【本編完結】転生したら八千年の遠回りをしていた件 〜生まれ変わっても、君と出会う〜   作:蠱毒は孤独

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ライバー回



2.配信とセンス

 

【雑談】少し早いけど。クリスマス、何する?

 

 「こんばんは、烏守のみなさん。葛原イッキです」

 

 雪の結晶が静かに流れる待機画面から切り替えた途端、チャット欄に挨拶の波が押し寄せた。プレビュー画面には、黒・白・金を基調にした和装のアバター。目元にサングラスはなく、淡い緑を帯びた橙金色の瞳が、こちらの瞬きに合わせて細くなる。

 

 :おかえり!!

 :烏守集合!

 :一週間ぶり!

 :生きてた!!!

 :仕事終わったー

 :今日寒すぎる

 

 待っていてくれた人たちへ最初の声を届ける瞬間には、いまだに慣れない。それでも、こうして画面越しに言葉が返ってくると、肩の力が抜けて次の話題を口にしたくなる。

 

 「お待たせしました。今日はゲームも歌もお休みして、みなさんとゆっくりお話ししようと思います。少し早いですが、クリスマスは何をする予定ですか?」

 

 :仕事です

 :バイト

 :デート!

 :家族でご飯

 :一人でゲーム

 :猫と寝る

 :仕事です(二回目)

 

 「仕事」の主張が妙に強い。

 

 「お仕事の方はお疲れ様です。寒いですから暖かくして過ごしてくださいね。体を冷やして体調を崩したら、せっかくのケーキもお菓子も楽しめなくなってしまいますから」

 

 :まず健康ww

 :そこからお菓子へ繋ぐのか

 :イッキは何するの?

 :こっちの予定だけ聞いて逃げるな

 

 「逃げませんよ。私は掃除です」

 

 :知ってた

 :毎年恒例

 :サンタより雑巾

 :換気扇の守護者

 :大掃除の王

 

 大掃除の王。そんなスキルを習得した覚えはないのだけれど。

 

 笑いが声に滲みそうになって、一度口を引き締める。その間にも新しい二つ名が次々に流れてきて、呼吸を立て直す隙をくれない。

 

 「換気扇と窓、それから玄関周りくらいですよ。年末はどうしても予定が重なりがちですから、今のうちに済ませておきたくて」

 

 :増えてない?

 :去年は窓と換気扇だったぞ

 :この辺りだけ(家中)

 :ついでに床もやるやつ

 

 「普段から少しずつ手をつけていますからね。家中を一日で片づけるわけではありません」

 

 弁明したつもりが、かえって掃除好きの説得力を補強してしまったらしい。嘘は一つも言っていないのに。

 

 :じゃあ何か欲しい物は?

 :イッキにも物欲ある?

 

 「ありますよ。包丁が欲しいです」

 

 :また生活用品www

 :夢が台所に集まってる

 :フライパンも買ってそう

 :絶対砥石持ってる

 

 「砥石は持っています。道具はきちんと手入れをすれば長く使えますからね。今使っているもので困ってはいないのですが、刃筋の通ったいい一本を見かけると、つい欲しくなってしまうんです」

 

 安くて長持ちする道具は好ましい。ただ、買わずに済ませられることと、欲しいと思わないことはまったく別の話だ。コメント欄は早くも包丁の企業案件を待ち望む空気になっていた。

 

 :包丁案件待ってます

 :今日も実家みたいな配信

 :夕飯カレーでした

 :急な献立報告

 :カレー食べたい

 

 包丁の手入れについてもう少し語ろうかと思ったけれど、「夕飯」という単語に引っ張られて別のことが気になり始めた。

 

 「そういえば、みなさん夕飯はもう食べましたか?」

 

 :今から

 :まだ

 :ポテチなら

 :コーヒー飲んだ

 

 「……ポテチはご飯ではありません。コーヒーも違います。配信を流しながらで構いませんから、何かちゃんとお腹に入るものを食べてください」

 

 :声が低くなったww

 :食育始まった

 :正論パンチw

 :イッキに怒られた

 :イッキって本当に怒ることあるの?

