転生したら八千年の遠回りをしていた件 〜生まれ変わっても、君と出会う〜 作:蠱毒は孤独
【雑談】少し早いけど。クリスマス、何する?
画面が切り替わる。
雪の結晶が静かに流れる待機画面が消え、黒・白・金を基調とした和装姿に、淡い緑を帯びた橙金色のウルフアイが映えるライバー、葛原イッキが画面に現れた。
「こんばんは、烏守のみなさん。葛原イッキです」
配信開始を待っていたリスナーが一斉にコメントを打ち出す。この配信を待っている人たちに顔を出す瞬間は、何度やっても慣れない。
: おかえり!!
: こん!
: 一週間ぶり!
: 烏守集合!!
: 生きてた!!!
: 今日もイケボ
: BGM好き
: 仕事終わったー!
: 今日寒すぎる
「お待たせしました。今日はゲームも歌もありません。雑談です。お題は少し早いですが、クリスマス。みなさん、今年は何します?」
さらにコメント欄が一瞬で溢れる。そう、今日はクリスマス前の雑談配信だ。
: 仕事です
: バイト
: デ~ト
: 家族でご飯行きます
: 一人でゲームしてる
: ケーキ食う
: 寝る
: 彼女募集中
: サンタになる
: 猫と寝る
: 仕事(絶望)
予定があって忙しい人、ゆっくりする人。これだけのリスナーがいると色々な人がいる。
目尻と口元が緩む。
始めるときは慣れないが、僕はこの時間が心地いい。
「仕事の方、お疲れ様です。寒いので暖かくしてください」
: 母親かな?
: まず体調ww
: イッキらしい
: 毎年それ言ってる
「健康第一です。体調を崩したらお菓子も食べられません」
: 正論パンチ
: お菓子理論きた
「学生さんは?」
この時期だともう冬休みに入っただろうか。それともまだ学校に行っているだろうか。
: テストです
: 補講
: レポート終わらん
: 受験……
以前から勉強がつらいと漏らしていたリスナーのコメントが目に入る。期末試験、それに受験。最後の追い上げに近い空気があるのだろう。
「受験か」
遠い記憶が蘇り、少しだけ真面目な声になる。
「なら、クリスマスくらいは一時間、何もしない時間を作ってください。休む予定も予定のうちです」
自分のことは棚に上げて、互いに休めと言い合った日を思い出す。
追い込むことは体を壊す要因になりかねない。あと少し、ここが終われば。そのまま体力を使い果たしてしまうのは危険だから、休息は大事だ。
コメント欄の流れが少し落ち着く。
: 助かる
: 罪悪感なく休みます
: 先生にも言って
: 泣いた
: 今日は勉強やめる
学生たちの力みの抜けたコメント。そうそう、休んで休んで。それがいい。
その後に続くのは僕への質問。
: イッキは?
: 今年何するの?
「掃除ですね」
数秒。
コメント欄が爆発した。
: 知ってたwww
: 毎年それ
: 風物詩
: 掃除RTA
: サンタより雑巾
: 換気扇の守護者
: 大掃除の王
: 去年は窓と換気扇だっけ
肩を震わせる。コメント欄から生まれる独特の空気は、不意にこちらの腹筋を刺激してくる。
大掃除の王?習得した覚えはないよ。
呼吸を落ち着けてコメントに応える。
「換気扇、窓、玄関。この辺りだけ」
: 範囲増えたwww
: ついでとか言って他の場所もやる(確信)
: 年々広がる掃除
: そのうち家一軒やるぞ
: この辺りだけ(家中)
「年末は混みますから、先に終わらせます」
イベントが多いからね。他は小まめにやっているから大丈夫。
: プレゼントは何欲しい?
「睡眠」
: 草
: ガチ回答
: 社会人すぎる
: 草
: 六時間くらい?
「六時間、連続で」
長時間必要ってわけじゃないから、せめてそれくらいは欲しいかな。寝ていると落ち着くんだ。
: 欲張るなww
: 三時間で我慢しろ
手厳しい。
: イッキって物欲あるの?
「ありますよ」
: 何?
「包丁」
なかなかいいものを買おうとすると高いんだよね。安価で長持ちするものもいいんだけど、一本持ってみたくなる。
: 包丁wwww
: また生活用品
: Amazon履歴見せろ
: フライパンも買ってそう
: 絶対砥石持ってる
「持ってます」
ちゃんと手入れするために砥石は必要不可欠だ。
: 即答www
: ガチ勢だった
「料理は道具も大切です。長く使えますから」
コメントは流れていく。
: 今日ちょっと眠そう?
