていたイツキと共に、皆様からの温かい高評価・ご感想を心よりお待ちしております