 

 少し考える。今も昔も、巡り合う人には恵まれてきた。自分に向けられる非難なら、こちらに至らない点があったと思えば飲み込めることも多い。それでも、何でも笑って受け流せるほど出来た人間ではない。

 

 「ありますよ。私自身が何か言われる分には、あまり腹も立ちませんが……何かに挑戦しようとしている人を笑うような行為は、必ず止めます。最初の一歩を踏み出すだけでも、どれほどの勇気がいることか。せっかく踏み出したその足を、心ない言葉で止めさせたくはありませんから」

 

 :そっちには怒るんだ

 :だから荒らし対応早いのか

 :始めるのが一番怖いもんな

 

 コメント欄の流れが少しだけ穏やかになる。その中に、「一人でクリスマスを過ごす」という短い書き込みが浮かんでいた。

 

 「一人で過ごす予定の方も、どうかそれを寂しい日だと決めつけないでくださいね。好きな物を食べたり、いつもより少し上等な飲み物を買ってみたり。ずっと見たかった映画を、誰にも邪魔されずにゆっくり観るのも、とても贅沢な時間です」

 

 誰にだって、一人で過ごす夜はある。だからといって、自分の楽しみまで遠慮して縮こまる必要はどこにもない。

 

 「来年の自分が『あの日はいい一日だったな』と思い出せるような、ささやかなご褒美を一つだけ用意してみてください。私も大掃除が一段落したら、少しだけ自分を甘やかすつもりです」

 

 :ケーキ買って帰ろうかな

 :ちょっといい肉にする

 :一人遊びの達人ワイ、出番

 :イッキの甘やかしって何

 :じゃあイッキへのプレゼントは?

 

 「睡眠ですね」

 

 :急に切実

 :六時間くらい?

 :掃除より先に寝て

 

 「六時間、続けて眠れると嬉しいですね」

 

 :連続指定ww

 :欲張るな三時間にしろ

 

 なぜそこから減らされるんだ。

 

 長く眠らなければ保たない体ではないけれど、目を閉じて深く眠っている時間は心地いい。せめてそれくらいの贅沢を望んでも、罰は当たらないと思うのだが。

 

 「みなさんも、休める時にはしっかり休んでくださいね。学生さんはもう冬休みに入りましたか?」

 

 :まだ学校

 :補講です

 :レポートが終わりません

 :受験……

 

 以前の配信でも、勉強がつらいと零していた名前が見えた。自分の不摂生を棚に上げて、お互いに「休め」と言い合っていたあの日を思い出す。

 

 「それなら、クリスマスに一時間だけでも『何もしない時間』を先に確保してみませんか。『ここまで終わったら休もう』と考えていると、人間は不思議と次にやるべきことを見つけてしまいますからね。休むことも一つの予定として、手帳に書き込んでおきましょう」

 

 :今まさにそれやってた

 :休んでいいって言われると助かる

 :先生にも言ってくれ

 :イッキも寝ろ

 

 最後の一言が、綺麗にこちらへ戻ってきた。うん、僕も気をつけるよ。

 

 休むと書き込んだ人のあとから、ケーキを予約する、ゲームを一気に進めるといった予定が続いていく。少しでも肩の力を抜くきっかけになれたのなら幸いだ。

 

 「すべてを拾いきれず申し訳ありませんが、コメントはどれも嬉しく読んでいますよ」

 

 :拾われた!

 :今日よく眠れそう

 :お掃除の話もっと聞きたい

 :年末の家電故障だけは勘弁

 

 そこから話題は、なぜか冬場に壊れやすい家電へ逸れていった。冬の郷土料理、雪国の暮らし、街のイルミネーション。おすすめの本の話をしていたかと思えば、いつの間にか来年の手帳や年賀状の準備について情報交換になっている。

 

 ヤチヨに背中を押されて配信を始めた頃は、見知らぬ人たちとこんなふうに穏やかな時間を分け合えるようになるとは思ってもみなかった。大変なこともあるけれど、流れていく温かな言葉を見ていると、始めて本当によかったと思う。

 

 ふと、画面の隅の時計に目をやった。

 

 「……五時間?」

 

 :えっ

 :体感一時間

 :今日も長かったなww

 :明日仕事なの忘れてた

 

 「そこは忘れないでください。明日寝坊したら、私のせいにされてしまいますからね」

 

 :もうなってる

 :責任取って起こして

 

 「起こしません。今すぐ目覚ましを二つ用意してください。配信を止める前に、今セットをお願いします」

 

