転生したら八千年の遠回りをしていた件 〜生まれ変わっても、君と出会う〜   作:蠱毒は孤独

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幕間6.一継

 

 あれから、随分と時間が経った。

 

 もと光る竹から出られなかったかぐやにもFUSHIが生まれ、以前より自由に外の世界へ触れられるようになった。僕も、この世界で過ごす時間が長くなるにつれて、持っている能力でできることが少しずつ増えていった。

 

 必要になれば、今ある力でやり方を探した。失敗すれば、次は同じことにならないよう使い方を変えた。

 

 遠くを見るため。残すため。調べるため。誰かを守るため。

 

 そうして一つずつ積み重ねているうちに、できることは広がり、別々に使っていた力の働きが重なることも増えていた。

 

 もっと整理できる。もっと先へ進める。

 

 ずっと前から、それには気づいていた。

 

 ただ、急ぐ理由もなかった。

 

 

     ◆

 

 

 「セツナさぁ」

 「何?」

 「前より笑うようになったよね」

 

 横を進んでいたかぐやから、唐突に話を振られた。

 

 「そうかな」

 「そうだって。最初とかマジで『うん』とか『そう』とかばっかだったじゃん」

 「そこまで酷かった?」

 「酷かった!」

 

 即答された。

 

 「かぐやが一人で喋って、セツナが一言返して、またかぐやが喋ってた」

 「今もあまり変わらない気がするけど」

 「違うし。今はセツナからも喋るじゃん」

 

 言われてみれば、そうかもしれない。昔は返事をすること自体を考えていた。今はかぐやが何か言えば勝手に口が動く。

 

 「ほら、今も」

 「何が?」

 「普通に返してる」

 「会話なんだから返すだろう」

 「昔のセツナに言ってやって」

 「僕なんだけどね」

 「知ってる!」

 

 かぐやがそのまま先へ進み、僕も後を追った。

 

 変わった。そう言われても、あまり実感はない。ただ、昔の自分と同じかと問われれば違うのだろう。

 

 時間が経ち、色々な人と出会った。かぐやとも随分長くいる。

 

 変わらない方が難しい。

 

 

     ◆

 

 

 かぐやは昔の話をよくする。

 

 今いるこの時代ではなく、僕と出会うより前、彼女がいた未来の話だ。

 

 その中でも、彩葉という少女の話は何度も聞いた。

 

 「彩葉さ、パンケーキ食べてる時だけちょっと顔ゆるむんだよ」

 「甘いものが好きなの?」

 「そういう単純な話じゃないって!」

 「違うんだ」

 「普段めっちゃ忙しいくせに、その時だけちゃんと楽しそうっていうか」

 「なら、好きなんじゃない?」

 「だから単純!」

 

 難しい。

 

 「あと曲作ってる時すごいよ。何回歌っても『もう一回』って言うの」

 「厳しいね」

 「かぐやも負けないから! 何回でも歌った!」

 「楽しかった?」

 「超楽しかった!」

 

 声だけで分かる。

 

 「かぐやって名前も彩葉がくれたんだよ」

 「そうなんだ」

 「いきなりだったけどね」

 「随分大事そうに名乗ってるから、気に入ってるんだと思ってた」

 「めっちゃ気に入ってる!」

 

 嬉しそうに笑う。彩葉の話はいくらでも出てきた。

 

 一緒に過ごした時間。作った曲。食べたもの。怒られたことまで、何故か楽しそうに話す。

 

 そして時々。

 

 「イツキもいたの?」

 

 僕が尋ねると、

 

 「……いたよ」

 

 少しだけ返事が遅くなる。

 

 「どんな人?」

 「んー……」

 

 そこで一度止まる。

 

 「てかさ、彩葉がね!」

 

 話題が戻った。別の日もそうだった。

 

 「その時もイツキは?」

 「いたいた」

 「何してたの?」

 「色々! それよりさ――」

 

 忘れているわけではないらしい。むしろ、イツキという名前を口にする時だけ、かぐやは少し言葉を選ぶ。

 

 理由までは聞かなかった。話したくなれば、その時に話すだろう。

 

 

     ◆

 

 

 それでも、僕を見ながらイツキという男の名前を出すことは増えた。

 

 「やっぱ似てる」

 「誰に?」

 「イツキ」

 「前から言ってるね」

 「うん」

 