: BGM落ち着く
: 実家のような安心感()
: イヤリングデザイン変えた?
: 今日も背景綺麗
: 包丁案件待ってます
: 今年も実家配信ありがとう
そのまま拾って問題なさそうなコメント。長話になるコメントや一言で返せるコメント。すべてには対応できない。でも、みんながこの配信の参加者だ。
ヤチヨに勧められて始めたライバー活動。大変なことも多いが、こういった温かさに触れるたびにやってよかったと、そう思える。
「全部は拾えませんが、コメントありがとうございます」
コメントがすごい勢いで流れていく。
: 拾われた!!
: 今日は眠れる
: 返事もらえた
: 今日の夕飯カレーです
: ↑誰も聞いてないww
: ↑いいな
: カレー食べたくなった
: 飯テロやめろ
「……皆さん。ちゃんと夕飯食べました?」
: まだ
: 今から
: ポテチ
: コーヒーだけ
「ポテチはご飯じゃありません」
想定よりも酷い。思わず声音が低くなる。
: 保健室の先生ww
: 食育始まった
: イッキに怒られた
: イッキって怒ることある?
少しだけ空気が変わる。怒る、怒るか。最後に怒ったのはいつだったか。今も昔も周りに恵まれているからな。でも、怒ったことならある。
「あります」
コメントが少し減る。意外だったのだろうか。
「自分に向けられた非難には、ほとんど怒りませんね」
その時の原因は大体僕自身にあったからね。
「けど、誰かが挑戦する人を笑った時は止めます」
挑戦するのは勇気がいることだ。始まりがどれほど些細なきっかけであっても。そして、それを笑われると人は容易く足を止める。花開く可能性を、自ら手放してしまう。
: あったけぇ
: そこなんだ
: だから荒らし対応早いのか
: 人じゃなく行動を見てるんだよな
: イッキらしい
: 一人でクリスマス過ごします
そのコメントを見て少し考えた。
「一人だからって悪い日ではありません。でも、少しだけ自分を大事にしてください」
誰にだって一人になってしまう時はある。
「好きな物を食べてもいいです。少し高い飲み物でも、好きな映画でもいい。来年の自分が今年の自分に感謝できる日なら、それで十分です」
そんな時は自分にご褒美をあげる時間にしてしまえばいい。
: 今日一番刺さった
: コンビニでケーキ買って帰る
: 今年はちょっといい肉買う
: 一人でも楽しんでいいんだな
: ワイ一人遊びの達人、後方理解者面
それからも、リスナーと時間を共にした。話題はプレゼントから、大掃除、イルミネーション、年賀状、冬の料理、読書、雪国の暮らし、手帳の書き方、冬に壊れやすい家電の話まで広がっていた。
時計を見る。配信時間は五時間を超えていた。
「……もう五時間ですか」
: 嘘だろ
: 体感一時間
: 永遠に聞ける
: 今日も神雑談
: 明日仕事なの忘れてた
苦笑する。時間を忘れていたのは僕だけではなかったらしい。
「忘れないでください。寝坊したら私のせいになります」
: もうなってるww
: 責任取って
: 起こして
「起こしません。目覚ましを二つ用意してください」
: 現実的www
: 最後までイッキ
最後に、カメラへゆっくりと視線を向ける。
「クリスマスは特別な日じゃなくても構いません。今日より少しだけ、明日が楽しみになるならそれで十分です」
「皆さん、良い冬を」
静かに一礼する。
配信が終わっても、コメントだけはしばらく流れ続けていた。
: おつイッキ!