 :急に現実へ戻された

 :セットした

 :最後まで世話焼き

 

 人には休めと言っておきながら、随分と遅くまで付き合わせてしまった。これでは六時間の睡眠どころの話ではない。名残惜しそうに流れ続けるコメントをひと目見届けてから、カメラへまっすぐ向き直った。

 

 「今日も長い時間お付き合いいただき、ありがとうございました。クリスマスを無理に特別な日に仕立てなくても、明日を迎えるのがほんの少し楽しみになるなら、それだけで十分です。暖かくして休んでくださいね。みなさん、良い冬を」

 

 :おつイッキ!

 :また帰ってきます

 :ケーキ買うの忘れないようにする

 :次も楽しみにしてる

 :烏守でよかった

 

 画面に向かって一礼し、配信を終える。別れを惜しむ挨拶は、配信が切れたあとのチャット欄にもしばらく続いていた。

 

 

 ◇

 

 

 スマコンを外し、机の上のサングラスを掛け直す。視界の端に張り付いていたステータスやコメントの表示が消えて、静まり返った自室の空気が戻ってきた。サングラス越しでも仮想空間への接続はできるけれど、配信の操作だけは専用のスマコンの方が融通が利く。

 

 背もたれへ深く体を預けて息を吐き、デスクの片隅のマグカップを口元へ運んだ。

 

 「……ぬるいな」

 

 五時間も放っておけば当然だ。冷め切ったコーヒーはわずかにえぐみまで立っていたけれど、残りはそれほど多くない。このあとも片づけたい作業がある。目を細めて、そのまま一気に流し込んだ。

 

 「イツキ~、お疲れ様。今日もたっぷり喋り倒したねぇ」

 

 声は、サングラスのフレームに仕込まれた骨伝導モジュールから直接頭に届いた。モニターへ目を戻すと、いつの間にか開いていた通話ウィンドウの向こうで、ヤチヨが片肘をついてこちらを眺めている。今夜はARで姿を投影するのではなく、画面越しに顔を合わせて話す気分らしい。

 

 応答ボタンを押す間すら与えてくれないのは毎度のことだ。勝手に回線を繋がれても、もう咎める気すら起きない僕の方も大概だと思う。

 

 「ありがとう。そっちもお疲れ様。今日は結局、何を配信したんだい?」

 「さて、何でしょう。昨日の会話をちゃんと思い出してお答えください」

 「ツクヨミ珍道中、だったかな」

 「正解! ……って、分かってたんじゃん」

 「直前になって、別の突拍子もない企画を思いついていなければ、という前提付きだけどね」

 「信用がありますなぁ」

 「よく知っていると言ってほしいな」

 

 ヤチヨが不服そうに口を尖らせる。昨日の約束を忘れていたわけではない。ただ、この人の閃きが前日の予定を軽々と追い越していく場面を、僕はこれまで嫌というほど見てきただけだ。

 

 『ツクヨミ珍道中』は、ツクヨミの中でもまだ利用者の少ない施設や場所を、ヤチヨ自身が歩いて案内する企画だ。案内人本人が現地を歩くから、ファンにとっては遠目にその姿を拝める貴重な機会にもなる。昨日の時点で、随分と人が集まりそうだと嬉しそうに話していた。

 

 「一般開放してるのに、意外と知られてない場所っていっぱいあるんだよね。せっかく綺麗に作ったんだから、みんなにもっと使ってもらいたいじゃない?」

 「案内が追いつく前に、ヤチヨが新しい区画をどんどん増やしているせいもあるんじゃないかい?」

 「だって、思いついたら作りたくなっちゃうんだもん。遊びに来てくれた人には、少しでも驚いて楽しんでほしいでしょ?」

 

 画面の向こうの声は、いかにも楽しげに弾んでいた。ツクヨミの街並みを一から組み上げ始めた頃から、こういう無邪気な熱量は少しも変わっていない。

 

 「そういう空間造りの手伝いが、僕にもできればよかったのだけれどね」

 「いやいや、イツキが造ろうとしてたあの前衛的なオブジェクトも、私は味わい深くて結構好きだったよ?」

 「……本当にそう思っているかい?」

 「ホントダヨォ」

 

 なぜそこで急に片言になるんだ。素直に壊滅的だったと言ってくれればいいのに。

 