 FUSHI越しの視線が、しばらくこちらへ向いている。

 

 「何が似てるの?」

 「色々」

 「曖昧だね」

 「ぽかぽかするとことか」

 「それも最初に言われた」

 「あとは……」

 

 少し黙る。

 

 「何?」

 「なんでもない」

 「そう」

 「気になんないの?」

 「君が言いたくないなら」

 「そーいうとこ!」

 「何が?」

 「なんでもない!」

 

 よく分からない。

 

 かぐやは時々、僕をじっと見るようになった。何かを確認するように見つめ、しばらくすると首を傾げる。そして、それ以上は何も言わない。

 

 

     ◆

 

 

 さらに時間が過ぎ、季節は何度も巡った。

 

 その頃には、長い時間をかけて使い続けてきた能力で、できることも随分と増えていた。

 

 一つ一つに役割はあり、使えなくなったわけでもない。けれど、使い方を重ねるうちに、別々に持ち続ける意味が薄くなっているものもあった。

 

 同じ目的へ向かう力。互いを補える力。

 

 昔なら別々に扱うしかなかったものが、今なら一つにまとめられる。そして、その先へ進める。

 

 条件は、とうに整っていた。

 

 僕自身が選んでいなかっただけだ。

 

 

     ◆

 

 

 「来年も来ようよ」

 「ここに?」

 「うん!」

 

 かぐやが空を見上げながら言った。僕も同じ方向を見る。

 

 季節の変わり目だった。

 

 「次はもっと早く来る。そしたら最初から見れるじゃん」

 「何を?」

 「全部!」

 「随分大雑把だね」

 「いいの! セツナも来るんだから」

 「僕も決定なんだ」

 「当たり前じゃん」

 

 何の迷いもなく返ってくる。

 

 「嫌なの?」

 「嫌じゃないよ」

 「じゃあ決定!」

 「はいはい」

 「返事軽っ!」

 

 来年。次の季節。その次。

 

 かぐやの話す未来にはいつからか僕が普通に入っている。

 

 それはもう珍しいことではない。僕自身も、明日かぐやがいなくなるとは考えていなかった。

 

 ただ。

 

 「前より笑うようになった」

 

 以前言われた言葉が浮かぶ。

 

 僕は、もう変わっている。

 

 かぐやと出会う前。家族と暮らしていた頃。その前。

 

 何度も変わってきた。けれど、過去がなくなったわけではない。

 

 この身体で家族と食卓を囲んだ。この手で色々なものに触れてきた。今の僕で困っているわけでもなかったから、変える必要がなかった。

 

 それだけだ。

 

 なら。

 

 変わる必要がないから選ばなかったものも、変わってもいいと思えた今なら、拒む理由はない。

 

 僕は長く手を付けていなかった能力の統合へ意識を向けた。積み重なったものを整理し、必要なものを残して、重なったものを一つへ寄せる。

 

 前へ進むことを選んだ。

 

 

     ◆

 

 

 次に自分自身へ意識を向けた時にはもう終わっていた。

 

 いくつも積み重なっていた力は三つの大きな形へ収まっている。

 

 『月詠之王(ツクヨミ)』魂と世界を観測し、道を繋ぐ力。

 『追憶之王(アメノコヤネ)』記憶と情報を記録し、照合する力。

 『織理之王(アメノハヅチオ)』事象を結ぶ因果と構造を読み解く力。

 

 以前まで独立していた能力のいくつかも、その中へ統合されていた。

 

 感覚が違う。見えているものも、捉えられる範囲も以前とは違っていた。

 

 手を見る。

 

 僕の手だ。そう認識できるのに、以前とは違う。身体そのものまで変化していた。

 

 近くの水面を覗くと、揺れる水の中に見慣れない顔が映っている。

 

 輪郭も髪も、顔立ちすらも以前の僕とは違う。けれど、他人を見ている感じはしなかった。

 

 「……随分変わったな」

 

 水面の僕も同じように口を動かした。

 

 当たり前だけど。

 

 

     ◆

 

 

 「セツナ?」

 

 戻ると、かぐやの声が飛んできた。

 

 「うん」

 

 かぐやが僕の前で止まる。

 

