転生したら八千年の遠回りをしていた件 〜生まれ変わっても、君と出会う〜 作:蠱毒は孤独
あれから、随分と時間が経った。
もと光る竹から出られなかったかぐやにもFUSHIが生まれ、以前より自由に外の世界へ触れられるようになった。僕も、この世界で過ごす時間が長くなるにつれて、持っている能力でできることが少しずつ増えていった。
必要になれば、今ある力でやり方を探した。失敗すれば、次は同じことにならないよう使い方を変えた。
遠くを見るため。残すため。調べるため。誰かを守るため。
そうして一つずつ積み重ねているうちに、できることは広がり、別々に使っていた力の働きが重なることも増えていた。
もっと整理できる。もっと先へ進める。
ずっと前から、それには気づいていた。
ただ、急ぐ理由もなかった。
◆
「セツナさぁ」
「何?」
「前より笑うようになったよね」
横を進んでいたかぐやから、唐突に話を振られた。
「そうかな」
「そうだって。最初とかマジで『うん』とか『そう』とかばっかだったじゃん」
「そこまで酷かった?」
「酷かった!」
即答された。
「かぐやが一人で喋って、セツナが一言返して、またかぐやが喋ってた」
「今もあまり変わらない気がするけど」
「違うし。今はセツナからも喋るじゃん」
言われてみれば、そうかもしれない。昔は返事をすること自体を考えていた。今はかぐやが何か言えば勝手に口が動く。
「ほら、今も」
「何が?」
「普通に返してる」
「会話なんだから返すだろう」
「昔のセツナに言ってやって」
「僕なんだけどね」
「知ってる!」
かぐやがそのまま先へ進み、僕も後を追った。
変わった。そう言われても、あまり実感はない。ただ、昔の自分と同じかと問われれば違うのだろう。
時間が経ち、色々な人と出会った。かぐやとも随分長くいる。
変わらない方が難しい。
◆
かぐやは昔の話をよくする。
今いるこの時代ではなく、僕と出会うより前、彼女がいた未来の話だ。
その中でも、彩葉という少女の話は何度も聞いた。
「彩葉さ、パンケーキ食べてる時だけちょっと顔ゆるむんだよ」
「甘いものが好きなの?」
「そういう単純な話じゃないって!」
「違うんだ」
「普段めっちゃ忙しいくせに、その時だけちゃんと楽しそうっていうか」
「なら、好きなんじゃない?」
「だから単純!」
難しい。
「あと曲作ってる時すごいよ。何回歌っても『もう一回』って言うの」
「厳しいね」
「かぐやも負けないから! 何回でも歌った!」
「楽しかった?」
「超楽しかった!」
声だけで分かる。
「かぐやって名前も彩葉がくれたんだよ」
「そうなんだ」
「いきなりだったけどね」
「随分大事そうに名乗ってるから、気に入ってるんだと思ってた」
「めっちゃ気に入ってる!」
嬉しそうに笑う。彩葉の話はいくらでも出てきた。
一緒に過ごした時間。作った曲。食べたもの。怒られたことまで、何故か楽しそうに話す。
そして時々。
「イツキもいたの?」
僕が尋ねると、
「……いたよ」
少しだけ返事が遅くなる。
「どんな人?」
「んー……」
そこで一度止まる。
「てかさ、彩葉がね!」
話題が戻った。別の日もそうだった。
「その時もイツキは?」
「いたいた」
「何してたの?」
「色々! それよりさ――」
忘れているわけではないらしい。むしろ、イツキという名前を口にする時だけ、かぐやは少し言葉を選ぶ。
理由までは聞かなかった。話したくなれば、その時に話すだろう。
◆
それでも、僕を見ながらイツキという男の名前を出すことは増えた。
「やっぱ似てる」
「誰に?」
「イツキ」
「前から言ってるね」
「うん」
FUSHI越しの視線が、しばらくこちらへ向いている。
「何が似てるの?」
「色々」
「曖昧だね」
「ぽかぽかするとことか」
「それも最初に言われた」
「あとは……」
少し黙る。
「何?」
「なんでもない」
「そう」
「気になんないの?」
「君が言いたくないなら」
「そーいうとこ!」
「何が?」
「なんでもない!」
よく分からない。
かぐやは時々、僕をじっと見るようになった。何かを確認するように見つめ、しばらくすると首を傾げる。そして、それ以上は何も言わない。
◆
さらに時間が過ぎ、季節は何度も巡った。
その頃には、長い時間をかけて使い続けてきた能力で、できることも随分と増えていた。
一つ一つに役割はあり、使えなくなったわけでもない。けれど、使い方を重ねるうちに、別々に持ち続ける意味が薄くなっているものもあった。
同じ目的へ向かう力。互いを補える力。
昔なら別々に扱うしかなかったものが、今なら一つにまとめられる。そして、その先へ進める。
条件は、とうに整っていた。
僕自身が選んでいなかっただけだ。
◆
「来年も来ようよ」
「ここに?」
「うん!」
かぐやが空を見上げながら言った。僕も同じ方向を見る。
季節の変わり目だった。
「次はもっと早く来る。そしたら最初から見れるじゃん」
「何を?」
「全部!」
「随分大雑把だね」
「いいの! セツナも来るんだから」
「僕も決定なんだ」
「当たり前じゃん」
何の迷いもなく返ってくる。
「嫌なの?」
「嫌じゃないよ」