 「イツキは昔から、形を整えるのが本当に苦手だもんね。料理だって栄養の計算は完璧なのに、いざお皿に盛り付ける段になると、急に前衛芸術が爆誕してたし」

 「今はちゃんと見栄えよく盛り付けられるよ」

 「うんうん。で、それは誰のおかげでしょう?」

 「ヤチヨ先生の懇切丁寧なご指導のおかげです」

 「よろしい」

 

 そればかりは返す言葉もない。見かねた彼女に何年も教わって、自分にはセンスの代わりに配置の計算を使えばいいのだと、ようやく気づかされた。色の対比や余白の比率を一つずつ揃えていけば、少なくとも料理なら人前に出せる盛り付けができる。

 

 「初めて会った頃なんて、あんなに近寄りがたい仏頂面だったのにねぇ。いざ話してみたら、できないことはとことん不器用でさ」

 「仏頂面と盛り付けに関係はないだろう」

 「ないねぇ。全然ない」

 

 ないと言い切るなら、わざわざ一つの話に繋げないでほしい。

 

 当時は、長く人と接していなかった。もっとも、その近寄りがたい印象が長続きしなかったことは、彼女の笑い方を見ればよく分かる。

 

 「本当に、あの頃から君には世話になりっぱなしだね」

 「お互い様でしょ」

 「いつも済まないねぇ」

 「それは言わないお約束だよ、おとっつぁん」

 

 わざと掠れた声を作ってみせると、間髪を入れずに威勢のいい返しが飛んでくる。笑いながら、空になったマグカップをデスクの端へ滑らせた。ヤチヨは、まだこちらへの観察を緩める気はないらしい。

 

 「でもさ、私服のセンスはもうちょっと何とかならないの?」

 「一応、外に出ても恥ずかしくない程度には着ているよ」

 「着てるかどうかの話じゃないの! 年中無休で似たようなシャツとスラックスばっかり着回してるところ!」

 「さっき、盛り付けは上達したと褒めてくれたばかりじゃないか」

 「今は服の話をしてるの!」

 

 話題のすり替えに失敗した。

 

 ちょうどコーヒーも切れたことだし、一度仕切り直そう。カップの取っ手に指を掛けて椅子を引くと、画面の向こうからすかさず声が飛んでくる。

 

 「あ、逃げた!」

 「キッチンまでだよ。新しく淹れたらすぐ戻る」

 「もぅ……」

 

 不満げな声を背中に受けて、部屋を出る。骨伝導の通信は繋いだままなのだから、これでは逃げたことにもならない。

 

 廊下を歩きながら、さっきの前衛的なオブジェクトのことがふと頭をよぎった。

 

 センスがないことを笑い話にできるのは、それで困るものがない時だけだ。

 

 どれほど試行錯誤を重ねても、望んだものを形にできなかった過去がある。努力を積み重ねさえすれば、どんなことでも少しずつ形になっていく――そんなふうに素直に信じられたら、どれほど救われただろう。本当に欲しかったものほど、「不得手」の一言で片づけるには重すぎた。

 

 「……いつも、ありがとうね」

 

 さっきまでの茶化す調子とは違う、小さな呟きだった。それでも、その柔らかな響きははっきりと届いた。

 

 カップを握ったまま、足取りがわずかに止まりかける。

 

 通信は切っていないんだけどな。

 

 こちらこそ、いつもありがとう。

 

 




・葛原イッキ(クズハライッキ)
藤原一継のライバーとしての姿。若い細身の男。
ヤチヨに頼まれて始めたはずが、気づけばツクヨミ黎明期から活動する古参ライバー。
歌って、語って、リスナーの食事と睡眠まで気にかける。
雑談配信の五時間。本人としては、少し長く話しただけ。
年寄りの話は基本長い。ヤチヨの二日語り?それは愛じゃよ愛。

スマートコンタクト・スマートサングラス 
皆さん御存知、ハイスペ端末+α。
ただスペックのわりに安い。
今作ではヤチヨとの通信時に多用している。
別に無くても意思疎通は思念伝達で出来る。
けど、ヤチヨは心の声が漏れるとの理由でスマートサングラスでの通信が主流。
赤面ヤッチョからしか得られない栄養素はある(妄想)
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