 「……セツナだよね?」

 「そうだけど」

 「ちょっと待って」

 「何を?」

 「こっち見て」

 

 言われた通り、かぐやへ顔を向ける。

 

 返事がない。

 

 「かぐや?」

 「そのまま」

 「はい」

 

 しばらく見られる。

 

 「横」

 「こう?」

 「反対」

 

 向きを変える。

 

 「もういい?」

 「待ってって!」

 

 長い。

 

 何を確認しているのか。

 

 FUSHI越しの視線が僕の顔から手元へ動き、また顔へ戻る。

 

 「……やっぱり」

 「何が?」

 

 今度はすぐに返事が来なかった。

 

 「イツキ」

 「その名前、前にも言ってたね」

 「違う」

 「何が?」

 「セツナがイツキ」

 

 思わず黙った。

 

 「僕が?」

 「うん」

 「彩葉と一緒にいたっていう?」

 「そう」

 「でも、僕は刹那だよ」

 「知ってる」

 「じゃあ、どういうこと?」

 「だから、セツナがイツキなんだって!」

 「説明になってないね」

 「うるさいな!」

 

 怒られた。

 

 「ずっと似てたんだよ」

 「そう言ってたね」

 「ぽかぽかするとこも。喋り方も。人のことばっか気にするとこも」

 「最後のは褒めてる?」

 「知らん」

 

 知らないらしい。

 

 「でも違った」

 「何が?」

 「見た目」

 

 FUSHIからの視線が、もう一度僕を上から下まで追う。

 

 「髪も顔も全然違ったから、違うのかなって」

 「今は?」

 「同じ」

 

 即答だった。

 

 「だから、やっぱりイツキだった」

 

 かぐやの中ではどうやら話が繋がったらしい。僕の方はまだ半分も分からない。

 

 「そのイツキって名前、どう書くの?」

 「知らない」

 「知らないの?」

 「音しか知らないもん」

 「随分曖昧だね」

 「呼べたら困らないじゃん」

 「まあ、それはそうだけど」

 

 かぐやは少し黙った。

 

 「じゃあ今決める」

 「今?」

 「うん!」

 「誰が?」

 「かぐやが!」

 

 勢いで決めるものなのだろうか。

 

 いや、かぐやなら決めるか。

 

 「ちょっと待って」

 「待ってるよ」

 

 今度はこちらが待つ番らしい。

 

 しばらくして。

 

 「決めた!」

 「早いね」

 「いいの思いついた!」

 「聞こうか」

 「かぐやと彩葉、それにセツナも」

 

 いつもより少しだけゆっくりとした声が届く。

 

 「みんなを一つに繋いで、その先までずっと継いで、連れてってくれる」

 

 一度、言葉が切れた。

 

 「だから――()()

 

 水面へ視線を落とす。

 

 「一継」

 「そう!」

 「僕自身も入ってるんだ」

 「当たり前じゃん」

 「そうなの?」

 「セツナだけ置いてったら意味ないし」

 

 あっさりと言われた。

 

 「かぐやも、彩葉も、セツナも一緒。それで一継!」

 「随分大きな名前だね」

 「気に入らない?」

 「いや」

 

 もう一度、口の中で転がす。

 

 一継。

 

 「いい名前だと思う」

 「でしょ!」

 

 嬉しそうな声が返ってきた。

 

 「じゃあ今日から一継ね!」

 「今日から?」

 「今日から!」

 「刹那は?」

 「セツナもセツナじゃん」

 「どっちなの」

 「どっちも!」

 

 雑だ。

 

 でも、かぐやらしい。

 

 「一継!」

 

 呼ばれる。

 

 一瞬だけ、返事が遅れた。

 

 「……うん」

 「遅っ!」

 「今ついた名前なんだから仕方ないだろう」

 「ちゃんと覚えて!」

 「自分の名前を?」

 「そう!」

 「努力するよ」

 「そこは即答して!」

 

 かぐやが先へ進む。

 

 「ほら一継、行くよ!」

 「はいはい」

 「返事軽い!」

 「聞こえてるよ」

 「じゃあさ、さっきの続きなんだけど――」

 

 かぐやはもう次の話を始めていた。僕もその後を追う。

 

 「一継、聞いてる?」

 「聞いてるよ」

 

 今度は、すぐに返事ができた。

 

 

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