「じゃあ決定!」
「はいはい」
「返事軽っ!」
来年。次の季節。その次。
かぐやの話す未来にはいつからか僕が普通に入っている。
それはもう珍しいことではない。僕自身も、明日かぐやがいなくなるとは考えていなかった。
ただ。
「前より笑うようになった」
以前言われた言葉が浮かぶ。
僕は、もう変わっている。
かぐやと出会う前。家族と暮らしていた頃。その前。
何度も変わってきた。けれど、過去がなくなったわけではない。
この身体で家族と食卓を囲んだ。この手で色々なものに触れてきた。今の僕で困っているわけでもなかったから、変える必要がなかった。
それだけだ。
なら。
変わる必要がないから選ばなかったものも、変わってもいいと思えた今なら、拒む理由はない。
僕は長く手を付けていなかった能力の統合へ意識を向けた。積み重なったものを整理し、必要なものを残して、重なったものを一つへ寄せる。
前へ進むことを選んだ。
◆
次に自分自身へ意識を向けた時にはもう終わっていた。
いくつも積み重なっていた力は三つの大きな形へ収まっている。
『
『
『
以前まで独立していた能力のいくつかも、その中へ統合されていた。
感覚が違う。見えているものも、捉えられる範囲も以前とは違っていた。
手を見る。
僕の手だ。そう認識できるのに、以前とは違う。身体そのものまで変化していた。
近くの水面を覗くと、揺れる水の中に見慣れない顔が映っている。
輪郭も髪も、顔立ちすらも以前の僕とは違う。けれど、他人を見ている感じはしなかった。
「……随分変わったな」
水面の僕も同じように口を動かした。
当たり前だけど。
◆
「セツナ?」
戻ると、かぐやの声が飛んできた。
「うん」
かぐやが僕の前で止まる。
「……セツナだよね?」
「そうだけど」
「ちょっと待って」
「何を?」
「こっち見て」
言われた通り、かぐやへ顔を向ける。
返事がない。
「かぐや?」
「そのまま」
「はい」
しばらく見られる。
「横」
「こう?」
「反対」
向きを変える。
「もういい?」
「待ってって!」
長い。
何を確認しているのか。
FUSHI越しの視線が僕の顔から手元へ動き、また顔へ戻る。
「……やっぱり」
「何が?」
今度はすぐに返事が来なかった。
「イツキ」
「その名前、前にも言ってたね」
「違う」
「何が?」
「セツナがイツキ」
思わず黙った。
「僕が?」
「うん」
「彩葉と一緒にいたっていう?」
「そう」
「でも、僕は刹那だよ」
「知ってる」
「じゃあ、どういうこと?」
「だから、セツナがイツキなんだって!」
「説明になってないね」
「うるさいな!」
怒られた。
「ずっと似てたんだよ」
「そう言ってたね」
「ぽかぽかするとこも。喋り方も。人のことばっか気にするとこも」
「最後のは褒めてる?」
「知らん」
知らないらしい。
「でも違った」
「何が?」
「見た目」
FUSHIからの視線が、もう一度僕を上から下まで追う。
「髪も顔も全然違ったから、違うのかなって」
「今は?」
「同じ」
即答だった。
「だから、やっぱりイツキだった」
かぐやの中ではどうやら話が繋がったらしい。僕の方はまだ半分も分からない。
「そのイツキって名前、どう書くの?」
「知らない」
「知らないの?」
「音しか知らないもん」
「随分曖昧だね」
「呼べたら困らないじゃん」
「まあ、それはそうだけど」
かぐやは少し黙った。
「じゃあ今決める」
「今?」
「うん!」
「誰が?」
「かぐやが!」
勢いで決めるものなのだろうか。
いや、かぐやなら決めるか。
「ちょっと待って」
「待ってるよ」
今度はこちらが待つ番らしい。
しばらくして。
「決めた!」
「早いね」
「いいの思いついた!」
「聞こうか」
「かぐやと彩葉、それにセツナも」
いつもより少しだけゆっくりとした声が届く。
「みんなを一つに繋いで、その先までずっと継いで、連れてってくれる」
一度、言葉が切れた。
「だから――
水面へ視線を落とす。
「一継」
「そう!」
「僕自身も入ってるんだ」
「当たり前じゃん」
「そうなの?」
「セツナだけ置いてったら意味ないし」
あっさりと言われた。
「かぐやも、彩葉も、セツナも一緒。それで一継!」
「随分大きな名前だね」
「気に入らない?」
「いや」
もう一度、口の中で転がす。
一継。
「いい名前だと思う」
「でしょ!」
嬉しそうな声が返ってきた。
「じゃあ今日から一継ね!」
「今日から?」
「今日から!」
「刹那は?」
「セツナもセツナじゃん」
「どっちなの」
「どっちも!」
雑だ。
でも、かぐやらしい。
「一継!」
呼ばれる。
一瞬だけ、返事が遅れた。
「……うん」
「遅っ!」
「今ついた名前なんだから仕方ないだろう」
「ちゃんと覚えて!」
「自分の名前を?」
「そう!」
「努力するよ」
「そこは即答して!」
かぐやが先へ進む。
「ほら一継、行くよ!」
「はいはい」
「返事軽い!」
「聞こえてるよ」
「じゃあさ、さっきの続きなんだけど――」
かぐやはもう次の話を始めていた。僕もその後を追う。
「一継、聞いてる?」
「聞いてるよ」
今度は、すぐに返事ができた。