: また帰ってきます
: 烏守でよかった
: ケーキ買って帰るわ
: 次の配信も楽しみにしてる
: 掃除しようかな
: 今日も「帰ってこれる場所」だ
: 乙〜
◇
スマコンを外してサングラスをかけ直す。このサングラスもVRに対応しているが、配信するときはスマコンの方が何かと都合がいい。
視界の端に並んでいた配信用の情報が消え、見慣れた自室だけが残る。何時間も人前にいた後は、サングラスをかけ直した瞬間にようやく肩の力が抜けた。
随分前に淹れたコーヒーを飲む。
「ぬるい……」
エグみも酷く、堪能できるものではないが、まだこのあとにも用事がある。量も少なかったので、そのまま飲み干した。
「イツキ~、長時間お疲れ様」
サングラスに内蔵された骨伝導イヤホンからヤチヨの声がする。いつの間にかパソコンの通話アプリも起動していた。サングラスのAR機能ではなく、今日は画面越しの気分らしい。
画面の中では、ヤチヨが頬杖をついてこちらを見ていた。長時間配信を終えた人間を労うというより、ようやく話し相手が戻ってきたとでも言いたげな顔だ。それにしても、いつもながら遠慮がない。
……注意しないやつも悪い?それはそう。今さら遠慮するような仲でもないしね。
「ああ、ありがとう。そっちもお疲れ様。ヤチヨは何を配信していたの?」
「何でしょう〜?当ててみて」
「難題だな」
十中八九昨日話していたことだが、他にあっただろうか。この手の話になると、たまに衝動的に予定を変更することもあるから難しいものだ。
「えぇー、昨日話してたよね。よよよ、もう忘れちゃったの」
「やったんだね。ツクヨミ珍道中」
「もちのろん!」
合っていたようだ。
ツクヨミ珍道中。企画内容としてはツクヨミの利用率の低い施設や場所をヤチヨが案内するものだ。ヤチヨ自身が現地案内をするため、ファンも遠巻きに見ることができる。いっぱい人が集まるだろうと話していた。
「一般開放施設でも利用されてない場所って多いからねぇ」
「ヤチヨが今もどんどん増やしてるからじゃない?」
「そりゃーみんなに楽しんで欲しいからね!」
ツクヨミ創設当初から、その気持ちは変わらないらしい。
「ごめんね、手伝えなくて」
「いやぁ、私はイツキが造ろうとしたやつもいいと思うよ?」
「……ほんとに?」
「……ホントダヨォ」
僕だってわかっているんだ。センスが無いって言ってくれていいんだぞ。
……今回のような失敗なら、まだ笑って済ませられる。けれど、形にしたいと強く願うものほど、この不得手は冗談では済まなかった。
何度試行錯誤しても、届かなかった。努力で補えることはあっても埋めきれない不得意はある。本当に欲しているものほど手が届かない。
そこまで考えたところで、ヤチヨが何気なく言葉を続けた。
「昔からイツキって造形とか苦手だったよね」
追い打ちかい?
「料理もさ、栄養は考えられても盛り付けとか全然だったもん。初めて会った時の仏頂面なんて、すぐどっかいっちゃって」
「今はできるよ」
反論するように返してしまう。印象については、当時は長く人と接していなかったからね。
「私のおかげかな?」
可哀想な出来栄えを見かねて、ヤチヨにも盛りつけを教えてもらった。何年も教わり続けて、ようやく感覚で掴めなくても計算で補えると気づいた。感覚で掴めないのなら、条件を一つずつ揃えればいい。それだけで見栄えは良くなる。
ほんとにあの頃から世話になりっぱなしだ。
「いつも済まないね」
「それは言わないお約束だよ、おとっつぁん」
おどけた返事が心地いい。
「でも、いまだにファッションセンスはないよね」
「ちゃんとした服は着てるよ」
「年中シャツとスラックスはどうかと思うの」
それはそれ。これはこれ。
コーヒーでも淹れ直そう。
腰掛けていた椅子から立ち上がってキッチンへ向かう。
「あ、逃げた!もぅ」
コーヒーを淹れたら戻るから、逃げてはいない。
「……いつもありがとう」
小さな声だった。それでも骨を伝った音は、雑音に紛れることなく届いてくる。
……サングラスのイヤホンは切ってないんだけどな。
こちらこそ、いつもありがとう。
・葛原イッキ(クズハライッキ)
藤原一継のライバーとしての姿。若い細身の男。
ヤチヨに頼まれて始めたはずが、気づけばツクヨミ黎明期から活動する古参ライバー。
歌って、語って、リスナーの食事と睡眠まで気にかける。
雑談配信の五時間。本人としては、少し長く話しただけ。
年寄りの話は基本長い。ヤチヨの二日語り?それは愛じゃよ愛。
スマートコンタクト・スマートサングラス
皆さん御存知、ハイスペ端末+α。
ただスペックのわりに安い。
今作ではヤチヨとの通信時に多用している。
別に無くても意思疎通は思念伝達で出来る。
けど、ヤチヨは心の声が漏れるとの理由でスマートサングラスでの通信が主流。
赤面ヤッチョからしか得られない栄養素はある(妄想)